37 未来(さき)見えぬ限界
夢は夢だから楽しいのだと言う経験を皆さんはありますか?
僕は……せいぜい、夢の国で買った帽子は日常では使えない事実に「なんでこんな高価なものを…!」と言う誰かは一度は通りそうな事に出会ったくらいです。あの帽子、どこに行ったかな?
さて、世の中には「メイド喫茶」や「執事喫茶」と言うものがあります。これで大人になると「クラブ」とか「キャバクラ」って名前に変わったり変わらなかったりする事になります……が。
そう言うのって、日常でも欲しいですか?
学園都市に、一つの変化が起きた。
季節外れの新入生が現れたのだから驚きだろう。
驚きは、まだまだある。
これは貴族の子女にはよくあるが、メイドが着いてきた。貴族の場合だと執事の場合もあるが、これは季節外れだからと言うのもあるのだろう。
基本、学園都市は特定の入学日以外での入学を認める事はない。
とは言っても、全く無いわけではない。入学者の学習要綱によっては学園都市の中に居ては勉強出来ない事もあるのだから当然だろう、逆に学園都市の中でしか出来ない勉強と言うものがあれば尋ねたいと思う者も居るくらいだ。学園都市では机上の勉強ならばどこの国にも負けない知識を有しているが、逆を言えば素材さえあれば学園都市に拘らなくても構わないと言う話もある。
もう一つの理由は、その人物の格好だ。初日こそ東宝の貴族階級の服を着ていたのだが、翌日からは見たこともない様な服を着ていた。
更に言えば、その人物はどこにでも居る様な顔をしながらも学園都市一変人の名を欲しいままにしているドーンにまとわり着いているのだ。これは多くの者が一定の距離を保って逃げの姿勢に入ったが、ドーンには基本的に漏れなく学園都市一の美形少年のレン・ブランドンが着いてくるのだから、周囲にとって見れば近づきたいのか逃げ出したいのかよく判らないと言うのが本音だ。
しかも、当のドーンと言えば流石に「学園都市一の変人」の名を欲しいままにしているだけあって真面目に通常運行だ。これはハンカチを歯で噛み切りたい女生徒達にとっても由々しき事態だったりする。
「なんであんな変人にばっかりイイ男が集まるのよおっ!」
これが、実の所を言えばレンに恋する女の子達の言い分である。
ドーンにしてみれば冤罪も良い所だと多方面の意味で叫んだかも知れないが、実際には聞こえてもいないのだから声を出す事さえしない。
確かに、一般人に埋没しようと思えばしてしまいそうな容姿をしている秋水ではあるものの。それでも、人目を全く引かないかと言えばそうでもない。落ち着いた物腰、柔らかな眼差しは見つめられたら心が落ち着いてほっとして、次第に落ち着かなくなるだろう。
それに、駄目なら駄目でレンを紹介してもらうと言う手もあると言う考えを持つ女の子達は肉食だ。
小動物の子よろしく、ガタイの良い変わった服を来た新入生が街中を学園都市一の有名人二人と連れ立ってメイドを引き連れていれば、それは目立つなと言う方が無理な話だ。
「いやあ……これはアレだな、テーマパークみたいだな」
「テーマパーク?」
「一般的には娯楽施設。うん、複合娯楽施設かな? 俺はあんまり行く機会がなかったんだが……」
無理もないとは、思わないでもない。
もしかしたら、秋水はまだ実感が伴っていないのかも知れない。
そんな風にレンが思ったとしても、それはそれで当然だった。
異世界からの来訪者。ただし生身ではない。
学園都市理事会とギルドが秋水を調べて出た結果が、それだった。
異世界と言う概念がそもそも薄いので信じるは少々難しい。けれど、それを決定付けたのはドーンの提出したレポート。魔法による世界と一つの泡と考え、世界の展開が泡の複合体であると言う仮設から「とりあえず様子を見る」と言う結論に至ったわけではあるのだが、何よりも遠方の隔離地域の住民だと秋水を決め付けた場合には説明のつかない「知識」が幾つもころころ出てくるのが理由の一つでもある。
生身ではないという理由は、ドーンが先日秋水に襲い掛かったことから端を発する。
秋水は人形みたいなもので出来ていると言い、その肉体の組成成分表を提出した。加えて、秋水の体から人にあたる血液に相当するものも一緒に提出したのも理由だ。ただし、その成分はどちらかと言えばただいま研究中であり、かと言って人体実験よろしく隔離して研究すると言うのもやめたほうが良いと言うレポートを同時に提出している。
何が起こるかわからないと言うのもあるが、それ以外にも理由がある様だ。
その為、ドーンは学園都市理事会及び全てのギルド上層部へ「手出し厳禁」を通達した。
こう言う時、ギルドのトップクラスとかレンの公爵家の名前というものをふんだんに使える立場と言うのはありがたい。レンはあまり良い顔をしなかったが……本気になったドーンにレンが勝てる日は、きっと遠い。
ちなみに「手出し厳禁」にはもう一つ意図があり「触るな危険」と言うものだ。
肉体的組成成分に関しては嘘か奇跡か幻の様な確率でくみあがっているので、下手な手出しをすればどうなるか予想がつかない。場合によっては、学園都市一個分を丸々窪地かもと言う「お墨付き」を出したのだ。加えて「いつ、組成成分のバランスが崩れて崩壊が起こるかも知れないが。次の瞬間かも知れないし10年先の事かも知れない。その際に事態を収められる存在があれば良いけどな」と静か故の緊張感を与えたと言うのだから恐ろしい。
通常、駆け引きとして捕らえるのであれば馬鹿みたいに危険性を訴えるか所有権を力強く主張するのが通常だ。だが、ドーンは常と変わらぬ調子で語った。しかも所有権を主張せず、さりとて危険性を全面に押し出すわけではなく単に「予測はつかない」と言う立ち居地を貫いた。つまり、周囲からしてみれば「判らないのは本当かも知れない」と思わせるのには十分だったと言える。
「面白かったんだ、俺は小さい頃の記憶しかないけど絶叫系とか観覧車とかメリーゴーラウンドとか。ぐるぐる回ったり凄いスピードで走ったり。空を飛んでる感覚とかも普通にあって……」
ある程度の年齢を重ねてからは行かなくなったが、人によってはマニアの人もいたと語る秋水は物珍しそうに周囲を見回している。己が目立っている事に関しては気づいているのか気づいていないのか、一応は事前に予測不能な件については語っておいたのでそれほどの問題には対処しないといけないとレンは思っていた。
「家族連れとかが多かったけど、カップルで行ったり。ジンクスとか色々あったなあ……」
「ジンクス?」
「おまじないみたいなものかな? それとも習慣? 思い込みでも暗示でも良いけど」
魔法がない世界から来たと語る秋水は、己が別の世界に飛ばされた事を案外すんなりと受け入れた。
それには、秋水の職業が関係しているのだというのも「異世界」と言う概念を確定させた理由の一つだった。
「魔法がないと言っていた割には、ずいぶんと魔法について知識が明るいですね」
「いや、そう言うものは魔法じゃなくて俺達の世界では科学と言っている」
「カガク……ですか?」
レンやキャシーには馴染みのない単語だ。
魔法や魔法力学と言ったものに関しては、それほど知識も技術も明るくないレンでも多少は出来ない事はない。ギルドで冒険などに出たりする事がない人にとってはそうでもないが、独学で勉強が出来る程度の知識や才能、もしくは環境と言ったものが少しは設備のある集落でも可能だ。
けれど、秋水は「カガク」と言うものを説明しようとする時に少し悩んだようだ。
「誰でも同じ動作をすれば、同じだけの結果が得られる理論。とでも言えばいいのかな?」
数学や物理などは、数字が違っても公式に当てはめる事によって同じ答えを得る事が出来る。これを科学と言っても良いだろうと秋水は言う。
逆に、秋水に言わせれば少し説明してもらった魔法は馴染みがない為か制御が全く想像がつかない。これは文系の脳みそや考え方だと主張していた。
そう、秋水は魔法が使える筈だと言われても全く想像がつかない。
だから「貴方は魔法が使えます」と言われても頭の中で繋がらない。
変な所で理論派であると言う秋水は、己が納得しない限りは理解が出来ないらしい。らしいと言うのは自己主張なだけであって、うっかり「これはそう言うものだ」と言う乱暴な理論を押し付けて納得させてしまうと出来てしまうと言うタイプだと言う事をレンとキャシーは理解した。
「カガクねえ……キャシー、シュースイ殿の言うカガクとやらは何か似ているものがあるかな?」
「秋水様のおっしゃり様ですと……レン・ブランドン様、呪符系等が近いのではないかと推測します。もしくは、一般的に魔法の使えない使わない技術の関係者であるならば理解も出来るかも知れません」
キャシーの言い分に、レンは考え込むようにうなずく。
納得したと言うわけではないが、頭の中で想像する努力をすると言うのは必要な事だ。
「あれ、魔法が使えない人もいるんだ?」
秋水の言葉に、ちらりとレンが視線を向ける。
それだけの動作で、キャシーはレンが説明を任せたのだろうと判断した。
これは、ギルドの上位者だからと言う事であって決して説明が面倒くさいからだとは思いたくない……いかにキャシーと言えど、面倒くさい事を押し付けられたのだと言う事は思いつきたくない。
「秋水様、お答えします。
世の中には様々な方がおいでになります。無論、潜在的に魔力の高い方も低い方もおられます。また、その方向性、種類、術者となるべき方の意識もあれば魔力に対して耐性のある方、ない方も普通においでになります。
魔力の多い方には自分自身の持っておられる魔力だけで生活の全てを補う方。または、魔力付与の道具を使用する方もおいでになります。通常ですと魔力付与には一度きりという制約がございますが、魔力持ちの方は自らの魔力を提供させる事により効果を持続させると言う事が可能です」
「ええと……つまり?」
色々と言われた事もあるのだろうが、どうにも想像がしにくかった様だ。
「例えば、ここに魔力付与をされた武器があると仮定し、効果の持続時間はいかほどになるでしょう?」
「武器は武器だから……ずっとじゃないの?」
「まさか、とんでもございません」
口調は平坦で表情に乱れもない、一歩下がって控えたままで「仕えている」と言うのに相応しい対応であるにも関わらず、どうにも落ち着かない気がすると秋水が言ったのは然程前の事ではない。
落ち着かないと言うより、何かぴりぴりした物に触れているような感じとでも言うのだろうか。
キャシーはメイドであると同時に護衛でもあるのだから、当然と言えば当然の事かも知れないが秋水曰く「俺がいた所は襲われる事は滅多になかったけど。事が起きたら基本的に死ぬしかないって感じだったからなあ。自衛して身を守れると言う感覚がよくわからん」とか本人曰く「運動神経は悪いとは言わないが期待しないでくれ」と言う点からも平和な場所だったのだろうと思われる。
無論、前述の「カガク」なるものが発展していたと言う「誰もが同じような結果を出せる理論的な概念」とやらがあったのであれば魔法の様に簡単な方式であろうと術者の精神に多大に作用されるものなど発展しなかったとしても想像はしやすい。
ただ、秋水に言わせれば「だからと言って良い事ばかりとも限らない」と言う事だが。
「と言うと?」
「一度です」
「……え?」
「どんな武器であろうと、一度振り下ろせば効力は切れます。防具が展開されるのは一瞬です。
そして、どれだけ強い守護の守りのついた品物を身に着けたとしても次の瞬間には殺されて居る事でしょう。運がよければ怪我で済むかもしれませんが」
「……効率悪くない?」
「しかも、魔力付与が科せられる物質とは基本的に物体に対する抵抗力は酷く弱いものであると言うのが通説でございます」
つまり、物理力と魔力と言うのは反比例をするものだとキャシーは言いたかったらしい。
ちなみに、このあたりの理論であれば学園都市ではなくても初級の魔法理論の本やちょっと記憶力の良い人ならば大抵は知っている基本中の基本だ。
「最低の基本としましては一回分は一回分に過ぎないと言う所に特徴がございます。ですが、その純度や方向性については別の問題となります」
「純度?」
「はい。例えば、同じ魔力付与のついた武器で攻撃をして同じだけの腕力で行動を行った場合、純度の低いものですと破壊力は高くはありませんが純度の高いものであれば金属を熱したナイフで軽く削ったバターの様な滑らかさで切り落とす事も可能です」
「あ、もしかして体験談?」
「お答えできません。契約上の問題ですので」
「ああ……個人情報? 企業情報? どっちにしても開発秘話な話だよね、了解」
と言うわけで、今回は秋水の世界をちょこっと垣間見てみました。
あと、秋水さんの正体が微妙に判明しました。
ちなみに秋水はおまじない系は信用しないし神仏に頼るのも良しとしない方向性の人です。どちらかと言えば「世の中は所詮金か……」と斜めでものを見てひねくれる事が多かったのです。どんな人生送ってるんだか。
「カガク」と言う概念がない学園都市ですが、別に物理法則が全く無いわけではないので微妙なあたりです。あと、魔法道具の概念も僕の独自のものですので他の方の設定と異なっているとしても「そういうもんかあ」で流していただければ幸いです。電池と言うより魔力を含んだ石は使用者から魔力を流し込む伝導媒体と考えたほうがわかりやすいかも知れません。なので、魔力の性能もさる事ながら魔力鉱石を使った道具を使っても結果が異なるのが普通の世界だったりします。
てなわけで、今回の一言は紫電腕さんから。
「調査隊の現場指揮官やってたんだけど……誰が気が付くんだ?」
名前の由来は「紫電の太刀」から。どっから出てきたのかは僕が一番知りたい。




