12 魔法的道具と効能
魔法道具と魔道具。
どちらが正しいのか今でも判りません。
英語なら magic item で良いのですかね?
なので、今回は「魔法的道具」
別に次回を「魔法っぽい道具」とか「魔法みたいな道具」にする予定はございませんがね。
扉は、カーラの知らない間に開かれていた。
知らない間と言うのはカーラだけの様であり、ギルド長二人は知っていたみたいなので扉に人が近づいたり開いたりすると教える魔法の効能でもあるのかも知れないと多少は落ち着いた頭でカーラは考えていた……が、まだまだ頭に血が上っているのは本当だ。
「……レン・ブランドン様」
一気に心がぽわんとしたもので満たされるのをカーラは感じて……これが心の全部であったならば、カーラはもっと楽に生きられたのではないかと言う意見もある。誰も本人に教えようなどとは思わないが。
「謁見の許可をいただき、ありがとうございます」
声を聞いて、初めてカーラは驚いた。
ただ、同時に不信感も覚えた……レンは確かに目立つ存在で恋心フィルターがレン以外の存在の全てをぼんやりとしたものにさせているとは言っても、まさかドーンの様に学園都市一怪しいと評判の存在が目の前に居てもまったく気にならなかったというのは場所的な事を考えても頭の中がぶっ飛びすぎにも程がある。
本来、カーラは冷静沈着な存在だ。だからいかに恋心に振り回されても頭のどこかでは「普通ではない」と言う事を理解はしているが納得はしていない、普通で何が悪いと言う意見とこれが普通なんてあり得ないと言う意見を同時に語っている自分自身を第三者目線で眺めている様なものでどちらの味方にもなれない……ある意味、これは普段のカーラがリリィやアンレーズに挟まれている自分自身と何も変わらないと言う現実に愕然とした事もあったくらいだ。
「久しいの、クリムゾン」
「はい、ご無沙汰しております」
「たまにしか顔を見せてくれないから、私達の事などすっかり忘れてしまったかと思っていたよ」
「申し訳ございません、なにぶんにも学生としての本文を全うする事が今の最優先事項でありますれば……ここは『学園都市』でございます」
何かがおかしいと思って、そう言えばと気が付く。
確かに普段から長衣によって全身がくるまれて見えないのは確かだし、決して見たいと思った事はない……側に恋する男性がいるのだから余計な存在にまで心を砕きたくないと言う乙女心がなせる業とも言うが、それに関してカーラの中では賛否両論、今は保留の扱いだ。
「それもそうだ」
「基本的な事ですね……さて、今回の顛末について説明をいただけるか?
確か、事のおこりは学園都市の南門付近で起きたと報告が上がっている。あのあたりは最近警備の強化を依頼したばかりなだけに失態と取られても仕方ないのではないかと思うが?」
「だが、実際にはクリムゾンが大事になる前に沈めたのだから失態とは言い過ぎではないかな」
見る者が見れば、あまりの空気の悪さに即効で部屋を出て行きたい衝動にかられただろうが……残念な事に、この部屋から出る権利をカーラは持っていなかった。
ある意味、流石は中堅ギルドの長二人といったところか……。
「え……ですが、それはレン・ブランドン様が……」
「組織的な対応の結果ではなく、純然たる偶然による結果に過ぎない」
「だが、それもまた天の采配」
カーラは、戸惑っていた。
ギルドの長は二人してドーンをクリムゾンと呼び声をかけるが、側に従者の様に控えるレンには一切の声をかけない。しかも、ドーンとレンが入ってきてからと言うもの、カーラは空気の様な希薄さすら感じる……一切の存在を忘れられたかの様な居心地の悪さだ。まるでかくれんぼをしているかの様だ。
「どちらの長のおっしゃられることも、また一興……ですが、大切なのは事が起こらなかったと言う事と。事が起きてしまったと言う二点にある事はご理解いただいていると認識した上で話を進めてもよろしいでしょうか?」
常ならば一言、あるいは二言……決して長文はしゃべらず、故かあまり声のイメージはない。
明朗快活と言う言葉とは学園都市一……もしかしたら、世界一縁遠いのではないかと思わせる長衣の上にだるそうな口調が合わさった結果としての印象ではあるが、今はその影は欠片もない。
魔道具。
カーラの脳裏には何かで弾かれたかのような単語がすとんと落ちてきて驚き、同時に納得もした。
別に魔法のかかった道具そのものは決して珍しいものではない……ある程度魔力を所持している人物は普通に使えるし、稀に魔力を基本的に持たないに等しい存在が居ても魔力を込められた道具があれば誰にでも普通に使うことくらいは出来る。ましてや、ドーンは学園都市でも類を見ない実力を裏では誇っているのだから視力を良くする眼鏡や丈夫製を追求した布地などを持っていたとしてもおかしくはないのだ。
ドーンやレンと知り合って、別にさほど長いわけではないが短くもない時間の中にあって。
カーラは、自分自身がどれだけ夢の中に浸っていたのかを思い知った気分だった。
魔力を込められた道具と言うのは基本的に、込められた強さによって魔力感知しやすくなるものだ。だが、一般的ではないが漏れ出す魔力を感知させないようにする技術が使われている場合がある。恐らく、ドーンの持ち物にはある程度か商品にならないほどの魔力が漏れ出している道具があるのだろう。それがリッツ商会を介してない商品ならば情報隠匿を舌先三寸で丸め込んで商品化させても良いし、別の秘密があるのならば暴いても構わない筈……だが、何やらきな臭い感じも同時にする。
「被疑者はすでに警護隊に引き渡しています、先日の残党かと思われましたし実際に同じ組織の存在ではあった様ですが、組織そのものが壊滅した今では無職と言っても良いでしょう」
「組織の者にきちんとした職業意識があるとも思えんがな……それで?」
「他の組織への手土産を物色していた所、リッツ商会の双子を知らずゴーレムだと思い込んだ様子です」
人造人間と言っても種類は多岐に渡る……何の変哲もない人形に召喚した意識を入れ込む事や自然に働きかけて物理的な構成まで行ってもらう場合。または存在の核となるものを練り上げて相応の入れ物に入れる場合……最初と最後は基本的に似ているが、中身を持ってくるか作るかと言う差がある。
「なるほど……双子にしては似ていないし、身内にしては似ている。つまり護衛のゴーレムだと思ったわけですな……」
「短絡的と言うべきでしょうね」
「それなりの地位にある者なら、リッツ商会の双子と姉の事くらい知っていてもおかしくはありませんからね」
実の姉としては面白い話ではないが、さりとて放って置いて良い話と言うわけでもない。
どうしても、間近に居るレンに意識が何度も飛びそうになるがドーンは長衣に隠れた表情で報告を続ける。
「詳しいことはこちらの報告書に……」
「ありがとう、クリムゾン。して、今回も公爵家の手柄にするつもりか?」
答えなど決まっているけれど、それでも聞かずにはいられないのだろう……あまり面白く無さそうな顔をするギルド長二人は、期待していない顔で問いかける。
「そうしていただければ助かります」
「別に義理立てする必要もなかろうに……」
「こちらの都合ですから……紹介します、ご存知だとは思いますがレン・ブランドン。
お二方の機嫌を損ねる公爵家の次男にして後継者、跡取り息子です」
「そう言う紹介の仕方って、どうなのドーン?」
「嘘ではない」
カーラは……正直困っていた。
どこから驚けばよいのか判らない、己の心が降参を打ち出してきたからだ。
「ほほう……お前さんですか、クリムゾンの悪夢の元凶は」
「まったく……クリムゾン、貴方が望むのであれば我々は協力を惜しむことなく力を貸しましょう。
それが、貴方がこれまでなしてきた数々の功績に対する微々たる報酬です。
何にしても、この様なものが今まで野放図にされていたのだと思えばぞっとします。そう言う事だと判っていれば入学許可など許しはしなかったものを……」
何の事かは判らないが、判るのは恐らくレンがよく言われていない……公爵家を含めて良く思われていないと言う所だろう。
「何やら酷い言葉を仰せの様ですが……?」
流石にレンも機嫌を損ねたのだろうかと、内心のカーラははらはらとしているが顔には全く表れていない。
仮に現れていたとしても、恐らく誰一人として気にかけることは無かっただろう。双子達ならば心配そうな顔くらいしたかも知れないが、ドーンやレンが一緒に連れてこなかったと言う事は部屋の外に居るはずだ。
「当然だな……君のご両親はクリムゾンのご両親を奪い、今もクリムゾン本人をその息子が雁字搦めにしている。その上、クリムゾンの功績は全て公爵家のものとしている……これでは質のよい奴隷扱いだ」
「否定しても聞きませんよ、クリムゾンのご両親の事もそうですが……今まで私達の目を謀っていた事実を前には仮置きするだけの必要性を感じます」
どうしたものかと、傍目には見えないけれど散々悩んだもののドーンの長衣に目を向ける……こちらからは見えないが、そういえばドーンは先程眼鏡を割ったのだと思い出す。違う、カーラがドーンへ手を振り上げた際に顔に当たって落として割ったのだ。
魔法の道具として眼鏡はそれほど無いわけではないが、かと言って子供の小遣いで買えるほど安くもない。加えて、恐らく当然の処置として魔法がかかっていただろう事を考えるとどれだけ弁償すれば良いのか……弁償をする事はどうでも良いのだが、あの時のドーンがおかしかったのは本当にドーンがおかしかったのか。それともおかしかったのはカーラ自身なのかわからずに困った。
加えて、どうやらドーンの両親は話だけを聞いているとレンの両親によって半ば浚われるかのようにして連れ去られたかの様に聞こえるのが恐ろしい。
「両親の話についてはさて置いて……奴隷扱いだなんて酷い言い草ですね」
「お黙りなさい。魔法の種類が特定出来ていなかったから判らなかったこちらにも手落ちこそありますが、この様な非人道的なものを家人に使用させるとは何を考えているのです」
魔法には、確かにカーラが知っているだけでも多岐にわたるものがある……残念ながら、カーラの興味や好奇心は商売と商売に関わる研究に費やされている。リッツ商会に魔法を扱った商品がないわけではなく逆に取り扱いとしては魔法を必要としないものを探すほうが難しいのだが、それでもギルド長二人が揃って顔を顰めている姿をするほどの魔法がドーンにはかけられていたと言う事になるし。同時に、それがどんな魔法なのかも気にならないと言えば嘘になる……生きている間に解明出来ない事のほうが多いのが魔法と言うものである事さえ除けば、カーラは魔法を研究するのも面白いかも知れないとは思った事が幾度もあるのだ。
「長衣も眼鏡も同じ程度に性質が悪い……これでは公爵家が人体実験を行っているといわれても否定できる要素がないのだよ。過去の、クリムゾンのご両親の件を含めてもね」
「両親と僕を一緒にしないでいただけますか……それに、確かにこの処置はドーンへかける負担があります。ですが、これはドーンにとっても必要な事であると判断した為に行いました。
ここに、『聖なる魔剣』の証書もあります」
カーラの記憶が正しければ、それはギルドで使われている冒険者の二つ名……称号と呼ばれるものだ。
ギルドに所属する者達は所属ギルドが異なっていても共通して使われる身分証明を持って共通認識をされることになる。そうやって蜘蛛の巣か網の目のように広げられたネットワークを駆使しなければギルドなんてものは小さなものでしか成り立たなくなるし、共闘や敵対と言った「イベント」が増えることでメリハリをつけ、より長く組織を存続させることが出来る事もある。
情報を商品と捕らえればリッツ商会でも行っているので、決して他人事ではないのだ。
「ご厚情をいただき、大変ありがたく存じ上げます……ですが、今はその事よりも急を要する事象があるかと認識しておりますが……いかがでしょう?」
問題はある。常にある。
大きさは様々だ。感じ方も様々だ。
けれど、当事者は大体が一番気にしない。
何故なら価値を見出さないから。
割と世の中、そんなもの。