23 これはこれで予想外の現象
世界は回る、地球は回る。
この世界が地球と同じ構造かどうかはわからない。
けれど、世界は常に動いている。変化し続けている。
それは人も変わり続けているとも言う。
変わらぬものなど何一つない。
時間すら変わる。
ただ、自分自身が一番その事を最後に気が付くものなのだ。
三者三様、とでも言えばよいのだろうか。
あくまでも「ぽろり」と口から出てしまったカーラは内心で「あれ?」と言う顔をしているのだが、それが脳みそに情報が伝達されるまでには幾許かの時間を必要としているらしくスローモーションよろしく、よく観察していれば判るだろうが時間をかけて疑問点と表情筋が合致して行っている様だ。
反射的とも言うべき行動に出ようとして動きが制限されているのはレンで、カーラを凝視しているもののいつもの輝かしい笑顔を振りまくようなものではなく。これまた表情筋ががきんと固まっているのだが、どちらかと言えばその方が見る者には恐怖心を与えることも少なくない割りに当の対象者が現在進行形で混乱してるので意味はない。
三人目のラーカイルと言えば「おやあ?」と言う感じで目を見張りつつ、その脳内ではうっかり口から着いてでしまったカーラの心情を読み取ろうとでも言うのか目の奥はせわしなく計算しているのがラーカイルと言う人物をよく知っている者からすれば読み取る事が出来るだろう。実際にする者が居なければラーカイルの脳内でどんな展開がなされているのかは判らないのだが。
ちなみに、ドーンは何かに心捕らわれる事が無く思う事もなく視線も態度もまったく変わらぬ通常運行だ。
実際の問題として、ドーンが超固定範囲捕らわれている結界の中で自由意志を持ったり行動したりすると言うのは非常に難しい問題だ。外部からの心身ともに攻撃や行動に対して極力反応しにくい上に守られている本人が長衣と眼鏡によって覆われている世界の外側に接触すると言うのは非常に骨が折れる。これは、子供の頃からこんな感じの状態になっているのと実力を持っているドーンだからある程度は反応が出来るのだが、もしも今のラーカイルやカーラがいきなり同じ目に合わされたら、外部に意識を向けるだけで何日かかるかわかったものではない。
と言うのは、ドーンとそれに関わる人達以外には関係のない話だ。
「か、カーラ……?」
内心、レンが考えていたのは「恋愛感情で暴走したか!」だったりするのだから、ある意味レンも女性を馬鹿にしている所がある様な気がするが。根本的には一極集中でしかない意識のたまものだ、徹底して一部の関係者以外への内心の扱いは酷い。バレなければ問題はないが。
「やります、私。先生」
「その心情の移り変わりを聞いても?」
ラーカイルの目は楽しそうだが、それはわかっている者が至近距離で見なければ判らない範囲のものだ。
当然、距離のあるレンと見慣れると言うほどではないカーラには判別する事は出来ない。出来ないが……これまでの経験と感がレンには概ねの予測を打ち立たせている。
つまり「ああ、こいつは面白がっているな」と。
ただ、逆を言えばラーカイルも比較的検討する範囲でカーラを認め始めているのだと言う前提になっていたりすると言う事実があるのでレンも一時の感情で「ちょっと待て」とは言えない事実だ。
「いけませんか?」
ラーカイルにしてみれば、この急激な心情の変化を面白がっている所はある。
何しろ、つい今の今まで恋する乙女モードと商人魂モードが両者譲らずといった所だったのだ。それがここまでころんと意見を変えてしまうのには何か理由があるとしても穿ち過ぎではないだろう。もっとも、カーラのどちらの気持ちにも同じ行動はしても結果的な部分が異なると言うだけであって協力すると言う選択肢はかなり揺らいでいたのも事実。
「いけなくはありません。ありませんが……こう見えても、疑わしきは突き詰めて疑って行く心積もりでして」
「生徒を疑うんですか?」
「生徒というのは、単なる役職で名称で階級に過ぎません。
私が教師であると言うのと、同じだけの区分けです。そこに主であり副業たる職業が関わってくれば、各々の立ち位置に多少の変化がつくという程度です。
貴女もそうではありませんか、生徒であり商人であり研究者である。そんな貴女と全く同じ立場、見方、判断が出来る者がどれだけ居ると思いますか」
そう言われてしまうとカーラにも否定できる要素は多くはない、ないが否定したい衝動にかられるのは相手であるラーカイル意思が別の意味で油断ならない人物だからかも知れない。何がそうさせているのかは不明だが、そういった中でカーラの心情が上向き方向になっているのを感じても居たのだが。
「でも、実際問題として寮に住むって事はどうなんだろう? 言っておくけど、うちの寮は人が入る余地はないんだけど?」
状況の回転方向によっては対立も辞さないと言うぴりぴりした空気を知らず発しているレンの態度が悪くなり……ここで、初めてカーラはレンとラーカイルが一枚岩ではないのかも知れないと思う。
「それに、いざ引越しとなると周りが何か言わないかな?」
最終的には、恐らくバレるだろう。
キャスリーヌとリリアントとアンレーズの三人は特に反応が酷いだろう、もしかしたら他のクラスメイトや知らない人達にも何か言われるかも知れない。あるいは、商売にも支障が出るかも知れない。
流石にラーカイルも「そこまでは考えて居なかったな」と言う表情をするが、本気でそう思っているかどうかは別の話だ。
「部屋に関しては物置扱いの空き部屋を片付ければ良いだけの話ですが……確かに、周囲に関する説明はどうしたものですかね? 言い訳としてはカーラがレン・ブランド君に恋愛感情を持っているが故の暴走では話がつきませんし、何より他の人たちが『あらゆる手段』を用いて大挙しても驚きません」
新旧の扱いはあっても、寮のつくりは基本同じ。間取りも同じ。
通常の貴族は家庭の事情や変わり者でもない限り更なる手持ちを崩してちょっぴり広い部屋に移り住むのは当然で、かと言って考えを持っている生徒ならば遅かれ早かれ寮生活を視野に入れる事も珍しくはない。何しろ、中心地から遠い部屋は居住空間はともかく移動には寮生より格段に時間がかかるのだから当然だ。
「物置と言っても、本来は居室として用意されているのですから片付けも僅かで済みますから。一人二人が増える程度なら確かに大丈夫ではありますが……レン・ブランドン君のファン全員を収容できるほどの空きはありませんし」
何と言っても、学園都市を卒業できた子供たち(一部を除く)の評価が高いのは紙の上での勉強、運動能力も含め、時間通り依頼通りに動く実力と責任感、緊急時の対応を含めた全ての行動による結果が記される。左団扇で下にも置かれぬ様な生活ならともかく、一般市民と同等の生活も送れぬ程度の生活能力者を普通は求めたりしない。
「そうですね……ファンの教師はともかく、あの二人を筆頭とした貴族子女が寮生活を営むとは思えません」
何しろ、寮生は二人部屋が基本で定められ配置された家具以外の持込の禁止など厳しい規定がある。
そういう意味からすれば、ある程度は比較的ゆるい制服規定ではあるが、ドーンの近づいたら何をされるか判らない格好がよく通ったものだと感心してしまうほどだ。
「寮によってはお金を握らされて部屋の改造以外の事を黙認させられている者も居るとは聞きますが……」
視線と同時に「そのあたりどうなの?」と問いかけられたレンは、答える。
「そう言う所もあるみたいですね。監督官と一緒になって握らされたお金を分け合っている者もあるとは聞きますし、実際のところは大なり小なりそう言うものが横行しているのは確かです。一般市民の常識の範囲内であれば、うちの寮でもないとは言いません。評価はきちんとしますが」
例え、お金を握らされても報告義務はある。ついでに言えば、その為の制服に掛けられた様々な魔法だ。ちなみに、建物にも監視的な魔法はかけられているので責任者が報告をしなくても自動的に報告はされる。ただし、責任者の報告義務を怠った場合は責任者への評価も各段に落ちるので義務を怠る者は基本的に居ない。きちんと報告をして、握らされたお金を一度提出しておけば最大2割のお金が戻ってくるのだから己の身を危険に晒す者はいない。もちろん、そういう話を断ったからと言って責任者が権力者によって何かされる事は学園都市の警備システム的にあり得ないが、親族全員が学園都市にいるわけでもない場合。実家の人達にまで及ぶ危害まで責任を取れないからと言うのが責任者がある程度の権力者のわがままを飲み込む理由だ。
「キャスレーヌ女教師が教師権限で何かをしようとしても、その心配は少ないでしょう。彼女の契約魔法はすでにそこまで権限を持っていません。侯爵令嬢と伯爵令嬢が己の権限を振りかざすのも、そこまでの実力も所属もありません」
自業自得といえばそれまで、ラーカイルにしてみれば「どこに問題が?」と言う所ではあるが、ラーカイルはある意味で上級職であるためにキャスレーヌの事は割りと知っている。どちらかと言えば、公的権力を用いて彼女を何とか出来るとすればこの場に置いてはラーカイルだけなのだ。
それにしても、個人所有の複数部屋の保有や複数の部屋を取得してぶち抜いたりする改造的行動は認められていない。その為の魔法がかけられていると言うのもあるし教職員や寮長権限ごときでは解除出来ない程度の魔法だ。そこまで行くと修復に時間や費用がかかったりする事も関係しているし。何より世間に退学の上で公表されると言う現実が待っている。
こうなった場合、残念な事にどんな国のどんな機関であろうといい訳無用だ。
その為の「研究室制度」と言うものやギルドと言うものがあったりする。
「確かに、リリィは研究室に入ってるという話は聞いたことがないし。ましてや研究室を持つほどの成果を挙げた事があると言う話もありません」
「アンレーヌ伯爵令嬢も、恐らく実力は医療術においては高いほうだとは思いますし伯爵家の財力を以ってしても中央に取り入る事が出来るほどもないですしね」
ラーカイルとカーラはつい今しがたまでの様子をすこんと忘れたようにお互いで状況の整理を始めており、しかもその事にお互いが気づいていないと言う状態だ。
どうやら、ラーカイルもカーラと同じ研究者気質が目覚めたのだろう。
「どちらにしても、うちの寮には誰かを受け入れる余裕はないんだけど? 特に女性は」
不機嫌そうなレンの言葉に、流石にカーラは少しだけ尻込みする。
例え以前ほどではないとしても、まだまだ恋する乙女な心を忘れていない以上。カーラはレン・ブランドンと言う人物に持っている好意を捨てたわけではないのだ。
ただ、自分自身でも不思議なほどに時間をおけば置くほど熱に浮かれていたかの様な気持ちは凪いで行くのを感じて。けれど、それが決して嫌なものではなくて。
「レン」
そして、今まで黙して語っていなかった人物が口を開く。
ドーンだ。
ただ一言だけ、レンへ呼び掛けただけではあるが言葉の意味を正確に捉えていたのだろう。レンの麗しい顔は苦行に耐える修行僧の様な顔になり、眉間に寄った縦皺から視線をカーラへ向け、内心でカーラがきょとんとしている間にラーカイルと視線で会話したのか、最後にはうつむいて「わ……か、った」と言葉を漏らした。
およそ2秒と47。
「流石ですね、レン・ブランドン君を陥落する手腕は見事としか言い様がありません」
諸手を挙げて褒め称えるラーカイルは、心底楽しそうだ。
もしかしたら、ここにカーラが居なかったら楽しさのあまり踊りだしていたかも知れない。否、恐らく踊ったりはしないだろうが。
「流石のレン・ブランドン君も寮長には逆らえませんね」
「え……?」
「表向きは誰もがレン・ブランドン君が寮長だと誤解していますが、調べればすぐに判る事ですよ。
率先して行動を起こしているから勘違いされることも多いのですがね、実際に同じ寮の中で住んでいても信じない人も多いです。ですが、寮長権限を持って発動する事が出来るのはレン・ブランドン君ではありません」
拍手を1ページ増やしました。
脳内対談シリーズです。
別にそう言うこととは関係ないですが、作中人物の一言コーナーを気まぐれに出してみることにしました。
初回はカーラ・リヒテンシュタイン嬢です。
「こういうのって、普通は主人公から開始なのでは…私が主人公?」
番外編で要望があれば考えてもいいですよ(上から目線)




