41 初めてに年齢は無関係
基本、説明文章と会話が多いのが基本だったりしますが。
難しいところは飛ばして読んでも構わないと思うのです。
話についていけねえと思うのならば読み直せば良いし、別に意味ないやと思うのならば飛ばせばよし。
今回は、ほとんどがそんな話。
どれだけの時間を生きていても、人は始めて体験する事を初体験と言うのです。
レディ・リリアント・マイソロジーとは、北邦寄りの小王国の侯爵家令嬢。
マイソロジー侯爵家はすでに実質上では一人の兄が継いでいると言っても過言ではなく、女の身の上であり特に秀でた能力があるわけでもないレディ・リリィと呼ばれる少女は正直言って「別に居ても居なくてもそんなに困らない存在」として生まれた。
侯爵家でありながら、祖先が残した功績以外の何一つ秀でたものも誇れるものも持たない。
それがマイソロジーと言う落ちぶれかけた侯爵家であるが、数少ない利点といえば割と辺鄙な所にあるので誰かに狙われると言う事もなく。さりとて、同じ理由なだけにプライドだけが割と高い顔立ちはそこそこ綺麗と言うだけでしか記載する事もない令嬢と婚姻を結びたいなどと言う、半ば酔狂にも近いことを言い出す人は今まで無かった。このままで行けば、遠からず似たような条件の長男か学者崩れあたりと名ばかりの婚姻をさせられた上に実家から援助を受けられるだけの資産もない為に食いつぶされてしまうのは想像に難くなかった。
しかも、貴族としての教育は受けても披露する場などほとんどなく、逆に自然の方が多い土地でもある。
もし、これが東宝の影響力を強く受けた地域ならば今頃は爵位降格をされてしまい平民と同じ扱いになっていたかも知れない。実際のところ、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵及び準男爵の六つなのだが、準男爵家は貴族が一定以上で一定以下の罪を犯した場合に一時的に当事者以外に与えられる爵位ともなる。加えて、男爵家は大商人が一定条件をクリアすれば爵位を賜ることも全く無い事もないと言う事情から平民としての意識や扱いが強い部分もある。それだけ平民に近く力強いと言う見方は好意的過ぎるかも知れないが。
公爵家は王家から離脱し臣下となった家に与えられる称号ではあるが、爵位をついでから100年以内に何らかの功績を出さない場合は侯爵家に。次は99年後に伯爵家、90年後に子爵家、88年後に男爵となる。次は80年後に平民となるが、格下げされても5年以内に功績をあげて復帰申請をすれば復帰する事が出来る。
ちなみに、貴族が功績を挙げる事もなく。さりとて罰則を受けるほどでもなく住民からの評判に問題がない場合、77年の間は格下げられる事はない。77年とは格下げになるかならないかと言う目安でもある。また、平民が貴族となる為には功績を挙げて準男爵になり、その間で70年の間に一族で別の人物が功績を挙げる事で初めて男爵となる事が出来るが61年の間に何の功績がなされない場合は他の格上貴族からの婚姻と言う形で事実上の目こぼしをされる。さらに言えば、格上の貴族からの婚姻関係をとれない場合はその後の9年の間に功績を挙げる事が出来るとも思われないので緩い目で見つめられる事になる。
つまり、マイソロジー公爵家は北邦ほど気候が厳しいわけでもないが東宝ほど厳しい状況に置かれる事もなかった事と特別に無能な当主が輩出されなかった事で気が付けば「明日落ちぶれるほどではないけど上流階級に大手を振って歩けるほどの経済能力もない」と言う、緩やかに落ちぶれていたのだ。
ここ10年ほどはレディ・リリィの兄が学園都市を卒業したことも手伝って世の中の情勢やら己の領地が「ぎょっ」とするほどの危険水域になっている事に気が付いて慌てて梃入れを行っていると言う恐ろしい事態になっている。幸か不幸か、使い捨て思想は元から無かったおかげでレディ・リリィの教育費や最低限の生活費くらいは捻出できるようになっていたが、送り出してくれた兄は内心で妹が立派な貴婦人になる事を祈っていた事を知らないわけではない……例え、そこに玉の輿になって実家にお金を落としてくれると言う裏の願いがあったとしても、そのあたりを真面目に考えた事など無かった。それが許されていた。
例え小国であろうと、国は国。
地理的な関係から北邦と東宝と、両方につながりのある国。
特別に注目されるような産業は何一つないし、この国を通らなければならない経済的な注目も一切もないけれど、それでも侯爵家である事に違いはない。他の爵位のほとんどは自分自身よりも下なのだと言うプライドは無駄に高かった。
ただ、学園都市に初めて訪れて鄙びた地域で育ってきたのだと知った時の理解出来ぬ感情……それを人は嫉妬と呼ぶのだと言う事を今でも知る事はない。
確かに顔の美しさに見ほれて、その纏っている衣装や小物がさり気ないけれど高級な品物である事に気付いた。
頂点こそは極めていないが高い学力にうっとりとし、これで自分自身に夢中にさせればどんな望みもかないそうな予感はしていた。
洗練された物腰と甘い顔と紳士的かつ公平な判断能力、しかも侯爵家では太刀打ち出来ない東宝の王家に連なる公爵家の次期跡取りであると言う事は嫁に行く事に何ら不足はない。入り婿になってもらうなど不遜だし、そもそも使えないと思っている兄を押しのけて領主に納まった所で役者不足で飽きられてしまうかも知れない。
でも、例えそうなったとしても魅力でカバーする事が出来れば……。
気が付きたくなかったのは、レンから声をかけて貰った事がないと言う事。
見たくなかったのは、レンに探して貰った事がないと言う事。
知りたくなかったのは、レンには「レン・ブランドン」以外で名を呼ばせてもらった事がない事。
ドーンにはレンから声をかけるのに。
ドーンにはレンから探して走るのに。
ドーンには「レン」と呼ばせているのに。
勿論、知っている。
ドーンは元々レンとは乳兄弟の様なもので幼い頃から共に居て、あの歩く蓑虫の様なずるずる長衣とはずっと一緒にいたのだと言う事。だけど実力は学園都市一の変人と呼ばれるドーンの方がずっと高くて、けれどレンはそれを誇りに思っても決してねたんだりしないと言う事。
ただ、そこにはドーンがあげた功績のほとんど全てを公爵家のものとして発表している背景があるからだと言うのもあるのだろうが、それでも普通ならば嫉妬心を持っていたとしてもおかしくはない。
ドーンとは見詰め合う事が何度でもあるのに、自分自身はレンの顔を見たことはあってもレンの目に自分自身の顔が映ったことなど何度あるだろう? いや、覚えている限りではそんな事は一度も無かった。
「無意味」
思考の海に埋没していたのは、どう考えても現実逃避だ。
無駄な事を無駄だと認識するのは、はっきり言って好きではない。自分自身が好んで行ってきた全てのものを否定するのは何となくプライドが刺激されるからと言うのもあるけれど、何よりも僻んでいると言う事をまざまざと見せ付けられる気がするのだ。
「どう言う意味?」
「無理」
「……ああ、そう言う事? そこまではっきり言うのもどうかと思うけど、ドーンがそう言うのならばそうかもね?」
何を言っているのかレディ・リリィには判らなかったが、レンには判ったらしい。
こう言う所も、癇に障る所だ。
入り込めない所があって、だからアプローチは成功しているとは言えないのだと思い込ませて。
「でも……どうしたものかな?」
ちらりとレンが視線を向けると、心得たとばかりにドーンはすっくと立ち上がる。
さながら、人の大きさほどの黒い靄が立ち上がったかのように見えて不気味なことこの上ない。
「な、何よ……平民風情が……!」
視界の外側で、もはやレンがこちらに何の意識も向けていない事が目に入ったけれど。それを認めるかどうかは別の問題だ。今は目の前の問題に対して早急な対応が必要とされる事くらいは、レディ・リリィにだって想像はしていないが本能的な部分、主に恐怖心で勝手に理解している。
「寮長権限による発動を『紅の星』と『夜明のクリムゾン』の名において発動する。
侯爵家令嬢レディ・リリアント・マイソロジーを『全ての学生寮への無期限立ち入り禁止』及び排出、刑法の発令を含めた一必須単位の奪取を申請。解放」
「な……!」
何かを口にしようとして、何も口に出来なかったのだとレディ・リリィが知るのは。
「ああ……間に合わなかったか。立てますか、リリィ?」
いつの間にか、そしていつからか。何時までだったのか判らないけれど、目の前が真っ白い空間に覆われた気がして、気分的な次の瞬間には声をかけられていたと言うのが実情だ。
「……カーラ?」
最近、あまり様子を見た事がなかったくらいの認識はなくて。でも、元々はそんなにべったりとくっついているわけではなくて、何しろ学校そのものが違うのだから元来はそう会うものでもない。同じ研究室や同じ趣味があると言うのならば話は異なるし、あえて共通点を挙げるとすればレンの熱烈なファンと言うくらいだが。
「ええ」
「……何を、してます、の」
「あなたを回収しに来たんですよ、まったく……以前から直情径行な人だとは思ってましたけど、学生寮に乗り込むなんて何を考えているんですか」
以前から中世的なイメージがあったのは、格好が貴族の女性なら間違いなく着ないようなパンツスタイルだからと言うのもあった。実際、彼女は貴族ではなくリッツ商会と言う平民に過ぎない。
差し出された手が何なのか理解出来なくて、けれど彼女は理解しているのだと言う現実が染み込んで来て取り戻す理性。
否、ヒステリーと言うべきだろうか?
「何をわけの……判らない事を、言ってますの!」
「うん……さっきまでの茫然自失と言うのも悪くないけど、やっぱりそうやって怒鳴ってる方がリリィらしくていいかな?」
「ですから、一体何なんですの!」
「連絡があったんだ、リリィがレン・ブランドン様とドーンの学生寮に押し入ったから回収してくれって……連れ出す前に放り出されてしまったみたいだけど」
少し、違うのだろうかと混乱した部分と冷静な部分とが混ざり合ってレディ・リリィは余計に混乱する。
以前は少し困った顔で、けれど相手が貴族だからと萎縮する商人特有の距離感を保って相手を怒らせない様に、けれど自分自身の主張を曲げないような、そんなよくある目をしていたと言うのに。
なんだか、今のカーラは違う気がした。
違うとは言っても、何がどう、とはっきり言えないもどかしさを感じる。
「あなた……何なんですの」
「何、と言うと?」
ぱしり。
差し出された手を弾いたけれど、別に何とも感じて居ない顔をしてあわせていた目線を外す。
中腰になっていたが、手を引く必要がないと認識したのか立ち上がる姿はすらりとして男前度が上がった様にも見える……恋する乙女フィルターが掛かっているので「レン・ブランドン様には劣りますわね」と言う言い訳はするが、相手の性別を間違えてる時点でおかしい事に気がつかない。
「どうして、貴方のような者が来るのです」
今、レディ・リリィが立ち上がる事が出来たのは貴族のプライドだけだ。
同じ女だからと言って手を借りる理由にならないのは、カーラもまたレン・ブランドンを狙っていると思っているからなのと平民風情の前でいつまでも座り込んでいるなど侯爵家令嬢として許される事ではないと思っているからでもある。
「どうしてって……そう言う指示が出たから?」
「何者です、私の行動の邪魔をするなど……」
「邪魔はしてないよ、結果論だけど。すでに事は終わった後みたいだし? その様子だと警備部に連絡された? 退学くらいはさせられるんじゃないの? 自力で強引に侵入は難しい筈だけど……ああ、そうか。もしかして中の人に手引きさせたんだ? 悪い人だね、リリィに加担した為に罰則を受ける羽目になる。場合によっては、その相手だって退学になるかも知れない」
言われて、レディ・リリィは目を剥く。
「こ、この私の役に立てて……」
「でも、貴方には何か権限があるわけでもなければ、貴方が利用した相手の顔も名前も覚えてないでしょう」
だって、貴方ってそういう人だし。
「口が過ぎましてよ、平民風情が!」
思わぬカーラの言葉に、レディ・リリィは反射的に叫んでいた。
レディ・リリィのお兄さん、顔は凡庸でレンの顔を基準で考えると取るに足らない人物と思われています。本人も、特に妹相手にすごんだところで意味もないし軽んじられているのは判っていますが、それでも妹なので許容しています。その代わり、ある程度以上の身分の相手か大商人とでも婚姻してくれなかったら……ちょっとばかりマジギレするかも知れません。
学園都市を卒業した程度ですから、普通以上の能力はあるわけですよ。
本日の一言は、名前と回想だけに出てきたドーンのお父様です。
「皆様、お茶などいかがですか?」
外見的には完璧ロリっ子メイドさんなんですよねえ……あ、もちろん服装は伝統的なクラシカル・スタイルです。




