40 隠してない事に気が付かず
「常識」と言う言葉がある。でもそれは「目の届く範囲の平均」にすぎない。
なぜなら、「常識」は置かれた世界や立場で著しく変わってしまうからだ。
金持ちには金持ちの、貧乏人には貧乏人の、それぞれ与えられた「常識」
そういえば、時代によって美しさにも基準がある。それが「美醜の平均」だと知ったら美しくなる事に心血を注いでいる人達はどんな反応をするのだろう?
状況を整理すると。
目の前はドーンによって払われかかっている砂埃と、符を掲げているドーンが居る。
吹っ飛ばされた扉に関しては後で考慮するとして、今レン達が居る部屋は学生寮の寮長室。ちなみに、寮長はここ数年変わらずにドーンである事を寮生でも知っている人は僅かだろう。
どちらかと言えばレンが寮長的扱いを受けることは慣れてしまっているが、その理由の一つが寮生がドーンに声をかけて用事を言いつけると、どこからともなくレンが現れて用件を横取りしてしまう……文字通り、いつの間にか横取りしてしまう。そして、誰が得をするのかドーンではなくレンに用件を言う様にさり気なくアピールをすると言う事をこまめにやっていた成果だったりする。
女性にとっては見目麗しい相手になるのは言わずもがなだし、男性には声をかけずらいドーンを相手にしなくて済むのだからレンは「良い人」だと認定されているが、一部の見る目がある人達の意見は少々異なるがドーンに告げ口をする様な人ではないのが数少ない幸いだ。
恐らく、レディ・リリィは玄関口の普通にある結界を通りすがりの寮生に権力とか迫力で開けさせて承認させたのではないだろうかと言う想像をしてみる……やりそうだと簡単に思われる侯爵令嬢と言うのはいかがなものだろうか?
それこそ「女性として」も「貴族として」もどうしようもないと言う事になってしまうのは、本人の自業自得だからともかく。
「だ……て、ドーンが悪いんですわ!」
「へえ? 何を持ってドーンに罪があると? 僕にも理解出来るように懇切丁寧に教えていただけませんか?」
「ドーンはずるをしてるんですわ! レン・ブランドン様の、公爵家の威光を振りかざして周囲の者を謀っていますのよ、レン・ブランドン様は騙されてますわ!」
事情を知らないと、自然とそう言う噂話に踊らされる事は昔からよくある事だ。
実際、もっと酷い噂話を真に受けた者に「ちょっと口では言えない」状況にされそうになったので「ちょっと想像するのは止めたほうが良い」お仕置きをしたのは懐かしいが、それほど過去の事ではない。
そういう意味からすれば、レディ・リリィの暴走はまだまだ可愛いほうだと言えなくはない。その結果が「コレ」では面倒くささも含めて考えるのさえ頭が痛くなるのはどうしようもないのだが。
「教えてもらえますか? 当家ではドーンの功績により、これまでにない歴史的な発展を遂げている。これは当家のみならず東宝の文化に貢献している関係から王家からも表立ってこそは受けていないが、陛下からの恩賞などもいただいている。
それのどこが、騙している事となるのです?」
「ギルドですわ! ドーンが居るギルドは公爵家の転覆とのっとりを計画してますわ!」
頭が痛いのはまだ続くらしく、まさか幾らなんでもそんな「ド阿呆」な言葉を心から信じているのだろすればレディ・リリアント・マイソロジーと言う人物についての評価を考え直さなくてはならないだろう。
あまりにも。
「転覆と乗っ取りを同時に? へえ?」
理論的には出来ない事はないだろうが、やった所で誰が得をするのか物凄く訳が判らないと言う事に気がつかないのだろうか?
理由の一つとしては、東宝の貴族制度は元来が北邦や西法が起源だといわれている。別に必ずしもそうである必要はないが、実際に南方には貴族制度は存在しない。東宝はどちらかと言えば独自的な発展を遂げてきた部分がある事もあって歴史の流れは割と混沌としている。行ったり来たりと言うか、チャレンジ精神があると言うか。それで居て、取り入れて政策が失敗に終わったと判断すれば時の政府によって廃止される。
東宝が完全な貴族制度でも完全なる議会制度でもない理由の大方は、そのあたりの事情によるものだ。
「そんな事をして、一体誰に利益があると言うのです?
少なくとも、今の当家にとってドーンやそのご両親は切っても切り離せない存在ですよ」
「そのドーンの両親とて、怪しいものですわ!」
妖しいと言えば、確かに妖しい。間違っていない。誤字ではない。
そもそも論として、メイド姿でにこやかな笑顔を振りまいて「うふふ」と常に泰然としているくせに事が起きる……と言うより、事が起きる前に事態を片付けて居る方と。フットマンと言うか執事と言うか性別を問わずに魅了しているらしく屋敷内どころか「どっからその情報持ってきた」と突っ込みたくなる事を平然とする方はどちらも性別交換を何よりも先にするべきだと思ったのは世の中に出てからだ。
メイドが父親で執事が母親。どちらも中性的な顔立ちと体つきをしているからと言って、己の性別に適した職業をするべきではないだろうかと思ったのは遠い昔の事ではない。しかも、事が起きる前にメイドが片付ければフットマンが不満そうな顔で数日不機嫌になると言うのは良くある事なのだ。
そんな使用人が居る屋敷が、妖しいと言えなかったら妖しいに申し訳がない。
もっとも、そんな妖しいのは二人だけであって他の使用人達は見かけも中身も割りと普通に分類出来る事だろう。大抵はどちらかのファンクラブに所属しているあたり、なんと言ったものかと思いたくなるが。
「伺いましてよ、公爵家にはとんでもない伝説級の使用人がいると! すでに公爵家は乗っ取られていると言って良いほどになっていると言うではありませんか!」
確かに、様々な組織の人達から勧誘を受けてはいるらしいから。万が一あの二人が公爵家を見捨てたら、即効で公爵家は成り立たなくなるだろう……何しろ、公爵の人柄的面白さだけで留まっていると言うのだから世間には何があっても口を割れないと思ったものだったりする。
「そんな……伝説級に怪しい存在をお身内に持っているなど、公爵家ほどのお家ではあってはならぬ事ですわ。レン・ブランドン様まで化け物の餌食になるなど……だからご長男様が出奔なされたと伺ってましてよ!」
明らかに己に酔っている顔で「私の愛で目を覚まして!」とでも言いたいらしいのだろうが、言い寄られる側が真実を己の目と耳で知識として得た側の方としては……。
「兄はそんな風に言われているのですか……」
おかしなところに引っかかったらしい。
「そうですわ、ですから……」
「だから、なんです? 兄を呼び戻して私を次期公爵から外して兄を垂らしこみたいとか言う野望でも持ってるんですか?」
「……は?」
「これは秘密でもなんでもないので教えて差し上げますが、兄が最初に家を出た時の台詞は「強い奴に会いに行くってカッコイイと思わないか?」でしたよ。最後には家に帰ってくる予定ですが、公爵としての仕事は全く触れていないので実質的に後継者としては役に立たなくなるので僕に後継を譲ったにすぎません」
ちなみに、その元ネタがラーカイルだったりする。とうのラーカイルは諸事情により強い奴=妖しい使用人二人に会いに行く途中で行き倒れたところを拾われ、うっかりレンの兄に言ってしまったのだ。
「強い奴に会いに来ました」
当時の年齢から考えると強い部類に入るためだったせいか、数日後には全ての支度を整えて「じゃ、行って来るから後よろしく!」と無駄に爽やかな笑顔をして出て行ったのは割と古い話になるのかも知れない。
「兄の教育係はドーンのご両親で、あの二人には超えられない壁の様なものを感じると常に兄は言っていました。
つまり、最終的には帰ってきますが公爵となる為ではなく警備担当になる事はすでに決まっています」
何年先になるかは判らないが、少なくとも生きている間に帰ってくるのであれば手筈は整えてある。ただし、ちょくちょく遊びに帰ってきては「ほれ、お土産!」と言って謎の物体を置いていったり「ちょっとドーン借りるから」と言って素敵サバイバルに連れ出されたのはかなり最近に、しかも何度もあった。
どちらかと言えば、帰ってからの方が余計に問題が増えていたのは今も続いている。
「そ……」
「あと、以前にも言ったはずですが。
たかだか侯爵令嬢ごときが公爵家の内情に口を出すとは、どういうつもりですか? しかも貴方は東宝の貴族ですらない」
「わ、私の大叔母は東宝の出身でしてよ!」
「だから、なんです?」
調べが確かならば、確かに「東宝から来た」と言うのは事実ではあるが出身でもなければ貴族でもない。大叔母とか言う人は、言うなれば「遠い親戚」に過ぎないと言う事実は綺麗さっぱりレディ・リリィから消え去っていたりするらしい。
レディ・リリィは北邦の貴族だ。正確には北邦寄りの東宝との境界線上にあたる小国で、北邦にも東宝にも登録はしているけれど立地条件的には北邦の預かりになる国である。つまり、東宝の影響はあまり受けていないと言う事実が明らかになる。あまりと言うより、ほとんど欠片もと言うかも知れないが。
「貴方の所属国が東宝であるとしても、僕には何の感銘も受けませんけどね。
何しろ、東宝の貴族達には全てに当家への無用な手出しは排除勧告をしてある。それ故に当家への襲撃者は他国か風来坊に限定されているのですよ。
それとも……そこまでおっしゃられるのであれば、貴方が直接当家への介入をしますか? 公爵家へ。侯爵『令嬢』が現公爵へ物申すと?」
馬鹿にする様な笑いをしているのは、本気で怒っている証拠だ。
これは……後が大変面倒くさい気がしてならない。もっとも、最初から何一つ面倒くさくない事なんて存在しないのかも知れない。
「そ、それは……」
「出来ますか? 出来るわけありませんよね、侯爵家を継ぐわけでもなく単なる令嬢と言う地位も何もない実績すらない女の子の言葉に耳を傾けるほど公爵と言う仕事は暇だと思われているのですかねえ?
どう思う、ドーン?」
内心「そこでこちらに振るな」と思っていたとしても、それはそれでどうしようもない。
すでに賽は投げられたのだ、一度投げた賽は目を出すまで止められる事はない。
「ドーンやご両親には公爵家での発言権はかなりありますよ、確かに。
だが、それも当然でしょう? ドーンやご両親の公爵家へなした功績はそこまで大きいのだから。
……ああ、ドーンお疲れ様。ありがとう。
君が咄嗟に結界を張って僕達を守り、こうして符を使って砂埃を払ってくれたおかげで元々別に汚れていたわけではないけれど、もっと綺麗になった気がするよ」
レディ・リリィに向けられたものより、全然笑顔だったりした場合。
当のレディ・リリィはレンよりドーンへ感情を向けるのだから、女の子と言うのはよく判らない。
「怪我」
「いや、ないよ。いつもと同じ完璧な結界だったけど……侵入者の事は気がつかなかったの?」
ドーンは静かに首を横に振って、気が付いていた事を語る。
ただし、入寮した手続きは強引ではあったけれど正式な手順によるモノだった事があって発見が遅れた事。ただならぬ攻撃系の無許可符や無許可道具を持ち込んで稼動状態になっている事からようやく結界に触れた関係で防御するだけで手一杯だった事などがあげられる。
「困ったね……これだけで十分……何?」
「不要」
ドーンは一言で言い切り、一切の説明をしない。
レディ・リリィは時間を置いたことで漸く落ち着き始めたみたいだが、状況についていけない様だ。
「ドーン? 警備に連絡して彼女を退学に追い込む程度の事なら今すぐ出来るよ?」
言われて、流石にレディ・リリィはびくりと反応する。
公爵家のレンとは違い、マイソロジー侯爵家はすでに経済破綻一歩手前の状況だ。
東宝ならばすでに爵位の降格か剥奪されている可能性もあるが、北邦側の影響力が強かった為にどうにもならない所まで切羽詰ってきている三歩手前と言う経済状態。ここで跡取りでもなんでもない令嬢が学園都市を退学になどなったら、下手をすれば侯爵家はどんな憂き目に合うか判ったものではない。
そんな目に合うくらいならば、あの家はあっさりとレディ・リリアント・マイソロジーと言う令嬢を記録から削除して勘当の一つくらい平気でするだろう。
レディ・リリィにとっての常識は学園都市に来る事によって替わってしまいました。
どんな風に替わったかはまたいずれ。替わる前の事については気が向いたら。
今回の一言は名前だけ登場したレンの兄上です。
「こんだけ修行してもまだ勝てそうにないんだよなあ……ちょっくらドーンと旅してこよう、そしたらレンも着いてくるし」
お兄ちゃんの愛は実弟に対してのみ歪んでます。




