Lv.52 フィンド
[Ⅰ]
森を抜けてから1時間半は経過しただろうか……。
地平線の彼方へ目を向けると、遠くに見える山の影に、太陽が隠れようとしているところであった。
またそれに伴い、周囲は少し肌寒い気温へと変化し始めていた。
そんな薄暗い寒空の元、俺達は今日の目的地であるフィンドに、今ようやく到着したところであった。
日のある時間帯に町へ到着できたので、まずは一安心といったところだ。
街に入ったところで、俺はレイスさんに言った。
「レイスさん、その辺の広場で、一旦止まってもらえますか」
「了解した」
程なくして、馬車は広場に停まる。それに連動して、後続の馬車や馬も停まった。
俺はそこで馬車を降り、後ろにいるロランさんのところへと向かった。
理由は勿論、宿の場所を訊く為だ。
「ロランさん、宿屋がどこにあるかわかりますかね?」
「ああ、それでしたら、私の店の隣にある宿屋になさったらどうですか? この町ではそれなりに大きな宿なので、部屋も空いてると思いますよ。それに馬の世話をしてくれる厩舎もありますし」
どうやら知っているどころか、ここの住人のようだ。
少し驚いたが、俺はそこで他の皆に視線を向けた。
すると4人共、コクリと頷いてくれたのである。
言わなくても察してくれたのだろう。アイコンタクトってやつだ。
「では、そこにしますんで案内してもらえますか」
「じゃあ、ついて来てください」
そんなわけで、ここからはロランさんを先頭に、俺達は進むのである。
[Ⅱ]
ロランさんの後に続き、俺達を乗せた馬車は動き出す。
俺は馬車の車窓から、薄暗いフィンドの町並みを眺めた。
このフィンドは、真っ直ぐ走る街道の両脇に、石造りの家屋が建ち並ぶといった感じの小さな町であった。
その為、街道の中継点といった感じがする所である。
また、小さな町ではあるが、寂れているというわけではない。
それなりに活気もある。事実、街道には結構な数の馬車や人々が行き交っており、賑やかな雰囲気がそこかしこに見受けられるのである。
今が夕刻というのもあると思うが、それなりに人々が住む、ちゃんとした町であった。
俺達はそんなフィンドの町を進んでゆく。
すると程なくして、ロランさんはやや大きめの建物の前で、馬車を停めたのである。
レイスさんもそこで馬車を停めた。
そこは、清潔感溢れる白い石壁が特徴の2階建ての大きな建物で、正面玄関の上には、これまた大きな看板が掛かっていた。
ちなみにだが、看板にはこの国の文字で『安らぎの宿と酒場・フィンドナ』と書かれている。
モロに大衆酒場兼宿屋といった感じだ。
ロランさんはそこで荷馬車を下りると、俺達の方へやってきた。
「ここが先程言っていた宿屋です。この左側には宿の主人が運営する厩舎もありますので、馬を休ませることが出来ますよ。それと馬車と馬を売られるのでしたら、宿屋の主人と交渉してみて下さい。ここの主人は馬車や馬の売買もやっておりますから」
「ありがとうございます、ロランさん。そうさせて頂きます」
続いてロランさんは、右側に隣接する2階建ての建物を指さした。
「それと、この右隣の店が、私が経営している道具屋になります。出発する前には是非お立ち寄りください。皆さんにはお世話になりましたのとお詫びの印に、私も奮発するつもりですので」
ロランさんの道具屋は手入れが行き届いているのか、結構綺麗な佇まいを見せる店舗であった。
汚れのない正面の石壁や玄関に掲げられた丸い看板に加え、ピカピカと輝く白い玄関扉がここから見えるので、特にそんな印象を受けたのである。
「へぇ……綺麗な店ですね。わかりました。また寄らせてもらいますんで、その時はよろしくお願いしますね」
「是非、お越しください。さて……それでは皆さん、今日は本当にありがとうございました。道中、私達家族が無事だったのは皆さんのお陰です」
ロランさんはそう言って、祈るように胸の前で手を組んだ。
続いて、奥さんと娘さんも同様に。
「本当に、どうもありがとうございました」
「今日はありがとうございました」
「いや、我等の所為でそなた達を巻き込んでしまったのだ。謝るのは我々の方である。……すまなかった」
レイスさんは申し訳なさそうに表情を落とした。
「ですが、タダで護衛してもらえるという都合の良い話に、ホイホイとついていった私にも原因がありますからね。それと、人に化ける魔物がいると分かった事も勉強になりました。これからは上手い話には乗らず、注意する事にしますよ。では皆さん、これで失礼させて頂きます。どうもありがとうございました」
まぁそんなわけで、ロランさん達とは、ここでお別れとなったのである。
ロランさん一家が去ったところで、俺は馬車を降りた。
「さてと……じゃあ俺は、宿が空いてるかどうか確認してくるので、皆は待っててくれますか?」
レイスさんとシェーラさんは無言で頷く。
するとそこで、アーシャさんとイアちゃんが馬車から降りてきた。
「じゃあ、私も一緒に行きますわ」
「私も行きます」
(俺1人でも十分だと思うが……まぁいいか)
俺は2人に言った。
「じゃあ、行きますか」
「ええ」
「はい」
*
で、交渉の結果だが……宿屋には、まだ幾つか部屋が空いていたので、俺達はここで宿泊することにした。
ちなみに部屋は3部屋使う事になり、宿泊代金は厩舎の利用込みで100ゴルであった。これは俺が支払っておいた。
それと森で手に入れたザルマン達の馬と馬車だが……店主と話をしたところ、今は手が離せないほど忙しいらしく、『明日の朝、改めてお聞きしましょう』という風に言われた。
その為、とりあえず今日のところは隣の厩舎に入れさせてもらい、明日の朝、改めて売買の商談をするという方向で調整をしたのである。
[Ⅲ]
宿屋の部屋に入った俺は、扉を閉め、室内を見回した。
見たところ、ここは3畳程度の小さな部屋で、簡素なランプの明かりが、室内をぼんやりと照らしていた。
明かりはグローと呼ばれるランタンタイプの物だ。
下でチェックインをした時、少し待たされたので、その間に従業員が明かりを灯したのだろう。
それはさておき、室内には簡素な机と1つのベッド以外、特に何もない。
この宿はほとんどが相部屋らしく、大きな個室はないそうだ。
つまり、この部屋はそこまで利用されない部屋なのだろう。
その所為か、若干、埃っぽかった。
ちなみに、アーシャさんは3人部屋を1人で使っている。
お嬢様なので、こればかりは仕方がないところである
(初のリアル宿屋だな。ゲームだと、まずはタンスや壺を調べてみるところだが、無いもんは仕方がない……残念……)
そんなアホな事を考えつつ、俺はベッドで横になった。
勿論、クッション性のない硬いベッドである。
するとそこで、ソーンのオッサンの声が聞こえてきた。
「コタローよ……無事に到着できたようだが、あの者達と、これからも旅を続けるつもりなのか?」
「ああ、レイスさん達の事か……。後で話をするようには言ってあるけど、どうしようか、俺も迷っているんだよ。この先、彼らと一緒にいると、魔物の標的にされる可能性が高いからな。だけど、今更そんな事を言っても、旅の仲間なんてものはそう簡単に見つからない。ここにはエレンディアの酒場も無いようだしね。まぁとはいえ、アーシャさんの風の冠か、グリフィンの翼を使えば、どうとでもなる話だけどな」
「ふむ、確かにな……。だが、我は気になる事があるのだ」
「なんだ、気になる事って?」
「先程の魔物はラトゥーナの末裔と言っていた。我はその名前をどこかで聞いた事が気がするのだよ……。しかし、それが何かが思い出せんのだ」
またこのオッサンは妙な事を言いだした。
だが、俺も気になっていた部分ではある。
「確かに……俺もそれは気になったよ。ザルマンの言動から察するに、それが根本的な理由のようだからね」
ラトゥーナの末裔とは何なのか……。
それはレイスさん達に確認しなければならない事であった。
(魔物が狙うくらいだから、奴等にとって都合の悪い存在なのだろうけど……あ、そういえば……)
俺はそこで、気になっていた事を思い出した。
「そういえばさ、ザルマンとの戦闘の後、オッサンは『今のところ周囲に魔物の気配は感じないが、これから先、どうなるかわからん』みたいな事を言ってたけど、もしかして魔物の気配がわかるのか?」
「ああ、我等光の精霊は、闇の気配には敏感なのでな。あのザルマンとかいう奴が出てきた時も、近くで魔物の気配がするのはわかっていた。だが、我も鏡の存在を知られたくなかったので、あの場は黙っていたのだ。許せ」
まるで、ザルマンの気配は感じなかったような言い方であった。
気になる言い方だが、今は置いておこう。
「それについては別に怒っていないよ。オッサンは上司の指示を守らないといけないからな」
「すまんな。我も知らせたいのは山々なんだが、そこは大目に見てくれ」
まぁこればかりは仕方がないだろう。
オッサンも役目というのがあるだろうから。
「さぁて……まぁその辺の話は置いておくとしよう。では、ここからが本題だ」
ソーンのオッサンは、この話は終わりとばかりに、話題を変えた。
「は? 本題? 何だよ……まだなんかヤバい話でもあるのか?」
「ああ、ここからが本題だ。我はな、ずぅぅぅぅっと、お前に言っておかねばならぬと思っていた事があるのだよ」
「言っておかねばならん事? 何の話か知らんけど、いいよ。言ってくれ」
「では……オホン……言わせてもらおう。まぁそのなんだ……大した話ではないんだがな、我が言いたいのは、お前のその呼び方の事だ。我の事をオッサンというのはどうかと思ってな。これからコータローとは、何回も話す事になるわけだし、もっと信頼できる者同士の呼び方というのがあるだろうと、我は思ったのだよ」
言い方が回りくどい。
「なんだ、気にしてたのか。でも、初めて会った時、我は心が広いから、そんな事は気にしないとか言ってたじゃん」
「確かに心は広いが、聞いてるとムカムカしてしょうがないのだよ。ははは」
笑い話にしてるが、内心、腹が立ってるんだろう。
恐らく、人間ならば目が笑っていない笑い方に違いない。
まぁ心が狭いのは分かっていたので、あまり驚くことでもないが……。
「じゃあ、なんて呼ぶといいんだ?」
「そ、そうだな……できればアーシャさんのようにソーン様。もしくは、ヴァロム殿のようにソーンさんかな。なんだったら光の精霊様でも構わないぞ。寧ろ、そっちの方が……」
まだ話してる途中だったが、俺は即答した。
「じゃあ、ソーンさんで」
「早ッ! もう少し悩めよ!」
まだなんか文句を言ってるが、俺にとってはそれほど大事な話でもなかったので、早めに終わらせることにした。
と、その時、部屋の扉がノックされたのである。
「誰ですか?」
「私です。アーシャです」
「入ってください。鍵は掛かってませんから」
「では失礼します」
扉が開き、アーシャさんが中へと入ってきた。
アーシャさんはそこで室内を見回した。
「へぇ……私の部屋よりかなり狭いですね。平民の方々が泊まる宿泊施設は初めてなので、勉強になります」
ちなみにアーシャさんは3人部屋を1人で使っている。
大事なお嬢様なので、俺もやむを得んところだ。
「ここは、アーシャさんの部屋と比べるとだいぶ狭いですよ。あんまり使われてなさそうなので。それはそうと、どうしたんですか?」
するとアーシャさんは頬を膨らませた。
「んもう、一昨日の昼に言いましたよね。忘れたのですか?」
「あ……すいません、忘れてました。そういえば、朝と晩はマルディラント城に戻って、サブリナ様に顔を見せておくんでしたね」
俺はそこで思い出した。
2日前の打ち合わせで、そんな手筈になっていたのを……。
これはアーシャさんの考えた悪知恵で、母君であるサブリナ様に朝と晩だけ顔を見せて、俺の所に修行に来ていると思い込ませる為であった。
なので、朝と晩はマルディラント城に戻ってアリバイ作りをしないといけないのだ。
まったくもって、とんでもないお姫様である。
おてんば娘に羽が生えたら、こうなるという見本だ。
「じゃあ、行きますか。でもその前に、レイスさん達には少しの間だけ出掛けると言っておきますね。留守中に来られても困りますし」
「そうですね」




