39 思うとおりに行かない事を人生と言う
世の中と言うものが、もしも巨大な機械だとしたら。
繋がっていないものなど何一つないのかも知れない。
例え、一つの部品が壊れてもメインとなる機能に何一つ影響がないとしても。
それは無意味なものではないのかも知れない。
何故なら、意味と言うのは人が必ず後からつけるものなのだから。
学園都市一の美貌を誇る少年、その名はレン・ブランドン。
あらゆる種類の女性を一瞬で虜にするが、将来性もばっちりな彼に特定の人物は存在しない……正確には、特別に付き合って恋愛や将来を誓い合った女性がいないと言う意味だ。
遊びと言うか、集団で付き合う事はある。ちょっとしたお茶であるとか、子供達だけで集まる食事会などには割りと忠実忠実しく顔を出す方だろう、彼の立場を考えれば遊び惚けると言うのは許される事ではない。
学校の成績は常にトップクラス、運動神経もよく、女性に親切。気配りが出来て、同性に嫌われるかと思いきや、女の子との付き合いを大事にする事もゼロではないが男同士の友情は時に勝る。
だから、誰もが「ギルドに入ってもやっていけるんじゃ?」と一度は思う。
ギルドには入りたいからと言って入れるものではないが、それもギルドの方向性による所が多い。
もしくは、パトロンにはなれるかも知れない。実際、どちらの意味でもスカウトが来た事は一度や二度ではないが、ただの一度も首を縦に振ったことはない。それも立場を考えればわかる事ではあるが、将来は公爵となる事を約束された人物なのだから今から特定の機関とばかりパイプを持つのは良い顔をされないのだ。贔屓につながってしまうからと言うのもあるし、彼の立場を知った上でかけて来る声に価値はないと言うのが言い分だ。
前置きが長くなったが、そんなレンにとって特別と言える人物が一人だけ存在している。
学園都市一の変人にして、あまり知られていないがギルドの上位者ドーン。
二つ名を「夜明のクリムゾン」と言う。
学園都市一の美貌の少年は、学園都市一の変人が絡んだ時だけ変化すると言うのは。
実際の所を言えば、学園都市の情報を一手に引き受けている情報ギルドで数少ない新聞を発行している「学園都市ジャーナル」の編集部のおかげで結構有名立ったりする。
ちなみに、学園都市の情報誌は一般的なものや芸能的なもの、マニアックなものと数種類が存在している。
ドーンはギルドに関わっているだけあって、レンとは顔を合わせないときは何日もあるし、それぞれの付き合いや係わり合いなどを考慮して考えた場合は常に引っ付いていると言う程でもない。
レンは研究室やギルドには一切関わらないし、逆にドーンは研究室持ちな上にギルドの上層部とも繋がりがある。
けれど、レンはドーンが付き合いで広がってゆく新しい関係に良い顔をした事はない。
いかに新しい付き合いが、また別の付き合いや世界を広げてくれるものだと説明した所で早くて数日。長くて延々と言われるのだ、延々と言われる筆頭がラーカイルだったりするのは言うまでもないが。
今、そのレン・ブランドンに本人曰く「新たな敵」が現れたのだから機嫌が良い筈もないのは言うまでもない。
「絶対反対!」
「レン……」
ドーンとレンが住んでいるのは、学生寮だ。
レンは公爵家の子息である事は先刻承知だが、手間や移動距離などを考えたら自分自身の事を自分自身で行う程度の事で郊外にわざわざ高い金を出して使用人を置く理由がよく判らない。
「カーラのことだけでも、僕は十分譲歩したつもりだよ」
「知ってる」
そもそも、主たる子供をわざわざ民間の学生寮登録されていないところに押し込める事が出来たとしても、その使用人だとて学園都市の「生徒」として一定の授業を受けなければならないのだ。どうした所でボロは出る。
この学園都市では、元来居住していた人や学園都市の作製や政策にからんでいる以外の人が住む為には「生徒」になるのが一番手っ取り早い。ゲスト扱いで訪れた人は基本、二泊三日で学園都市から発行された許可証が切れて不法滞在となったりする。学園都市の内部では許可証がない者は買い物すら難しくなるのだから、無理して不法滞在をするより「生徒」となった方が良いのだ。無論、生徒である以上はどうした所で授業への参加義務や授業料、生活費の支払い等が生じるけれど生徒でも教師でも学園都市から認可されたわけでもない者が居住しようとするには「正当な理由」が必要となる。主に、学園都市理事会からの依頼と良い教職員もそれに当たる。
「それなのに、これ以上……まだ余計なものを抱え込むって言うのっ?」
「仕方が無い」
ぎりぎりと歯軋りをしたくて我慢している様な状況の中、レンはころりと顔を変えた。
まさしく、仁王が菩薩になったかの様な替わりようである。
「人体実験でもなんでもやらせればいいじゃないか、わざわざドーンが抱える必要はない。ドーンがやらなくても誰かがアレを見張らなくちゃならない。ドーンでなくてもいいんだよ」
「気持ち悪い」
だが、幼い頃から共に過ごしてきたドーンにそんなものが効くと思うほうがどうかしている。
一蹴されて傷ついたと言う顔をしているが、実の所を言えばドーンにだってレンの言っている事が全く理解出来ないと言うわけでもないのだ。
「拾った」
「元あった所に、もう一度捨ててくれば納得するかい?」
ここで万が一にでもドーンが頷いたりすれば、恐らく冗談だと言ったところでレンの暴走は止まらずにあらゆる手段を使ってあの屋敷から秋水を引きずりだして今は荒野となった所に捨ててくるだろう。
そんな想像が一瞬で出来てしまう自分自身を、実の所を言えばドーンは好きではなかったりする。
「どこ」
ならば、やるべき事は一つだ。
理論武装は発言の合間に行えば良い、幸いにも寮の自室なんて超私的空間なのだから……。
「ドーン!」
どかん。
私的空間とは、本来は強固に守られた場所ではなかっただろうか。
そんな事を、ふとドーンとレンは想いが一つに繋がりながら目の前の物体を見た。
「あなたと言う人は! 使用人たる分際でレン・ブランドン様と一つ屋根の下で過ごすとはどういうつもりですのっ!」
部屋の中は、砂埃が舞っている。
とりあえずの問題として、ぶっとばされたらしい事は即座に理解する事が出来た。
もう一つの問題として、話が途中で遮られてしまったので会話は再び繰り返さなければならないのかと言う事を考えるだけで虚脱感を感じる。どうやら、その意識も共有しているらしい。
思い切り、現実を逃避して今すぐベッドに倒れてしまいたいと二人はおもっていた。
しかし、現実は常にこちらをぎゅっと掴んで離してくれる事はないのだ。
「あまつさえ、レン・ブランドン様と同じ……同じ、部屋ですって……!」
型こそ決して最新のものではないが、質のよい豪華なドレスだ。どうやら、今は授業時間ではない為に制服を脱いでわざわざ現れたと言う事なのだろう。ご苦労様な事である。
「ちょっと! このわたくしがわざわざ声をかけてやっていると言うのに、無視するつもりですの!」
「いい加減にしてくれませんか……」
ドーンはそうでもなかったが、どうやらレンにはそろそろ我慢の限界らしい。
気持ちは想像出来なくはないが、八つ当たりの的にされるのはドーンにもごめんだ。
「え、その声は……」
もうもうと立ち込める砂煙に、ため息をつきたくなる。
ただし、ため息をついた所で現状が何一つ変わるわけではないのだから現実は厳しい。
ドーンの持っている魔力の込められた情報系の道具には、次々と様々な情報が飛び込んできて正直鬱陶しい。
中には心配しているものもあれば、情報として飛び込んでくる物もあるが「遅いよ」と言いたくて言わなかった。
今は、何はともあれ目の前の事を何とかするのが先だ。
だから、懐から取り出した符をドーンは掲げた。
ちょうど良いから、一緒に部屋の掃除もしてしまえば良いと思いながら。
「一体……これはどう言う事、なんですかね?」
柔らかな魔力を含んだ風が吹き、もうもうと立ち込めていた砂埃と部屋のあちこちに飛び散っていたほこりを巻き込んで部屋の外に放り出されてゆくのが目に見えた。
そこには。
「れ、レン・ブランドン様っ?」
「どういうつもりですか、レディ・リリアント・マイソロジー侯爵令嬢」
室内は、非常にシンプルだ。
ドーンが一人で住んでいると言われても別の意味で不自然だと思ったかも知れないが、ベッドが二つに衣装ケースが二つ、学習デスクが二つに本棚が二つ。これが基本的にどんな生徒にも貸し出されている一定の備品だ。
あとの消耗品などやリネン類は各自でそろえなくてはならないし、簡単なミニキッチンもあるので簡単な食事やお茶くらいならば用意する事は出来る。ちなにに、掃除道具も各部屋に配置されている。
部屋の大きさは、およそ8畳前後。一人で一般家庭に育った者にしてみれば広く感じるだろうが、いかに子息と言えど貴族である公爵家の人物が住んでいるといわれて納得するのは難しい。
「他人の部屋に、学生寮に勝手に押し入るなど貴族として、いや女性として元気すぎるではすまない事ですよ」
完全に表情が凍りついたレンは、魔法を使って押し入ったのだろう。手には魔力増幅と攻撃系の魔法を記した道具を手にしたままでこちらに指を挿したまま固まっているレディ・リリィを前に蜃気楼さえ体から発している様に見える。
これからなさねばならぬアレコレを考えて、もはや何度目になるか判らないため息をドーンがつきたくなったとして誰が止めるだろう。それでも、ため息の一つや二つ後時で何とかなるとは思っていないのか静かに立ち上がる。
立ち上がる事しか、思いつかなかったとも言う。
「え、その……こ、これ……は……」
最初に踏み込んで主導権を握ろうとでも思っていたのだろうとドーンは判断し、そこにレンがいたから今は混乱の極みなのだろうと言う事も同時に想像し……恐らく間違っていないだろうと思った。
「住居不法侵入、器物破損……次はなんですか、暴行ですか恐喝ですか強制ですか」
個人的な心情を言えば……誰が何をしてどうなろうが、そこにかかわりが無ければあまり気にしない事にしている。だが、これはどう見ても思い切り関わってくるんじゃないかと言う当たって欲しくない想像が目の前にあって。
「僕が、貴方達がドーンにしている事を知らないとでも思っているんですか」
リリィの顔が驚愕に歪むのを、まるでスローモーションみたいだと想いながら見つめる。
「今の行動だってどうです、いかに貴方が寮とは無関係に過ごしているとは言っても最低限の事くらいはご存知だと思いたかったですね、しかもこの寮は学園都市でも特別な者しか居住の許されない歴史ある建物。
おまけに、今の登場の仕方はなんです? 貴方の行動次第ではドーンが、僕も怪我をしていたかも知れない。当たり所が悪くて死んでいたかも知れない。
たかが侯爵令嬢ごときが、次期公爵とその側近を殺めてただで済むとでも思ったんですか?」
いや、なんかそれ違くない?
内心でドーンはそう思ったけれど、まだ口は挟まない。
第一、どちらもまだこちらの事など気にしないだろうと言う計算が含まれていた。
「そ、そんなつもりは……!」
「ならば、どんなつもりだとおっしゃるのです、侯爵令嬢。
貴方は寮の厳正たる規則を破り押し入り、強盗よろしく扉を吹っ飛ばした。寮長の部屋の扉を吹っ飛ばすと言う事が、寮長を襲撃すると言うのがどう言う事なのか、貴方は本当に理解しているのですか?」
世の中には思い通りにならない事は普通に沢山ある。でも、それは単なる勘違いに過ぎない。何故なら、自分自身以外にも人生を歩んでいる祖納があるからと言うだけの話だから。
自分自身以外にも誰かが存在して、その存在も自分自身のために生きているのであれば時に道は繋がり、交わし、近づき、離れて、また繋がるのかも知れない。
紳士淑女の皆さんは、幾ら惚れた相手が別の誰かと住んでるからって突然強襲したりしちゃ駄目ですよ?危ないですからね?色々な意味で。
今回の一言はドーン(擬態)です。
「……」
何か言えよ、予想通りかよ!
※ 指摘を受けましたので一部訂正いたしました。
ちなみに 豆→まめと指摘を受けたので「豆→忠実忠実しい」に変更しました。ちなみに、この誤解(?)は幼少の砌におせち料理を食べる際に親から「おせち料理に豆が入っているのは『忠実忠実しくなって欲しい』から」と言う事を耳で聞いただけだったので、忠実→豆と記憶していたわけです。豆=大豆と思っていたのに、ひたし豆(枝豆と数の子を出汁醤油に漬け込んだもの、と勝手に思っていたが実際には青大豆、醤油、お酒、みりん、だし汁で煮て冷まして漬け込んだものの様です。このメニューは実家では大変家族揃って好物ですが、母が帝都生まれで余り「美味しいもの」に接する機会が無かった事情なども含めて新婚的に夫婦生活の危機に陥るかも知れ無かったと言う子供の立場的に悩ましいエピソードもあったりします。)の事や辞書で色々調べなかったと言う事実が数十年にもわたった勘違いって凄まじいと実感してみました。




