Lv.60 山の街道
[Ⅰ]
フィンドの町を出発してから、どれだけ時間が過ぎたであろうか……。
時計を持っていないのではっきりとは分からないが、もう既に7時間以上は経過しているように思える。
だが、これは当てずっぽうな数字ではない。勿論、そう考えるに足る状況証拠もあるのだ。
それは何かというと、太陽の位置である。
今はもう、日も傾き始めており、山の頂きに隠れようとしているところなのである。
この分だと、あと2時間もすれば、夜の帳が降りてくるだろう。
(ガルテナまで、あとどのくらいなんだろう……明るいうちに着けるといいが……)
俺はそこで周囲を見回した。
この辺りは草原が広がるフィンドの辺りとは違って、山や林ばかりであった。
その所為か、だだっ広い草原を移動していた時とは違い、非常に窮屈に感じた。
やはり、背の高い木々や山の姿は壁のようになってしまうからだ。
おまけに、今は日も傾いてるので、余計にそう感じてしまう。
また、俺達が進むこの街道にも多少の変化があった。
路面がやや凸凹とした感じになってきているのだ。
当然、馬車の揺れも酷くなり、乗っている俺も気分が悪くなってくる。
そんなわけで今の俺は、吐くまではいかないが、軽い車酔いみたいな症状にも悩まされているのである。
アスファルトで舗装された日本の道路が恋しい今日この頃だ。
(馬車の車輪はゴムタイヤじゃないから、硬い揺れなんだよな……というか、この辺りの道、ガタガタすぎだろ……)
だがこれは俺だけではない。
アーシャさんやサナちゃんも同様であった。
2人もこの揺れには、辟易とした表情を浮かべている。
まぁ要するに、今までは快適だった馬車移動も段々と厳しいモノになってきているので、俺達もいい加減疲れてきているというわけである。
だがしかし……今の俺達には、それよりも大きな懸念が1つあった。
それは魔物だ。
わかっていた事ではあるが、やはり、山間部は平野部と比べると魔物の生息数が多いのである。
ちなみに、平野部での戦闘は1回だけだが、この山間部を移動し始めてからというもの、もう既に魔物の襲撃が4回もあった。
ゲームでも山や森はエンカウント率が高いが、それをまざまざと見せつけられた感じである。
とはいえ、出てくる魔物はフィンドの辺りより、少し強い程度。
落ち着いて対処すれば全く問題の無い魔物達なので、今のところ、危機的な状況には至っていない。
しかし、いつ強力な魔物が襲ってくるかわからない為、俺達は常に警戒しながら、この山間の街道を進んで行かなければならないのである。
(エンカウント多いと神経使うなぁ……精神的に疲れる。ゲームみたいな感じで旅なんて無理だわ。まだガルテナは先だし……途中、休憩入れた方がいいな。後で、レイスさんに言っておこう)
俺達は慎重に街道を進んで行く。
暫くすると、『この先、ガルテナ』と書かれた看板が立てかけられているのが、俺の目に飛び込んできた。
こんな看板が出てくるという事は、ガルテナはかなり近いのかもしれない。
そして、その看板から更に進んでゆくと、俺達はいつしか、前方に大きく聳えていた山の麓へとやってきていたのであった。
フィンドの辺りから山の姿は見えていたので、やっとここまで来たかといった感じだ。
だが旅はここで終わりではない。
目的地であるガルテナは、この山の中だ。
よって、環境が変わるここからは、更に気を引き締めなければならないのである。
俺は山中に入る前に、ワンクッション置こうと考え、レイスさんに停まるよう指示を出した。
「レイスさん、近くに川もあるので、この辺で少しだけ休憩をしましょう。ここは敵の気配もあまりないので」
「了解した」
レイスさんは手綱を引いて馬車を止める。
そして俺達は、ここで暫しの休憩を挟むことにしたのである。
休憩の合間、俺は地図を広げ、目的地までの道のりをもう一度確認する事にした。
「この地図を見た感じだと、ガルテナは、この山の中を真っ直ぐ進んだ先ですね。途中、1か所だけ分かれ道があるので、そこを右に進めばすぐのようです。ですが、山中は魔物も多いので、ここからは更に警戒を強めて進みましょう」
「コタローさんの言うとおりだ。シェーラよ、後方は頼んだぞ」
「わかったわ、レイス。任せておいて」
「ここから先は山ですし、私も今まで以上に注意しますね」
「私も油断しないよう、気を引き締めます」
俺は4人の顔を見る。
疲労が見え隠れする4人だが、かなり気合が入っていたので、頼もしい限りであった。
ここで休憩を挟んだのは正解だったかもしれない。
「では、もう少ししたら出発しましょう。日のある内にガルテナには着きたいですから」――
[Ⅱ]
山の中は鬱蒼と木々が生い茂っており、不気味なほど静かだ。
警戒するあまり、奇妙に曲がりくねった木々の枝や蔦、そして岩などが魔物に見えてくる。
おまけに、今は日が傾いてるのもあって少し薄暗いので、ホラー映画をリアル体験しているような気分であった。
戦時下における極度の緊張は幻覚を見せるというが、これもそういった事の1つなのかもしれない。
空を見上げると、不味い事に、暗闇と化すのは時間の問題といった感じになっていた。
早い話が、夕闇に入る一歩手前である。
その為、俺は焦っていた。
なぜなら、魔物の時間がやってくるからである。
魔物が多い山中で夜を迎えるのだけは、どうしても避けたいのだ。
(ガルテナまで、後どのくらいなのだろう……まだまだ時間がかかるんだろうか……ン?)
と、そこで、馬車の速度が少し落ちてきた。
レイスさんの声が聞こえてくる。
「コタローさん……前方に何者かがいるようだ。敵かどうかは分からないが、昨日の事もある。だから、いつでも戦闘に入れるよう準備してほしい。それと、後ろのシェーラにも、それを伝えておいてくれないだろうか」
「わかりました」
俺はそこでアーシャさんとイアちゃんに視線を向けた。
すると今のレイスさんの言葉で察したのか、2人は俺にコクリと頷く。
そして、いつでも魔法を行使できるよう杖を手に取った。
魔物と何回か戦闘をしているので、この辺りの対応は流石にもうわかっているようだ。
俺はそこで前方にチラッと視線を向けた。
すると、レイスさんの言った通り、200mくらい先に何者かが数名いた。
この位置からだと細かい部分はわからないが、手と足と頭がある事から、俺達と同じく人間型の種族のようだ。
またその者達は、前方で止まって待機しており、こちらをジッと窺っているようであった。
もしかすると、向こうも俺達を警戒しているのかもしれない。
前方にいるのが何者なのかはわからないが、人に化けた魔物という可能性もあるので、俺もすぐに魔法を発動できるよう、魔力操作に意識を向かわせたのである。
俺は魔力の流れを操りながら、馬車の後部座席に移動し、シェーラさんに今の内容を話した。
「シェーラさん……前方に何者かがいます。昨日のような事もあるかもしれませんので、後方も十分に注意して下さい。挟み撃ちの可能性もないとは言えませんので」
シェーラさんは目を細め、右手を剣の柄に添えた。
「わかったわ。でもその時は、コタローさんも援護をお願いね」
「勿論です」
そして俺達は静かに臨戦態勢に入ったのである。
(さて……何者か知らないが、敵でない事を祈るとしよう)
レイスさんは前方にいる者達に近づくにつれ、馬車の速度を更に落としていった。
またそれと共に、前方にいる者達の姿も少しづつ判別できるようになってくる。
人数は5名で、ラミリアンではなく人間のようだ。
その内3名は、レイスさんやシェーラさんのように金属製の鎧を身に着ける重装備をしていた。
しかも、それぞれが剣や斧に槍、そして弓といった得物を装備している為、非常に物々しい雰囲気を漂わせている。
他の2名はローブと杖を装備しているので、どうやら魔法使いのようだ。
とりあえず、今の位置からだとわかるのはその程度の事であった。
もう少し近づけば、容姿もはっきりと分かるだろう。
ちなみに、今のところは魔物のような素振りは見えない。
だが、魔道具を使って化けている可能性も否定できないので、油断は禁物である。
しかし……俺は何となく、前方にいる者達は魔物ではないような気がしたのだ。
なぜそう思ったかというと、魔物達が放つ禍々しい殺気が感じられなかったからである。
俺は今まで、ベルナ峡谷で何体もの魔物と訓練してきたが、そこで遭遇した魔物達はどれも俺を殺そうと殺気立っていた。
勿論、ザルマン達と戦った時の魔物達もそうであった。
しかし、前方にいる者達からは、そういった殺気といったモノが微塵も感じられない。
だからだろうか。今の俺は警戒をしてはいるが、それほど緊迫した状況には考えていないのであった。
[Ⅲ]
馬車が前方の者達に近づく中、俺はアーシャさんとイアちゃんに視線を向けた。
すると2人は物凄く強張った表情をしていた。この表情を見る限り、相当ビクビクしているに違いない。
だが俺はそんな2人を見て、少し危うさを感じたのであった。
なぜかというと……集団戦闘における極度の緊張は、同士討ちを招く恐れがあると聞いた事があるからだ。
ちなみにそれを聞いたのは、以前見た戦争ドキュメンタリー映画か何かでだった気がする。
まぁそれはともかく、これは非常に重要な事である。
その説が正しいかどうかはともかく、正常な判断を下すには、やはり、心にゆとりがどうしても必要だからだ。
「あの、アーシャさんにイアちゃん……そんな顔してたら、向こうも不審に思いますよ。もう少し楽にしましょう。多分、大丈夫ですよ」
「そ、そうですよね。……少し、肩に力が入りすぎてしまいました」
「ですが……もし魔物だったらと思うと……」
アーシャさんはそう言って、体をブルッと震わせた。
この様子だと、またザルマンの事を思い出したのだろう。
仕方ない……安心させる為にも、さっき思った事を話すとしよう。
「アーシャさん、大丈夫ですよ、魔物じゃないと思います。俺、何となくわかるんですよ。前方にいる者達からは、殺気というものが感じられないですからね。だから、魔物の可能性がかなり低いですよ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、本当です。だから大丈夫だと思います。俺もこう見えて、結構魔物と戦ってきましたからね。魔物の放つ殺気はよくわかるんですよ」
まぁこれは半分嘘だ。
少しでも気がまぎれるならと思い、俺は言ったのである。
すると、これが功を奏したのか、アーシャさんの震えは次第に治まってきた。
またそれと共に、不安そうな表情も徐々に和らいでいったのである。
どうやら少しは安心したのだろう。
「コタローさんの話を聞いて、本当にそんな気がしてきましたわ。ありがとうございます、勇気づけてくれて」
「なに、お安いご用ですよ。……ン?」
と、そこで、馬車はゆっくりと停車したのである。




