Lv.41 エレンディアの酒場
[Ⅰ]
昼食を食べ終えて暫くすると、アーシャさんは俺を迎えにやってきた。
しかも、ツインテールに丸メガネ、そして、茶色いフード付きのローブという出で立ちで……。
いつもと違う格好なので(一瞬、誰やこの女の子は?)と思ったのは言うまでもない。
恐らく、マルディラントの街の中を歩くので、顔を知る貴族や家臣にバレないよう変装してきたのだろう。
それはさておき、時間が惜しいので、俺達はその後すぐ、マルディラントへと向かったのである。
風の冠の力で転移した先は、人気のない寂れた街の一角であった。
建物なども数えるほどしかない所である。
「ここってどこなんですか? 初めて見る景色なんですけど……」
「勿論、マルディラントですよ。この間、お兄様と外出した時に見つけた場所なんです。城以外の転移場所も覚えておこうと思ったものですから。ですが、繁華街から離れた区域ですので、少し歩かないといけませんね」
「なるほど、そういう事ですか。確かにここなら人気もないし、転移場所にはうってつけですね」
この子なりに、その辺の事は考えているみたいである。
「ところで、コタローさん……」
アーシャさんはそこで言葉を切ると、俺をジロジロと見た。
「そのローブは確か……叡智の衣ですよね。出発は明日の朝だというのに、えらく気合が入ってるのですね」
「ああ、これですか」
俺はそこで自分の身体に視線を向けた。
そう……俺は今、叡智の衣を身に付けている。
この叡智の衣は、それまで装備していた『魔導師のローブ』と似た衣服だ。
また、美しい純白の生地で作られており、裾や袖、それと首元部分に、青いストライプが入るという見た目のローブであった。
だがしかし、このローブには1つ大きな特徴があり、胸元に魔法陣のような丸い紋章が刺繍されているのである。
しかも、この紋章から常に魔力の流れが感じられるのだ。
確かゲームだと、叡智の衣には、魔法攻撃を低減させる効果と賢さを上げる効果があった気がした。
もしかすると、この紋章がそれらの役目を担っているのかもしれない。
断言はできないが、とりあえず、俺はそう考えたのである。
それはさておき、叡智の衣を着ている理由は説明しておこう。
「これはね、一応、仲間を見つける為の餌みたいなものですよ」
「仲間を見つける為の餌? どういう事ですか?」
「護衛の依頼をするのなら、そんな事は気にしなくてもいいんですが、仲間となると、貧相な装備をしている未熟な者には、多分、誰も興味を示さないですからね。特に、熟練の冒険者は足手まといと感じるでしょうし。ですから、只者ではないと思わせる必要があるんですよ。要するにハッタリです。どんな人間でも、まず最初は見た目で判断しますから」
アーシャさんは感心したように頷くと、自分の服装を見回した。
「言われてみると、確かにそうですね……私も、もう少し良い装備をしてくればよかったです……」
「まぁ、そこまで気にしなくてもいいですよ。それはそうとアーシャさん、エレンディアの酒場がどの辺にあるのか知ってますか?」
「確か、城塞の南門付近にあると聞いた事があります。ここがマルディラントの西側ですので、向こうじゃないでしょうか」
アーシャさんはそう言って、ある方角を指さした。
「じゃ、行きますか。でも離れないで下さいよ。俺達はこの街の中も、初めてに近いんですから。それにこんな所で迷子になってたら、間抜け以外の何者でもないですからね」
「も、勿論です。コタローさんこそ、迷子にならないよう、気を付けてください」
「了解です。では、行きましょう」
そして俺達は、慎重に進み始めたのである。
[Ⅱ]
エレンディアの酒場はアーシャさんの言った通り、城塞の南門付近の大きな通り沿いにあった。
3階建ての四角い石造りの建造物で、見たところ、それなりに広いフロアを持ってそうな建物である。
通りから見える正面の入口上部には、この国の文字で『エレンディアの酒場』と書かれた大きな木製の看板が掲げられていた。
また、入口には、西部劇とかに出てきそうなスイングドアが取り付けられており、それが酒場っぽい雰囲気を演出しているのである。
それと、外から見ていて分かった事だが、エレンディアの酒場は日中にも関わらず、人の出入りはかなり多い。
俺達が立ち止まって見ている間にも、あのドアを潜る冒険者達が沢山いたので、中はかなり賑わってそうである。
「さて……こんな風に眺めていてもしょうがないですから、中に入りましょう、アーシャさん」
「ええ、行きましょう」
俺達は入口のスイングドアを潜り、エレンディアの酒場へと足を踏み入れた。
*
酒場の中は予想していた通り、昼間だというのに活気に溢れていた。
また、思ったよりも中は広く、俺の見立てだと床面積は10メートル四方はありそうだ。
周囲を見回すと、丸い木製のテーブルが均等に幾つも配置されており、そこには、飲み食いしながら談笑する冒険者達の姿があった。
ファンタジーRPGっぽい格好をした冒険者みたいなのや、世紀末系ファッションの人相の悪い者達等々、それは様々である。
酒場の奥に目を向けると、そこには仕切られた木製のカウンターがあり、妙齢のナイスバストな美しい女性が笑顔で佇んでいた。
しかも、ブロンドの長い髪の頭頂部にウサ耳バンドをして、胸の谷間が見える露出型の衣服を着ているのだ。
男ゆえに、その豊満な胸に目が行ってしまうのが、非常に辛いところである。
(まったくもって……なんというけしからん胸だ。モミモミしてやりたい衝動が込み上げてくる。我慢だ……我慢。それはともかく、あそこが受付かな? 他にそれっぽいのはないが……)
中を見回しても受付らしい場所が他にない。
これは行って聞くしかないだろう。
「アーシャさん、とりあえず、奥に行きましょう」
「ええ」
俺達がカウンターに行くと、女性は満面の笑顔で話しかけてきた。
「エレンディアの酒場へようこそ。料理と酒なら、その辺の給仕に言ってね」
「ここでは何を聞いてくれるんですか?」
「私が受け付けるのは、仕事の依頼関係や仲間の斡旋よ。さて、どちらの要件かしら? 仲間の募集? それとも護衛任務? はたまた仕事の依頼かしら?」
やはり、このけしからん胸をした女性が受付嬢のようだ。
とりあえず、俺が交渉する事にした。
「えっと、仲間の募集をしたいのですが」
「仲間の募集ね。じゃあ、その前に冒険者登録証を見せてもらえるかしら」
「冒険者登録証? 何ですかそれ?」
これは初耳であった。
「あら……じゃあ貴方達、ここを利用するの初めてなのね?」
「はい、初めてですね」
「そうだったの……実はね、エレンディアの酒場では冒険者登録をしていない者には、仲間や仕事の斡旋はしないことになってるのよ。仲間の募集をしたいのなら、ここの2階で冒険者登録を済ませてからね。すぐに済むから、上に行ってもらえるかしら?」
女性はそう言って、フロアの片隅にある階段を指さした。
(そういや、ゲームでもこんな感じだったな。まぁあれは、仲間作成工場って感じでもあったけど……)
それはともかく、これをしない事には話は進まないようだ。
登録するしかないだろう。
「すぐに済むみたいですから、行きましょう、アーシャさん」
「ええ」
俺は女性に返事をした。
「じゃあ、冒険者登録を済ませてから、また来ますね」
「ええ、待ってるわ」――
[Ⅲ]
俺達は2階で冒険者登録を済ませた後、1階のカウンターへと戻ってきた。
登録に掛かった時間は30分程度。
簡単な身体測定と、性別や名前、それと、使える魔法や特技等を書いていくだけだったので、すぐに済んだのである。
というわけで、俺達はウサ耳バンドをした受付嬢のところへと向かった。
女性は俺達の姿に気付くと、笑顔で話しかけてきた。
「その表情だと、もう終ったみたいね。じゃあ、発行された登録証を拝見させてもらおうかしら」
「これです」
俺とアーシャさんは、たった今発行されたネックレス状の金属プレートをカウンターの上に置いた。
ちなみに、冒険者登録証の外観は、軍人さんとかが首からぶら下げているドッグタグと似た物である。
「じゃあ、ちょっと待っててね。さっき上から降りてきた名簿と登録証の照合をするから」
と言うと、女性は早速、登録証の確認を始めた。
程なくして、バニーさんの驚く声が聞こえてきた。
「あら、貴方達……優秀な魔法使いだったのね。今、優秀な魔法の使い手は不足してるから、仲間の募集はしやすいかもしれないわよ」
「そうなんですか。でも、一時的な仲間として募集したいんですけど、それでもいいんですかね?」
女性は首を傾げる。
「一時的な仲間? どういう事かしら?」
「俺達、これから少し遠回りではありますが、王都に向かわなくてはならないんです。なので、もし冒険者の方で王都に向かわれる方がいるのでしたら、一時的なパーティを組みたいなと思いまして」
「ああ、そういう事ね。でも、王都に向かう予定の冒険者なんていたかしら……う~ん」
女性はそう言うと、顎に手を当てて考え込んだ。
この仕草を見る限り、そう都合よくはいかなそうである。
「あ!」
何かを思い出したのか、女性はそこでポンと手を打った。
「そういえば……ヘネスの月に入った頃、王都に行こうとしてた3人組の冒険者達がいたわ。仲間が集まらなかったので、結局、諦めたみたいだったけど」
「本当ですか?」
「ええ、本当よ。しかも、この街にまだいる筈だわ。仲間の1人はこの近くで働いてるし。……ちょっと待っててくれるかしら」
女性はそこで、名簿のような物をパラパラと捲り、何かの確認を始めた。
そして、あるページで、捲る手を止めたのだ。
「そうそう、このラミリアンの冒険者達だわ。しかも、まだ仲間の募集はしてるみたいよ」
「ラミリアン?」
初めて聞く単語なので、俺は思わず首を傾げた。
「ラミリアンは、ラミナスを治めていた種族の名前ですわ」
と、アーシャさん。
「ああ、あの国の……」
どうやら、魔物に滅ぼされた国の方々のようだ。
そういえば、ヴァロムさんも言っていた。
魔物の襲来から逃げてきたラミナスの民が、このイシュマリアにも少しいるという事を。
どんな種族なのか気になるところだが、今は置いておこう。
「ねぇ、貴方達が良いなら、このラミリアンのパーティに掛け合ってみるけど。どうする?」
そう言われても、判断材料がまったくないので、まずはそれを指摘する事にした。
「あの、どういう冒険者達なんでしょうか? 大雑把でも構わないんで、冒険者としての情報を少しは教えて貰わないと、俺も判断できませんよ」
「あら、ごめんなさいね。それを言い忘れてたわ。えっと……この冒険者達は3人で行動しているみたいで、男性が1名に女性が2名といった構成のようね。勿論、3名ともラミリアンよ。それと女性の内1名は、回復系が得意な魔法使いで、他の2名は剣士ね。とりあえず、こんなところかしら」
(剣士が2名に、回復系魔法使いが1名か……どうしよう……)
これに俺達が加わると、パーティのバランス的には良い感じだ。
とりあえず、アーシャさんの意見も訊いてみよう。
「どうする、アーシャさん。剣士が2人いるそうだから、パーティとして動くには良さそうな気がするけど」
「これについては、コタローさんにお任せします。戦いに関しては、私よりもコタローさんの方が経験豊富ですし」
「そう? なら、俺の判断で決めるね」
俺は女性に返事した。
「では、その3名の冒険者に、お願いしてもいいですかね?」
「わかったわ。それじゃあ、その辺の空いてるテーブルの席で、ちょっと待っててくれるかしら。実は、このパーティにいる男性の方が、隣にある訓練所で初心者の武術指導をしているのよ。だから、すぐに会わせられると思うわ」
「それじゃあ、少し待たせてもらいます」
「じゃあ、お願いね」
女性はそこで、近くにいる白いエプロン姿の若い女性給仕に視線を向けた。
「あ、メイちゃ~ん。ちょっとカウンターまで来てくれる~」
呼ばれた女性はすぐにやって来た。
「はい、なんでしょうか、エレンディアさん」
どうやらこの女性は、エレンディアというらしい。
つまり店主なんだろう。
「隣の訓練所にレイスというラミリアンの教官がいるから、ここへ呼んできてほしいのよ」
「はい、わかりました」――




