30 忠義の犬と盲目の踊り子
日本と言う国は世界でも大変珍しいと言う話を聞いた事があります。
大抵の国は多少の誤差はあってもほぼ一年を通じて同じような気候だとか……ほぼと言っても幅の大きさに関しては「おい」といいたくもなりますが。
つまり、日本ほど四季のはっきりした地域はなかなかないのだそうです。
同じ大地にあって気候が全く異なると言う地域なら大陸にはありますが、これだけ小さな大地にあって時期によってまったく違う顔を見せるというのはあまりないんだそうで…でも、昨日みたいに九州方面で30度だけど帝都は(推定)25度とかなると、それもそれで不思議です。
その場所は、学園都市の外周にある。
とは言っても、以前起きた件の貴族の屋敷ではなくギルドの管轄する屋敷。と言うよりは家だ。
どちらかと言えば、ギルドの上級者がしばらく住み込む家と言っても過言ではない。場合によってはその家に積みついてしまう事もゼロではないが、そう言う事はそうそう起きない。
大きさとしては、ちょっと大きな家と言った位で寝室は大体4つ程度。
台所が一つ、食堂と客間、家族用の食堂は台所と併設されている。
ちょっとした一般家庭ならば2家族くらいは平気で住む事が出来るのが、この手のつくりだ。納戸に関してはランドリールームや使用人部屋などに使う事も出来るので寝室の数は一定ではないとも言えるが、ちょっとした別荘としてのつくりでしかないと言えばそうなる。
学園都市と言う場所さえ考慮しなければ、ちょっとした地方の家屋としては十分な標準仕様と言えるだろう。
あくまでも、土地や家屋の所有権の取得が難しいとされる学園都市でなければ。だが。
外見的に言うのならば、極普通の一軒屋だ。
二階建てで、ある意味では特徴らしい特徴がない。
壁はクリーム色に近い白で屋根の色は緑。上下にスライドする窓と木枠のブラインドが両手開きになっている程度のものだ。
家の側には井戸が設置してあり、近くの小屋には基本的に隣の家に住んでいる管理人と折衷してミルクや卵を食べる事が出来る。まあ、隣と言っても片道で数分は掛かる距離に住んでいるのだが。
そんな、いかにも牧歌的な田舎の家屋的風景に三人の人物が来た。
本来ならば、もう少し早く来る事も可能ではあったのだが常識的な範囲内の行動を求められていた事もあったのが最大の理由だ。
一人は、言わずと知れた学園都市一の不審人物。ドーン。
もう一人は、ドーンの腰に手を回して支えるかの様に心配げな瞳を一身に向けているレン。
最後の一人は、少しだけ離れた距離で憎憎しげに毛布の塊にしか見えないドーンを嫉妬心全開で見つめまくっているキャスレーヌ。
正直な話、事情を知っている者が一人でも第三者として参加していたならば心の底から「なんでこいつら一緒にいられるんだろう」かと思ったかも知れないが。少なくとも三人ともそんな事は誰一人としてそんな事は考えていなかったので仮定法はあくまでも仮定法にすぎない。
「レン・ブランドン君、本当に行きますの?」
いい加減にしろ、と事情を知っている者がいたとしたら以下同文。
実際、ここに来るまでに事情を知っている何人かは「本当に大丈夫なのだろうか」と思って、本当に口にした。
その瞬間、キャスレーヌからは手痛い仕打ちと言うか冷たい視線と言うか、そんな感じの目に合わされたりもしたのだが。
「別に、先生は同行されなくても良いんですよ?」
「そんなわけにはいかないわ! 大事な生徒が得体の知れない相手のところへ乗り込もうと言うのに、保護者である私が一緒にいかないなんて、そんな事は許されないのよ!」
今日も今日とて派手な格好をしているが、よく見ると細かいところがヨレていたり色あせたりしていたりするので。もしかしたら、すでに着替えすらまともに持っていないのではないかと見る者が見れば判ってしまう。
もっとも、教師と言えど支給品の魔導師ローブなどそうそうに購入など出来る様なものではないのだが。
「でも、僕にはギルドの上位者であるドーンも……」
そもそも、勘違いではあるがドーンが一人で行くと思った時は「私の部下としてきちんと責任を果たしなさいよね、貴方にはその程度の事くらいしか出来ないんだから」と居丈高な方向性は変わらずに宣言していたにも関わらず「じゃあ、支度して行かないとね。郊外だと街中と違って入用になっても直ぐ手に入るわけじゃないし」とレンが動き出したら即効で「勿論私も行くわ!」と言い出したのはご愛嬌と言うべきなのだろうかと悩みたくなる。
「ドーンが頼りになんてなるわけないわ! レン・ブランドン君だってあの時に一緒にいたでしょう、この子はギルドの仕事として守るべき「解析」の使い手である私を放って逃げ出したのよ、あり得ないわ! それなのに上層部はこの子に何の落ち度もないと言うのよ、どいつもこいつも目は節穴よ!」
最初に出された命令も異なれば、お互いの知っている情報だとて違うのだから無理もない話しだ。
ドーンはドーンでギルドの上位者として自由行動が基本的に認められているし、キャスレーヌはキャスレーヌで根本的な命令として「あの二人の邪魔をしてはいけない」と言われていたのだが都合よくすっぽりと命令は頭の中から消えうせている様だ。
「おまけに、結果として「解析」を行う前に「場」を「解体」なんてしてくれたのよ。私の邪魔をしたのよ! それなのに……」
「良かったじゃないですか、中にいた人に命の別状がなかったのですから」
「そんな事……!」
「これはある筈もないと言う事を前提でお話するわけですが……万が一、先生の「解析」が遅れてしまったら。あの人はこの世に居なかったのかも知れないわけです。生きて、命の別状がない事が判って本当に良かったと僕は思います」
「……それは、そう……だけど、でも私の……」
「失われた人の命を買うことは出来ません」
そこで「ね?」などと優しい笑顔の一つも向けられて、頭の中がぽうっとしないのであればキャスレーヌではないと言って良かっただろう。
もし、そこでキャスレーヌがレンに恋心を抱いていなかったとしたら一つの事実に気が付いただろう。
すなわち「レン・ブランドンの口にした事は綺麗事であり、あくまでもドーンの行いは独断専行に過ぎない」のだと言う事だ。
確かに、ドーンの行った行動は正しい。あえて問題点があるとすれば「独断専行」の一言に尽きる。
要するに、ドーンは誰にも何も言わずに勝手に行動をしたのだ。もし、と言う仮定法の論で言うのであれば可能性は幾つもあり、ドーンには他の二人の身の安全の確認をすると言う義務だとて発生していた。保護ではない。そこにドーンと同じく上級の『女中王』が存在していた以上は限りではないとも言えるが、それでも誰にも何も言わずに行動して良いと言う結果にはならないのだ。
「そ……そうよね、レン・ブランドン君の言うとおりよね。
ごめんなさい、最近あまり良い事が起きている気がしなくて……八つ当たりよね」
けれど、恋心に支配されているキャスレーヌは気が付かない。思いも寄らない。想像も出来ない。
そんなやり取りが行われている事を認識しているだろうに、ドーンは何も言わない。キャスレーヌにお詫びをする事も、レンにお礼を言う事もしない。二人がそんな事を望んでいないと言うのを前提としても、やはりドーンの言動は問題だ。
「気にしないで下さい、確かに全部を放り出して行動したドーンに問題がないってわけではないんです。もう一人の方にすべて後片付けをお願いしてしまった事ですし……そう言う意味からすれば、僕も問題。って、事になりますね」
ここで、相手から見て少し寂しそうでいて困ったような表情を見せるのがポイントだ。
誰も彼も、自分自身だとて悪いのだといっておきながら、その実を言えば腹の底では全く思ってなどいない事が次に判った……かも知れなかった。キャスレーヌの目が曇ってさえいなければ。
「レン・ブランドン君は悪くはないわ! だって貴方はギルドとは何の関係もない、学園都市理事会からの指示だって一切出ていない、単なる一般生徒だもの。貴方を守るのは私達の義務であり責任よ、私は教職に着く者としてすべての生徒を守らなくてはならないのだから……でも、私……本当は……!」
でも貴方は、ドーンを守るつもりなんてなかったじゃないですか!
喉元まで出掛かった言葉を押さえる事が出来たのは、視界から外れるぎりぎりの所にドーンが居たからだ。
もしも視界にドーンがいなかったとしたら、つまるところ、レンがキャスレーヌに本性を明らかにしても良いと思っていたのであるならば……。
もしかしたら、キャスレーヌにはもう二度と会えなかったのかも知れない。
「ですが、僕は一般生徒であって何の要請も受けていないのに現場に居ました。最前線と言っても良い場所に現れた事で皆さんの、先生の邪魔をしてしまった事に違いはありません」
元来、レンのみならず金と権力を手にしている者にとって「我慢」と言う言葉は身近にあるか縁遠いかの二分される。
レンの場合は身近にありながら縁遠かった。
望めば、レンの願いは大抵が叶えられたので間違いではない。替わりに、望みを手に入れる為に支払うべき代償が存在したのは別の意味で珍しいかも知れない。
その点からすれば、色々と噂も多き珍しくもないレンの家族と言うのは一筋縄ではいかないのかも知れない。
はっきり言って、学園都市理事会を含むほとんどのギルドからは嫌われている様ではあるが……主軸となっている商工ギルドと冒険者ギルドの長が二人揃って「アイツら嫌い」と言い出したので当然だろう。もっとも「でもドーンは好き」と言っているので、今の所は目立って何かが起きているわけではない。
その点から言っても、レンがギルドに入っていなかったのは本当に運がよかった。もし入っていたとしたら、ある事ない事の理由でとんでもない指令を学園都市から逃げ出したくなるほど出されていたかも知れないのだ。
でも、レンには逃げる事なんて出来ないし理由も必要もない。
と言うより、レンにしてみれば今はお互いで静観しているから動く気はないがとは言っても。もしギルドから理不尽な命令や指示等が来たらぶち切れて何をするか判らない自信がある。恐らく、何も起きていない最大の理由はドーンがあの腹黒狸と狐の二人に何かを進言したからだろうと想像はついている。
そうでも無ければ、あの人達がいかに金と権力を持っているからと言ってレンや公爵家を相手に喧嘩を売って来ない理由などないのだ。
心中をはかれば……気持ちの半分くらいは、とっとと喧嘩を売ってくればいいのにと思う。そうすれば、このいらいらとしそうな馬鹿馬鹿しい気持ちのままで過ごす必要はないのだ。けれど、逆を言えば(これでも)レンの人生の中では比較的静かと言っても良い学園都市での生活をドーンと過ごしているのに破壊されかねないと言うのも理解している。痛し痒しと言った所か。
「だって……それは、ね。
レン・ブランドン君、貴方は『私を』心配して駆けつけてくれたんだもの。それなのに、どうして貴方を責める事が出来るというの。そんな事、私にはとても……」
一体、何をどう考えたらそんな結論になるのだろうかと思っただろう。
事情を知っている人の目から見れば、だが同時に事情を知らない者が見ても違和感くらいは覚えるだろう。
どう見たところで、レン・ブランドンがマルグリット・キャスレーヌ女教師に心を奪われているなどと勘違いする者は存在しない。温度差どころの話ではなく、ふと見ればレンが一度もキャスレーヌ女教師の顔をまともに見た事がないと言う事実に気が付く事だろう。
そう、レン・ブランドンは一部を除いた人の顔をまともに見た事などないと言う事実を。
裏レン再降臨。そしてキャスレーヌは年甲斐もなく度ツボにはまりまくり in my dream。見たいものしか盲目的に見ないという事です。
裏レンの特徴としては顔が完全に固まるので、ラーカイル先生でも時々見逃します。でもラーカイル先生の場合は裏レンと言うより本レンが出てくるので見る機会が極端に少ないという見方もありますね。
今回の一言は、そろそろキャラの数が苦しくなってきたアンレーズ・フォン・ブーリン伯爵令嬢より。
「わたしの初期設定って、どこに行ったのかしら~?」
早ければ、あと10話くらいで戻ってくる……かなあ?
※1 90話越えたけどアンレーズの話が出てこない。ごめん!
※2 誤字脱字の指摘を受けて訂正させていただきました。




