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14 氷の花が紅にきらめく時

女の子が女の子でいられるのは、人生でもほんの僅か。

けれど女の子は生まれた時から女で、女は生まれる前から女優らしい。

女の人は子供をつくり、女の子は流行を作る事もある。

では、その間の男の人と男の子は?

一体何をしているのだろう?

そう、選挙時以外の政治家の様に。


 カーラに向けられた視線は、二人分。

 一人は、想い人であるレンののもので正面に立っている事と己の恋心がそうさせている自覚があるので視線を外したいと言う気すら起きない。

 もう一人は、きっとそこにいるんだろうなと言う事くらいしか判らないけれど十中八九そこに居るのだろう。視界の外で明らかに変人と称される長衣を頭から被って表情が見えない様になっているドーンのもの。

 もちろん、ドーンの視線など感じたくないし考えたくも無い。想い人の男性からの視線を受けて美しい顔を眺めているほうが学園都市一の変人で不細工な男性の顔など誰が考えたいと思う事か。

 だが、ふと恋心に汚染されきっていない部分のカーラ・リヒテンシュタインはこっそりと呟く。


 ドーンって、どんな人?


 そんな事は一度も考えたことがないし、想像するのも背筋に何かが這い回るような不快感を感じる。

 だからこそ、レンの従者だと言う事くらいしか知らない。

 逆を言うならば、どうしてそれしか知らないのかと言う事にもなる。

 これって問題ではないだろうかと、恋心に汚染されていないカーラと。そんな事を気にするよりあの方のご尊顔を賜る機会を削ってどうするのよ、と言うカーラがせめぎ合っている。

 何より、今日はいつもの二人が側にいないと言うのに。

 そんなつまらない事に関わるなんて冗談じゃない、と言う気持ちと同時に複雑な感情が沸き起こる。

「思ったよりは進行速度が遅いみたい、でもギルド長達には退出していただいて良かったわ」

「ちょっと、ドーン!」

 カーラの目の前には、綺麗な顔をした男性がいる。

 男性と言うには幼さを残しているけれど、それでも他の同級生に比べればとても理知的だ。

 どちらかと言えば、実家や研究室に居る年上の男性達に近いように見えるのだから不思議なものだ。実際の年齢は同級生よりも若干前後する筈だというのに。

「何を怒ってるの……大丈夫よ、別に全部脱ぐわけじゃないわ」

 カーラは背後から透明度の高い明るい声をした少女の声が聞こえた気がして、同時に不快感を覚える。

 せっかく綺麗なレンの顔が何かに怒ったかのように見えるのだ、なんて勿体無い事かと思う。そして、レンに不快感を覚えさせた存在へ瞬時に憎悪を覚える。

 カーラだけではない、プライドが無駄に高い貧乏侯爵になるリリィも。選択授業の関係で接触することが多いけれど金持ちと言うだけで通常では受け入れられにくい趣味を持っているアンレーズも居ないと言うのに、一度でよいからレンと呼びたいのに、その許しを簡単に得ているのが学園都市一の変人で醜いせむし男だなんて、と言う気持ちと。それに反発する気持ちが混ざっているのがわかる。

「それに私よりも、彼女はレンに反応しているのよ。あまりおかしな行動は起こさないで」

 対等な物言いをする声は、少し高い少女のものであると理性は教えている

 可憐な穢れを知らず純粋な少女を連想させるが、性格はさほど甘やかなものではないんだろう。

 きりっとした、少し引き締める感じの言葉遣いだ。

「けど……!」

 どうしてだろう、とカーラの全部が疑問を持つ。

 なぜだろう、と恋心におぼれている部分だけではなく冷静に見つめていたはずの自分自身まで問いかける。


 この人は、私を見ていない。


「僕は! ……僕は心配なだけだ」

「まったくもう、いつまでたっても過保護なんだから……だからいつも言ってるじゃない、こんな所までついてきたら神経性胃炎でお腹に穴が開いちゃうわよ」

「そのシンケイセイイエンとやらになって、ドーンが帰ってくるのなら胃袋の一つや二つくれてやってもいいよ」

「人の胃袋は一つしかないんだって言ってるのに……牛じゃないんだから」


 何の会話をしているのだろう、とりあえず意味が判らない。

 何で彼女は平気なのだろう、彼が心配しているのに。

 何を平気だというのだろう、何一つ平気なことなんてない。


「第一、お腹痛くなったら美味しいものだって食べられなくて勿体無いわよ」

「ドーン!」

「大丈夫よ、レン。

 私は、負けない」


 一体全体、何が悪かったというのだろうか?

 その光景を見た人は誰もが瞬時にそう思った事だろう、仮に誰かが「天の怒りだ」と指をさして叫んだとしても誰もが理解はしても納得はしないかも知れない。

 それほどの、状態だった。

「困ったものね……目の前に美味しい餌をぶら下げて置いたのにルアーだって事がバレたのと同じ程度に残念無念って所だわ、しかも少し面倒な状態よね」

「餌って……」

「餌だとちょっと上等な表現だったかしら?」

 くすり、と笑う声がした。

 何故、そんな余裕のある声を出せるのかが判らなかっただろう。

 もしも、その場にある者があれば。


 室内は、決して広いわけではない。

 かと言って、家具が脇に寄せられた部屋はそこまで狭いわけではない。

 せいぜい、ちょっとした応接間程度の広さに過ぎないのは真ん中が開いているからだろう。

 誰が寄せたわけではない、けれど家具や調度品は意志ある生き物であるかの様に少しずつ動かされていたに過ぎない。

 そう、誰かが動かしたに過ぎない。

 だけど、それは誰だったのだろう?

 ギルドの長は二人とも早々に立ち去った……追い出されたに近いものがある。商工ギルドの長は最後まで文句を言いたかったようだが、このツケは冒険者ギルドの長が安くは無い支払いをしてくれる事だろう。

 この部屋に居るのは三人、双子は未だにこの部屋に入ることは許されていない。

 残っている一人は、黒髪に紫の瞳の美男子。見ているだけで一日中でも時が過ぎるのを感じることはないだろうといわれるほど、人当たりもよく親切で成績も優秀。剣術や棒術系の泥臭い戦いは見たことがないが、動きのしなやかさから見て運動神経も悪くないと言われている。

 そして、もう一人。


「それにしても……少しではないくらい鬱陶しくないかしら?」

「ああ……まあ、そうかもね?」

「別にどちらが主導権をとるかはどうでも良い問題なのよ、別に人が堕ちるならとことんまで堕ちればいいわ」

「いや、それを言っちゃうのもどうかと思うけど……」

 ドーンは、ドーンと呼ばれている少女は長衣のフード部分を外していた。

 眼鏡を外し、フードを外せば学園都市一の変人ではなく少し変わった格好をした美少女となる。

 ドーン本人も何か憑き物が落ちたかの様な、晴れやかな笑顔だ。

「堕ちないなら堕ちないでいいし、堕ちるならそれなりの対処の仕方があるって意味よ。

 言ってはなんだけど、中途半端って一番力加減が難しいのよね」

 言いながら、ドーン・クリムゾンと呼ばれた美少女は長衣の下で何かを探しているのかごそごそと身動きをしている。その姿を状況を考えなければずいぶんと微笑ましい表情でレンは見つめている。

 あくまでも、レンが見つめているのはドーンだ。

 目の前で嵐が起きて、家具や調度類が無残な目に合っていても全く気にしないだろう。

 今のところ、一定の距離を置いて離れた家具は位置をずらされた程度でそこまで酷い目にあってはいないが、それでも目の前で大抵の事が起きたとしても何か心を動かされる事はないだろう。

「でも……そういう状態って一番辛いのよね、生殺しで」

「ああ……凄く理解出来るよ、生殺し……」

 レンが思い切り遠い目をしているが、その理由までドーンには思い当たらない。

 だが、風に嬲られながらも切ない瞳を虚空に向けた姿すらうっとりを視線を向けたくなる姿なのだから性質が悪い……稀にその魅力が通用しない人物も確かに存在するのだが。

「レン? 生殺しに何か思い出でも?」

「いや、いいんだよ。ドーン……君は知らなくてもいいんだ、生殺しなんてドーンには似合わない。生殺しなんて目には僕がさせないからね、この僕が……!」

 なんだそりゃと言うのがドーンの偽る事のない本音ではあるのだが……とりあえず、レンにはずいぶんと造詣が深いのだろうなとしか思わない。当の本人は何があったと言うのか、まるで血反吐を吐き奥歯が折れる様なダメージに耐えているかの様な悲壮感を漂わせているし、恐らくは大多数の人が見れば美しい姿に意識が持っていかれる事だろう。

 まあ、ドーンや極一部の人達にはその限りではないのだが。

 と言うより、そんな場合でもないのだが……というのも本音だ。

「まあ、そう言う事なら……頑張って生殺されてくれていいけど……」

「それは……流石に……一応聞くけど、それって本気で……言ってるよね、ドーンだもんね。そりゃ本気だよね、いいんだよ、いいんだよドーン……俺なんて毎日毎時間いつだって一日中生殺しの憂き目に会ったって、それでドーンが幸せなら俺なんか幾らでも生殺しされても全然……全然……」

 何やら、事情を全く知らない人から見れば「大丈夫なのか、この人?」と言いたくなる状態ではあるのだが。実際問題として「何やってんだ、この人」とドーンは思って居たりした。

「自分自身に酔ってる姿って……きもい」

 ぼそりと呟かれた一言は、常と違って美少女然とした姿をしている筈なのに。やはり中身は「学園都市一の変人ドーン」でしかないのだとほっとさせるほどの一言だった。と、事情を知るものが見れば思っただろう。

「よ、酔ってなんかいないからね! 全然酔ってないからね!」

 慌てふためいてぴしっと姿勢を正している姿を見ると、綺麗な顔にある意味騙されたと言って良い女性達はそれでも誑かされたままだろうし。逆に色々な意味で超越した精神を持っているドーンの視線は非常に冷たく鋭く、眼差しは生ぬるい……見られている身の上としては、十分怯えても良いくらいだろう。

 実際、どこからか吹く風の中心となっているだろう位置に居るにも関わらず。その前後に居る二人には何やら完全に無視され状態のカーラは、理解できない背筋の寒さに逃げ出したい衝動に駆られていた。

「いい加減にしてくれないかしらね……。

 ねえ、貴方もそう思うんじゃない? 少なくとも、レンなんかに出会わなければあのままの人生を突き進むだけと言う寂しさ大爆発で将来どうなるかわからなかったとは思うんだけど」

「ドーン、それ褒めてないよね?」

「当たり前じゃない、なんでレンなんか褒めないといけないのよ?」

 これでも学園都市一のモテ率を誇るのがレンではあるが、そんなものには土台興味がない。これっぽっちもない。

 かと言って、人の評価が気にならないかと問われれば気にはなる。

「いや、だって……ねえ? 頑張ってるつもりなんだけど! 頑張ってるつもりなんですけど!!」

「別に頑張るのはレンにとって必要な事であって、他人にどうこう言われたりする必要なんかないじゃない」

 一刀両断。

 あまりと言えばあまりの台詞に、レンは内心で泣き崩れて床に土下座さながら頭を打ち付けたい衝動にかられていた……が、今度は何を言われるかと思うと恐怖心で泣き崩れることも出来ない。

 恐らく、心中は「頑張れ男の子、頑張れ男の子」と自分自身に暗示さながら呟いていたりした。

「そもそも……頑張ってるのが自分だけだとでも思ってるわけ?」

 ドーンがじろりとレンを半眼で見つめる姿を、もちろんカーラは見ることは出来ない。後ろを振り向くか、ドーンがカーラの視界に入らない限りは無理な事だ。それでも、見えないからこそ判る、理解出来るものが世の中には存在する事をカーラは知っている。

 まるで、全身の毛穴と言う毛穴が開いているかの様な感じ。

「いやまあ……ドーンの言いたい事も、判る……よ?」

 何しろ、ここは学園都市だ。

 一部を除けば誰もが家族と離れ、生活の糧を得ながら学習しなくてはならない。

 残念ながら、この学園都市では例え自我が芽生えたばかりの子供であろうと甘い顔をされることはあまりない。

 そう言う意味からすれば、ある程度は実力社会と言えた。

「はん! 女の子達にちやほやされて甘い顔されて甘い言葉を虫歯になるほど浴びせられてる様な奴に、一体何がどれだけわかるって言うのよ」

「ドーン……もしかして……やきも……」

「んなわけあるか、やかましい」


 そして、カーラは同時に思う。

 何故「ドーンと呼ばれている女の子」はどんどん口が悪くなるのだろう?


ギルド庁舎の部屋持ちギルド長の部屋は全て統一されていて、多少ランクによって部屋数は異なるものの基本的には同じ部屋です。

あえて言うならコンテナが沢山くっついてる感じの様なもので、装飾自体は普通です。だから、部屋の中を見ればどんなギルドに所属しているのかが一目瞭然。

部屋を使わせてもらった商工会ギルド長は、冒険者ギルドの長と密談ちう。お二人は腐れ縁と言う程度には仲が良いのですが、どちらもドーンを独占的に引き入れようと画策する良いライバルでもあります。

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