11 比較対象が無ければ判断出来ない
人にあるものは。
感情がある。
思考がある。
判断がある。
でも、それをどうやって行っているかを知っていますか?
それはね?
カーラ・リヒテンシュタインの弟妹……テールトーマスとヒルデガルドは、困っていた。
自分達は尊敬し敬愛するたった一人の姉を激励するとともに、将来こちらに来ることになるであろう学園都市の下見に来たのだ……それは商売をすると言う意味でも学習をすると言う意味でもだ。こういう場所に来て初めて得られる知識や経験と言った物は貪欲なまでに率先して仕入れたほうがよいと言うのが姉をはじめとした周囲の言い分だったからだ。
「失敗……しちゃったね」
「うん」
二人はおとなしく並んで座っている来客待ち様のソファの上で、手をつないでいた。
ぎゅうと握り締めているのは、お互いでお互いが不安だからだ。
姉の変貌振りもさることながら、あの展開については自分達が関わっているのだと説明された。
時は僅かに遡る。
「運が悪かった、とも言うんだけどね」
双子達に語ったのは、何とも美しい人達だった。
一人は、男性。青に近い藍色の髪をしたすみれ色の瞳の男性……と言うのは少々若いが、お兄さんといった感じで姉の思い人なのは……なんだか色々な意味で記憶を削除したい衝動にかられるくらい事実だ。
「カーラは貴方達が来るのを心待ちにしていたみたいだから、仕方がないと言えば確かにね。
しかも、学園都市に来て早々。貴方達がハプニングに襲われてしまった……そんな事を聞いてしまえば、いかにリヒテンシュタインの才女。冷静沈着のカーラと言われても動揺するのは当然と言うものよ。逆に、そこで心が動かなかったら愛されているかどうか悩んでも不思議じゃないわ」
もう一人は、美女と言うには清純で。美少女と言うには妖艶な美しさを持っていた。
きらめく黄金の輝きを持つ髪、碧い緑黄石の瞳……少年が男性的な少年っぽさの間にあるとすれば、彼女はどちらでもありどちらでもないと言う感じだろうか? どことなく姉に近い中性さまで持っている様に見える。
まさか、長衣と眼鏡の下にこんなものが隠されているなどとは思わないよなあ……と言うのが、双子の共通意見だ。
「でも、それがどういう関係なのさ?」
ところで……先程からお兄さんの視線が心の底から怖いです。今すぐ土下座してお小遣い全部献上したくなるほど怖いです。お姉さんが親切にしてくれればしてくれるほどお兄さんが怖いのに、なんでお姉さんは何も気にした感じがないんですか、それですか鈍感ですかて言うか手足が寒くなってきて背中に冷や汗と言うか体に悪そうな汗だ見えない所にだらだらと流れている様な気がしてならないんですけど。
なんて事は、びくびくと怯えている双子達には口が裂けても言えなかった。
何故だか、そんな事を御くびにも出してしまえば即効で酷い目に合わされそうな気がしてならない。
「後でギルド長の前で説明……出来るといいわね?」
「まったく……ドーンったら……」
ええぇぇぇぇぇぇ! お兄さん、そういう趣味なんですか?
とも、双子は言えなかった。
当然のことながら、ドーンには感知できない所で思い切りびしばしと視線やら殺気やらが飛んでくるのだ。
ドーンは双子が不安に思っているからお互いを支える為に手をつないでいるのだと思っている様だが……案の定間違いではないのだが、それは別の理由からだ。
「だって二度手間でしょう?
……ええと、テールトーマス君とヒルデガルドちゃん、でいいのよね?」
お願いですお姉さん、慈悲の心があるのならば今すぐこちらに向けた視線と言葉と意識の全てを全力でお兄さんに回してください。なんだか今すぐ殺されそうな気がします何とかしてください。
とも、言えなかった。
それだけ、まるで亡霊の様に向けられる視線の恐ろしい事……視線で人が殺せるのならば、何度この時間だけで殺されているだろうかと双子は心の中で涙を流していた。
「カーラの事は私に任せてくれないかしら……と言っても、他に手立てはないのだけど」
「それなら、僕が……」
「レンは冒険者ギルドの長との面識は私ほどないじゃない」
「だったら、せめて替えの眼鏡を……」
「取りに行ってるほど時間はないわ、あのままだとどうにもならないし……ある意味、この学園都市の中核を担う一角のギルド長二人にも手を上げかねないのよ? 未来のリッツ商会を背負って立つ事が義務付けられた彼女を見捨てるなんて寝覚めが悪いじゃない」
ドーンの言っていることは、非常に正しい。
正しいのだが、普段の長衣姿を見慣れている者が居たとすれば違和感に悩まされた事だろう。
何しろ、先程からぺらぺらとドーンは普通にしゃべっているのだから。
と同時に、レンの事も目を丸くして見つめていただろう。
この二人はそろって、常とはまるで人が替わったかのような振る舞いをしているのだ……幸か不幸か、この場にいるのはほとんど初対面のリッツ商会の双子だけだったのだが。
「お酒に酔ってる様なものなんだもの、抜いてあげなくちゃ可哀想でしょ」
「ぬ、抜くって……!」
「レン、なんで顔が真っ赤なの……?」
「き、気にしないで!」
何を想像したというのか、レンは一気に顔を真っ赤にした挙句頭を抱えてなにやら人生の深遠な悩みに入り込んでしまったらしい……こう言うのを難しい年頃と言うのだろうとドーンは見捨てた。否、時の流れに任せることにした。
双子達も、なんだか最初の印象とか姉の奇抜な言動で色々な何か大事なものを落としてしまったらしくレンへのイメージやら何やらもかなりおかしな状態になっていた……が、気が付かなかった。
「どちらにしても、放って置くわけにはいかないのよ……作れる貸しは作って置いて損はないわ、得になる事が無かったとしてもね。最初から捨て杯だと思っておけば得が無かったとしても……ま、大した傷にも損失にもならないわよ」
「ドーン……それはお人よしのやる事だと思うよ?」
お兄さん、その台詞は少し……被害者(?)が実の姉を持つ身の上としては慎んでくれると嬉しいんですけど。
と、本当は言いたかったが言えなかった。
「構わないわ。計算通り、思い通りに行かないからこその人生だし……思いもよらない所でびっくりするのも、また人生ってものなんだから。計算がゼロとは言わないけどね」
お姉さん、男前過ぎて惚れそ……いえ怖いのでそんな事は口が裂けても言いません。どっちに転んでも言えませんけど。
と言うのは、心の中だけで我慢して置いた。
そんな台詞が出せるくらいならば、最初から何もこんな辛い気持ちになったりはしない。
なんて言うか……心情的に甘いと思ってかじりついてみたら酸っぱくて辛くて苦かったりした程度の落ち込み具合だ。
強く生きていこうね、と双子は意思疎通をする。
「大体、レンだって彼女の事は多少なりとも評価していたじゃない。
ここで恩を売って置くのは長い目で将来を見据えた場合、決して悪い事だけになるとは思えないわ」
「……それに関して言うなら、彼女はまだ利用価値がゼロじゃないって言うのが正しいんだけど」
お兄さん……その利用価値のゼロではない相手の弟と妹の目の前ではっきり言わないで下さい。
いや、この場合はお姉さんも同罪……なのかなあ?
なんて事を考え始めた時点で、双子は現実逃避を始めていた様だ。
「ほら、他の人に比べたら扱いがぜんぜん違うからそうだと思ってたの!」
可愛らしい音を立てて手を叩いた姿は大変可愛らしいのは確かだが……口から出てくる言葉は何かのどこかが物騒な気がしてならない。
「余りにも他の奴らはあからさまだからな……別の意味では彼女もあからさまではあるけど」
色々な意味で苦労が垣間見える気がします、お兄さん……だけどお姉さん以外の事に関してはものともしないんですね。その少しでも良いからうちの姉もお願いします。
と言う事を言うのはきっと無駄だろうと理解出来ている自分達をしょっぱい気持ちで見つめるしかないのは、決して非力だとは思いたくなかったが、強くなりたいと思うには十分だった。
「あら、意外に気が付いていたの? 昔より反応が無かったから気が付いてないんだとばかり思ってたけど」
「まさか……反応が露骨だと図に乗る奴らも居るからね、どちらかと言えば半分以上は気が付かないフリをしていれば納得してくれるものさ。本当にどうしてもって情熱も持たないで声を上げられたところで何とも言わないしね」
うわあ、黒い。黒い台詞だよ。出来れば姉さまに……聞いたところで認識してくれるかな。逆にそれはそれで良しって方向性に転がられたら困っちゃうな。
と思い始めたあたり双子の路線もおかしい所になってきている。
「あ、なるほどね。天然かと思ってたけど半養殖なんだ」
「何それ?」
お兄さん、その言葉には納得です。
ハンヨウショクってなんですか? 食べ物? 色? それとも別の何か?
き、聞きたい……と言う欲求を我慢出来なかったら、姉さまだけではなく自分達どころではなく周囲一帯の一面に何か恐ろしい事が起きそうな気がする……。
と言う事を、双子はよく理解していた。
ある意味、双子はこの数時間で一気に10年以上分もの経験値を稼いだ様な気がしていた。
もしも人が成長するたびに感じたり音や目で見えるようになっていたとしたら、ぴこんぴこんと煩いくらいに鳴り響いたり目が痛くなるほどころんころん情景が変わっていた事だろう。
「でも半分はきっと天然よね、そうでなくちゃやってられないと思うし」
双子は内心、この二人の人生は一帯どれだけ大変面倒くさい事がごろっごろしていのだろうかと想像しかけて……想像力が追いつかなかった。
なぜなら、まだこの二人は幼いのだ。
学園都市は学ぶ意欲を持つ者には大きな門戸を開けてはくれるが、だからと言って無償と言うわけではない。
実力さえあれば学園都市から勉学や生活に必要な料金が支給される事もあるが、それでもある程度の年齢制限がないわけではない。学園都市は世界中で親のない子供を集めたり学校を作ったりして優秀であると認められれば学園都市に推薦状を出したりもするが、だからと言って偏見や思い込みが減らないわけでもない。
そういう意味からすれば、学園都市とそこに関わる人達は色々な意味で人間らしいとも言える。
だから、双子の意識は平均化してみた場合は商家と研究機関に近いとは言っても健全な部類に入る。
「天然って……ああ、そういう事?
正直言えば、ドーン以外の事なんてどうでもいいよ……今すぐにだって帰りたい……」
そっとドーンの手に触れ、見ている方が脱兎のごとく逃げたくなるほどの色気を振りまいているレンは……はっきり言って、歩く有害物質以外のナニモノでもないと双子は思った。
もし、レンの今の姿が通常仕様だとしたら何と恐ろしい生き物なのだろうか……とは思ったが、同じだけレンの顔と色気と声に欠片も全体から揺るがされる事がないドーンに関しても、同じだけ化け物じゃないかと双子は思った。
カーラとは4歳差とは言っても、この二人との年齢差は知らない……それほど大きな違いがあるとは思えない外見ではあるが、かと言って中身が外見にそぐうかどうかと言うのは関係ないのだ。
「寮の部屋に帰るには、まずはやるべき事をやらないとね……」
いや、それは何かが根本的に激しく果てしなく違う気がするよ!
などと言った所で、この見目麗しいお姉さんがまともな意見として取り扱ってくれる可能性は低いんだろうなあと言う事を理解していた双子は、きっと将来有望だ。
「さ、行くわよ」
前を開けたままのマントを翻したドーンは、なにやら。
あまりにも……男前に見えたのは誰だったのだろうか?
少しだけずれた時間軸。
少しだけ明らかになるドーンの秘密。誰も知らない本当の秘密。
少しだけなのは、ドーンがそれを秘密だとは知らないから。
まったく隠す気がないレンの本音。だけどドーンにだけは秘密の本気。
隠す気がないのは双子なら丸め込めると知っているから。
巻き込まれた双子は、本当に被害者なのです。
でも同情は必要ない。
何故なら、それが双子の選んだ「結果」だから。
本人達は否定するだろうけど。