Lv.45 助けを求める男
[Ⅰ]
街道を暫く進むと分岐点に差し掛かり、そこでガルテナへと向かう道に、俺達は進路を変えた。
ここからは少し狭い道が続くが、地図によると、殆ど一本道みたいなので、ひたすら前に進めばいいみたいである。
だが、ガルテナはそこからが長い。
アーシャさんが守護隊の者から聞き込みした情報によれば、マルディラントからだと、早くても2日は掛かるそうだ。
とてもではないが、1日で到着できる距離ではないようである。
以上の事から俺達は、この先を暫く進んだ所にあるフィンドという小さな町で、今日のところは宿をとる予定だ。
(さて……フィンドまで、後どのくらいなんだろうな。マルディラントを出発してから、結構時間も経ったし……それなりに進んだとは思うが……)
時間を確認できる物を持ってないので感覚でしか言えないが、恐らく、半日以上は経過しているような気がする。
途中、小さな宿場町が少しあったので、俺達は馬の休憩や食事などをしながら移動してきたわけだが、それでも結構な距離を進んでいる筈だ。
とはいえ、馬車のスピードは時速10kmから15km程度だと思うので、そこから休憩分を差し引いて逆算すると、精々、40km程度しか進んでいないのだろう。
そう考えると、ガソリンで動く自動車ならば、30分程度で行ける距離しか進んでいないという事になる。
俺は改めて現代文明の凄さというものを実感した。
油臭い文明ではあるが、あれだけの人・物・金を動かせるのは、この世界からすれば驚異的な事だからだ。
とはいえ、今は無い物ねだりをしても仕方がない。
それに徒歩と比べれば格段に速い移動手段なので、馬に乗れない俺からすると、現状はこれが最善なのである。
(結構進んだな、とりあえず、周囲の警戒は怠らないでおこう……)
俺は魔物の監視する為に周囲を見回した。
辺りに広がる青々とした草原は静かなもので、遠くに見える森や標高の高い山々以外、目立った変化というものはなかった。
空に至っては、少し傾き始めた太陽くらいしか、今のところは見るべきものがない。
しかし、さっき地図で確認したところ、この先は森になっていた。
そこに入る際には、魔物への警戒レベルを引き上げる必要がありそうだ。
ちなみに、こっちの道を進む旅人は俺達以外いない。
やはり、他の人々はあの街道をそのまま北上したのだろう。
少し寂しい雰囲気ではあるが、アーシャさんもこっちの方角は辺鄙な土地が続くと言っていたので、こうなるのは仕方ないのかもしれない。
とりあえず、俺達を取り巻く周囲の環境は、大体、こんな感じであった。
魔物との遭遇も、今のところ、大きな芋虫のゲルラーや、大きな蜂であるマッドビーとの戦闘が1度あっただけなので、それほど危険な兆候というのもない。
この調子だと、向こうに見える森に入るまでは、ゆっくり出来そうだ。
(もしかすると、ゲームと同じで、日中の平原移動はエンカンウント率低いのかもな……ン?)
などと考えていた、その時であった。
「ヒ、ヒィィ!」
前方に群生する背の高い緑の茂みの中から、突然、人が飛び出てきたのである。
そして、俺達に向かって両手を振り上げ、コチラに駆けてきたのだ。
「た、助けてくれぇー!」
レイスさんが俺に振り返る。
「コタローさん、前方に助けを求める者がいるが、どうする?」
「仕方ないですね。無視するのもアレなんで、とりあえず、一旦、停まって貰えますか」
「了解した」
レイスさんはそこで馬車を停めてくれた。
助けを求めていたのは、30歳から40歳くらいの小太りな中年の男であった。
ターバンのような物を頭に巻き、口髭を蓄えるその顔つきは、ゲームの商人を思わせるようなビジュアルであった。
旅の衣服を着て、大きな荷物を背負うという姿なので、余計にそんな風に見えてしまうところだ。
とりあえず、何があったのかを訊くとしよう。
「どうかされたのですか? なにやら切羽詰まった感じがしますが」
「ま、魔物に追われているんだ。助けてくれ!」
男はそう言うと、茂みの向こうに視線を向けた。
「何、魔物だと……」
レイスさんは馬車から降り、腰に帯びた鋼の剣を抜いた。
続いてシェーラさんも馬車を降り、鋼の剣を抜く。
そして、2人は互いに剣を構え、茂みの中を警戒し始めたのである。
(魔物か……にしては静かだな)
馬車の中にいる俺も呪文の詠唱をすぐにできるよう、手に持った魔道士の杖に魔力の流れを向かわせた。
アーシャさんやイアちゃんも警戒体勢に入る。
だが、いつまで経っても魔物は一向に現れなかった。
(妙だな……現れる気配がない。どこかに行ったのか?)
とはいえ、楽観視はできないので、俺達は茂みの中を慎重に確認する事にした。
しかし、幾ら探せども、魔物の影や痕跡すら見つからないのだ。
範囲を広げて、茂みの向こうに広がるやや傾斜した雑草地帯も調べてみたが、結果は同じであった。
「魔物はどうやらいないようですね」
「そんな馬鹿な……さっきまで確かに追ってきてたのに……」
男は首を傾げ、茂みとその周囲に目を向ける。
俺は釈然としなかったので、男に訊ねた。
「ところで、幾つかお訊きしたい事があるのですが、最初に襲われた場所がどこかという事と、どんな魔物に襲われたのかをまず教えて貰えないでしょうか?」
「私が襲われた場所は、向こうに見える丘の上の雑木林です。そして襲ってきたのは、熊の様な魔物でした。慌てて逃げてきたので、その程度の事しか分かりません」
「あの林ですか……で、熊の様な魔物に襲われたと」
俺はそこで、向こうに見える丘の上の雑木林と、その間にある傾斜した雑草地帯に目を向けた。
しかし、そんな魔物の姿は当然見当たらない。
あるのは、遠くに見える林の木々と、その間で隙間なく生え揃った草花だけであった。
雑草地帯は綺麗なモノである。
俺は質問を続けた。
「それではもう1つお訊きします。お仲間はおられるのですか? 見たところ、お1人のようですが」
男は首を横に振る。
「いいえ、仲間はおりません。私だけです。この辺は勝手の知った場所ですので、よく1人で来るんです」
「そうですか。お答えくださって、ありがとうございました。ところで、これからどこに向かわれるのですか? 我々はこの先にあるフィンドの町に向かう予定なのですが」
すると、それを聞いた男は、途端に明るい表情になった。
「なんと、それは奇遇ですな。実は私もなのです」
「じゃあ、おじさん、乗ってく? 魔物に遭遇したわけだし、1人じゃ気分的に嫌でしょ。それに、どうせ向かう先は同じなんだしね」と、シェーラさん。
「良いのですか?」
「別に良いと思うわよ。ね? コタローさん」
「まぁこうなった以上はね……」
男は深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます。私の名はロランと言います。どうかよろしくお願いします」
そして、ロランという男が、俺達の馬車に同乗する事になったのだ。
[Ⅱ]
馬車が動き始めたところで、俺は御者席にいるレイスさんの隣に移動し、そこに腰かけた。
「ン、どうしたんだコタローさん」
俺は単刀直入で訊いてみた。
「……レイスさん。あの男、どう思います?」
「どう、とは?」
レイスさんは首を傾げた。
俺は後部にいるロランさんに聞こえないよう、静かに耳打ちした。
「さっきあの男は、雑木林で熊の様な魔物に襲われたと言ってましたが……妙だとおもいませんか?」
「妙? どういう意味だ?」
レイスさんは矛盾に気付いてないようだ。
説明しておこう。
「雑木林との間にある雑草地帯には、そんなモノが通ってきた痕跡はおろか、人が通った痕跡すらなかったんです。おかしくないですか?」
「痕跡がない? どういう事だ一体?」
「草や花の上を人や獣が通れば、確実に茎が折れます。足で踏みつぶしますから。しかし、あの雑木林から茂みまでの間にある雑草地帯には、そんな形跡はまるでなかったんです。空を飛んであの茂みに入ったというのならわかりますが、あの人にそんな芸当ができるとはとても思えません。という事は、あの茂みの中に暫く潜んでいて、それから俺達の前に現れたという仮説が成り立つんですよ」
俺の話を聞いたレイスさんは、そこであの男をチラ見した。
「確かに、君の言う通りかもしれないが、もしそうならば、我々の馬車に乗せてもらう口実をつくる為に、そんな事をしたんじゃないのか?」
「いやそれならば、そんな小細工はせず、普通に呼び止めるだけでいいと思います。なので、何故、隠れるような真似をしていたのかが気になるんです」
俺達の間に暫し沈黙が訪れる。
レイスさんも、少しは不審に思ってくれたようだ。
「……君はどう思うんだ?」
「それはわかりません。ですが……人は何かしら後ろめたいことをする時、吐かなくていい嘘を吐くんですよ。これは俺の経験上の話ですがね」
「確かに、そういう事もあるのかもしれないが……しかし……」
レイスさんは、それでも半信半疑といった感じだ。
決定打がないので、こういう反応になるのも仕方ないところ。
とはいえ、俺はやはり引っ掛かる。
またそれと共に、漠然とだが、少し嫌な予感もし始めてきたのであった。




