10 『夜明』の称号の意味
かつて、某元編集長をやっていた現在のタレントさんは言っていた。
「締め切りさえなければいつまでだって編集していたわ」
僕にはこれといった締め切りは依頼されない限りはないのだが、基本的に破ったことはない。筈。
破ったじゃんって人は…教えてください。
あ、誤字を見つけたので修正しました現在1時五分。
室内は、シンプルと質素のぎりぎりのラインをとどまる程度にされていた。
もっとも、華美にする必要も無ければ一切の装飾がなくてよいと言うものでもないのだから部屋の主にゆだねられた権限と言うべき所だろう。
「あまり困ったことはして欲しくないのですけれど?」
「申し訳ございません、ギルド長」
ギルド長と呼ばれたのは、ある程度の年数を重ねて生きてきた雰囲気をかもし出している女だ。
この商工ギルドの長をしている女性で、カーラにとって尊敬するべき相手でもある。実際、己の実家のリッツ商会ともかなり親密な付き合いをしている……古くから軽く見る事をしてはならぬ相手として認識されているのはギルドと言う後ろ盾もさる事ながら彼女の位にも関わってくる。
「今回の事は不問にして欲しいと言う要望があったからまだ良いものの……貴方には幻滅しましたよ、カーラ・リヒテンシュタイン。貴方はまだマシな方だとばかり思っていました」
「まあまあ……彼女はまだ若い。早急に決める事もないでしょう」
このギルドの長としては彼女だが、もう一人同じくらい威厳のある人物が座っている。
彼は、冒険者ギルド系の長だ。やはりギルドの長と言うだけでは評価しきれない程度のバックボーンを持っている……が、貴族かと聞かれるとよく判らない。
「ですが『夜明』の称号が庇い立てする程の価値や必要性があると思いますか? 少なくとも、現時点では厳しい処罰が必要であると認識しています」
もしかしたら、他の二人……リリィやアンレーズならば知っているかも知れないが。所詮は成人もしていない表だって仕事をしているわけでもない単なる補佐の一般市民に過ぎないカーラにはまだそこまでの知識はない。
「幸い、レン・ブランドン卿も今回の事は目を瞑るとおっしゃってくださった。将来を担うリヒテンシュタインの三人のお子にもそれぞれ問題があると発覚し、なおかつ改善すると約束した……おまけに、クリムゾンが動くことを了承した……こちらとしては、なかなかの収穫だったと思うが?」
「何を頭の痛い事を……レン・ブランドン卿が目を瞑るのは当然と言うより予測の範囲だしリッツ商会の子供達が成長をするのは当然の事です。けれど『夜明』に彼女を庇い立てする必要がどこにあると言うのです」
今、カーラは商工ギルドの長に呼び出されている真っ只中だ。双子の弟妹達は隣の控え室で待たされている。
レンとドーンは逃げるように姿を消したのが唯一の不思議な点であったが……もしくは、レンが何かを隠すかのように。と言うより、恐らくはドーンを隠しながら。
「まあ、確かに……クリムゾンが動くことを了承してくださったのは行幸ですが……」
「あのう……クリムゾン、と言うのは……?」
口を出す事に許可を出されているわけではないし、そんなのはマナー違反だというのは判っていた。
だが、覚えのない単語について推測しても目の前に答えを持つ人がいるのならば聞くのは最短の近道である事もまた、確かだ。
「……クリムゾンは、私達ギルドの中でも特級の登録者、『夜明』の称号持ちで『聖なる魔剣』とも交流があります」
「キミはよく存じていると思うんだが……あのレン・ブランドン卿のひっつき虫をしているくらいなんだから」
「ば……!」
正式に抗議をしたいと、カーラは思う。
確かに、周囲から見たら自分達はことあるごとにレンにまとわり付いている様に見えるだろう……実際、陰日向でそう言う噂話をされているのは知っているが、あくまでもカーラにしてみれば二人の貴族のご令嬢が暴走しないように抑えの役割をしているに過ぎない……つもりだ。一人だったら決してあそこまでの距離で気軽に声をかけようとすら思わないだろう。先程の様に暴走するかも知れない可能性が出てきた以上は、あの二人との付き合いも考え直したほうがよいのかも知れないと言う気すらしてきたくらいだ。
今更なのは、本人だけが知らない。
「はあ?」
そこで、ふとカーラは思う。
ギルドの特級と呼ばれる人物……色々説はあるが、ギルドにはランク付けと言うものがある。
恥ずかしい二つ名がつくものから、駆け出しの新人まで様々だ。当然、受けられる仕事や功績と言うのも個々で異なるのだから個性や個人差がある。
「どうしたね、そんな顔をして?」
「冷静沈着といわれたカーラ・リヒテンシュタインにも判らないとは……流石ですね、ドーン・クリムゾンも」
「ドーン……クリムゾン……?」
カーラが知らないのは、ある意味において正しい。
学園都市に入った生徒は、全て過去であり家柄を重視しない。
背後にどんな国のどんな家系があろうとも完全実力主義を謳っているのが基本である以上、無能な生徒は王族であろうと定められた法に従うし。仮に天涯孤独であろうと実力とある程度の法を守るのであれば優遇される。
「ギルド登録名はクリムゾンだが……リッツ商会ではあれほどの取り扱いがあるにも関わらず気が付かないと言うのも……まあ、なかなかだな?」
故に、貴族の子飼いとして一般市民の子が入学する場合もあるし。貴族をパトロンとして一般市民が学園都市に入り込むこともある……両者の違いは、貴族が主人となっているか。それとも、貴族と市民が契約によって扱われているかの違いに異なる。
「まあまあ……それだけ、彼女も沿う言う事だ、と言う事なのでしょう。
良いではないですか、まだ可愛げと言うものがあるものです」
言われて、カーラは頬が赤くなるのを感じた。
そうだ、リッツ商会ではクリムゾンと言う名はここ数年において大お得意様としてリストのトップクラスに載っている……個人名の場合は確実に年間1位を樹立している。
それは、クリムゾンが発明した商品やリッツ紹介として依頼した成功率の高さ。稀に起こる特殊イベント関係の調査依頼などによるものがある……リッツ商会は全世界的に手を広げて商売を行っているが、その売り上げの実に3割にクリムゾンが関わっている。表向きはレンの公爵怪が取り持っていることになっているが。
「色ボケができると言うのも、若い今のうちの特権と言うものですよ。年を取ってから起こされると目に余るものがありますが……若さゆえの過ちと流す事も出来ますしね」
「そんなんじゃありません!」
頭に血が上ったと言うのは、自覚していた。
通常であるならば、公私共にお世話になっているギルドの二大巨頭……正確にはギルドと言っても幾つもの種類があって彼女達以上の組織もあれば格下の組織だって山ほどある。それでも中堅以上の所と言えば定評があるのも確かだ。そういう意味からすれば、非常にバランスの良い組織の長……しかも二人だ。
とうてい、何かを言い出してかなう相手ではないのに。
知っていたのに、普段ならば。
「色ボケだなんて……言うにもほどがあります!」
「まあまあ……そんなに熱くなる事もないでしょう、リヒテンシュタインの才女ともあろう者が真っ赤な顔をして憤る様な真似は……まあ、私達は楽しいですがね」
「それはフォローになっていない……確かに、どちらの言い分も判らなくはない。
普段は冷静沈着で、死体を目の前にしても眉一つ動かさない貴女がここまで感情をあらわにするのはレアなケースである事は確かだし。貴方も言いすぎと言うものです」
飄々と肩をすくめる姿は、決して本気で悪いと思っているわけではないのが見て取れる。
それが、心の底から悔しい。
第一、別に死体を目の前に何の感情も起きなかったわけではない……表情が動かなかったのは認めるが。
「恋愛に傾倒する事を罪悪だとでも思っているのですか、カーラ?」
言われて、違うのだと言いたくて頭をふる。
ただ、心のどこかでずっと思っていただけだった。ただ、それを自覚していなかった。
「馬鹿みたい」
どくんと心臓の鳴る音が聞こえて、カーラはいつの間にか俯いていた視線が固定されていた事を知った。
頭に血が上るにもほどがあるな……と言う気持ちと、今の言葉の意味を考えないようにしているんだなと言う気持ちがない混ぜになっている自分自身を発見していた事に驚いた。
とにかく、自分自身の感情が明後日の方向に暴走しているとしか思えない。
「クリムゾンにレン・ブランドン、手続きは完了したみたいだね」
「ご覧のとおりですよ、ギルド長」
どこか硬質な声の響きを聞いて、カーラは珍しくレンが不機嫌なんだろうという気がした。
カーラにとってレン・ブランドンと言えば、眉目秀麗で成績優秀、家柄も某国の王族に連なる……場合にとっては王家として国を背負うことになるかもしれない血筋。長兄を差し置いて後継者と言う地位にありながら家族間の中の良さは貴族でも大変珍しく民からの信頼も厚い為に学園都市に入学するに至るまで紆余曲折があったと言う話は話半分に聞いても眉唾物だ。誰にでも分け隔てなく優しく、学園都市一の変人ドーンを従者として……本人は何者にも変えられない親友だといっていたが、少なくとも特別な関係を持っている誰かがいるという話は実家の力を駆使しても聞いたことはなかった。
「なんて醜い」
そういえば、今日はいつもと違うことばかりだと頭のどこかがぼんやりと思う。
ああ、これも現実逃避なのだと別の部分がカーラに語っている……もしかしたら、精霊の声なんじゃないかと言う気もするが違うかも知れない。元々、双子の弟妹達や他の能力者ほど強い力を持っているわけではないのだから普通の人の声と自分自身の声ならばいざ知らず、精霊の声と自分自身の声はあまり区別が付かないのだ。
「嫉妬」
ぴくり、とカーラは全身が反応しているのを知っていた。
「自分は違う」
知っていて、何かをどうするという判断を頭が拒絶していた。
「あんな奴らとは」
拒絶すればどうなるかなんて、そんなのカーラ自身は想像もしていなかった。
「気が付かない」
「煩い!」
ぱしん
ひどく軽い音がした気はしていたのだが、カーラは即時に判断が下せなかった。
いったい、何が起きたのかよく判らなかった。
ただ、体が少しねじれた感じがして。
「どういうつもりなのか、聞いてもいいかな……」
最初に視界に入ったのは、燃えるような瞳。
まさに、にらみ付けるという言葉が正しい瞳。
王子様の様な黒い髪とすみれ色の瞳を夢想して、お姫様の扱いをして欲しいと思う女の子がいない筈もない。
「確かに」
「いったいどうしたんだね、カーラ・リヒテンシュタイン?」
今、そのすみれ色の瞳に見つめられて。
自分自身が。
「……え?」
「暴走」
八つの目が自分自身を見ているのだという現実が、遅ればせながらやってきていた。
手にある感触は、つかまれているもの。
体が少し引っ張られている感じがするのは、つかまれた手を基点としてねじられているのだ。
「どういうこと、ドーン?」
目の前に居るのは、レン。レン・ブランドン。
その奥に居るであろうドーン・クリムゾンを庇う様に……実際、位置関係から把握するとドーンを後ろにやって替わりに前に出てきたと言うところなのだろう。
先程と変わらない事があるとすれば、室内のインテリアとギルド長二人の位置くらい。
変わった事があるとすれば、カーラが手をひねり上げられていると言う事だ。
「あ……れ……?」
じわじわと体に這い上がってくるのは、つかまれてねじり上げられていると言う感覚。
あまり表立って体を動かすことはないが、かと言って引きこもりでは商人も研究者も出来ないと言う両親の教育方針のおかげでドレスを着て座っているだけのお嬢様よりは遥かに体を動かすことに長けている……つもりだ。
しかし、こんな風に格闘の経験などない。
「精霊」
「ああ……つまり、彼女は精霊との対話の資質があり。今ははしゃいでいる関係で理性を失っている……と言う解釈でよいのかな?」
冒険者ギルドの長の言葉に、何かの疑問符が起きる。
はっきり言って、カーラには何がなんだか判らないけれど肯定する様にドーンがうなずくのが視界の隅に……正確にはドーンの着ているだろう長衣のフードが動くのが見えた。
「カーラの能力はそれほど強いとは聞いていませんが……?」
もう一人のギルドの長の言葉で、ドーンは一言を語る。
「双子」
「……ああ、なるほど。ただでさえ理性が吹っ飛んで制御できていないところへ来て精霊の愛子である双子が訪れる。血縁は時に共鳴現象を起こすと言う事だね?」
加えて、そこには双子達も短くはない旅で興奮しているところに来て絡まれると言うハプニングに通りすがりの変な人に助けてもらったと言う通常ならばありえないイベントの数々が重なった事で双子の能力に引きずられたと言うのも相乗効果として付け加えられた。
「だからと言って、やって良い事と悪い事くらいはあるでしょう……」
声の鋭さと冷たさに、カーラは背筋が寒くなった。
キャラ崩壊?
いえいえ、これは成長と退化というものです。
人の進化とは振り子のごとく揺れ動くもの的なことを、某大和朝廷BL系とんでも漫画を描いていた人が別の漫画で言っていたような気がします。
多分、ね?




