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34 黒い蝶は導きに羽ばたく

文章の書き方というのは、人によって様々だ。

まるで回路の設計図のように一つ一つを緻密な計算の様に書き上げる人も居れば、建築物の様に構想から実物の本に至るまでスケジュールを組んで書く人もいるのだろう。お会いした記憶はないので覚えはないが。

ちなみに、僕の場合は知っている人は知っている通りに「召喚型」です。

パソコンの前に座ってプログラムを起動すれば、きっかけさえあればだっだかだっかだっかだ~♪と勝手に両手が文字を打ち出してくれます。

……気力と体力と時間を引き換えにしてな!


どんなやり方であろうと、体にあったやり方が一番良いとおもうのですよ。

いや、本当に真面目に。


 目が覚める瞬間というものを、人は覚えているだろうか?

 それは大体が毎日行われている物事ではあるけれど、目覚める「瞬間」となると人はそううそう覚えてなどいない。

 何故ならば、それは「夢」と「現実」の境界線なのだから。

「貴方……誰?」

 ただ、目が覚めた直後に自分はまだ夢を見ているのだろかという気がキャスレーヌはしていた。

 出してみた声は枯れていて、お世辞にも聞こえがよいとは言えない。

 まるで、自棄酒をして記憶をなくした次の日みたいだとぼんやり思って、その割りに二日酔い特有の辛さを感じないのは目が覚めて体を動かしていないからなのだろうかという気がする。

「ごきげんよう、マルグリット」

 夢を見ている気がしたのは、体がほわほわと浮いているかの様な感触がするからだ。

 学園都市には様々な品々がとてつもない数々の方法で入っては出てを繰り返しているから、実際の所を言えば中の教職員は一般の市民よりもよほど良い品々に恵まれて暮らしている事が多い。流石に、試作品段階のものが多いとは言っても普通の人に使わせてみる事で統計を取っているのだから、両者ともに共犯みたいなものだ。別に犯罪でもなんでもないし、これは学園都市理事会が許可しているのだから誰彼憚る事もなく業者の持ってくる商品を使ってはアレコレと口を出す事はするけれど、今の自分自身が横たわっている寝具は心地よすぎで家に帰れなくなりそうで怖い。


 でも、来年はあそこを出なくちゃならない。


 マルグリット・キャスレーヌは、教師だ。

 多くの人がそうである様に流されてきた関係で就いた教職ではあるけれど、キャスレーヌにとって教師になるなど幼い頃は考えた事も無かった。

 好奇心は人一倍あった、興味は尽きなかった、知らない事を知ると言う喜びだけで満足していた。

 もっともっと知りたかった、世界の全てを知りたかった、誰も知らない事を知りたかった。

 でも、世界はキャスレーヌにとって優しくは無かった。

「ごきげん……よう?」

 金の光がきらめいているのが見えて、世界は優しいもので溢れているかの様に見える。

 これはなんだろうかとぼんやりと思う以前に、なんだか全ての物がどうでも良い様な気がしてくる。

 全身が疲れ切っており、虚脱感は半端なものではない。

「目が覚めたのならば、起き上がって食事になさるといいわ。

 貴方は昨日、倒れるように眠ってしまってから今までずっと眠っていたの」

 ふんわりとした空気を身にまとい「彼女」は滑らかな仕草で立ち上がった。

 今まで側で本でも読んでいたのだろう、その手には分厚い書物の形をしたものがあって、けれど書物ではない事をキャスレーヌの知識は判断を下している。

「昨日……」

「ええ」

 まるで、空気の流れに乗る花びらの様な仕草だ。

 掴みたいと手を伸ばせば、それは手に触れるのを拒むかの様に避けてしまう。

 求めれば求めるほど、手の中をすり抜けてしまう。

「ど……してぇ……」

 立ち上がっていたはずの「彼女」は、こちらをじっと見据えていた。

 どこかで見た事がある様な、それでいて一度も見た事がない様な、そんな感じ。

「……だけ、なのに。ただ……」


 記憶。

 繰り返し繰り返し、呼び起こされては消える記憶。

 見た事がある、それは過去の一場面。

 くるくると回るかのごとく、心に刻まれている、いつかの昨日。

 決して消えることはない、決して無くなる事はない。


 もう、思い出したくなどないのに。

 願ったことは、ただ。


 幸せ。


「大丈夫」

 潜り込んだのは「光」に耐えられなかったから。

 現実を見せ付けられ、とてもではないが耐えられないと気付いてしまった今は潜り込む程度の事しか逃げられない。

 だけどそっと、なでられた。

 感触を感じて、けれど動けなかった。

 突っ伏して、顔を埋めて。

「だけど」

 優しく、けれど確実に存在しているのだと教えてくれる。


 手。


「それを選んだのは、あなた自身だから」

「ち……が……!」

「けれど」

 叫びたいと思った、けれど出来なかった。

 怒鳴りたいと思った、何が判るのかと。

 でも判っていた。

「明日の貴方は、また選ぶ事が出来る」


 自分だって「彼女」の事は何も知らない。

 そんな相手に、自分自身の事なんて理解出来る筈もない。


「これまでだって、貴方は選んできた」

「違うわよ……」

 力が弱いのは、心のどこからで知っていたから。

 心は、自分自身を裏切らないから。

 知っているから、余計に。

「流されてきただけ、何かを選んだりなんかしてないわ」

 だから、口から出る声に力はない。

 起き上がるのが辛くなるほどの上等なベッドのせいにして、視界に入る光が眩しくて動くことも出来ないのだという事にして。

 撫でられる指の感触をそのままに、気持ちのよさを無視して。


「自分自身で生きる以外に道なんて無かった」

「一人だけで生きてきた」

「研究している事なんか問題じゃない」

「女であるだけでギルドでも下に見られるのよ」

「近寄ってくる奴らはろくでもなかったわ」

「身内面したあいつらなんて人殺しでしかないくせに」

「周りが何を言っているかなんて知ってるわ、知らないわけないじゃない」

「良い年して色ボケなんて、まだ可愛いものよ」

「財産狙いとか言われたわ」

「身分違いも甚だしいとかね」

「彼だけは違う、他の誰とも違うの」

「素敵なんだもの、仕方ないじゃない!」


 撫でられる指は優しくて、うっとりしたくなる。

「彼だけじゃない」

 優しい、優しい手は涙さえ浮かびそうになる。

 泣く必要なんてない、ましてや何も関係ない彼女の前で泣くなんて普段のマルグリット・キャスレーヌならば逆立ちしても考えなかっただろう。

「誰もが特別、誰もが違う、同じ人なんていない」

 撫でられて嬉しいのに、何も言えない。

 言っている言葉にうなずきたいのに、出来ない。

「そんなの綺麗事よ」

 思わず鼻で笑っている自分自身を発見してしまい、少し悲しくなる。

 彼女の言っている事を肯定してしまえば、これまでのマルグリット・キャスレーヌが否定される気がしたからだろうと言うのも想像する事が出来る。

「いけないの?」

 撫でられる指、触れる手はそのままに。

 なんて事のない言葉を発していると、ただ告げられる。

「綺麗事はいけないことなの?」

「現実的じゃないわ」

「いいえ、現実よ」


 考える。

 綺麗事があれば、今の自分はどうなっていただろう。

 思う。

 綺麗事があれば、今はここに居なかっただろう。

 想像する。

 綺麗事があれば、彼と彼女と出会う事は無かっただろう。


 つまり、今のマルグリット・キャスレーヌは存在しない事になる。


「貴方を否定しないわ、拒絶する事も切り捨てる事もあるかも知れないけれど」

「……意味が判らない」

「貴方を嫌いではないってだけの話だけど」

 くすり、と笑われたような気がした。

 でも、嫌いじゃない笑い方のように聞こえた。

「別にいいじゃない、綺麗事でも。ハリボテでも。本物でなくても」


 少なくとも、貴方が感じた心は本当の事でしょう。


「それにね」

 何も知らない彼女を思って、彼女は何も知らない筈なのにと思う。

 知らないから言えない言葉がある筈なのは確かだが、知らないからこそ言える言葉も世の中には存在する。

 だが、それは存在しなければ出来ない事。

 存在しない者には言えない事。


 たった一人では、言う事も聞く事も出来ない事。


「嘘を突き通して真実にする事もあるのよ、目の前にある現実は事実だけれど真実とは限らない。

 真実は恥ずかしがり屋さんで、とても臆病なの。だから目の前にあるとは限らない。目を凝らしても耳をすませても鼻をひくつかせても、現れてくれる事はあっても誰も気が付かない事だって普通にある」

 柔らかかった指が、ついと離れた。

 寂しいと、掛け値なしに思った。

「でも、紛い物は所詮紛い物よ……」

「だからこそ、貴方は「解析」で真実を知りたかったのね」

 心臓を針で一突きにされたかのような、そんな痛みを感じた。

 実際には、そんな目に合っているわけではないけれど。

「確かに、隠された方が良い事も世の中にはあるとは言うけれど。だからと言って隠されたままで良いわけではない物事だって存在する。それはとても正しい。

 でも、それを選ぶのは誰なのかしら?」

「え……」

 体は、まるで雁字搦めに縛り上げられたかのようにピクリとも動かなくなっている。

 それに気づいて、でも物理的な力ではないから気力だけの筈だと思って。

「知らないから出来る事もある、知っているから出来ない事もある……同じ道を歩むのであれば、知った上で道を進みたいと思う事は、果たして……どうなのかしらね?」

「どうって……」

 逆に、それはどういう意味なのだろうかと言う気がする。

「例えば……誰かが幸せになる事を願ってつかれた嘘は暴く価値があるのかしら? 知る事によって傷つく事が判っている秘密を知る事で、秘密を秘密のままにしておいてはいけないと本当に言えるのかしら?」

「……意味が判らないわ」

 本当に、突然言われた意味が判らなかった。

 唐突といえば、あまりにも唐突だ。

「例えばの話だから……でも、もし貴方が『全ての真実を明らかにしなければならない』と思っている人であるのならば。

 まずは、あなた自身の秘密を全て明らかにするところから始めてはいかがかしら?」

「……言っている意味が、本格的に判らないのだけど」

「ええ、だから例えばの話よ。

 別に真剣になる必要はないわ、でも……貴方が言った「綺麗事」が本当に役立たずで優しくない代物であるのならば。それを証明して見せて欲しいと思うのは我侭かしら?」


 そりゃあワガママよ。


 咄嗟に、言葉は出なかった。

 真剣になるなと言う割りに証明しろというのは、別に矛盾ではないけれど矛盾がないとも言い切れない。

 逆ではないが、真横というわけでもない。

「そうしたら、教えて欲しい事があるの」

「何を……いって……」

 涙は出ていないが、鼻の奥がつんとするのを感じて。

 頭に血が上って、何を言ったら良いのかすら判らなくて。

「貴方の幸せ」



「それは夢であるとしかお答えできかねます」

 返って来た言葉に、マルグリットは「そうよねえ」以外の何かを言う事は出来なかった。

 自分自身でも他にないだろうとしか思えなかったのだ。

「キャスレーヌ様の仰るような『金髪碧眼の黒いドレスを身に纏った美しい少女にも女性にも見えるような存在』などと言う稀有な御方に関して、現在こちらにはおいでになっていません」

「ちょっと、脚色しないでくれる?

 私が言ったのは『金髪碧眼の黒い服を着た女の子』としか言ってないわよ」

「さて、そうでしたでしょうか?」

 キャスレーヌは、起こしに来たキャシーに突然「お風呂と食事の支度をして頂戴」と言い放ってから精力的に動いて、キャシーが洗濯しておいたらしい服に袖を通し、基礎化粧品くらいしか置いていないと言うギルドの屋敷にある化粧品を使いながらぶつぶつと文句を垂れてから精力的に働いていた。

 このまま住み込まれたら困るとキャシーが内心思っていたのは……半分くらいは冗談だ。

「お支度が終わりましたら、いかがなさいますか?」

「帰るわ、どうせギルドにも私が起こした問題は届け出られてるだろうし?」

「では、契約を破棄なさるおつもりで?」

「どういう意味よ? どうせあんた達が報告してるんでしょう、ドーンの掟破りのアレとか何よ? 私なんて必要ないじゃない、馬鹿馬鹿しい」

「私どもは私どもの報告はしましたが、それ以上の事はしておりません」

「はあ?」

 もりもりと食事を平らげるキャスレーヌを横目に、キャシーは給仕に余念がない。

「契約外ですから」

「……ここであんた達を怒鳴りつけて怒るのと、感謝するのとどっちがいいのかしらね?」


女性は強いと言う。何故なら女性は現実に生きるというから。

男性は弱いとも言う。何故なら男性は夢を追いかけるから。


今、男性の女性化や女性の男性化が問題となっていると言う噂がある。

強くなってゆく女生徒弱くなっていく男性。それらはどちらも腕っ節や生活能力の問題らしいが。

精神的にはどうなのか、誰も語りはしない。

少なくとも、心を燃やして生きる存在にはどちらも無関係かも知れないけれど。

けど、女性の方が問題が起きた時に立ち直りが早いのは何時の時代も瓦ない気がする。


今回の一言は見かけはメイドさん、中身は意外と…なギルド上位ランク者のキャシー(仮)です。

「御用をお申し付け下さい、ご主人様」

外見モデルは、某スイスの山の少女に出てくるロッテンマイヤーさんエプロン装備仕様です。まあ、あの人がエプロンつけた姿って見た事ないけど。

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