Lv.53 鏡の忠告
[Ⅰ]
一方その頃……。
部屋に入った途端、レイス達3人の表情が一斉に曇った。
重苦しい空気が、言葉もなく部屋を満たしてゆく。
3人は川の字に並んだベッドに腰掛け、大きく溜め息を吐き、肩を落とした。
そんな中、まずレイスが口を開いた。
「コタローさんは、表面上は明るく振る舞っているが、確実に俺達を不審に思っているだろう……。彼を少し見てきたが、かなり頭のキレる人だというのは分かったからな」
シェーラとイメリアは静かに頷いた。
「でも、レイス……どうするの? こんな所で仲間を解消されたら、この先、私達だけでイメリア様を守りきれるかどうか分からないわよ。それにザルマンも死に際に言ってたわ。新たな追っ手がやって来ると」
「それはわかっている。だが、それを決めるのはコタローさん達だ。……俺達ではない」
レイスはそう言うと、目を閉じ、また溜息を吐いた。
3人は暫し沈黙する。
そんな重い空気の中、イメリアは真っ直ぐな瞳で2人を見つめながら、ゆっくり言葉を発した。
「でも……仮に仲間を解消されたとして、コタローさん程の腕を持つ魔法の使い手は、そう簡単には見つからないでしょう……。私が見る限り、コタローさんは、旧ラミナスの王宮に仕えていた最上級の魔導師達に匹敵する使い手です。それだけではありません。あの方はラミナスの誰もが知り得なかった魔物達への知識もあります。その上、失われた古代魔法であるべリスレアが、どんな魔法か知っているような口振りでした。もしかすると、古代魔法に対する知識も持っているのかもしれません。ですから、あの方以上の魔法の使い手を見つけるのは至難の業だと思うのです。そう考えますと、ある意味、あのような方と私達が巡り合えたのは奇跡に近いのかもしれません」
レイスとシェーラは強く頷いた。
「イメリア様、私もそう思います。彼がいなければ、間違いなくあの時、我等はザルマンの手にかかって死んでいたでしょう。仰る通り、彼らと巡り合えたのは奇跡に近いです」
「そうよね……あの光の剣は凄かったわ。あのザルマンを斬り刻んだのだから。でもどうするのよ、レイス。今の話の流れじゃ、なんとしても仲間でいてもらうしかないじゃない」
シェーラの言葉にレイスは沈黙した。
それはイメリアも同様であった。
と、その時である。
この部屋の扉が一度ノックされた。
3人はそこでハッとした表情になり、顔を見合わせた。
レイスは扉に向かい、恐る恐る訊ねる。
「……誰であろうか?」
「コタローです。少しの間、アーシャさんと外を見てきますんで、話は帰ってきたら訊かせてもらいます。すいませんが、そういうことなんで、よろしくお願いしますね」
「了解した。ではまた後ほど」
「ええ、後ほど」
その直後、レイスは険しい表情になり、2人に向き直った。
「今からコータローさんを説得する方法を考えるしかない。イメリア様も何かお考えがありましたら仰って下さい。皆で考えましょう」
「それもそうね。コタローさんは話の分かる人な気がするし」
「わかりました。私も考えてみます」
[Ⅱ]
宿屋を出た俺とアーシャさんは、フィンドの町外れにある丘のような場所へとやってきた。
その丘は、フィンドの町並みを見渡せるくらい見晴らしの良い所であった。
だがとはいうものの、ここは沢山の墓が並ぶ共同墓地となっており、辺りは少し寂しくもあり、おどろおどろしくもある所だ。
で、なぜこんな所に来たのかと言うとだが……風の冠を使う場所を探していたら、ここに辿り着いたという単純な話であった。
というか、宿屋の近辺だと、ここが一番人のいない所なのだ。
ちなみにだが、周囲にある墓は石版を墓石として使うタイプの物が殆どで、勿論それらの墓石には、没年と故人の名前と手向けの言葉が彫りこまれていた。
早い話が、映画でよく見る欧米の共同墓地みたいな所である。
(墓の中からゾンビでも出てきそうな墓地だな……RPGの世界だから、リビングデッドとかが出てきそうだけど……)
まぁそれはさておき、墓地にやってきた俺は、周囲に人がいないかを念入りに確認する事にした。
見回したところ、今が夕暮れ時というのもあってか、この墓地は誰もいないようであった。
だが慢心は足元を掬われるので、本当に人がいないかどうかをオッサンに確認してもらう事にした。
「オッサ……じゃないな。ソーンさん、周囲に人の気配は感じるか?」
「大丈夫だ。この近辺に人の気配はない」
「じゃあ、大丈夫だな。……フォカール」
俺はフォカールを使い空間に切れ目を入れると、そこから風の冠を取り出し、アーシャさんに手渡した。
だがアーシャさんは受け取るや否や、恐る恐る、周囲の墓に視線を向けたのである。
「すぐに戻ってきますので、少しの間、ここで待っていてくださいね。も、もも、戻って来た時……ここにいなかったら怒りますからねッ」
この様子を見る限り、アーシャさんは幽霊とかが怖いのかもしれない。
普段のアーシャさんから考えると意外な一面だが、こういう部分は女の子らしい可愛いところである。
「わかってますって、どこにも行きませんよ」
「で、では行ってきますから」
その直後、アーシャさんは一筋の光となって空に舞い上がったのである。
(さて……アーシャさんが戻るまでの間、ソーンのオッサンと世間話でもするか……)
俺は周囲をもう一度見回し、小さく話しかけた。
「……ソーンさん、宿屋での話で気になった事があるんだが、今いいか?」
ずっとオッサンという呼び方だったので、やはり少し違和感がある。が、そのうち慣れるだろう。
「気になった事……なんだ?」
「さっき魔物達の気配について話してた時、妙な言い方してたけど、ザルマンの気配には気付かなかったのか?」
「いや、気配には気付いていた。だが、魔物に変化する前の奴からは、魔の気配というモノを感じなかったのだ」
魔の気配を感じなかった……一体どういう事だ。
「じゃあ、人の気配としては感じていたのか?」
「ああ、そうだ。だから、奴があのような魔物に変化した時、我は声に出さなかったが、凄く驚いたのだよ。あそこまで強力な魔物の場合、相当濃い魔の瘴気が漂う場所でないと、活動すること自体が厳しいだろうからな」
「は? 活動すること自体が厳しいって……どういう意味だ?」
これはゲームにも出てこない話であった。
「ふむ……ヴァロム殿もそうだったが、その様子だと、コタローも知らんようだな」
「ヴァロムさんも? 一体、何の話だ?」
「いいだろう。今後の為にも、コタローには説明しておこう。この世界に住まう生きとし生けるものは、地上に漂う清浄な気を取り込むことで、その生命を維持している。だが、魔物というのは基本的に、魔の世界の穢れた瘴気を取り込むことで生命を維持しておるのだ。まずそれを頭に入れて、これからの話を聞いて欲しい」
「ああ、わかった」
恐らく、空気の事を言っているのだろう。
「今言ったように、魔物が生きる為には穢れた魔の瘴気が必要だ。だが、それはあくまでも基本的な考え方というだけであって、当然、全ての魔物に当てはめることは出来ない。事実、力の弱い魔物は、この地上界で、何不自由なく生きてゆけるからな。この辺りにいる弱い魔物が良い例だ。だが、力のある魔物は、そういうわけにはいかんのだよ」
確かにゲームだと、強い魔物と弱い魔物の生息場所はハッキリと分かれていた。
だが、それはあくまでゲームの進行上の話であって、こんな設定ではなかった気がする。
もしこれが本当ならば、この世界特有の現象なのかも知れない。
「という事は……ある一定の力を持った魔物の場合は、その力を振るう為に、それ相応の魔の瘴気が必要になってくるという事か?」
「うむ、その通りだ。そして強力な魔物になればなるほど、それに応じた魔の瘴気がないと生きては……いや……生きては行けるが、本来の力は発揮できぬのだよ」
早い話が、強力な魔物がいる場合は、濃い魔の瘴気も必ず漂っていると言いたいのだろう。
「つまり、あれか。あの強力な魔物と化したザルマンの場合、この辺りに漂う程度の薄い魔の瘴気では、普通なら動く事すら難しいって事か?」
「その通りだ。いや、それだけではない。奴の周りにいた魔物達にしてもそうだ。あの魔物達も、この辺りにいる魔物と比べると明らかに強すぎる。だから、我はそこがわからんのだよ。あの時現れた魔物達は何かが変なのだ……」
「確かにそれが本当なら、おかしな話だね……」
ソーンのオッサンの話を要約すると、強い魔物ほど、濃い魔の瘴気が必要という事になる。
そして、それを基に考えると、非常に薄い魔の瘴気しか漂っていないこのフィンドの辺りは、弱い魔物しか生息できないという仮説が成り立つのだ。
確かにその説が正しいならば、あの時現れたデッドライオネスやべリスレア・スライムといった魔物は、理論的にも異常な事態と言わざるを得ない。
ここに来る途中、数回魔物と戦ったが、この辺りにいる魔物は精々、序盤の雑魚モンスター程度なのである。
それを考えると、比較にならない強さなのだ。
(ソーンのオッサンが言っている内容は本当なのだろうか……そうなるとザルマンは辻褄が合わんのだが……)
とはいえ、妙に説得力のある話なのも事実であった。
今の説が本当なら、ここ最近よく聞くようになった魔物が増えたという話や、新種の魔物が現れたという話。そして、数年前……突然、強大な魔物の大群に襲われたラミナスという国の話。それら全ての事象が、魔の瘴気というキーワードを用いる事によって、簡単に説明がついてしまうからだ。
だがしかし……そう考えると、腑に落ちない謎が1つ出てくるのである。
「そういえばさ。町や城といった人の集まるような所って魔物はいないけど、そういう所には魔の瘴気って漂ってないのか?」
これが気になるところであった。
町の中やその近辺で、俺は魔物なんぞ見た事がないからである。
「ああ、そういった所には、魔の瘴気は漂っていない筈だ。コタロー達のような種族が沢山暮らすような場所は、太古の昔、精霊王リュビストが施した浄化の結界が幾重にも張られているだろうからな。その中では、清められた清浄な気と魔を退ける力以外は漂う事はない。あのマルディラントとかいう街でも、精霊王の結界が働いているのを我は感じた。だから、今も結界は生きている筈だ。まぁこれは、そこに住まう者達ですら知らぬであろうがな……。いや、魔物が入らないから、そこに人が住み始めたと言った方が正しいか……」
「なるほどね。精霊王リュビストの結界か……。ン、でもロランさんはさっき、ザルマンはエレンディアの酒場にいたって言ってたぞ」
そう……ロランさんの話を信じるならば、ザルマンはマルディラントの中にいた事になる。
今の説が正しいなら、強力な魔物は入れない筈だ。
「確かに、コタローの言うとおり、そこが問題だ」
「だよな。ソーンさんの話が本当ならば、魔物がそんな中に入って行けるのも妙な話だし……ン? そういえば……」
俺の脳内にザルマンのとったある行動が再生された。
「確か……ザルマンが変身する時、奇妙な水晶玉を掲げていたな。あれが何か関係してるんだろうか……」
「さあな。そうかも知れぬし、そうでないかも知れぬ。まぁどちらにせよ、今我が言った事は、頭の中にいれておけ。それとこれから先、あの者達と旅を続けるのならば、こういう事が頻繁に起こり得る可能性が高い。だから、用心はしておいて方がいいぞ」
「ああ、それは言われなくてもわかってるよ」――




