Lv.49 光の剣
[Ⅰ]
俺が今から使う呪文……それはファーラミだ。
しかし、普通に使うのではない。
両手に魔力の流れを分散させて、2つ同時にファーラミを行使するのである。
同じ魔法ならば、魔力制御をしっかり行う事でそれが可能なのだ。
とはいえ、ファーラミのような中級魔法になると、必要な魔力量も多くなるので、当然、身体にも負担が掛かってくる。
それを避ける為にも、しっかりとした魔力の分散作業が必要なのである。
ザルマンの嘲笑う声が聞こえてきた。
「ククククッ……さて、これで私の傷は全て治癒できました。ではイメリア様、そろそろ貴方の命を貰い受けるとしましょうか。私の任務はラトゥーナの末裔を始末することですからね。他の者達はその後、私がジワジワとなぶり殺しにして差し上げます。待ってなさい」
そう告げるや、ザルマンは俺達に向かいズンズンと向かってきた。
だが、丁度そこで、俺の方も準備が整ったのである。
(よし……いくぞ)
俺は杖を地面に突き立てると、両手をザルマンに向け、呪文を唱えた。
「ファーラミ!」
俺の両手から、直径1mはある炎の球が2つ生成される。
そして次の瞬間、炎はザルマンに向かい、一気に放たれたのであった。
ザルマンは目を見開く。
「何ィッ! 2つ同時に繰り出しただとッ!」
炎の球はモロに命中し、ザルマンを火達磨にした。
「ウギャァァァァァ」
ザルマンは叫び声を上げながら、のたうち回る。
(よし……これならいけるかもしれない……)
などと思った、その時であった。
「グォォォォォォ」
ザルマンは雄叫びを上げると共に、全身から黒い煙のようなモノを噴き出したのである。
俺は我が目を疑った。
「そんな馬鹿な! 火が消えてゆくッ」
そう……ザルマンの身体から黒い煙が現れるや否や、炎が鎮火し始めたのだ。
ザルマンは俺を睨みつけ、息を荒くしながら言葉を発した。
「ハァ……ハァ……油断しましたよ。貴方がここまでの魔法の使い手とは思いませんでした。……予定変更です。まずは貴方を無力化するところから始めましょう。あまり使いたくはありませんでしたが、止むを得ません。ガハッ……」
ザルマンはそこで腹を叩き、口から野球ボールくらいの黄色い玉を吐き出した。
(あの黄色い玉をどうするつもりだ……あまり使いたくないと言ってたが……)
何をするつもりなのか分からないが、とりあえず、俺は用心の為に、自分の守備力を強化することにした。
「スートラ」
俺の身体に青く光る霧が纏わりつく。
「ほう……ここでスートラですか。何者か知りませんが、良い判断です。では私も貴方に習って、これを使う前に、私自身の回復をしておきましょうかね。ベルレア!」
ザルマンの身体が白く輝き、ファーラミで出来た火傷が小さくなってゆく。
俺は脳内で愚痴をこぼした。
(回復魔法を使うボスキャラは反則だろ……)
身体が回復したところで、ザルマンは独り言ちた。
「クククッ、さて、それでは始めましょうかね。フン!」
ザルマンは黄色い玉に握り、魔力を籠める。
すると程なくして、黄色い霧のようなモノが玉から発生し、辺りに漂い始めたのだ。
「チッ、毒か!」
俺は毒ガスかと思い、袖で咄嗟に口と鼻を覆った。
ザルマンの不愉快な笑い声が聞こえてくる。
「ククククッ……心配しなくても毒ではありませんよ。いや、魔法使いにとっては毒かもしれませんがね。クククククッ」
(どういう意味だ、一体……しかし、ここは攻撃の手を緩めてはいけない……)
そう思った俺は、アーシャさんとイアちゃんに指示をだした。
「アーシャさん、奴にウィザレスをお願いします。それからイアちゃんは、ペルミラをもう一度かけてください」
2人は頷くと呪文を唱えた。
「ウィザレス」
「ペルミラ」
だがしかし……何も起こらなかった。
訝しげに思った2人は、もう一度、呪文を唱える。
「ウィザレス」
「ペルミラ」
しかし、何も起こらない。
なぜかわからないが、彼女達の声が虚しく響くだけだったのである。
ザルマンの嘲笑う声が聞こえてくる。
「クハハハハッ……言い忘れましたが、今使ったのは魔法を無効化する道具ですので、ウィザレスなど使わなくても大丈夫ですよ。なぜなら、この場で魔法はもう使えないのですからね。まぁ私も魔法を使えなくなりましたが、今の私にとって、手負いの戦士や魔法が使えない魔法使いなど恐るるに足りません。ああ、それともう1つ言っておきましょう。この無効化は私が死ぬまで解除されませんので、そのつもりでいて下さい。ククククッ」
「な、なんですって……」
「そんな……」
アーシャさんとイマちゃんは青褪めた表情になった。
勿論、俺もである。
もしそれが本当ならば、俺達の唯一のアドバンテージが無くなったという事に他ならない。
(ヤバい……万事休すか……)
俺は逃げ道を探そうと、周囲を見回した。
だがそんな俺を見たザルマンは、そこで少し後ろへ下がり、俺達の退路を断つかのように4本の腕を広げたのである。
「クククッ、逃がしませんよ。貴方がたの旅はここで終わりです。観念しなさい」
そこで、レイスさんとシェーラさんが前に出た。
「コタローさん……我々が奴の気を引き、逃げ道を切り開く。だからイメリア様を連れてここから逃げてくれ!」
そう告げるや否や、レイスさんとシェーラさんは、奴に突進したのである。
「ちょ、ちょっと待ってッ! 2人とも先走らないで!」
2人は間合いを詰めると、勢いを殺さずに奴に斬りかかる。
「でやぁ!」
「セァ!」
ザルマンの身体に2人の剣が鋭く食い込む。
だがしかし……やはり、先程と結果は同じであった。
奴に深手を負わせるまではいかなかったのだ。
ザルマンはニヤリと笑みを浮かべ、2人の手足を掴んだ。
「貴方がたも凝りませんねぇ。鋼鉄の剣程度では無理だとさっき言ったでしょう。後で殺して差し上げますから、向こうで待ってなさい。フンッ」
「ウワァ」
「キャァ」
先程と同じように、レイスさんとシェーラさんは、俺の背後にある岩壁に投げつけられ激突する。
そして2人は落下し、地面に伏したのであった。
2人の近くには、奴の血が付着した鋼鉄の剣が転がっていた。
これを見る限り、多少の傷は付けれたのだろう。
(やはりこうなるよな……だが……)
2人が行った無謀な攻撃で、俺達が最悪な事態になりつつあった。
そう……全滅という二文字が思い浮かぶところまできているのだ。
だがしかし、俺は今の攻防を見たことにより、まだ試していなかった攻撃方法が脳裏に過ぎった。
そしてソレならば、奴の身体を切り裂く事が可能かもしれないと考えたのである。
とはいえ、それは著しく魔法力を消耗してしまう方法でもあった。
その為、俺の中に迷いも同時に生れてきた。
次はないからである。
しかし、今はどの道、魔法が使えない状況なのを考えると、もはや選択の余地はない。
俺は投げ飛ばされたレイスさん達に視線を向けた。
地に伏せる2人の額や腕からは、真っ赤な血がドクドクと流れ、そして滴っていた。
満身創痍……これが今の2人を表す言葉であった。
恐らく、立つことも敵わないくらいにダメージを負っているに違いない。
早く治療をしないといけない状態だ。
その為、俺は急いでレイスさん達に駆け寄り、道具袋に入れておいた癒しの魔法薬を手渡した。
「レイスさんにシェーラさん、今はこれを使ってください。多少は効果がある筈です」
「す、すまない」
「ありがとう、コタローさん」
と、その時であった。
地の底から響いてくるような物凄い雄叫びが、辺りに響き渡ったのである。
【ガウォォォォォォォォォン! ガウォォォォン!】
森の中にいた鳥は今の雄叫びに驚き、一斉に飛び立った。
また、雄叫びを聞いたイアちゃんとアーシャさんは、ブルブルと震えながらその場に立ち竦んだのである。
俺は直観的に思った。
これは獣系の魔物がゲームでよく使う、魔獣の咆哮というやつだと。
立ち竦む2人を見たザルマンは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「おやおや、身が竦むほどに驚かせてしまいましたか。ククククッ、これは失礼しました、イメリア様。では折角なので、すぐに楽にして差し上げましょう」
ザルマンは2人に向かって悠々と歩みだした。
(このままでは2人が危ない!)
俺はそう思うや否や、反射的に駆け出していた。
そして、あの攻撃方法を試すしかないと、俺はこの瞬間、決心したのである。
俺は立ち竦むイアちゃんとアーシャさんの前に来ると、こちらに向かってくるザルマンと対峙した。
「魔法の使えぬ魔法使いが何をするというのです。お前諸共、この爪でその娘達を切り裂いてくれるわ!」
ザルマンは油断していた。
魔法を封じた事で、俺を完全に無力化できたと思っていたのだろう。
だがしかし、俺には魔法を封じられても攻撃できる手段があるのだ。
そして俺はそれを実行するべく、腰にある魔光の剣を手に取り、青白く輝く光の刃を出現させたのであった。
俺は魔光の剣を中段に構える。
すると魔光の剣を見たザルマンは、大仰に失笑した。
「ククククッ、何をするのかと思えば。下らない……そんな下らない武器で私が倒せるかァァァ。死ねェェェ!」
その刹那、ザルマンは俺に向かい、2本の腕を振るってきた。
鋭利な爪が迫ってくるのが俺の目に映りこむ。
だが俺は冷静であった。
そして上手くいく自信もあったのだ。
なぜなら、レイスさん達が斬りつけた傷の深さを見て、この魔光の剣ならばできると思ったからである。
俺は自分を信じた。
今までこの魔光の剣を使って修行を積み重ねてきた自分を……。
(最終手段……魔力の全開で行くしかない……)
剣を振るう瞬間、俺は魔光の剣に籠める魔力を最大出力まで高めた。
出力が上がるに従い、魔光の剣は眩いほどの輝きを放つ。
そして俺は迫り来る2本の腕に向かい、最大出力の光の刃を真っ直ぐ振り下ろした。
その瞬間、襲い掛かる2本の腕が綺麗に切断される。
俺はそこから更に踏み込むと、今度は胴を左から右へと横に薙いだ。
「ぐふッ……」
ザルマンの腹が裂け、黒い血が噴き出す。
これで終わりではない。
俺はここから三段目の攻撃を繰り出すべく、柄を握る手を逆手に持ち変え、そこから燕が翻るような軌道で逆袈裟に斬りあげたのである。
いつぞや何かで見た燕返しというやつだ。
光の刃はザルマンの腰から肩口に向かって一閃する。
その直後、支えるモノが無くなったザルマンの胴体は、重力に従って斜めにずり落ち、地面にドサリと横たわったのである。
しかし、相手は魔物……まだ安心はできない。
俺は地面に転がるザルマンの半身に刃の切先を向けた。
ザルマンは苦しそうに吐血する。
「ゴフッ、ガハッ……ま、まさか……こんな奴を仲間にしていたとは。グ……あと一歩というところで……ゴフッ……クククッ……だが、私を倒しても終わりではありませんよ……イメリア様には次の追っ手が差し向けられるでしょうからね……ラトゥーナの……末裔には死あるのみです……ゴフッ」
この言葉を最後にザルマンは息絶えた。
シンとした静寂が辺りに漂い始める。
俺はそこで身体の力を抜き、大きく息を吐くと魔光の剣を仕舞った。
(最高出力での魔光の剣は、一時的にだが、恐ろしいほどの切れ味を得ることが出来る。しかしその代償に、とんでもない量の魔力を消費してしまう諸刃の剣だ。お陰で今の俺の魔力はスッカラカン状態。まぁわかっててやったことだけど……)
しかも、一度に多量の魔力を使うので、肉体的な疲労も当然やってくるのである。
出来れば使いたくはない攻撃方法であったが、今回ばかりはこれを使う以外に方法がなかった。
だが、結果的に魔物達を倒せたので、俺の判断は間違ってなかったということだろう。
それともう1つ……トドメの燕返しである。
これは俺が魔光の剣を使った訓練をしてた時に、映画のワンシーンを思い出したのが切っ掛けで練習してきた技だ。
で、この燕返しだが、真剣では重すぎて俺には無理だろう。
しかし、この300g程度の魔光の剣ならば可能だと思えたので、モノにしようと練習を始めたのである。
そんなわけで俺は今、燕返しの練習をしておいてよかったと、少しホッとしているところだ。
まぁとりあえず、戦いの余韻に浸るのはこの辺にしておこう。
(さて……姫君達は無事かな)
俺は後ろを振り返った。
すると、イアちゃんとアーシャさんは呆然としながら、俺とザルマンの亡骸を交互に見ていた。
イアちゃんはボソリと零した。
「コタローさん……貴方、一体何者なのですか……」
「腕を上げたと思ってましたけど、まさかこんな魔物まで倒せるなんて……というか倒せるなら、もっと早くにそれを使えばよかったのに!」
アーシャさんはそう言うや否や、頬を膨らませた。
出し惜しみをしていたと思われるのは俺も心外なので、弁明はしておこう。
「これを使わなかったのは、使いたくなかったからですよ。さっきのは全魔力と引き換えに得た切断力なんです。だから、今の俺の魔力は底をついた状態なんでスッカラカンなんですよ。レアすら使えないくらいです」
俺はそう言って両手をヒラヒラさせた。
アーシャさんはそれを聞き、少し罰の悪そうな顔をする。
「そ、そうでしたの……ごめんなさい。知りませんでしたわ」
どうやら納得してくれたようだ。
と、そこで、やや離れたところにいるレイスさんとシェーラさんがヨロヨロと立ち上がり、こちらへと歩き出したのである
この様子を見る限りだと、癒しの魔法薬ではそこまで回復出来なかったのだろう。
だがザルマンの死んだ今なら魔法も使える筈……。
そう思った俺は、イアちゃんとアーシャさんに最後の指示を出したのであった。
「それはそうと2人共、もう魔法は使える筈なんで、レイスさん達を治療してもらえますか。かなり傷ついているみたいなのでお願いします」
「は、はい」
2人は頷くと、足早にレイスさん達に駆け寄り、すぐに魔法治療に取り掛かった。
そして俺はというと、治療が終わるまでの間、今あった一連の出来事を色々と考えたのである。




