Lv.5 魔法
[Ⅰ]
どれくらい時間が経過しただろうか。
次に俺が目を覚ました場所は、魔法陣のあった洞穴ではなく、ヴァロムさんの住処であった。
(いつの間に、ここへ移動したのだろう? それに、なんか頭の中がはっきりとしない……)
俺はモヤモヤとする脳内を少し整理した。
すると時間が経つにつれ、あのイシュラナの洗礼の事が次第に蘇ってきたのである。
もしかすると、俺はあの洗礼の後、気を失ったのかもしれない。
なぜなら、洗礼中に意識が薄れてゆく感覚があったのを少し憶えているからだ。
恐らく、俺が気を失ったので、ヴァロムさんが運んでくれたのだろう。
またヴァロムさんに迷惑をかけてしまったようである。
とりあえず、後で謝るとしよう。
俺はそこで身体を起こした。
即席で作った固いベッドで寝ていた所為か、背中が強張り、ズキンと少し痛みが走った。
(いたたた……岩の上に木の板を敷いただけのベッドだから、そりゃ、こうなるわな……)
できれば、柔らかくて快適なベッドや布団で寝たいが、ヴァロムさんの話を聞いた感じじゃ、この世界の文明レベルはかなり低いようだ。
要するに、ゲームの世界観の根幹をなす、中世的な文明社会なのである。
この地で、現代日本のような生活を期待する方がおかしいのだ。
貴族でもないと、それに近い生活は出来ないに違いない。
起き上がった俺は背中をさすりながら、周囲を見回した。
すると、壁際に置かれた机に向かうヴァロムさんの姿が視界に入ってきた。
どうやらヴァロムさんは今、本を読んでいる最中のようだ。
読書中で悪いが、俺はヴァロムさんに声を掛ける事にした。
「あ、おはようございます。ヴァロムさん」
ヴァロムさんは俺に振り返り、穏やかな笑顔を浮かべた。
「お、気が付いたようじゃな。それと言っておくが、今は昼じゃ。まだ朝ではないぞ」
「え? あ、そうなんですか?」
「心配したぞ。洗礼の途中で、お主が突然倒れたのだからの」
予想通りであった。
やはり俺はあの時、気を失ったのだ。
「実は俺もそうじゃないかとは思ったんです。洗礼の途中で意識が薄れてゆくのを感じたもんですから……」
「実はな、儂も驚いたのだ。今までイシュラナの洗礼に立ち会う事は何回もあったが、気を失う者なぞ誰1人としていなかったからのう」
気を失う者がいなかったという事は、どうやら俺はかなり駄目な部類に入るのかもしれない。
今のヴァロムさんの言葉を聞いて、俺は少し残念な気分になった。
「と、という事は……洗礼は失敗したという事なんでしょうか?」
だがヴァロムさんは頭を振る。
「いや、それはまだ分からぬ。肝心なのは、先程の洗礼で、初歩の呪文を得られたかどうかなのじゃ。で、どうじゃった? 上手くいったならば、得られた呪文が思い浮かぶはずじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、頭の中を整理します」
俺はそこで洗礼の時の事を深く思い返す。
あの時聞こえた女性の声……。
瞼を開いた直後に起きた、あの出来事。
そう……あの時、懐かしいモノが俺の脳内に流れ込んできたのだ。
するとその懐かしいモノが、次第に何かの言葉に変わってゆく。
そして次の瞬間。
(こ、これは……もしかして……呪文か?)
なんと、思い返してゆくうちに、3つの呪文が俺の頭の中に浮かび上がってきたのである。
それらは、俺がよく知っている呪文が2つと、知らない呪文が1つであった。
それは不思議な感じであった。
何故かはわからないが、俺の中に、呪文が刻み込まれているように感じたからである。
「あの、ヴァロムさん……不思議なんですけど、俺の中に刻み込まれたような言葉が3つあるんです。もしかして、これが使える呪文なのですか?」
するとヴァロムさんは微笑んだ。
「ほう、第1の洗礼で複数の魔法を得られたのか。もしそれが本当ならば、お主には魔法を扱う才があるかもしれぬの」
「え? そうなんですか?」
「うむ。魔法の才に恵まれた者は、複数の呪文を授かる事が多いからの。まぁそれはそうと、まずは本当に使えるかどうかの確認をせねばならぬな。というわけでコタローよ、早速じゃが、外へ行き、儂に見せてみよ」
「は、はい」――
外に出た俺達は、洞穴の入口付近にある、やや開けた場所へと移動した。
そこは岩以外何もないところで、思う存分魔法を使っても問題なさそうな所であった。
「ではコタローよ。まず、あの岩に向かって利き腕を伸ばすのじゃ。そして指先に意識を向かわせよ」
ヴァロムさんはそう言って、適当な大きさの岩を指さした。
「はい、ではやってみます」
俺は右手を真っ直ぐ前に伸ばして、指先に意識を集中させる。
すると不思議な事に、俺の中の何かが指先に向かって流れているように感じられた。
(なんだこの感じ……もしかして、これが魔力の流れというやつなんだろうか?)
とりあえず、訊いてみた。
「あの、ヴァロムさん。指先へと向かって何かが流れてゆく感じがします……これは一体……」
「ほう、もうそこまで感じられるのか……。儂が思ったよりも、お主は優秀かもしれぬな。今から魔力の流れについて簡単に説明しようかと思ったが、そこまでわかるのなら、もういいじゃろう」
ヴァロムさんは顎鬚を撫でながら、少し感心していた。
(もしかすると、俺は魔法使い系の才能があるのかも……大魔導師コタロー or 賢者コタロー……なんて甘美な響き……)
などとアホな妄想を考える中、ヴァロムさんは続ける。
「よし、ならば後は、その状態で授かった呪文を唱えるのじゃ。洗礼が上手くいったのならば、魔法が発動する筈じゃからの」
「は、はい」
現実に戻った俺は、とりあえず、よく知っている呪文から唱えることにした。
「え~と、では行きます」
大きく深呼吸をした後、俺は右手を前方にある岩へ向ける。
そして、あの有名な呪文を唱えたのだ。
【ファーラ!】
その直後、俺の手の前に20cm程の小さな火の玉が出現し、対象物目掛けて飛んで行った。
火の玉は目の前の岩に衝突して弾け飛び、炎の花を一瞬咲かせた後、霧散するように消えてゆく。
それを見るなり、俺は素で驚いていた。
自慢するわけではないが、結構な威力があるように俺には見えたからだ。
ゲームでは序盤を過ぎたら使わなくなる呪文だが、これを見る限り、人に大火傷させることは十分可能なように思えたのである。とはいえ、あくまでも一般人ならばだが……。
と、そこで、ヴァロムさんの唸るような声が聞こえてきた。
「むぅ……一度目で魔法をちゃんと発動させたか。やるのう……。よし、では次の呪文を唱えよ」
俺は無言で頷くと、先程と同じように右手を前に出して、もう1つのよく知る呪文を唱えた。
【レア!】
しかし……効果は現れなかった。
突き出した手の前に、優しい光が出現した以外、特に変化が無かったからだ。
まぁ怪我をしているわけでもないから、この結果は当然といえば当然である。
俺の知る限り、ゲームにおけるこの呪文の効能はHPの回復だからだ。
だが、とはいうものの、成功したのかどうかがよく分からないので、判断が難しいところであった。
「ふむ。まぁその呪文は、今の光を見る限り成功じゃな。多分、大丈夫じゃろう。本当は怪我でもしているところにやってみるのが一番なんじゃが、わざわざ確認の為に、怪我するのも馬鹿げておるからの」
「ほ、本当ですか? 良かった」
それを聞いて俺は少しホッとした。
実は効果を確認する為に、体に傷をつけろと言われるかが内心不安だったのである。
「ではコタローよ。3つ目の呪文を唱えて見よ」
「はい」
俺は少しドキドキしていた。
なんせ初めて知る名前の呪文なので、一体どんな効果があるんだろうと、さっきから気になっていたからである。
というわけで、俺は早速、その呪文を唱えてみる事にした。
俺は大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
そして、先程と同じように右手を前に出して、呪文を唱えたのである。
【ジニアス!】
と、その直後であった。
俺の右手がスパークし、前方の岩に向かって電撃が一直線に走ったのだ。
それはまるで、某映画の暗黒卿が使う電撃のようであった。
(こ、これは……電撃の呪文か……)
どうやらこれを見る限り、そう言う事なんだろう。要するに攻撃用の呪文という事だ。
とりあえず、俺は意見を聞く為に、ヴァロムさんに視線を向けた。
するとヴァロムさんは信じられないモノを見るかのように、大きく目を見開き、電撃で焼け焦げた岩へと視線を向けていたのである。
ヴァロムさんは小さな声でボソリと呟いた。
「ま、まさか……そんな馬鹿な……こ、この呪文は……」と。
明らかにヴァロムさんは動揺している感じだった。
(この反応はどういう事なのだろう……珍しい呪文なのだろうか?)
ヴァロムさんの様子が気になるが、俺はとりあえず、今の呪文の評価を訊いてみた。
「あの、ヴァロムさん……この魔法はこれでいいんですかね?」
「ン? あ、ああ。恐らく……問題ない筈だ」
どことなく歯切れの悪い返事であった。
この様子を見る限り、今の呪文に何かあるのは容易に想像できた。
(ヤバい呪文なのだろうか? しかし、電撃が走った以外、別段特筆すべきものが無い気もするが……。でも、ジニアスて名前が引っかかるんだよな。もしかすると、勇者の最強攻撃呪文グレイズ・ラン・ジニアス系列の初歩呪文なのだろうか?)
などと考えていた、その時であった。
突然、眩暈のような症状があらわれ、足元が覚束なくなったのである。
「あ、あれ……か、身体が」
立っていられなくなった俺は、ヘナヘナと地面に座り込んでしまった。
すると慌てて、ヴァロムさんが俺の傍に駆け寄ってきた。
「大丈夫か、コタロー。どうやら魔力を使いすぎたようじゃな。無理もない。お主は魔法を使える様になったというだけで、魔力はごく僅かじゃからな」
「や、やっぱり、それが原因ですか」
実を言うと、多分そうじゃないかなとは思っていたのである。
この症状は肉体的な疲労とは少し違うような気がしていたのだ。
「コタローよ。とりあえず、一旦、中へ戻ってから今の事を話そうかの」
「は、はい」




