22 静かなる対立
前回のタイトルにあった「誤解」が何か、実は書いている本人わかっていません。
正直、後になって「これってここでフラグ回収?」って思う事も少なくありません。
ちょうど、今書いているところも「あれ?あれ?あれ?」と思う所に掛かっています。
変わらないものなど、何一つない。
木や石が化石し、水が空気に溶け、そして変化を起こす。
すでに起きた変化、貴方は気が付きましたか?
「有利な条件……ですか……」
研究者であり商人でもあるカーラを捕まえて「無報酬」などと言う恐ろしい台詞を平然と吐くラーカイルは、一体全体それ以上の「何」をもって報酬とするつもりだと言うのか。
すでにカーラの脳みそは最初の時点での疑問から何からでいっぱいいっぱいで、正直考えると言う行為すら放棄したくてたまらなかった。
片眼鏡をかけた白衣の医師は、こちらをひたりと見据えて視線をそらすのを許さないといわんばかりだ。
「まず、レン・ブランドン君との接触率が増えます……会う機会が増えると言うのが正しいですかね?」
「え……」
いかに色々と問題点が転がっているとは言っても、そこは恋する乙女。
想い人と会う時間や機会が増えると言われて心が弾まぬわけもなく、さりとて同時にプライドだけは高い侯爵令嬢と裏がありそうな伯爵令嬢の顔が思い出されて複雑な顔になるのはご愛嬌と言うものだ。
「まあ、その為には寮生になっていただかなくてはならないのですが……」
「寮、ですか?」
「ええ。リッツ商会の仕事柄、寮に迷惑をかけないためにわざわざ郊外に店舗兼住宅を構えているのに残念ではありますが、その方がこちらの都合が良いのです」
「あの……でも、それなら呼んでくれれば参りますよ?」
学園都市の素晴らしい点は、一般市民でも端から端まで移動するのに周回する乗り物を使って1時間前後。
ギルド関係者は通常で特別枠を取れるので若干早い40分ほどだが、そこにカーラなどの企業的特別枠を使って30分ほどで移動する事が出来る。
「貴女を待つ為だけの事で何十分も待っていられるほどの余裕があると思いますか?」
そこで「はい」と答えられたら、すでに商人にはなれないだろう。
「ですが……」
遊びではないのだ、こちらは仕事なのだ。
そう言えたらよかったが、商人としての計算高さと恋する乙女としての暴走と、研究者としての探究心の全てはこの話に肯定を唱えるべきだといっている。
ここで躊躇うのは、単に話の全容が見えない事とあまり良い予感がしないからだ。
「先程も言いましたが、貴女には断る権利もあります。
まあ、その時には何かが起きるかも知れませんが……」
「脅迫、されるつもり……ですか」
ぎりりと奥歯をかみ締めたのが判った。
無意識の行動、だからこそ納得できていない自分自身と対面している気がする。
「何か勘違いされてる様ですが……あなた方三人の行なった行動と言うのは、たかだかこの程度の事で温情を賜るほど生易しい事ではないと言う事です」
「先生、何を言ってるのか……」
すっと差し出された掌は、カーラに沈黙を促していた。
促していたと言うのは、それこそ勘違いだろうか……差し出されたカーラにとっては強制力を持っている様に見えた。例え、それがカーラの勘違いによる思い込みであるとしてもカーラ本人にとっては現実だ。
「そもそも論として、学園都市は勉学を追い求める為の研究都市です。
まさか、貴女方三人が共同で恋愛に関する玉の輿に乗る方法を模索して論文でも書いていると言うのならばまだしも。貴女方三人がこれまで行ってきた行動で、どれだけの人達が迷惑や被害を蒙ったのか考えた事があるとでも言うのですか?」
心底呆れたように、馬鹿にした様な……実際、馬鹿にしているのだろう。
ラーカイル医師の目は、笑っていない。
恐らくは、ラーカイル医師本人もその迷惑を蒙ったうちの一人だからこその台詞と言う事なのだろう。
はっきり言って「ゴシュウショウサマ」としか言い様がないし、カーラにとっては不本意だ。
「貴女の言い分など、実際どうでも良いんですよ。
はっきり言って、あの二人を煽った末に被害が広がった事もあるのです。ちなみに、証拠関係はすでに学園都市理事会が問題決議としてあげているので止めようとしてもリッツ商会のネームバリューでは止まらないでしょう……それ以前に、一つの国家の一商人が何を言ったところで理事会は公正な判断を下すだけですが」
「ちょっと待ってください、何の事か……」
「ここで言ってしまうと、貴女方の罪をレン・ブランドン君の前で暴露する事になりますが……構いませんよね」
そう言われてしまうと、恋する乙女の部分の自分自身が激しく抵抗して絶叫すら上げている。
あくまでもイメージだが、頭を抱えて「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」と言っている様な気がしてならない……恋する乙女としてのイメージにしてはどこか滑稽で動物的なのは、カーラが恋愛ものに縁が無く興味もなく、とにかく逃亡してきた故の弊害だ。
「そ、それは……卑怯です!」
「何がですか、これは温情ですよ。
それとも……貴女も他の二人同様にしますか? その場合、三人とも関係者係累にまで刑罰は及びますが」
「それははっきりと脅迫です!」
ラーカイル医師はどこか口元を歪めながら「おかしいですねえ、そんなつもりはないのですが……」などと嘯いているが、どこまでが事実でどこからが虚偽なのか判らなくなって来ていた。
事の始まりとは、一体どこからどうなのだろう?
思わず、カーラは現実逃避をしたくなった。
あまりにも初見のラーカイル医師の外見と今のやりとりとにギャップがありすぎる……と言うのに、レンもドーンも我冠せずなのか言葉一つもない。しかも、全力でラーカイルに挑まなければ負けるとカーラの本能的な部分が緊急危険信号を発している。
「話を整理しましょう。
一つ、学園都市理事会はレディ・リリアント、カーラ、アンレーズの三人にこれまでの言動から適用される罰則の話が出ています。
二つ、残りの二人は学園都市理事会がこれから交付する罰則規定にのっとり刑罰を受けます。これは決定事項です。
三つ、カーラは私。ラーカイルの判断により譲渡された学園都市理事会権限の執行に伴い罰則を一部改定を行います。
四つ、その事でレン・ブランドン君とドーン君とカーラの接触回数が増えます。
五つ、これから適用される改正罰則の為にカーラは寮生活の必要性があります。
そして……カーラはそれを拒否しようとしている。
ここまでで間違いはありませんかね、お二人とも?」
初めて、ラーカイル医師の視線がカーラから外れた。
おかげで、ようやくカーラは人心地ついた気がした……というより、呼吸が出来る様になった気がした。
何故こんな目にあっているのかと思うと頭を抱えたくなるのだが、かと言ってここで暴れた所で現状が変わるかと言えばそうでもない。はっきり言って、頭を抱えて悩みたくなると言うものだ。
確かに、あの二人を諌めるつもりで間に入って行動を起こした事は数え切れないほどある。だが、それを何故とがめる理由となるのか。そして、彼女達を止めた自分自身がどうして同列に扱われているのかが解せない……というのが脳内で展開された事象だったりするが、その為に二人を煽って被害拡大させていたと言う事実までには考えが至らない。
何故なら、その結果としてリッツ商会に仕事が入り込んだことも一度や二度ではないのだ。結果オーライならば別にいいじゃないかと様々な諸々を放っておいたカーラの失態だ。
判っていて、あえて説明しなかった人も何人かいたりするのだが……それはそれで、また別の話だ。
ちなみに、ラーカイルも判っていて説明しなかったうちの一人だ。
「ん、そう……かな? ドーン、今の何か間違ってた?」
首を横に振る長衣の人物……というより、もはや長衣にしか見えない。
なんと言うか……巨大な綿ボコリが動いている様にすら見えて、同じ室内にいるのだって本当は嫌だといいたい。嫌悪感すら感じる。でも、その内側にある「何か」が気になって仕方がない。
カーラが両親を、普通ならぐれて不良にでもなったりしてもおかしくないのに半分くらい尊敬の意志を持っている理由はそこにある。
好奇心を包み隠さず否定する事なく、ただ一心不乱に突き進むという事。
研究者にとって、好奇心は最も大切にするべきものだ。とは言っても、好奇心のまま突き進み「知ってはならない事」を知ってしまう場合もあるから見極める目も大切だ。
好奇心を取るか、それとも。
「間違いは何一つない事が確認出来ましたので、話を続けましょう」
「先生」
にこやかな笑みを向けて第二ラウンドを開始しようとしたラーカイルに反射的にびくりと反応してしまうのは、ある意味では当然と言うものだろう。
大人と子供であり、経験地が違いすぎる。
先程までは全力で行動すれば何とか回避できるかも知れないと思ったほどではあるが、今の生命力が精神力を上回ってがりがり削られている状態で続きを行うなど、例えまるっと精神が恋する乙女モードだったとしても何とかなるかどうかと言う自覚をしていた。と言うより、別に恋する乙女モードは単に暴走しているだけだという話もあるのだが。
「はい、なんですか?」
と言うより、カーラは気が付かなかったがラーカイルは無駄に笑顔だ。
この場合の無駄さ加減と言ったら、恐らくはアンレーズでも気が付くかどうかと言う程度のものなので。当然、面識など数える程度もないカーラでは違いなど判るものでもない。
なので、対処の方法も見つからないどころか模索する間も与えられないカーラが言いくるめられようとしている所を勝てるわけもなく。
そんな状態で待ったをかけたのはレンで、一拍置いて事実に気が付いたカーラが胸きゅん状態になったのは言うまでもなく。
「ああ……どうかしましたか?」
しかし、どうやらレンがラーカイルに用事があったわけではなかった様だ。
「……それは、ご自身で口にされた方が宜しい物であると思いますよ?」
「ちょっと先生」
余計な事を口にしたと思ったのか、レンが即効で反応を起こし。
流石と言うか、余裕があれば「あれ?」と思う程度の事はあったかも知れないが気が付かないと言う事態で。
「いい」
「ドーン……」
相変わらず、カーラから見て顔は見えない。
あえて言うなら、全身を以前より強烈になった様に見えなくもない。
色も形も変わっていない筈だし、眼鏡も以前より大きくなった様な気がしないでもないが。記憶が定かではないのではっきりせず、かと言って以前は凝視する事もなかったのだから初めて見たに近い状況で、更に言えば以前は感じていた嫌悪感と言うべきものが、そこまで感じて居ないと言う事実に「あれ?」と言う疑問が湯水の様に湧き出てくる感じがあり。
「嫌なら」
「……ラーカイル先生、ドーンもこう言っている事だし。カーラにだって生活もあるでしょう、ご実家の用事があってわざわざ遠い所に家を借りている状態で、更に寮に住めと強制するのはどうかと……何より、寮に入る生徒は基本的に家を借りられませんし」
これは予算的な問題であり、ある程度の生徒達はある程度の平等さを学ぶ必要があると言うのが趣旨だ。
その為、学園都市には厳密に規定された建築物以外には存在しない。
もし、己の実家の権力を誇示する為に中央に個人所有の豪邸を建てたいと希望を出した所で学園都市法い触れる為に処分対象になりかねない。かと言って、公共施設としてラインと呼ばれる周回用の乗り物とライン同士を繋ぐ様に敷かれているバスの外側ならばどうかと言えば、やはり学園都市として囲まれた中央理事から一定以上の距離を保った場所でなければ建築許可は出ないし、そこまで行けばもはや学園都市の敷地ではない上にやたらと移動に時間がかかるという弊害がある。
学園都市法では、ラインやバスを経由しない乗り物は歩くのが一番早い。自転車もない事はないが、あまり普及していない上に経験者は皆無に近いし、綿密に制定された専用道路以外を走る事は違反となる。
よって、金がある人達はラインの外側ぎりぎりの部屋を個人で所有している人達から借りるしか手段はない。
カーラのリッツ商会は、事務所とカーラの住居として二つを借り上げているが。これでカーラが寮に入ることになれば個人的に借りている部屋は引き上げなければならないと言う法も制定されているのだ。
これは、やはり金や権力による一定以上の偏りを防ぐ為の方法である。
もし、リッツ商会がギルドを起こしていれば話はまた異なると言えるだろうが、そこに至るまではまた違う意味での苦労があるので商人としても学生としても悩み所だ。
「やります」
そこで「あれ?」と言う声がどこからか聞こえたような気が、カーラにはしていた。
何かを考えていたわけではない、かと言って何も考えていなかったわけでもない。
ただ、見ていただけだ。
心情的には初めて、じっくりと、学園都市である意味もっとも評判で、自分自身の中でもどうして今まで放っておけたのかと不思議な気持ちになる存在。
カーラの一言で、ぴくりと反応した存在。
横の恋している筈のレン・ブランドンと言う存在も、正面に向かっているラーカイル医師の存在も。
今だけは、目に入らなくて。
学園都市は広いのでしょうか?
それとも、狭いのでしょうか?
住めば都と人はいいます。
妥協と人は言います。
綺麗事はあるでしょうか? それはどこにでもあります。
真実はあるのでしょうか? それはどこかにはあります。
事実はあるのでしょうか? それは目の前にあります。
10年の暗闇、100年の孤独、1000年の先に
たった一人が救うこともある
たった一言で救われる事もある
でも、それに出会う可能性は…




