グリーンライングループ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う~ん、やっぱりSFファンタジー系はいいな。あまり暗すぎない作風のものだと、なおのこといい。
なぜかって? お互いの違いを、当たり前のように受け入れている描写が見られやすいから、かな?
人の歴史は、とかく差別の時代だろ? 外見から思想まで、部外者から見たら小さすぎるように思える問題でも、当人たちにとってはでっかい問題であって。幾度となく争いごとの種にされてきた。
たとえ学校とかでも性別、能力、スタイル、背の高さ……ちょっとしたことでねたみ、憎しみを抱いて、よからぬことをしでかしかねない。
でもSF世界だと、機械たちと獣人の組み合わせとか、ポピュラーなコンビを中心に多種族が平然と交流している姿を目にする。リアルなら、危機管理意識が欠如してんじゃないかと思いたいところだが、彼らはうまく共存共栄の道をたどれていることしばしば。
あまりに違いすぎるもの同士でも、心を通わせられるなら、その違いを自然と認めあうことができる。そういう世であってほしいと、心の中で思っているからかもね。
互いの理解を深めようと思っても、実際にはラインを超えると認めがたい、受け入れがたいものが出てくる。これをどう受け止めるかが問題だ。
僕の小さいころの話なのだけど、ちょっと聞いてみないかい?
「緑の線、入っていない?」
当時の友達のひとりに、そうつっこまれることがたびたびあった。
一緒の幼稚園に通っていたのだけど、ときどき、そうやって部屋や外のあちこちを指さして、尋ねてくる。
僕もその指先へ目をやり、確かめた。汚れなり、デザインなりで本当に緑の線が入っていることもある。けれども、大半は緑の線の見られないものばかりだったんだ。
入っていないよ、と素直に答えてもいいのだけど、そうすると友達はしょげたり、腹を立てたりし始めることが多く、新しい面倒を呼び込む。
そう悟った僕は、適当にあいづちを打つようになっていたよ。おざなりな返答をしていれば、そのうち彼も僕へ聞いてくるのをやめるんじゃないか、との期待もこめてね。
でも、問題がそれほど簡単ではなかったらしいことを、小学校へあがってから知る。
彼と学校も同じではあったのだけど、小学校でのクラスメートもまた、同じように線が入っていることを話す者が何名か混じっていたんだよ。
例の友達も彼らとあっという間に仲良くなる。どうも彼らの認識は、互いに同じようなものであると、分かったためらしい。同好の士を見つけたような心持ちだろうか。
それが限られた仲間うちで済んでいるうちは、友達としても穏便であったらしい。けれども、厄介ごとはそこからさらに広がる。
増えたんだ。線が見えるらしい子が。
入学当初からできていた友達のグループへ、次々と新しく「見える子」たちが加わっていく。これがよそのクラスみたいに、これまで交流がなかったのが、接触の機会を得たことではじめて同士と分かった、というラインならまだ理解できなくもない。
それが、これまでは線が見える気配など、おくびにも出さなかった既知の面々さえも、見える側へ転向していく。友達のまわりも例外ではなく、当初はクラスの1割程度でしかなかった「ライン」のグループが、いまや逆転間近の比率。
最初のうちは、友達もどこかグループ側を「変なやつの集まり」と、下へ見ていたことは否めなかった。
だって、自分たちが多かったから。メインだったから。そこから外れるやつのほうが、おかしいんだって思っていたからだ。
それが今では、こちら側がマイノリティ。圧をかけられる側へ転じている。
もうライン見えない者は、自分を含めて4人。そのひとりもつい先日、見える側へ転向してしまった。
そして学校で顔を合わせるたび、二言目にはこういわれる。
「緑の線、入ってない?」
僕のあいづちが、適当であることももはやバレている。
フェイクを入れられたことがあるようで「入ってないよ~」と、直後に茶化されるように言われたことが何度もあったとか。
完全になめられている。なんたる屈辱。だが、ここで登校拒否なぞ、むざむざ敗北宣言のようなことをするのは、もっとシャクだ。なんとしても、貫き通してみせるぞ……と、友達はいよいよ自分以外がグループに入ってしまう孤立無援、四面楚歌に陥っても通っていたそうな。
とはいえ、圧をかけられると分かっている環境へ、覚悟を決めつつ毎日行く……というのは、いくら気張っていても削られるものがある。
夜の眠りも、気づかぬうちに浅くなっていたようで。ある日の昼休みにふと、眠気にいざなわれるまま、机に突っ伏して眠ってしまったところ。
ぽんぽん、と肩を叩かれる。
はっと目覚めて、僕はすぐ異常に気が付いた。
自分の視界の真ん中を横断するように、緑の線が入っている。まばたきをしても消えることはなく、残像のたぐいとも考えづらかった。
肩を叩いてきたのは、ライングループの古参。友達と入学当初に意気投合していたうちのひとり。
このヘンテコ視界の中で、ちょうど目元がモザイクみたいに隠されているが、にやつきは消えていない。
「ねえ、あそこ緑の線、入ってない?」
いつもの絵踏タイム。
教室の隅の掃除用具入れを指し示し、そいつは尋ねてきた。
昨日までだったら、どう答えていたのだろうか。でも今は事情が異なる。
「入っている」
静かにそう答えると、そいつのにやついた笑みが、すっと引くのが分かったよ。お気に召さないと、言葉以上にものをいっている。
そこからそいつは、あちらこちらを次々と指さして、僕の認識を確かめてきた。
思い返しても、あのときの視界は不思議だった。視界を横切る緑の線は、目を向ける方へ合わせて、出現と消滅を瞬時に繰り返していたのさ。
入っているとき、入っていないときをそれぞれ素直に答えるたびに、そいつもまたムキになって指し示すことを繰り返す。
僕が自分たちの仲間入りを果たしたのではないか……というのを、認めたくないとばかりの意地がにじんでいた。
何度目かの質問だったろうか。
ふと、そいつは廊下側を見ると、あのひっこめた笑いを再び浮かべて、指さしてきた。
「緑の線、入ってる?」
そちらを見やった。
廊下をゆく教頭先生の姿が見えたよ。休み時間に、校舎の各階をめぐって生徒たちの様子を見て回ることはこれまで何度もしていたし、そうおかしいことでもなかった。
その姿に、緑の線は入っていない。
「入っていな……」
言いかけて、よどんだ。
教頭先生の顔の側面。正面からは見えづらかった耳の影より、後頭部にかけて真一文字に緑の線が入っている。いや、視界的には浮かんできた、とたとえたほうがいいんだろうか。
「入っている、入っている」
訂正し、繰り返すと、またもそいつはぐっと口を結んだ。
次の瞬間、後頭部に強い衝撃を食らってね。机へもしたたかに顔を打ち付けて、意識が飛んじゃったんだ。
そして、次に目を覚ましたとき。あの緑の線は見えなくなっていたんだ。
休み時間の終わりで、先ほど僕に詰めてきたあいつも、友達やほかのクラスメートの姿もあったよ。
けれども、その日を境にしてグリーンのラインが話題にのぼることは、めっきりなくなってしまう。友達からも、その仲間たちからも、後から加わっていった面々からもだ。
こちらから尋ねても、一様にとぼけられてしまう。示し合わせたか、あるいは本当に覚えていないのか、判断に困ったよ。
けれども、それから数年後。
教頭先生が突然、亡くなられてしまったんだ。他の先生たちからは、それ以上の詳しいことを聞かされなかったけれど、一部の生徒たちは後頭部を刃物で斬られたらしいと噂していたよ。
耳の後ろに至るまで、ぱっくりと一文字に切り裂かれて殺されたんだと、根強くね。
あのとき、僕にも見えたライン。それは普通の人を超えた何かだったんだろうか。




