Lv.44 馬車街道
[Ⅰ]
馬車に揺られながら、俺達はどこまでも続く街道を北に進んで行く。
この街道は馬車が通るのを前提に整備されているようで、馬車同士が擦れ違いできるくらいに幅も広い。
日本の公道を例えて言うなら、2車線道路といったところだろうか。
だが、土が剥き出しの馬車街道でもある。
その為、アスファルトで舗装された路面と比べ、凸凹具合は雲泥の差だ。
また、この街道には俺達の他にも、旅人達の姿が沢山あった。
商人や冒険者、ならず者、旅芸人みたいな者達等である。
恐らくこの街道は、マルディラントと北側地域との間で人・物・金が大きく動く、主要な幹線道路なのだろう。
それほどに多くの人々が行き交っていた。
(しかし……沢山、旅人や商人がいるなぁ。とてもじゃないが、ゲームとは思えんよ)
前方に目を向けると、街道の他にも、緑あふれる広大な草原や雑木林が視界に入ってくる。
それらは朝の優しい日差しを浴びる事によって、活き活きとした輝きを放っていた。
また、時折吹く優しい風が、それら草木をそよそよと靡かせ、心地よい穏やかな光景を作り上げている。
新しい冒険の幕開けに相応しい、何かを感じさせる光景だ。
これがゲームだったならば、あの有名なオープニングファンファーレが聞こえてくるに違いない。
後方に目を向けると、徐々に小さくなってゆくマルディラントの街並みが見える。
だがそれを見た途端、俺は少し寂しい気分になってきた。
実を言うと俺は、この去りゆく街並みというのが、どうにも苦手なのだ。
俺は子供の頃からそうであった。
いや、子供の時のある体験からそうなったと言うべきか……。
とにかく、あまり好きではないのである。
で、その体験とは何かというと……それは、俺が小学生だった頃にまで遡る。
当時、俺の親父は転勤族だったので、家族が1つの場所に根を下ろして生活するというのがなかった。
その為、折角できた友達とも、1年ないしは2年でお別れするという物凄く辛いイベントが、子供の頃の俺には何回かあったのだ。
この遠ざかる街並みは大人になった今でさえ、寂しいモノに俺は感じてしまうのである。
しかし……そんな俺とは対照的に、ウキウキしている人物が隣にいた。
アーシャさんである。
さっきからアーシャさんは、やたらとテンションが高いのだ。
そして、今も尚、目を輝かせながら、俺に元気よく話しかけてくるのである。
「ねぇねぇ、コタローさんッ。あれ見てくださいよ、スライムですわ。私、野生のスライムなんて初めて見ました。それと向こうにいるのは、アル・ミラージュとかいう角のある兎の魔物ですわよ。魔物図鑑で見た姿と同じですッ」
スライムとアル・ミラージュがいるのは分かったが、俺にはアーシャさんのハイテンションぶりの方が驚きであった。
ちなみにスライムは、ゼリー状の丸い塊の魔物だ。目はあるが口はない。
「そ、そうなんですか。でも、俺からすると、野生じゃないスライムの方が気になりますが……」
「んもう、何を言ってるんですの。そんな事より、ほら、あそこにも」
アーシャさんはまるで、遠足に来た子供のような喜びようなのである。
今まで箱入り娘だったので、その反動が来ているのだろうか?
俺はふとそんな事を考えたが、仮にもしそうならば、普段は貴族の威厳を保ちつつ自分を抑えていたという事なのだろう。
もしかすると、案外、これが本当の姿なのかもしれない。
今のアーシャさんを見ていると、そう思わずにいられないのであった。
はしゃぐアーシャさんを見たシェーラさんは、俺に微妙な視線を投げかけてきた。
「ねぇ、コタローさん。アーシャちゃんて旅は初めてなの?」
「初めてではないんですが……でもまぁ、考えようによっては、初めてみたいなもんですかね」
「ふ~ん、そうなんだ。ところで、2人はどういう関係? 恋人同士? それとも魔法使い仲間?」
シェーラさんは興味津々といった感じであった。
「その選択肢だと、魔法使い仲間ですかね」
「なぁんだ、そうなの。予想が外れちゃったわね、残念。でも、あんまり仲がいいから、てっきり2人は恋人同士なのかと思ったわ」
「まぁ確かに、良く知った間柄なので仲は悪くないですが、俺達はそういう関係じゃないですよ。ね? アーシャさん」
俺はそう言って、アーシャさんを見た。
するとアーシャさんは、頬を赤くしながら顔を俯かせていたのである。
(どうしたんだろう、一体……馬車酔いか?)
少し心配なので俺は訊いてみた。
「アーシャさん、どうかしました? 大丈夫ですか?」
「い、いえ……なな、何でもありませんわ。ちょっと外の様子に感動したものですから」
アーシャさんは慌ててそう言うと、また外に目を向けた。
だがそれを見たシェーラさんは、意味ありげにニコニコと微笑んだのである。
「ああ、そういう事ね。なるほど。フフフ」
何か分かったようだが、俺にはサッパリであった。
「あ、あの……コタローさん。1つ、お聞きしたいことがあるのですが……」
「聞きたい事? なんだいイアちゃん」
「コタローさんが今着ておられるローブですが、私は以前、そのローブの胸に描かれた紋章を見た事があるのです」
「へぇそうなんだ。で、これがどうかしたの?」
「以前見た古の文献に書いてあったのですが、その紋章はサレオンの印といって、古代魔法王国・カーぺディオンの王が、全ての魔法を極めんとする賢者達に与えた印だと、そこには書かれていたのです」
「サレオンの印……古代魔法王国・カーぺディオン……か」
初めて聞く名前だ。
イアちゃんは続ける。
「それでお聞きしたいのは、そのローブをどこで手に入れたのか教えて頂きたいのです。あの文献に書かれていた事が本当ならば、そのローブは……叡智の衣と呼ばれる物かもしれません」
これは予想外の質問だ。
さて、どう答えようか……。
とりあえず、当たり障りない嘘でも言っておくとしよう。
「これは、マルディラントの2等区域にある露店で買ったんだよ。そこの店主曰く、古代遺跡を探索している冒険者から買い取ったそうでね。俺もこれを見た時に、ただのローブじゃないなと思ったから、すぐに購入したんだ。ただそれだけだよ」
ヴァロムさんが以前言っていた話をアレンジしただけだが、まぁこんなとこでいいだろう。
だがイアちゃんは、曇った表情を浮かべた。
「そうですか……では、沢山売られているわけではないのですね。……残念です」
「イアちゃんは、古代魔法王国の遺物でも探してるのかい?」
「いえ……そういうわけではないのですが……」
この様子を見る限り、言いにくい事情があるのかもしれない。
と、そこで、レイスさんの声が聞こえてきた。
「コタローさん、すまないが、地図でガルテナまでの道順を今一度確認してもらえるだろうか? 街道の分岐点はまだ先だとは思うが、念には念を入れておいた方がいい」
確かに一理ある。
この先、王都へと向かう道と、ガルテナへと続く道の分岐があるからだ。
間違えると偉いことになる。
「それもそうですね」
「それと、この辺の魔物は弱い上に臆病だから、この街道にはあまり近づいてこない。だから今の内に、確認をしておいた方が良いだろう」
「わかりました。では確認しておきます」
俺は革製の地図を広げ、ガルテナまでの道順を再度確認する事にした。
ちなみにこの地図は、アーシャさんがマルディラント守護隊の詰所から、黙って借りてきた物らしい。
相変わらずやる事は強引だが、この地図は守護隊が使っているだけあって、見やすくて良い物であった。
アーシャさん曰く、マッドアリエスの革で作られた地図との事である。
丈夫なので、破れる心配はしなくてよさそうだ。
アーシャさんに感謝である。




