Lv.9 神秘の鏡
[Ⅰ]
俺はヴァロムさんにソーンの鏡について話した。
魔物によって動物の姿にされたお姫様の話と、ある国の王様の正体が実は魔物だったという話、それから魔王の呪いの所為で、眠りから目覚めない王と妃の話をとりあえずした。
ヴァロムさんは目を閉じて、それらの話を静かに聞いている。
「……という話です。俺が覚えているのは、とりあえず、そんなところですかね」
「ふむ。実に興味深い話じゃな」
ヴァロムさんはそう言うと、顎鬚に右手を伸ばして撫で始めた。
最近になって分かったのだが、何かを深く考える時、顎鬚を撫でるのがこの人の癖のようだ。
まぁそれはさておき、あのゲームは、大体こんな設定だったと思う。
だが、この世界におけるソーンの鏡というのが気になったので、それを訊いてみる事にした。
「ところでヴァロムさん。このイシュマリア国には、ソーンの鏡の言い伝えみたいなものがあるのですか?」
ヴァロムさんは困った表情で、机の書物に視線を落とした。
「ソーンの鏡……。これについては伝わっているといえば伝わっておるが、どういう物なのかは、まだはっきりと分かっておらぬのじゃ。神秘の鏡という以外の……」
「え? じゃあ、名前だけが伝わっているって事ですか?」
「身も蓋もない言い方じゃが、そういう事になるの」
お約束のように、真実を映し出す言い伝えでもあるのかと思ったが違うようだ。
ついでなので、もう1つの絵について訊いてみよう。
「それじゃあ、こっちの神殿みたいな絵は何なんですか?」
「うむ。儂は今、そこに描かれておる神殿について調べておるのじゃよ。イシュマリア国の伝承には、こう語られておる。大いなる力を封じし古の神殿・アルマナとな」
「アルマナ神殿!?」
俺は思わず、声に出して驚いてしまった。
「むッ。お主、アルマナ神殿についても何か知っておるのか?」
また余計な事言ってしまったようだ。
もう言うしかないだろう。
「実は今のアルマナ神殿も、ソーンの鏡が出てきた御伽噺の中で出てきたんですよ。だから驚いたんです」
するとヴァロムさんは、前のめりになって訊いてきた。
「話すのじゃ。どんな話か聞きたい」
やっぱりこうなるよな。
よわったな、どういう風に説明しよう……。
ゲームに出てくる職業安定所です、とは流石に言えないしなぁ。
仕方ない、とりあえず、ぼかしながら話しとこう。
「俺が読んだその御伽噺に出てくるアルマナ神殿は、訪れた巡礼者の眠っている力を引き出してくれる神殿ってなってましたね。確か、そんなんだったと思います」
こんな言い方でいいだろう。
大局的に見れば、ゲームでのポジションも大体こんな感じだったし。
「眠っている力を引き出す……」
だが俺の説明に何か思うところでもあるのか、ヴァロムさんはそこでまた黙り込んでしまったのだ。
まぁこの反応を見る限り、色々と考えさせられることがあったに違いない。
でも俺は、ソーンの鏡とアルマナ神殿が一緒に描かれている、こっちの書物の方が気になった。
何故ならこの2つは、俺がプレイしたゲームだと、それほど密接な関係性があったわけではないからだ。
しかし、この書物を見る限り、かなりその関係性を臭わせる絵の構図になっているのである。
(ソーンの鏡とアルマナ神殿ねぇ……一体、どういう関係があるんだろう。気になるな……)
俺はそれを訊ねる事にした。
「あの、ヴァロムさん。俺、ここに書かれている文字が読めないんで分からないんですけど、ソーンの鏡とアルマナ神殿がここに描かれてるという事は、この2つには何らかの関係があるのですか?」
「ああ、それか。ここにはな、今言ったアルマナ神殿の封印を解くのに、ソーンの鏡が必要だと記されておるのじゃよ。じゃから2つの絵が、ここに描かれておるのじゃ」
アルマナ神殿の封印を解くのにソーンの鏡が必要?
はて、俺がプレイした龍の神の幻想譚に、そんな展開はなかった気がする。
という事は、やはり、俺のプレイしてない世界なのだろうか……。
いや、それはまだ分からないが、これで1つ確信に近づいた気がする。
この2つのアイテムの名が出てきたという事は、やはりここはゲームの世界の可能性が高いようだ。
(はぁ……龍の神の幻想譚世界か……何でこんな事になったのやら。とほほ……。ゲーム世界のリアル体験はしたくなかったよ。つか、帰れるんだろうか、俺……)
そんな風に嘆いていると、ヴァロムさんの声が聞こえてきた。
「ところでコータローよ。1つ訊きたい」
「はい、何ですか?」
「お主が読んだという御伽噺についてじゃ。それは何という題名の話なのじゃ」
ストレートな質問だった。
とりあえず、ゲームのタイトルを言っておくとしよう
「その御伽噺ですか。えっと……確か、龍の神の幻想譚とかいう題でしたかね」
「ふむ……龍の神の幻想譚というのか」
ヴァロムさんはまた考え込んだ。
「それはそうとヴァロムさん、さっき整頓していて気付いたんですけど、もう食料が残り少なくなってきてるようなのですが……大丈夫ですか?」
「おお、そういえばそうじゃった。お主が増えたもんじゃから、そろそろ買い出しに行かねばと思っておったのじゃ」
ヴァロムさんはそこでポンと手を打つと、壁際にある食料が入ったストッカーへと向かった。
ちなみにこのストッカーは、某ゾンビゲームにでてきたアイテムボックスのような作りの大きな木箱だ。
ヴァロムさんはストッカーの上蓋を捲り、中を覗き込む。
「ふむ。残り5日分といったところか……。では明日あたり、街に買い出しへ出掛けるとするかのぅ」
ヴァロムさんはそこで俺に視線を向けた。
「というわけでコータローよ。明日は特別に、その防具を外してやろう。お主にも手伝ってもらわねばならぬからの」
「ほ、本当ですか? コレを外してくれるんですか?」
その言葉に、俺は思わず顔が綻んだ。
「仕方あるまい。道中、その防具では危ないからの」
とりあえず、この魔力制御の日々から少しだけ、俺は解放されるみたいだ。
だが少し気になる事があった。
「あれ、でもこの辺に街なんてありましたっけ?」
そう……この辺りに人は誰も住んでいないと、以前、ヴァロムさん自身が言っていたのである。
「ここから半日、馬車で北上したところに、マルディラントという、このマール地方における最大の商業都市がある。明日はそこまで行くつもりじゃ」
「え、馬車なんてあったんですか?」
これは初耳であった。
「そういえば、お主には言ってなかったの。馬車は、ここのすぐ近くに湧水が出る場所があってな。そこに馬と共に置いてあるのじゃ。馬の世話を出来る場所がそこしかないもんでな」
「へぇ、そうだったんですか」
この防具のお蔭で、外には一度も出てないから、俺が知らないのも当然だろう。
だが、問題はもう1つある。
「でも……街に行くのはいいんですけど、この服って、ここではやっぱ目立ちますよね?」
そう、俺の服装はこの世界に来た時のままで、茶色のカーゴパンツに黒いカットソーという格好なのだ。
「確かにそのままじゃと目立つが、儂が着ておるようなローブをその上から着れば大丈夫じゃろう。靴に関しては、向こうに着いてから儂が見繕ってやるわい」
「そうか、その手がありましたね」
確かにヴァロムさんが着ている魔法使いのローブみたいなやつなら、大丈夫そうだ。
「まぁそれよりも、道中は長い。お主の魔物対策もしておかねばならぬな。それも朝までに何か考えておこう」
「そ、そうですね。お、お願いします」
これが一番の問題と言えるだろう。
外に出るという事は、魔物と戦闘になる危険性があるからだ。
俺は戦闘なんてやった事ないので、ヴァロムさんだけが頼りなのである。
(ああ、どうしよう……魔物とリアルで戦闘なんてしたくないぞ……)
俺はそこで、初日に見たあの凶悪そうなガムルの姿を思い返した。
ブルッと寒気が走ると共に、鳥肌が立ってきたのは言うまでもない。
おまけにチ○コも小さくなったのは内緒だ。
とにかく、あんなのに襲われたら、たまったものではない。
というわけで、俺は早速、天に祈ったのであった。
道中、魔物と遭遇しませんように、と。




