Lv.64 魔法銀の錬成技師
[Ⅰ]
「ヴァルの奴、一体何を始めるつもりなんじゃ……」
リジャールさんはそう呟いた後、眉間に皺を寄せ、暫し無言になった。
この様子を見る限り、リジャールさんは鍵の制作を依頼されただけなのかもしれない。
恐らく、この鍵を使って、何をするのかまでは知らないのだろう。
「あの……リジャールさん、先程、『どこで材料と製法を手に入れたのか知らないが、ヘネスの月に入りかけた頃に、これを作れと言ってきた』と仰いましたが、それは本当なのですか?」
「本当じゃとも。儂は嘘は言っとらんぞ」
「そうですか……」
今の話が本当ならば、この鍵の作り方をヴァロムさんは知っていたという事になる。
でも知っているのなら、なぜ、自分で作らなかったのだろうか……。
ヴァロムさんは魔導器の類を自分で作ったりもするので、そこが少し引っ掛かるところであった。
「作り方を知っていたのに、なぜ、ヴァロムさんは自分で作らなかったのだろう……」
「なぜって……そりゃ勿論、魔法銀を錬成せねばならぬからじゃよ」
「魔法銀の錬成?」
よくわからんが、職人の領域なのかもしれない。
「うむ。魔法銀の錬成には材料も必要じゃが、それの他に高度な技術と経験がいる。しかも、素材によっては、熟練の技師でも失敗する事は多々あるのじゃよ。じゃから、如何に稀代の宮廷魔導師と云われるヴァルでも、こればかりはそう簡単にはいかぬのだ」
「ああ、そういう事ですか。なるほど」
それならば納得だ。が……もう1つ謎がある。
しかし、それはリジャールさんに訊いてもわからない事なので、今は置いておくとしよう。
「カーンの鍵か……ヴァロムさんでも作れないという事は、かなり難しい製造技術なのでしょうね……」
「難しいも何も、魔法の鍵の製法は、イシュマリア誕生以前の失われた古代の魔法技術です。それにカーンの鍵は、かつてはイシュマリア王家も所有していたと云われる鍵なのですよ」
「そ、そうなんですか」
「ですから、これがあのカーンの鍵ならば、凄い事なのです!」
アーシャさんはやや興奮気味であった。
目を輝かせながら熱弁するアーシャさんに、俺は若干引いてしまった。
そして、今更ながらに俺は思い出したのである。
アーシャさんが古代魔法文明オタクだという事を……。
「そうなのですね。ところで、今……かつてイシュマリア王家が所有していたと言いましたが、現在はもう、所有していないのですか?」
アーシャさんは頷いた。
「らしいですよ。王家が所蔵する古い書物には、1000年以上前に紛失したと書かれているそうですから」
「へぇ、1000年以上前に紛失ですか……」
「うむ。まぁ一応、そういう事になっておるの。じゃから、このカーンの鍵の事はあまり口外せぬ方が良いぞ。ヴァルも儂にそれを念押ししてきたからの」
「ええ、わかっております。そこは十分注意するつもりです」
とりあえず、余計な心配をしなくていいように、後でフォカールで仕舞っておくとしよう。
それが一番安全だ。
「しかし、ヴァルの奴、一体どこでこの製法を知ったのじゃろうな。お主は何か聞いておらぬか?」
「それなんですけど、何も知らないんですよ。先程も言いましたが、ある物を受け取ってほしい、とだけしか聞いて無いものですから」
「そうか……ならば、カーペディオンの遺物でも手に入れたのかもしれぬな。もしかすると、ラミナスから逃れてきた者達から手に入れたのかもしれん」
リジャールさんは顎に手を当て、ボソリと独り言のように呟いた。
カーペディオン……これは聞き覚えのある名前であった。
イアちゃんが言っていた古代国家の名前と同じだからだ。
訊いてみるとしよう。
「今、カーペディオンって仰いましたが、それは古代魔法王国・カーペディオンの事ですか?」
「ああ、そうじゃ。魔法の鍵は古代魔法王国・カーぺディオンの遺物じゃと云われておるからの……ン?」
リジャールさんはそこで言葉を切ると、俺の胸元に視線を向けた。
「お主の胸に描かれているその紋章……それはもしや、サレオンの印か?」
「え? ええ、確か、そういう名前らしいですね」
「お主、それをどこで手に入れたのじゃ?」
と言って、リジャールさんは眉を寄せた。
カーペディオンの名前が出てきたので、この紋章について訊いてくるだろうとは思った。
さて、どうしよう……。
かなり知識がありそうだから、あまり下手な事は言えない。
とりあえず、ヴァロムさんに貰ったという事にしておこう。
「ああ、コレですか。コレは、ヴァロムさんから貰ったんです。なので、どういう物なのかは、私もよく分からないのですよ。名前は叡智の衣というらしいのですが……」
「ヴァルから貰ったじゃと……。という事は、ヴァルの奴はやはり、カーペディオンにまつわる何かを手に入れたのじゃな。いや、きっと、そうに違いない」
多分、違うと思うが、あまり余計な事は言わないでおこう。
話がややこしくなる。
「ところでリジャールさん……今、ラミナスから逃れてきた者達から手に入れたのかもしれないと仰いましたが、それはどういう意味ですか?」
だが俺の言葉を聞くなり、リジャールさんはキョトンとしながら首を傾げたのである。
「は? 何を言うかと思えば……そんな事決まっておろう。古代魔法王国・カーペディオンは、ラミナスのあったグアルドラムーン大陸で栄えておったからじゃよ。もう滅んでしまったが、ラミナスには古代魔法王国の遺跡が数多く残っておるからの」
「そうですよ、コタローさん。知らなかったのですか?」
アーシャさんも怪訝そうに見ている。
「はい、初めて知りました」
どうやら俺は、また無知をさらけ出したようだ。
訊いておいてなんだが、俺は少し恥ずかしくなってきた。
するとそこで、リジャールさんは豪快に笑ったのである。
「カッカッカッ、しかし、まぁなんとも妙な話じゃな。叡智の衣を纏う者が、古代魔法王国の栄えておった場所を知らぬとはの。まぁよい、それはともかくじゃ。話を戻すが、ラミナスの王宮には古代魔法王国の遺物が沢山あったと云われておる。じゃから、その中に魔法の鍵の製造法を記した物があったとしても不思議ではないわけじゃ。なので儂は、ヴァルの奴はそういった遺物を独自に手に入れたのかもしれぬと思っただけじゃよ。それほど深い意味はないわい」
「そ、そういう意味だったのですか。なるほど」
少し恥ずかしい思いをしたが、意外な話を聞けた。
宿屋に帰ったら、イアちゃん達にその辺の事を少し聞いてみよう。
(さて、用事も済んだし、そろそろ帰るとするかな。イアちゃん達も待ってるだろうし……)
というわけで、俺はそろそろ、お暇させてもらう事にした。
「さて、それではリジャールさん、今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。面白い話も聞けたので、大変に勉強になりましたよ。それと、鍵の方は確かに頂戴いたしましたので、私達はこれで失礼させて頂こうと思います」
「ん、ああ……もう帰るのか?」
「ええ。日もだいぶ暮れてきましたので、私達もそろそろ帰らせてもらおうと思います。それに、旅の仲間を宿屋に待たせておりますので」
「ふむ……」
するとリジャールさんは、顎に手を当て、思案顔になった。
まだ何かあるのだろうか?
「あの、何か気になる事でもありましたか?」
「そういえばお主達……ヴァルの弟子だと言ったな」
「ええ、そうですが」
「なら1つ訊くが、お主達はアグナの呪文は使えるのか?」
何でこんな事を訊くのか分からなかったが、俺は頷いた。
「はい、一応、私は使えますが……」
「おお! お主、使えるのか!」
「ええ、まぁ……」
俺の返事を聞いたリジャールさんは、ホッとしたように安堵の息を吐いた。
「今、アグナの呪文の事を訊かれましたが、それがどうかしたのですか?」
「ヴァルの弟子という事は、お主達、その辺の魔法使いではあるまい。儂の見立てでは、かなりの使い手と見た」
誤解してるようなので言っておこう。
「いえ、私はまだまだ未熟者にございます。ヴァロムさんからも、そう言われておりますので」
「そう謙遜せぬでもよい。ヴァルの奴は、真に才のある者にしか手解きはせぬからの。ヴァルに見込まれたという事は、只者ではないという事じゃ」
「本当ですか? でも私は成り行き上、弟子になったみたいなものですからね」
そういえば以前、ソレス殿下もそんなような事を言っていたのを思い出した。
もしそうならば照れる話である。
「儂もヴァルとはそれなりに付き合いが長いのでな。あ奴の事はよう知っておるつもりじゃ。じゃから、お主達はかなり魔法の才があるのじゃろう……」
と言って、リジャールさんは真顔になった。
この表情の変化に、俺は嫌な予感が走った。
「さて、そこでじゃ。そんなお主達を見込んで頼みがあるのじゃが……聞いてもらえぬじゃろうか?」
「頼み……ですか」
「うむ。長旅をしてきたお主達に、こんな事を頼むのは儂も気がひけるのじゃが、実は今、このガルテナには非常に厄介な事が起きておってな。儂も困ったことに、村長からそれの対応を迫られておるのじゃよ」
「厄介な事……」
今の話を聞き、俺のテンションはだだ下がりになった。
どうやら、嫌な予感は当たりのようである。




