Lv.59 古の殲滅魔法
[Ⅰ]
朝食後、ラミリアンの3人はロランさんの店へと向かった。
だが、俺とアーシャさんは、一緒に行かなかった。
なぜなら、片付けなければいけない別の用事があるからだ。
俺達が向かった先……それは宿屋の主人の所であった。
目的は勿論、昨日手に入れた戦利品の売買交渉をする為である。
というわけで、その交渉結果だが……宿屋の主人が、まず最初に提示してきた額は2000ゴルという額であった。
しかし、相手の言い値をそのまま受け入れるほど俺も馬鹿ではない。
そんなこともあろうかと、昨晩の打ち合わせの際、レイスさんとシェーラさんにある程度の見積もりは出してもらったからだ。
レイスさんはその時、こんな事を言っていた。
「昨日行ったマルディラントの馬車屋だと、あのタイプの馬車は馬なしで6000ゴルくらいはしていた。だから2頭の馬付きで新調すると、最低でも8000ゴル、いやあの馬だと……10000ゴル以上はする筈。交渉する時は、その半額か、もしくはその付近の金額が妥当なところだろう」と。
それもあり、俺は足元を見られないよう、少しだけ粘る事にした。
そして、多少の駆け引きの後、最終的な売値は馬を込みで3000ゴルという値段で落ち着いたのだった。
想定よりも少し安い金額かもしれないが、元の所有者がアレなので、この金額で妥協する事にしたのである。
*
話は変わるが、ザルマン達の馬車を俺達が使うという選択肢も、勿論あった。
だが、この馬車は魔物達が使っていた物でもある。
これを使う事によって、どういった不利益を被るかが予測不可能な為、俺達は売る事にしたのだ。
やはり、余計な戦闘は極力避けたいので、この決断は致し方ないところであった。
そんなわけで、俺達は今後も、自前の馬車での移動となるのである。
つーわけで、話を戻そう。
*
宿屋の主人との交渉を終えた俺達は、そのままロランさんの道具屋へと足を運んだ。
中に入ると、既に変装を完了した3人の姿があった。
イアちゃんは、現実世界のアラブ人が頭にかぶるクーフィーヤのような布と、銀縁の眼鏡を装着し、首に茶色いマフラーという格好をしている。
レイスさんもクーフィーヤのような布をかぶり、首に茶色いマフラーを巻いていた。
シェーラさんもレイスさんと同様である。
まぁそんなわけで、変装というほどのモノではない。
この国ではたまに見かける恰好だ。特にマール地方では。
だがしかし、3人が首に巻いている茶色い布地のマフラーが、この変装の最大のポイントなのである。
これはロランさんから言われた事だが、このマフラー風の首巻きは、いざという時に目から下を覆う事が出来るので、人相を隠すにはうってつけのアイテムなのだそうだ。
言われてみると、確かにその通りなので、俺はこの案を採用する事にしたのである。
「いい感じですよ。今までと雰囲気がガラッと違って見えます。これならば魔物達にも、そう簡単に特定はされないかも知れませんね」
マフラーに触れながら、イアちゃんは頷いた。
「本当です。ロランさんの仰るとおり、この首に巻く布は顔を隠すのに便利ですね。視界が悪くなる事もありませんし、何より不自然じゃありません」
「これは盲点だった」
「本当ね」
「お気に召していただけたようで何よりです。それと、コタローさんとアーシャさんの分もご用意しましたので、どうぞお使いください」
ロランさんはそう言って、カウンターの上に茶色の布を2つ置いた。
「ありがとうごいざいます。……ところでロランさん、本当にお金の方は良いんですか? さっき変装の話をした時、そんな事を言ってましたけど……」
「ええ、結構でございます。これは昨日のお礼ですから。私はこんな事でしか皆さんに恩を返せませんので、そこはお気になさらないでください」
ラミリアンの3人は、そこで頭を下げた。
「貴方の心遣い、ありがたく頂戴いたします」
ついでなので、旅の道具類もここで調達しておくとしよう。
「では皆、ここで旅に必要な物を揃えてから、出発しましょうか」――
その後、俺達はロランさんの店で道具を幾つか購入し、目的地であるガルテナへと出発したのであった。
[Ⅱ]
フィンドの町を後にした俺達は、そのまま北へと進んで行く。
空を見上げると昨日に引き続き、雲一つない青空が広がっており、そこから清々しい陽光が降り注いでいた。
この様子だと、今日の降水確率はかなり低そうである。ありがたい事だ。
周囲に目を向けると、遠くに小さく見える山々の姿と広大な緑の草原、それから、どこまでも続く街道が視界に入ってくる。
それは、昨日マルディラントを出発した時と同じような光景だ。
だが、流石に心境まで同じとはいかなかった。
やはり、昨日の事があるので、どうしてもネガティブな思考になってしまうのである。
俺はそこで他の4人に目を向けた。
皆も俺と同じ心境なのか、どことなく硬い表情になっていた。
とはいえ、こればかりは仕方がないだろう。
昨日の今日で笑顔になれというのが、無理な話だからだ。
*
話は変わるが、馬2頭を手に入れた為、人員の配置が少し変わった。
御者は勿論レイスさんだが、手に入れた馬2頭は、シェーラさんに面倒を見てもらう事になったからだ。
その為、馬車の中は、俺とアーシャさんとイアちゃんの3人だけという構成になっている。
馬が余っているので、俺も乗りたいところだが、すぐに乗れるものでもない。
気長に行くとしよう。
つーわけで、話を戻す。
*
朝日が降り注ぐ野原の街道は、長閑な景色が続いていた。
今のところ、魔物の気配はない。
暫くは大丈夫だろう。
そんな中、イアちゃんが俺に話しかけてきた。
「コタローさん、今日も良い天気ですね」
「そうだね。今日の空模様だと、雨は大丈夫かな」
「私もそんな気がします。あ、そうだ。昨日、訊きたかった事があるんですけど、今よろしいですか?」
「訊きたかったこと? 何だい?」
「昨日、ザルマンに襲われた時、コタローさんは、あの魔物達を知っていると言ってました。しかもその後、ベリスレアはベルレアの更に上の高位魔法だと仰っておられました。それについて、どうしても訊きたかったのです」
それを聞き、隣にいるアーシャさんもハッとして、俺に視線を向けた。
「そ、そうでした。私も、それを訊かねばと思っていたのです」
これはもう、下手な言い訳は出来ない状況だ。
仕方ない、少しアレンジして話すとしよう。
「話してもいいですが、この事は俺達だけの秘密にしてくださいね」
2人は顔を見合わせて頷いた。
「わかりました。他言はしませんわ」
「私も他言はしないと固く誓います」
「じゃあ約束だよ」
俺は少しだけボカシながら、その辺の事を話すことにした。
「実はね……俺が以前住んでいた所に、沢山の魔物や魔法について記述された書物があったんだよ。それを以前読んだ事があったから覚えていたんだ。とはいっても、俺も実際に見たわけじゃなかったから、実物を見るまで信じられなかったけどね」
実物を見るまで信じられなかったというのは、俺の本心である。
嘘偽りはない。
「魔物や魔法が書かれた書物……。それには、あの魔物達の事が全て描かれていたのですか?」
イアちゃんは口に手を当て、かなり驚いていた。
この反応……下手に深掘りすると、禁断の書と認定されそうである。
ここからは言葉を選ぶとしよう。
「うん、まぁ一応ね。俺も曖昧な部分が多少あったけど、ある程度覚えていたから、あの時ああ言ったんだよ。非常事態だったしね」
「では、ベリスレアという魔法も、それに書かれていたんですか?」
と、アーシャさん。
「そうですよ。結構色んな魔法が書いてあったけど、回復魔法については俺も興味があったから、その記述は良く覚えていたんです」
「そうだったのですか……そんな書物があったなんて初めて知りました」
イアちゃんはそう言って、思案顔になった。
だがアーシャさんは半信半疑なのか、俺に流し目を送ってきたのである。
「それは本当なのですか? なら聞きますけど、メギラシオンという魔法の事は、それに書いてありましたか?」
うわぁ、これまた懐かしい名前である。
ゲームで使う事は殆どなかったが、その特性から非常に有名な魔法であった。
とはいえ、あまりあっさり言ってしまうと、後が面倒臭そうな気がした為、俺は少し悩む仕草をしながら曖昧に答えておいた。
「メギラシオン……ですか? ええっと確か……呪文を唱えた者の命と引き換えに、敵を消し去る魔法……だったかな。なんかそんな事が書いてありましたね」
するとその直後、アーシャさんとイアちゃんは、目を大きく見開きながら、互いに顔を見合わせたのである。
「そんなに驚くことなの?」
2人は頷く。
イアちゃんは真剣な表情になり、それに答えた。
「……これはまだ世間では知られていない事なのですが、ラミナス宮廷魔導師である賢者リバス様は古代魔法メギラシオンの研究をしておりました。しかし、資料が乏しく、その作業はかなり困難を極めたそうです。ですが、幾つかある過去の文献から、彼は1つの仮説を立てたのです。それは多大なる犠牲を払った上で、魔物を葬り去るという禁断の呪文ではないのかという説です。なので……今、コタローさんが言った内容はそれと酷似しています。だから、私は驚いたのです」
アーシャさんもそれに同調する。
「私も賢者リバス様が立てた『犠牲を払って魔を滅ぼす禁断の魔法』説は聞いた事がありますわ。イシュマリアの古代魔法研究者達の間では、あまり受けが良くなかったそうですが、オルドラン様も賢者リバス様の説を支持されてました。なので、私もそれについてはよく覚えています」
「へぇ、そうだったのですか。……でも、物騒な魔法の研究をしていたんですね。その賢者リバス様という方は」
するとイアちゃんは肩を落とし、悲しそうに目尻を下げた。
「……それには理由があるのです。世間では、突然、強大な魔物に襲いかかられて滅んだ事になっているラミナスですが、実は当時のラミナスにも、一応、嫌な予兆があったのです。それは日が経つごとに急激に増える魔物の数でした」
「急激に魔物が増える……だって……」
イアちゃんは頷くと続ける。
「はい、そうです。増えるのは弱い魔物ばかりでしたが、その増え方は、私の父であるアルデミラス王も、何れ大きな災いが来るのではないかと危惧していたほどです。その為、ラミナスの宮廷魔導師達は、強力な魔法を得る為の探索を王から命じられました。しかも、ラミナス最強の魔導師である賢者リバス様に至っては、父から直接その指示を受けていた筈です。だからリバス様は、古代の文献に唯一無二の強力な魔法と記されるメギラシオンについて調べていたのだと思います」
「そうだったのか。なるほどね……」
俺は返事をすると無言になった。
どうやらラミナスが滅ぶ前に、色々とあったようだ。
だが俺はイシュマリアの今の状況が、滅ぶ前のラミナスに酷似している事の方が気になった。
その為、魔物が増えるという現象について、俺は暫し考える事にしたのだ。




