Lv.7 修練
[Ⅰ]
翌朝、日が昇る頃合いに、俺はヴァロムさんに起こされた。
「起きろ、コタロー」
「ンンン……あ、おはようございます、ヴァロムさん。ふわぁぁぁ」
俺は遠慮なく、大きな欠伸をした。
「ちょっと、こっちへ来てくれぬか」
「へ? あ、はい」
やけに鋭い視線を投げかけるヴァロムさんは、そこで部屋の中央にあるテーブルを指差した。
俺は眠い目を擦って欠伸をしながら、のそのそとテーブルに向かう。
そして、そこにある椅子に座らされたのである。
テーブルの上には奇妙な物体が置かれていた。
頭につけるサークレットみたいな物や、奇妙な腕輪。そして奇妙な胸当てとブーツ。そういった防具を思わせるようなモノが、テーブルの上に所狭しと並べられていたのだ。
しかも、それらは全てが、毒々しい深紫色をしているのであった。
(なんだよ、この呪われてそうな防具類は……色が怖いんだけど)
それが俺の第一印象であった。
首を傾げながら、それらを眺めていると、ヴァロムさんの声が聞こえてきた。
「コタローよ。昨日言った通り、これから修業を始めるぞ。まずはこれらの防具を装備するのだ」
「えっ? ……この防具を、ですか?」
俺はヴァロムさんと防具を交互に見る。
「そうじゃ。さっ、早く装備せよ」
「はぁ……わかりました」
寝起きの上に唐突な展開なので、あまり気が進まなかったが、俺はヴァロムさんに促されるまま、テーブルの上にある防具類を装備し始めた。
(こんな物を装備するという事は、やはり魔物と戦わなければならないのだろうか? なんかやだなぁもう……俺は喧嘩とか苦手なんだよな。中学や高校の部活も、武道系じゃなくてサッカー部だったし。はぁ……)
などと考えつつ、俺は防具を装備してゆく。
全部装備したところで、俺は改めて訊いてみた。
「あの、これからいったい何を始めるんですか?」
「決まっておる。勿論、修行じゃ」
ヴァロムさんはそう言うと、俺に杖を向け、「ムーン」という言葉を発した。
その直後、杖から紫色の光線が、今装備した胸当てに向かって放たれたのだ。
そして次の瞬間、俺に予期せぬ異変が襲い掛かったのであった。
「ウ、ウワァァ。か、身体ガァァ、身体ガァ動かないィィィ、ウリィィィィッ」
それは突然だった。
なんと、四肢を拘束されたかのように身体が言う事聞かなくなり、俺はうつ伏せになって倒れこんでしまったのである。
(い、いったい、何が起きたんだ……な、なんで体が動かないんだよ!? ど、どういう事?)
この異常事態に気が動転する中、ヴァロムさんの軽快な笑い声が聞こえてきた。
「カッカッカッ。お主はこれから、その防具を身に付けて生活するのじゃ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいッ。こんな状態で生活なんか出来るわけないじゃないっすか!」
頬を床に着けながら、俺は必死に抗議した。
「なら、出来るようにならんとの」
「マ、マジで言ってんスか」
首が上手く動かせない俺は、上目づかいでヴァロムさんを見た。が、この人の目は本気だと言っていたのである。
「も、もっと他の修行はないんですか? ぜ、全身が動かせないなんて、あんまりっスよ。というか、何なんスか、コレッ」
俺は必死に懇願してみた。
だが無情にも、ヴァロムさんは頭を振ったのだ。
「駄目じゃ。これが一番手っ取り早く上達できる方法じゃからの。というわけで、修行をするにあたって、お主に1つ助言をしておこう。その防具はな、魔力が通過する事によって負担が軽くなる様になっておる。しかも、強い魔力になればなるほど軽くなるのじゃ。じゃから観念して、この修行をするんじゃな。カッカッカッ」
「ま、魔力を操るって言ったって……」
「お主は昨日、魔力の流れを感じたと言っておったろう。あれを再現するのじゃ。さすれば道は開けよう。さぁ、始めるのじゃ」
「道って……」
ヴァロムさんは怖い設定を語っていた。
寒くなったのは言うまでもない。
(ま、魔力の流れって……指先に意識向かわせた時のやつか。と、とりあえず、右手からやってみよう……)
俺は昨日のように、右手の指先へ意識を向かわせる。
そして、何かが流れるようなイメージを思い浮かべた。
すると次第に、昨日と同じような力の流れが感じられるようになってきた。
と、その時である。
なんと、右手が少し軽くなってきたのだ。
それはまるで、重石が軽くなったかのような感じであった。
俺はそこで右手を動かしてみる事にした。
グーとパーを繰り返し、腕を第二関節から曲げる。それを何回か繰り返した。ちょっと重いが、なんとか動かすことは出来るみたいだ。
つまり、同じような要領でやっていくと、他の部位も動かせるという事なのだろう。が、しかし……これは集中力が切れたその瞬間、動けなくなるという事である。
俺はそこまで物事に集中することが出来るだろうか……。いや、多分、できない気がする。
自分で言うのもなんだが、俺は物凄く集中力が無い。寧ろ注意力が散漫している方なのだ。
それを考慮すると、俺にとってこの修行は、ある意味、拷問に近いのである。
(これを延々と続けなきゃならんのか……勘弁してくれよ、もう……)
ヴァロムさんの気楽な声が聞こえてきた。
「その調子じゃ、その調子じゃ。それと、この防具の所為で、魔力切れになる事はないから、そこは安心せぇ。まぁ精々頑張るんじゃな。あ、そうじゃこれも言うておこう。その防具は、儂でないと外せんからな。お主が自分で外そうと思っても無駄じゃわい」
「な、なんだってぇぇ! ちょっ、マジすか!?」
「観念せい。儂が良いというまで防具は外さんから、そのつもりでな。では、頑張れ。カッカッカッ」
俺は深い穴に突き落とされた気分になった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。こんな防具ずっと着けてたら、何もできないじゃないかッ!」
「カッカッカッカッカッ」
だが俺の訴えに対してこのジジイは、水戸の御老公のように、遠慮なく豪快に笑うだけなのであった。
流石にムカついたので、俺も遠慮なく言ってやった。
「ふざけんなよ。 は、外しやがれッ! 笑っている場合じゃねぇよ。外せッ、コノヤロー!」
「カッカッカッカッカッ」
ヴァロムさんは笑うのみであった。
一瞬、悪魔に見えた。
「ち、畜生! 鬼ッ! 悪魔ッ! 人でなしィィィィ! ウワァァァン」
俺は絶叫した。
(なんでこんな目に遭わなければならないんだよ……俺がいったい何をしたってんだよ。このジジイィィィィィ!)
今まで良い人だと思っていたが、この時を境に俺は考えを改めた。
これを機に、嫌な糞ジジイという称号を、俺はこのヴァロムさんに与えたのである。




