Lv.39 投獄
[Ⅰ]
ヴァロムさんが王都に向かってから9日目の事である。
その日の朝、それは起きたのだ。
日課になっている実戦訓練から帰ってきたところで……。
俺が洞穴の中に入ろうとした時、アーシャさんが空から一筋の白い光と共に現れた。
いつ見ても思う事だが、この風の冠は有り得ない移動手段である。
アーシャさんは俺を目に止めると、慌てて駆け寄ってきた。
だが様子が変であった。
なぜか知らないが、青褪めた表情をしていたからだ。
「コ、コタローさん!」
俺はとりあえず、普通に挨拶をしておいた。
「おはようございます、アーシャさん。どうかしたんですか? 修行の時間には、少し早い気がしますけど……」
するとアーシャさんは、今にも泣きそうな表情で話し始めた。
「コタローさん……オルドラン様が……オルドラン様が……王都オヴェリウスで王を欺いたとして、城の地下牢に投獄されたそうなのですッ!」
「は? とうごく?」
一瞬何を言ってるのか分からなかったが、今の内容を脳内で反復する事により、その意味はすぐに理解した。
「ちょっ、ちょっと……投獄ってどういう事ですか? 何でヴァロムさんが……」
「私にも何が何だか分かりません! 先程、お父様からそう聞いたのです。何が起きてるのか、さっぱりなんですから」
アーシャさんは捲し立てるようにそう言うと、大きな溜息を吐いて顔を俯かせた。
どうやら、アーシャさん自身も少し混乱してるようである。
まぁこれは仕方ないのかもしれない。
師として尊敬していた人物が、投獄されたなんて聞いたのだから、取り乱しもするだろう。
だが、まずは冷静になった方がよさそうだ。
「とりあえず、落ち着こう、アーシャさん。それと、俺ももう少し詳細を知りたいから、順を追って話してくれますか?」
アーシャさんはそこで顔を上げる。
「……コタローさんて、こんな話を聞いても意外と冷静ですね……もう少し驚くかと思ったのに」
「いや、十分驚いてますよ。でも、物事は整理して考えないとね。大事な事を見過ごしてしまうかもしれませんし」
偉そうな事を言ってるが、ただ単に用心深くなっているだけである。
これは現代日本での話だが、俺も色々と痛い目にも遭ってるのだ。
人間関係や金……そして家族の問題等色々とあった。
しかも酷い嘘で騙されたりした事もあったので、俺自身、物事を疑ってみる癖がついたのである。
おまけにそれらの所為で、大学を止めなければならない事態にもなったし。
やめよう、昔を考えると気が滅入る。
今はそんな事よりも、ヴァロムさんの事だ。
「まぁそれはそうと、外で話すのもなんですから、中に入りませんか? ゆっくりと落ち着いた所で聞きたいですし」
「そうですね。確かに、こんな所で話す内容じゃありません。では、中で」
[Ⅱ]
洞穴へと移動した俺達は、中央のテーブルに行き、腰を据えて話をすることにした。
で、投獄されたヴァロムさんだが……話を聞く限りだと、どうやら、イシュマリア王家を侮辱したという事がその理由だそうである。
侮辱したという内容が気になるところだが、これ以上の事はアーシャさんにもわからないそうだ。
また、それに関係しているのかはわからないが、ソレス殿下も王家からお呼びがかかったそうである。
(ソレス殿下も呼ばれたのか……王都で何が起きているんだ、一体……。この間のヴァロムさんの口振りを察するに、こうなる事を予想していた気がするんだよな。というか、ヴァロムさんは何を始めるつもりなんだ……)
疑問は尽きないが、今の話で気になった事があるので、まずはそれを訊ねることにした。
「ところでアーシャさん。さっきソレス殿下が王家からお呼びがかかったといってたけど、それはヴァロムさんの事に関係してるのかい?」
アーシャさんは元気なく頷いた。
「お父様の話では、八つの地方にいる八名の大神官と、八支族である太守全員に召集があったようなのです。そこから考えられるのは、恐らく……イシュマリアの血族とイシュラナに仕えし高位の神官が執り行う、大貴族への異端審問ですわ」
異端審問……中世ヨーロッパの歴史で、よく見かける単語の1つである。
当時行われていた魔女狩りなんかも、これに含まれた気がする。
アーシャさんの様子からして、恐らく、意味合いはそれらとあまり変わりがないに違いない。
要するに、一方的な断罪を下す宗教裁判ということだ。
「王家の侮辱と言ってたけど……そんな簡単なものではなく、少し複雑な事情がありそうだね」
「ええ、恐らくは……」
さて、どうするべきか……。
ヴァロムさんは10日経っても帰って来なかったら、ソーンのオッサンの指示に従えとは言っていた。
一応、明日が10日後だが、今の話が本当ならば、帰って来ないのは明白である。
ソーンのオッサンに訊いてみるのが早いだろう。
俺はソーンの鏡を首から外し、テーブルの上に置いた。
「おい、ソーンのオッサン……今の話を聞いていただろ。オッサンは何か知ってるのか?」
「我はヴァロム殿が何をしたのかは知らぬぞ」
「本当かよ? 太陽の神殿から帰ってきてから、ヴァロムさんとオッサンはいつも一緒だったじゃないか」
そう、オッサンとヴァロムさんは、いつも一緒にいた。
おまけに、俺に聞かれないよう、密談のような事までしてたのだ。
「そんな事言われても、知らぬものは知らぬ」
そんなわけないのだが、どうやらこの口ぶりだと、言ってくれそうになさそうだ。
もしかすると、アーシャさんを気にしてるのかもしれない。
まぁいい。とりあえず、話を進めよう。
「ところでアーシャさん、ソレス殿下はもう出かけたのですか?」
「いいえ、今日の昼に王都へ向かうと言ってました」
「そうですか……で、アーシャさんはこれからどうするのですか?」
「……私も真相が知りたいので、お父様に付いて行こうかと思ってます。ところで、コタローさんはどうするおつもりですか?」
「俺? 俺はヴァロムさんから頼まれている事があるので、それをしようかと思ってるよ」
するとアーシャさんは、目を細め、怪訝な表情になった。
「頼まれている……。何ですか、それは?」
俺はそこで昨晩のやり取りを思い返した。
あの時ヴァロムさんは、『アーシャさんに言うな』とは言っていなかった。
まぁ『言え』とも言ってなかったが……。
するとそこで予想外の所から声が上がったのだ。
「アーシャさん、コイツはヴァロム殿から、ある役目を与えられておるのだよ」
「役目? 何ですの、それは?」
「ふむ……まぁまだ10日経ったわけではないが、もう言っても良いだろう。実はヴァロム殿から、『自分が10日経っても帰って来ない場合は、マール地方にあるガルテナという村を経由して、コタローを王都オヴェリウスへと向かわせてほしい』という指示を我は受けたのだよ」
それを聞き、アーシャさんは驚きの表情を浮かべた。
「ガルテナですって……何でまたあのような所に」
「知ってるのかい?」
アーシャさんは頷く。
「行った事はありませんが、知ってはいます。一応、マール地方の最北に位置するところですから。でも、かなり山の中を進まないといけないので、あまり人が寄り付かない辺鄙な所だと聞いたことがあります」
どうやら、山中にある村なんだろう。
「山の中を行かなきゃならんのか……。話を聞く限りだと、なんか面倒くさい場所に聞こえるな。でも、行くしかないか。ヴァロムさんの指示だし……」
「ソーン様……ガルテナへは、コタローさんが1人で行かなければならないのですか?」
「いや、そんな指示は受けてないが」
「そうですか……それなら私もお供しましょう」
何を考えてるんだろう、この子は……。
無茶にも程がある。
俺は思わず言った。
「はぁ? お供って……そんな事したら、ソレス殿下も流石にキレますよ。それに長旅になりそうですから、アーシャさんのような女性には危険が一杯です。だから絶対ダメっすよ」
だがアーシャさんは折れてくれなかった。
「なら貴方が私を守ってくれればいいじゃないですか。というわけで、今日から貴方は、私専属の護衛者に任命します」
「専属の護衛者に任命って……話の流れ的に、その受け答えおかしくないですか?」
「おかしくありませんわ。それに他にも方法があります。マルディラントにあるエレンディアの酒場で、旅の仲間を募ればいいんですよ」
エレンディアの酒場。
なんか懐かしい名前が出てきたが、そんな事よりも今はこの子の説得だ。
俺はソーンのオッサンに助けを求めた。
「おい、オッサンもなんか言ってくれよ。ヴァロムさんだって、こんなの絶対にうんと言わない筈だ」
「ふむ……だがそんな指示は、我も受けてはおらぬからな。別にいいんじゃないか、アーシャさんが一緒に向かっても」
「いや……受けるとか、受けないとかじゃなくてさ」
「流石、ソーン様です。話が分かります。じゃあ決まりですね。それじゃあ、コタローさん、明日の朝、こちらにお迎えに上がりますので、それまでにちゃんと準備をしておいて下さいね」
「ちょっ、だから危険だって何度も……」
と言ったその直後……アーシャさんは睨みを利かせながら、物凄い迫力でこう告げたのであった。
【で・す・か・ら! 準備をしておいて下さいね!】と。
「はい……わかりました」
というわけで、なし崩し的にではあるが、俺はアーシャさんと共に、ガルテナへと向かう事になったのである。




