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3 体と心は繋がっている

正直言って、このサブタイトルがあっているか判りません。

後日変えるかも知れませんが忘れるかも知れません。


 外からドーンが戻ってきたとき、手にしていたのは大降りのポットと小ぶりのポットだった。

 お茶を入れていたというのは本当の事で、どうやら大降りのポットは研究室の面々への差し入れらしい……彼らは大変喜んでいたが、これが稀なケースである事は彼らの反応からも判るだろう。

「おっかえりー、ドーン」

 だから、奥の部屋にドーンが入って来た時には当然と言うべきか。

 小ぶりのポットが、一つ。

「ちょっとドーンさん、これってばどうなってるの? なんかどんどん重くなるんですけど?」

 困った顔をしながらも笑顔を崩さないというのは器用なものだと、正直ドーンは思う。

 他人から見てどんな風に己が見られているのかドーンは興味がなかったけれど、きっと隠しているつもりはないから感情など幾らでも表情に表れているのだろうとドーンは思っていた。

 実際のところは、周囲には長衣と眼鏡しか記憶に残ってもらえないと言う現実があったりするのだが。

「疲労」

「……ああ、真面目にやっていた証拠って事?


 それって喜んでいいのかな? ご褒美ねだっても良いって事? だよね? 当然だよね?」


 根が真面目なのかどうなのか、ドーンが留守にしていた間はずっとしゃかしゃか振り続けていた様だ。

 首をこきこきと鳴らしながらも振り続けている姿と言うのもまた、器用なものだとドーンは思う。

 どんな妄想を脳内で繰り広げているというのか……外の連中と言うよりドーンの両親と古くからの使用人。それと真実レンの身内と呼べるべき存在以外は知らない事だが、レンにはかなりの妄想癖があるんじゃないかと言う気がドーンにはしている……実際、一度はそのあたりを両親やレンの身内に問いただしてみたのだが……そっと視線をそらされた以上は使用人の子供と言う立場的には何も言う事は出来ないものなのである。

 まあ、厳密に言えば本来は使用人でも使用人の子供と言うわけでもないのだが。

 もっとも、やはり三人娘あたりに知られたらえげつない形相で食って掛かられそうな気がするので断固として口を割る気は毛頭なかったりするけれど、ドーンはレンの身内である公爵一家から身内同然と言う扱いをしてもらっている……ドーンの両親は「お遊び気分で本気」と言う意味不明な信念の元に使用人を貫いているが、どうも両親も本当はそれなりに良い所の出ではないかといぶかしんでいる。

「レン」

 ついと伸ばされた手は、白い。白くて小さい。

 まるで子供……実際に成人には年数があるのだから子供で間違いはないのだが、幼児とまではいかなくても成人間近には見えない。

「やっと解放ううううううう! 自由だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 大げさな喜び方ではあるが、色々な方法で室内の音声どころから色々なものがもれない様なつくりになっているので研究室の面々はこの部屋で何が行われているのかは一切検知「出来ない」しないのではない。出来ないのだ。


 ぽん


 振り回すかのように振っていたレンから受け取ったドーンは、いともあっさりと片方を開けた……どうやら物入れになっていたと言うのは振っている段階で気が付いてはいたのだが。

「出来た」

 何時の間に用意されたのか、テーブルの上にはポットから注がれたお茶の入ったカップが二脚。

 そして、透明な器に出された中身は……白い。

「何、これ?」

 レンの疑問にそっと差し出された器には、スプーンがきちんと添えられている。

 ついでとばかりに、そこに細長い四角い物体も添えられている。

 どうやら、食べ物らしい事が判った。

「……冷たい!」

「チーズバニラアイス」

 茶色くて四角い物体はウエハースで、レンはしばし甘さを抑えたひんやりとサクサク感に舌鼓を打った。

「相変わらずドーンのお茶は美味いなあ……て、それどうするの?」

 今の今まで十人が見たら十人がメロメロな上にもれなく卒倒しそうな笑顔をしていたレンは、突如として不機嫌な顔になる……こんなに表情豊かな顔を、ドーンは外でレンがしたのを見たことはない。

「外」

「勿体無い! 奴らにくれてやるなんて損失も良い所じゃないか!」

 法廷ならば「意義あり!」とでも言う台詞が出てきそうな勢いだが、ドーンにしてみれば「何をこの程度で」と言う所なのだろう。

 実際、その心積もりを隠す気も無ければきちんと読み取ったレンは、いかにドーンの作ったチーズバニラアイスが美味なのかを絶賛し……つまり、他人に分け与えるならばこの場で一気食いしてやるとまで宣言した。

「いつも言ってるじゃないか、僕はドーンがこっそり奴らにお茶を入れてやるのだって本当は心の底から反対なんだ。奴らは別にドーンの事なんて何も知らないし知らなくても生きていくのに支障があるわけでもない、単に利用できると思っているだけの事であって研究室を貸す事だって十分すぎるほどの施しなんだよ」

「……別に」

 大した事だと思っているのはドーン以外の全ての人たちなだけで、ドーン本人には美味しいお菓子の開発も美味しいお茶を入れるのも、研究室を雑務と引き換えに入り浸る面々にもどうだって良いと言う気持ち程度のものしかない。

 その感性そのものがおかしいとは誰もが思うけれど、相互理解が出来ているわけでもない人達は事実を検証するでもなく摺り合わせをするわけでもない為、結果としてすれ違ったまま遠く離れてしまう。

「とにかく! あんまり奴らに餌を与えちゃ駄目だ、時には厳しく接するのも躾の一環なんだよ」

「躾……」

 ドーンに言わせれば、レンは研究室の面々をペットか何かに見えているのではないかと言う気がしてならない。

 本人的にはどうだって良いと言うレベルで気にもかけていないのだが、まるで動物園の飼育員にでも見えているのではないかと言う気すらするのだから不思議だ。

「生めない」

 辟易した気分で口にしてみれば、レンは残っているチーズバニラアイスを是が非でも食いきろうとしているらしく……別にまた作ればよいわけだし腹を壊すのはレンだから余計にどうでも良い事だが。そろそろ舌が麻痺しているだろうに一生懸命さだけは伝わった。

 そう言う所は、正直嫌いではない。

 ただ、迷惑な所はあるけれど。

「そらあでえ……しだが動かない……」

 多少は冷めたとは言え、紅茶を差し出してやれば口の中が冷え切っていたのだろう。

 しばし口に含んだ上で飲むのだから、その根性を別の所に使えばいいのにとも思う。

 口にしたところで無意味だから、ドーンは決して口にはしないが……過去、一度ならずとも言ったのだ。そろそろ自力での進化学習を行ってもらいたいものだ。

「だから! ドーンの作るものは全部僕の物だって事、判ったね!」

 まったく聞いていませんでした。

 そんな事を言ったらどうなるだろうか……と、内心でドーンが思っていた事は口にしない方が二人とも幸せになれるのだろうとドーンは思う。

「ねえ、ドーン」

 切り替わりが行われるのは、いつだって突然だというのが現実だ。

 レンの口調と表情が真面目なものになったのは、どう言う意図があるとしても。

「僕達の世界はあの家から学園都市へと広がったけれど、その分だけ僕は心配なんだ。

 ……ドーンはとても素晴らしく優しい良い子なのに、学園のほとんどの人たちは知らないし知ろうとも思っていない。影でドーンがどんな扱いをされているか、泣かされたり苛められたりしてるんじゃないかと思うだけで、僕はそいつらを一族郎党呪い滅ぼしてやりたくなる程度には心配なんだ」

 茶化したり、大げさな態度だったりしたら対応もそれなりで済むのだが。

 こうして、心の底からの感情を持ってこられると普通は対応に困ると言うものだ。

 ドーンだとて、不安に思われているのも心配されているのだって判らないわけではない。むしろ、わからない方がどうかしていると言ってよいくらい理解出来る。

「洒落にならない」

「本気だからね!」

「尚悪い」

 レンが本気になれば、今までだってドーンに悪意を持って接してきた人達をどうにかする事は決して不可能ではなかっただろうし今からだって出来ないわけではないだろう。

 それだけの権力を、レンは持っている。

 公爵家と言うだけの話ではなく、またレン・ブランドン個人としての能力でもある。

 しかも、それをドヤ顔で公言されたドーンにしてみれば頭痛の種としか評価のしようがない。

「やる」

 他人の評価も見る目も気にしないと豪語出来るドーンではあるが、己が原因扱いで別の誰かに悪い影響が及ぼされる事は流石に止めてほしいと思う程度の感情はある。後が面倒だからだが。

「やったあ! 入れ物ごと持ってっていいの?」

「……後で返せ」

「今日のデザートは決まりだね! 夕飯が楽しみだ」

 ちなみに、ドーンの想像では今までの言動はアイスを独占する為だけの台詞だろう……ただし本気の。ならば、アイスを献上してご機嫌を取れば済む話だ。

 最悪なのは、例えアイスを献上してご機嫌だとしてもアイスは一晩もすれば流石にどろどろの液体になるという所くらいなもの。幾らレンが他人には見せないドーン専用の我侭小僧でも、これでアイスがどろどろになった責任を取れと詰め寄られるのは嫌だなあと思うくらいの感情はあった。

「でもさ……本当にドーンの作るものってすごいよね、幾らでも沸いて出てくるって感じで」

 ドーンがこの学園に来た理由の一つは、レンのお供だ。

 いかに公爵家がバックに付いてるとは言っても、単なるパトロンとしては破格の扱いだと言う事くらいドーンが世間知らずでも判っている……もっとも、それ以上の成果は出しているという自負はあるが。

「もしかして、まだ気にしてるわけ?

 ドーンがどうしても気になるって言うなら、僕は止めないよ?

 止めないけど……本音を言えば、別にそんなのどうだっていいじゃないって気はする。

 だってそうだろう? ドーンが生まれた時からの事を知っている僕らが居るのにさ……」

 拗ねた様子を見て、これが何度も繰り返されてきた会話だと言うはドーンにもレンにも判っていた。


 ドーンには、幼い頃の記憶がない。


 正確には、5歳より前の記憶がない。

 単に成長して忘れてしまっただけの話、と言うには済まない気がしてならないのがドーンの抱えている闇だ。

 両親が居て、両親の雇い主が居て、彼らは生まれた時から側に居てくれる。置いてくれている。

 これまで何度も繰り返してきて、けれどドーンは思う。

 心が悲鳴を上げる、何かが違うのだと叫んでいる。

 忘れている事を思い出せない、何を忘れているのか判らない。

 そもそも、忘れていると言う事そのものが勘違いなのではないかと言う気だってする。誰かが嘘をついていない限り、ドーンの持つ焦燥感は単なる勘違いに過ぎない。

「「ごめん」」

 同時に繰り出された言葉は、やはりこれまで何度も繰り出されたことだ。

 ドーンのごめんは、それでも諦めきれない自分自身を許して欲しい。でも許されなくても繰り返すだろうと言う謝罪。

 レンのごめんは、子供っぽい感情をさらけ出してしまう。けれど、これからも繰り返す事が判っていると言う謝罪。

「ドーンの事は、生まれた瞬間から知ってるのになあ……」

「どんな記憶力……」

「ドーンの事だったら、何時どんな言動をしたかまで全部覚えてるからね!」


 それってどこの犯罪者……。


 美形だから許される犯罪と言うのは、美形でなかったら許されないという事。

 だが、幼い頃から毎日だって見てきた顔に今更見ほれるほど浅い付き合いをしてきたわけではないので。

「ドーン、引いた? 引いちゃった?」

 うきうきわくわくと言う表情を顔に乗せたレンは、瞬きすらしないでドーンをじっと見つめている……至近距離で。


 正直、息がかかりそうで鬱陶しい。


 自分の分さえまともに食べる前にぶんどられたドーンにしてみれば、舌の感覚が麻痺するほどアイスを食べまくって満足したレンを見るのも……うんざりだった。


あ、誤字脱字がございましたらご一報下さい。

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