Lv.50 旅の再開
[Ⅰ]
俺は地面に腰を下ろし、先程のザルマンとレイスさん達のやり取りを思い返していた。
彼等はあの時、イアちゃんの事をイメリア様と呼んでいた。
またそれに加え、ザルマンはこんな事を言っていたのである。
ラトゥーナの末裔を殺すことが任務と……。
何の末裔なのかは知らないが、彼らの言動から察するに、イアちゃんはラミナスという国において、かなり高貴な存在だったに違いない。
俺の予想では国の要人か、もしくはその子女といったところだろうか。
そして、レイスさんとシェーラさんは、イアちゃんを護衛する従者だと考えるとシックリくるのである。
思い返せばこの2日間、イアちゃんは、いつも2人に守られるように行動していた気がする。
必ずイアちゃんの両脇には、レイスさんとシェーラさんの姿があったからだ。
今朝、マルディラントの広場で会った時もそうであった。
それらを考えると、今の推察は当たらずとも遠からずだと、俺は思っているのである。
まぁいずれにせよ、その辺りの事はレイスさん達に確認するつもりだ。
いや、旅の安全の為にも、絶対に確認しなければならない事である。
レイスさん達は、魔物の呼び水になる可能性があるからだ。
(それにしても……前途多難だな。旅の初日から、いきなりこれかよ……。それはともかく、魔力を少し回復しておこう。祈念の指輪を使って……)
俺は祈るように手を組み、青い水晶で作られた指輪の力を使った。
祈念の指輪はソーンのオッサン曰く、古代魔法王国カーぺディオンで作られた物らしい。
別名、ロシュフォレント・ヴェイン・レア・へーネスと言うそうだ。
長ったらしいので、当時の人々は祈念の指輪と呼んでいたようである。
(とりあえず、少しは回復したか……この辺にしておこう。ゲームだと、使い過ぎて消滅する事あったし……)
するとそこで、服の内側にいるソーンのオッサンが、小声で話しかけてきた。
「おい……コタローよ。空を見ろ」
「ん、何かいるのか?」
俺は空を見上げた。
「違う……。かなり日も傾いてきた。早くこの森を抜けた方がいい。夜は魔の瘴気が地上に現れやすくなる。昼と違い、魔物も活発になるぞ。今のところ周囲に魔物の気配は感じないが、これから先、どうなるかわからんからな」
今の内容に少し引っ掛かる部分があったが、確かにその通りである。
日がある内にとっとと森を抜けて、その先にあるフィンドへと向かわねばならないのだ。
俺はそこで治療中のレイスさん達に視線を向けた。
するともう治療も終わったのか、4人共、俺の方へと向かっているところであった。
レイスさんとシェーラさんの歩く姿を見る限り、かなり傷は回復したようである。
この様子ならもう出発しても問題はなさそうだ。
4人は俺の前に来ると、まずアーシャさんが口を開いた。
「コタローさん、治療は終わりました。それと……レイスさんから話があるそうです」
俺はレイスさんに視線を向ける。
すると、レイスさんは突然、両膝と両掌を地面に付き、土下座の一歩手前のような姿勢になったのである。
「コタローさん……本当に申し訳ないことをした! 今回の魔物の襲撃は、私達が原因なのだ。そして……私は貴方に黙っていた事がある。実は……」
話している途中だが、俺は構わずに言った。
「レイスさん、話は後です」
「え?」
レイスさんは顔を上げる。
俺は空を指さした。
「日も傾いてきました。馬に食料と水を与え次第、すぐにこの森を抜けましょう。話は、その先にあるフィンドで訊かせてもらいます」
「……わかった。君の言うとおりにしよう」
「では馬の世話は、レイスさん達にお任せしますね」
レイスさんは静かに頷いた。
そして、俺はアーシャさんと共に、馬車の方へと移動を始めたのである。
[Ⅱ]
馬車の前に来ると、気まずそうな表情で俯き加減になったロランさんの姿があった。
その隣には奥さんや娘さんがおり、ロランさんと同様、少し俯き加減であった。
この様子を見る限り、ロランさん達も罪悪感は感じているのだろう。
悪い人達ではないのかもしれない。
とはいえ、あまりそういう先入観を持つのも良くないが……。
ちなみに奥さんと娘さんは、ロランさんと違い細身の体型で、服装は2人共、旅人の服を着るという出で立ちであった。
奥さんの方はロランさんと同じくらいの年齢で、ごく普通のおばさんという感じだ。
それから娘さんだが、恐らく、アーシャさんくらいの年齢だろう。
赤い髪をポニーテールにしており、中々に可愛い子である。
「ロランさん……貴方が俺達を騙した事については、もうとやかくは言いません。家族を人質をとられていた事を考えれば、致し方ない部分もありますしね。ですが、1つ訊きたい事があるんです」
「は、はい、なんでしょうか?」
「貴方はあの魔物達と、一体どこで接触したのですか? それをお聞かせ願いたい」
するとロランさんは肩を落とし、ションボリとした。
「それなんですが……実は、マルディラントでなんです」
「え、マルディラントで!?」
「マルディラントですって!?」
俺は隣にいるアーシャさんと顔を見合わせた。
アーシャさんも驚きを隠せないのか、目を大きくしている。
「一体、どういう事なんです。詳しく話してください」
「奴等と会ったのは、昨日、エレンディアの酒場で旅の護衛を依頼していた時でした。近くのカウンター席にいたあのラミリアンの男が、『私達も早朝にフィンドへ向かうんだが、ついでですし、一緒に行きませんか? お金はいいですから』と私に言ってきたのです。それで私は願ってもない事だと思い、すぐに了承しました。そして、その方達に同行させてもらう事になったのです。冒険者達は大人数でしたので、私はすっかり安心してました。それで、途中まではなんとも無かったのですが……この森の中に入ってから冒険者達は正体を現しまして……」
経緯は大体わかったが、気になる点が幾つかあったので、俺は質問を続けた。
「マルディラントを出発したのはイシュラナの鐘が鳴る前ですか?」
「はい、仰る通りです。出発したのは朝日が昇り始めた頃なので、イシュラナの鐘が鳴るだいぶ前です」
俺達が出発する頃には、かなり先を進んでいたようだ。……辻褄は合う。
「それと今、護衛を依頼したと仰いましたが、この森に入るまで奴等に不審な点はなかったのですね?」
「はい、その時点では普通の冒険者でした。魔物などとは、とてもではありませんが思えませんでした」
「そうですか……。では魔物達についてお訊きします。魔物達とはエレンディアの酒場で会ったと言ってましたが、そこでは他の客達と同様、普通に振る舞っていたのですか?」
ロランさんは空を見上げ、思案顔になる。
「いえ……酒場にいたのは、ザルマンというあのラミリアンの男だけでした。他の者達とは街の外で落ち合ったのです。まぁこれもザルマンという男の受け売りですから、どこまで信用できるかわかりませんが……」
「酒場で会ったのはザルマンだけで、他は街の外でですか……なるほど。では次に、移動手段についてお訊きします。ここに来るまでの移動方法は何でしたか?」
「馬車と馬です。冒険者達が馬車1台と馬2頭で、私達が荷馬車1台という組み合わせです」
「その馬車と馬は今、どこにあるのですか?」
ロランさんはそこで奥さんに視線を向けた。
すると奥さんは、溜息を吐き、項垂れたのである。
「それが実は……魔物達が奇妙な魔法を使って、馬車と馬を一瞬で消してしまったのです」
「一瞬で消した?」
そんな魔法、ゲームにあっただろうか……。
レスフォンとかいう、姿を見えなくする魔法なら俺も知ってるが……。
まぁそれはともかく、話を聞こう。
「で、消したという場所は、どの辺りなんですか?」
「フィンドに向かって森の街道をまっすぐ進みますと、途中で広場になったところがあるのですが、魔物達はそこで馬と馬車を消したのです」
話を聞く限りだと、フィンドに向かう途中のようだ。
少し時間は取られるが、そこを通る時に、一度確認はしておいた方が良いかもしれない。
「では最後に、もう1つお訊きします。マルディラントから同行してきたという魔物達の中で、途中、別行動をする魔物はいましたか?」
ロランさんは頭を振る。
「いいえ、別行動をした者はおりません」
「そうですか。訊きたい事は以上です。ありがとうございました」
俺はとりあえず、今得た情報を暫し頭の中で整理する事にした。
と、そこで、背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきたのである。
「あ、あの……コ、コタローさん……」
俺は後ろを振り返る。
するとそこには、気まずそうな表情を浮かべたイアちゃんが、シュンとしながら立っていた。
「ん、何だい、イアちゃん」
イアちゃんは懐から、紺色の液体が入った小瓶を取り出し、俺へと差し出した。
「あの……コタローさんは先程、魔力が尽きたと言っておりました。ですから……このロシュの秘薬をお使いください」
ロシュの秘薬は、ゲームだと魔力回復のアイテムだ。
市販されてないので、貴重なアイテムであった。
「イアちゃん、気にしなくていいよ。さっき、魔力回復させる道具を使ったから」
「で、でも……私、助けてもらっておいて、今はこんな事くらいしか出来る事がないんです。だから、どうか使ってください。お願いします」
イアちゃんは深々と頭を下げてきた。
この子なりに気を使っているのだろう。
「とりあえず、気持ちは受け取っておくよ。それは貴重な魔法回復薬だから、イアちゃんが使った方がいい」
「でも……」
「気にしない、気にしない」
俺はそう言って、イアちゃんの頭に手をやり、軽くポンポンした。
すると恥ずかしかったのか、イアちゃんは赤面しつつ顔を俯かせたのである。
こういう部分は見た目の影響か、すごく子供っぽい仕草であった。
(可愛い、エルフの少女って感じだな……ン?)
と、そこで、レイスさんの声が聞こえてきた。
「コタローさん、馬はだいぶ調子を取り戻した。いつでも出発は出来るが、どうしようか?」
「ではすぐに出発しましょう。この先で、少し調べたい事もあるので」
するとロランさんが、慌てて俺の前に来た。
「あ、あの、私達も一緒に連れて行ってもらえないでしょうか? 厚かましい事だとは私も承知しています。ですが、どうかお願いします。また魔物達に襲われるのかと思うと、私はもう……」
ロランさんは身体を震わせながら頭を下げた。
奥さんと娘さんもロランさんに続く。
「私からも、どうかお願いします」
「お願いします」
さすがに、今のロランさん一家を置いていくような鬼にはなれないので、ここは俺の独断で返事をしておいた。
「いいですよ。じゃあ、乗ってください」
「あ、ありがとうございます」
ロランさんは少し涙目になっていた。
あんな魔物を見た後だから、無理もないだろう。
まぁそれはさておき、俺達は早速、馬車へと乗り込んだ。
全員が乗ったところで、俺は御者席にいるレイスさんに告げた。
「ではレイスさん、出発してください」
「了解した。ハイヤッ」
レイスさんの鞭を打つ掛け声の後、馬車はカラカラと軽快に動き出した。
予想外の展開があった為、やや長い休憩になってしまったが、なんとか旅を再開する事ができたので、とりあえずは良しとしよう。
まぁそんなわけで、また周囲を警戒しながらの移動が始まるのである。




