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15 強引g・まい・うぇい

恋は熱いスープの様なものだという。

最初は口の中が火傷をする程の熱を持っていると言うのに、いつしかただ冷たくさめてゆくだけ。決して、勝手に温まることはないと言う。

勿論、それぞれの冷める個人差はあるけれど。

そして恋とは、するものではなく落ちてしまう厄介なものでもあるのだ。


「ドーン、女の子が口汚いのはどうかと思うよ」

「煩い馬鹿、こっちだって好きでやってるんじゃないってーの!」

 空を飛んでいた鳥がいきなりきりもみ降下で落ちてくるんじゃないかと言いたくなるほどの速度で、ドーンの口は極端に悪くなっていた。

「ドーン、まさかあの日が近いとか……」

「やかましい、ボキャブラリーの貧困さに嘆いて葱で顔を洗ってかぴかぴになればいい」

「地味にダメージでかそうだね、それ……」

 先程の生殺し発言とは違う意味だろうと思われる遠い目をしながら、ふとレンが何かに気が付いた様だった。

「ドーン?」

「そうだよ、気づくの遅すぎ……ああ、もう!」

 床を踏み鳴らして何かに耐えている様にも八つ当たりをしている様にも見える姿だが、それを見ていたのはレンだけだった。

「いい加減にしなさいよね、カーラ・リヒテンシュタイン!」

 空気を切るように人差し指をさしたのだろうと言う感じがしたが、実際には空気を切る音が耳に聞こえたわけではない。それでも、喧嘩を売る様に発した言葉から察すると……そういう事なのではないかと言う気はする。

「あんたそれでもリッツ商会の跡継ぎなの、後継者なの、長子なの、才女なんて煽てられて周りにちやほやされて、あげく学園都市では色ボケばばあよろしく腑抜け街道まっしぐらですか、ああそうですか、そんな程度のお嬢様のお遊びをやる為にこんな所まで来て何やってるんですか、はっ! 馬鹿馬鹿しい!」

 言っている内容の一つ一つは非常に棘が鋭くて痛くて、もし普通の状態だったならば何らかの異論反論をした挙句相手の精神がぼっきりと音を立てて折れるほど追い詰めていっただろう。

「あんたがなりたかったのは、そんな程度だって言うのね!」

 だが、今のカーラは普通ではなかった。

 無論の事、こんな状態を普通だといってしまうと普通に申し訳ない気がしてならないのだが。

「そうしたら次はどうかしら? ドレスを着る? 化粧をする? 観劇する? 男と連れ立って一晩中遊び狂うのかしら? そうして見知らぬ男の子でも孕んだあげく、一生を酒と後悔の中で生きていく人生でもするつもりは? まあ、あんたにはお似合いだけどね! それでこれから先の未来で貴方を見限ったリッツ商会は延々と言われる事になるのよ『才女とか言われていた女が居たけど、色ボケで人生を台無しにしてしまった。リッツ商会も金儲けは出来ても子育ては出来なかった』ってね、あんたがそうしたいならすればいいわ。それがお似合いよ!」

「ドーン!」


 ごうん


 文字通り、そうとしか表現出来ないような暴風が舞っていた。

 流石に結界が敷いてあるだけあって壁の前まで模様として描かれたと思われていた円の部分で途切れている……調度品などはその限りではないが、すでに今より若干弱い風が吹いていたときに壁際まで動いていたので今の問題は純粋な風だけだ。

「無茶をするな、ドーン」

「いいんだよ、ちょっとどころじゃ無く無茶の一つは二つしなくちゃならない時ってのはあるんだから」

 それでも、レンが血相を変えてドーンに駆け寄る程度には危険だったのだろう。

 とは言っても、とうの本人は「ちょっと風が吹いたかな?」程度の威力しかなかったようだ。

 どうやら、ドーンが全身をすっぽりと隠している長衣は何らかの魔法でも掛かっているのだろう。まるで全身を守る鎧の様に多少ひらひらとゆれてはいるけれど傷一つない。

「それは男の台詞でしょ!」

「外れ。そんな事に性別は無関係だし」


 ぴん

 ぱし

 ぱしん


 何かが破裂したり小さなものがぶつかっているかの様な音がしているが、それが何なのか目で見る事はできない。確かめようにも吹き荒れる風が視界を覆っているのか、それとも別の威力が混じっているのかは不明だ。

「こういうときは眼鏡があったほうが便利よね、完全な風除けにするにはゴーグルじゃないと無理だけど」

「確かにね、次からはゴーグルにする?」

「怪しさが倍増じゃない、買出しにもいけなくなるような格好は却下よ!」

 流石に、あの格好をしていたとうの本人ですら「あ、あやしい……」とは常日頃から思っていたのだろう。

 全力全身から「拒否しますオーラ」が出ている。

「ま、そんなドーンも可愛いけど……どうするつもり? なんかさっきから状況が一行に改善してない気がするんだけど」

 ドーンを庇う様にカーラの視線から外れたレンは、ドーンと違って普通の平服だ。

 一応、学校の制服を着ているのだから簡易結界的な防御力はある。それを逆手にとっていじめなどが起きると面倒な方法を取る者も若干居たりするが、それは別の話。本当に簡易的なものである為、服のあちこちは空気によって切られている。

「あのね、レン」

 最初から倒れる事もなく自然に立っていたドーンの表情は明らかに……怒っていた。

 この状況もそうだし、これまでの環境も含めてそうだったのだろう。怒っていた。

 大事な事なので、もう一度繰り返して置こう……冒険者ギルド登録者ドーン・クリムゾンは怒っていた。

「何、ドーン」

「その台詞、マジで言ってる?」

「まじ……本気って事?」

「勿論当然もちのろん!」

 張り切ってると取れなくも無いが、ドーンは珍しく怒っていた。

 確かに、これまでも怒る要素は掃いて捨てるほどあった。

 この学園都市に来る羽目になった時も、当初は一人だけで来るつもりだったがレンが付いてきた。

 実家ではどこからか学園都市に行く事になった事がそこいら中に知れ渡っており、挙句で紆余曲折あって女性のほぼ全員から敵認定を受けた……当然レンのファンだ。この男は年齢も職業も問わないが玉に性別を超越される事もある……どうせなら本人が超越しても面白そうだが、ドーンの面倒が増えるだけだ。

 ようするにレン・ブランドンと言う男は基本変わらず常にドーンの後を突いて回るカルガモの子供の様なもの……実家の公爵家の中で働いている人や懇意にしている人などはともかく、今ほどではないがドーンにかけられた面倒の大部分はレンが絡んでいると言っても良い。流石に少々人生に疲れてしまった事と、その他の事情が諸々重なってくれたおかげで公爵家から出る事になった時は微妙にほっとしたものだ。

 そんなドーンの苦労を知っていたのはドーンの両親だけではなく、懇意にしていた者はほぼ全員だったので色々な意味でほっとしたものだが……蓋を開ければ公爵の手紙と一緒にレンが付いてきたと言う有様。

 予想と違わずというより予想以上に面倒な日々を送っていた原因と言えば、こんな格好をさせたあげく常時魔力展開とか24時間修行状態にさせられているわ、外見的恐怖心から知り合いの一人も出来ないわ……流石にギルド関係の知り合いはいるが、それと友人関係等は話が別だし。装束を取ればよいのだろうがレン一人ではなくもう一人、現在は医師として学園都市に常駐しているギルド名を『聖なる魔剣』、登録名をレーヴァテイン・ラーカイル・エクスカリフも製作には関わっている……レンは悪気はないが結果的に苦労をかけさせてくれるし、ラーカイルはレンよりはるかにマシな思考回路をしている。

 だから、我慢していた。

 人付き合いは環境の事もあってさほど困っていなかったし、ギルドの用件さえ通常運行ならクラスメイトだけではなく学園都市中の人達にうさんくさいと怖がられても別に何とも思わなかった……そんな環境だったから、余計に過去の「なくしもの」に心惹かれたのかも知れないけれど。

「お前が! そこいら中の女の人に余計な笑顔振りまくからこんなことになったんだろうが!」

 首根っこをつかんで、ドーンがレンをゆさゆさと揺らす。

 とは言うものの、ドーンはそこまで腕力が強いわけではないし身長差がある事から少しばかりツボをついたりしているのはひ弱な女性のオプションと言う事で目を瞑っていただきたい。

「あ、もしかしてしっ……」

「何をにこにこ笑顔で言ってるか、貴様ぁっ!」

 この状況でも判別できる程度に顔色を悪くさせながら、それでも嬉しそうな笑顔で返されれば怒りの一つも湧き起こると言うものだろう。

「そもそも、それは彼女の問題だろうが!」


 何を人の話を聞いてるんだ、お前はと言うやつは!


 力いっぱい振り回しても、顔色が悪くて酸欠前と言う程度しかダメージが与えられない屈辱感にドーンは内心打ちひしがれていたが……まあ、それはそれとして。

「彼女?」

 首はつかまれたままなのだから顔色が悪いのも当然そのままであるとして、それでも小首をかしげる姿は常と違って可愛らしさすら感じるのだから「所詮、世の中顔か」とドーンが思っていたとしても仕方がないだろう。

「さっきから誰の話をしてると思ってるんだ!」

「え、ドーンと僕の話でしょ」

 疑問符すら付かない台詞に色々な何かが音を立てて壊れていく様な気がしてはいたのだが……ドーンはやめた。

 すっぱりと、気にする事を止めた。

 付き合ってられないと言うのもあるし、それ以上に優先順位の問題であるとか色々な事情が絡んでいる。

「ところでさあ、ドーン……」

「今度は何!」

 離した手で自らの頭を抱え、内心「Be cool!」と叫び続けている所に声をかけられれば、普通は怒鳴りたくなると言うものだ。

「さっきから風が強くなってるって……知ってた?」

「そ……そういう事は先に言えっての!」

 カーラを中心に描かれているかのように見えた、室内の図柄。

 本来ならば、それは水洗いをしようがお湯で洗おうが石鹸を使おうが決して落ちる事はない。

 なぜなら「そういうもの」だからだ。しかも自動修復機能がついており、意外と危険の多い各ギルド長の部屋には必ず一枚敷いてある。それは結界への信頼の証とも言える。

 だが、今やその図柄はほころびを生じているが目に見えていた。

 思わず、じっと目を凝らしていれば悲鳴を上げているかの様に図柄は静かに点滅するかの様にほのかな光を浮かばせたり沈ませたりしている。

「えー、だってドーンが関係ない話に持ってったんじゃないか」

「拗ねた口調で言うんじゃない!」


 がお!


 まさしく、今のドーンはそう言う効果音がよく似合う感じだ。

 もし、これが何の問題も無い状況で見たら「可愛い」となでくりまわした挙句、我慢の糸がぷっつんと切れたドーンに返り討ちに合うのは日常茶飯時なのだが。

「こら、どこに手を回してるんだ!」

「まあまあ、気にしないで……ドーン」


 その瞬間。

 カーラと呼ばれている人物は、認識していた。

 ああ……と、何かを理解していた。

 それは決して望むものではなく、出来れば間違いですらあって欲しいと思っていた事ではあるけれど。

 例えるならば、それは長い間正しいと思っていた事が。たった一つの物的証拠によって間違っているのだと思い知らされる様なもので。

 自分達は、自分やリリィやアンヌを含めたレンに黄色いを声を上げていた女の子達は本当に。

 本当に。

 彼の目に映っていなかったのだ。けれど、それは当然の事なのだ。

 彼が望むのは唯一で、その唯一に対して決して良い感情も態度も持っていなかった。影でリリィやアンヌが他の女生徒達を炊き付けたり牽制したりしていた事を知っていた。

 でも、カーラは参加していなかった。

 参加しないと言う名の、参加だった。

 直接手を下すわけではない、けれど見ていた。

 愛おしい者を辱める者達、それを見ているだけえ諌めるわけでもなく手を貸すでもなく傍観していたカーラ。

 もし、カーラの愛する弟妹がそんな目に合っていたらどうするだろう?

 きっと、そんな事は許さない。


 左目から一粒の雫が。

 流れたのを知った。


愛とは育てるものだと言う。

恋愛もそうだしお見合いをして結婚する人も居る。

どちらにも言えるのは、基本的に一目ぼれはない。

逆境の中で結ばれた人達は些細な所から繋がっていると思っていた絆は、あっさりと途切れてしまうとも言う。

だから人は、己より小さいものを守ろうとする。

己より無力なものの為に尽くそうとする。


そして何よりも強いのは。

もろく弱く壊れやすい「愛情」を育て上げることを諦めなかった人なのだ。

例え、その方法が褒められたものではなかったとしても。

ただ「事実」を以って。相手に「そう」であると認識されなかったとしても。

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