ディスカバリー号と神舟2号
2032年、中国連邦共和国は他国に先駆け、有人木星探査船、神舟を出航させた。
このことは、アメリカ合衆国にとって、1957年のスプートニックショック以来の大きな衝撃であった。
この衝撃は大きく、当初、NASA内において、スカンクワークだった外宇宙開発計画ジュピターに10兆円もの予算を与えた。
しかし、当時の時点は、中国がアメリカを大きくリードしていることは間違いなかった。
だが、アメリカにとって幸運なことに、そして中国にとっては不幸なことに、2年後、火星と木星の間の小惑星帯で神舟の乗員が次々と発狂し、計画は中断した。
このことは、アメリカ合衆国とその同盟国である日本に対して、安堵と対応する時間を与えた。
そして、わずか4年の間で、ディスカバリー号を建造し、出航させるまでに至った。
一方、中国も諦めることなく、神舟2号を計画していた。しかしながら、出航日はディスカバリー号の出航から2週間後、宇宙船の足の速さを考えると、有人宇宙船木星到達の栄誉は、アポロ計画に続きアメリカに与えられる公算が大きかった。
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ディスカバリー号の名前の由来は、かの有名なSFの名作『2001年宇宙の旅』に出てくる有人宇宙船『ディスカバリー号』から取ったものだ。
スペースシャトルに、『2001年宇宙の旅』の『ディスカバリー号』、『スタートレック』の『エンタープライズ号』とSF作品からの名前を付けるアメリカ人の趣味を強く現したものだ。
しかしながら、ディスカバリー号に与えられたミッションは、『2001年宇宙の旅』とは大きく異なる。
モノリスの調査など夢のある内容ではなく、人類初の外惑星有人飛行にも関わらず、木星の衛星エウロパの資源調査・採掘・輸送のテストという商業要素が大きいものとなっている。
これは、一番乗りや研究を目的とした過去の有人飛行とは大きく異なっていた。
そのため、宇宙船の設計自体も大きく異なっている。
衛星エウロパでの資源採掘と輸送を行う必要性から、乗員は18名と多く、採掘機械や輸送設備を乗せる都合から船体も巨大な物となった。
全長200メートル。
その姿は、滑らかさや美しさとは程遠いものであった。
構造材に必要なものを付けただけという見た目。それゆえに、短期間で造船できたとも言える。
宇宙で造船され、宇宙のみで運用されるディスカバリー号は、空気抵抗を考える必要がなく、そのため滑らかにする必要はない。
スペースデプリ対策から、それなりに覆いをしているが、その必要がなければ、むき出しだっただろう。
船首は、操舵室と居住区。中央部は、採掘機械や輸送設備を乗せるエリア。帰路には、エウロパで採掘した水を乗せられるよう、風船のように膨らむタンクが備え付けられていた。そして、船尾は機関部であり、エネルギー源となる小型核融合炉と推進剤用タンク、イオンエンジンが配置されていた。
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神舟とディスカバリー号の最大の違いは、搭載されているコンピュータシステムだ。
ディスカバリー号には、映画と同様に、『HAL』と呼ばれる人間に匹敵する知性を持った人工知能システムが搭載されていた。
このHALシステムが搭載されているが故に、ディスカバリー号という名前に拘ったとも言える。
『HAL』は、IBMのハードウェアとGOOGLEで開発されたソフトで構成された、世界で最初に会話において人間と同等であることが認められた人工知能システムだ。
過去に、チェスや将棋、囲碁など一部のゲームや専門分野において、人間の知能を上回る人工知能は存在していたが、会話においては長い間、3歳の子供レベルにすら到達していなかった。
しかしながら、インターネットや画像認識技術、スカイプなどを利用した人工知能の発展により、2020年代から人工知能は会話分野において急速に進歩し、2030年には人間に匹敵するようになった。
『HAL』という保護者の開発に成功したことが、未成年だけによる宇宙飛行をアメリカや日本において可能にしたと言っても過言ではない。