Lv.38 不穏な兆し
[Ⅰ]
朝食後、ヴァロムさんの洞穴に戻った俺は、日課となっている魔光の剣の点検をした。
今のところ、特に異常はない。
物理的な負荷は殆どない武具だが、武器屋の店主に、「試作品の為、何が起こるかわからないので、できれば毎日点検してほしいのですよ」と言われているからだ。
それもあり、点検は日常になっている。
ちなみに魔導師の杖とか防具類も、同様にチェックしている。
臆病な俺としては、命を預ける以上、そこは避けて通れない事案だからだ。
「コタローよ……お前は念入りじゃな。物を大事に扱うのはいい心がけじゃ」
机で手紙を読むヴァロムさんは、優しい目で俺を見た。
「まぁ性分みたいなもんですよ。根が臆病なんでね」
「臆病なのは良いことじゃ。人はそれで強くなるのじゃからな。今のお主を見ているとよくわかるわい。成長したな……コタロー」
「そうですか? ヴァロムさんにそう言われると嬉しいですね」
「毎朝、魔物と訓練もしておるから、堂々としてきておるわい。最初の頃と比べると、見違えるほどじゃ。光の剣を扱う魔導師か……面白いのう」
ヴァロムさんは興味深そうに俺を見ていた。
「そこまで言われると、恥ずかしいですよ。そんな大層なものじゃないですから」
とはいえ、光の剣を扱う魔導師は、なかなか心地よい響きだった。
まぁ目指していた方向性が形になってきたという事だろう。
実は魔光の剣を手に入れてから、常日頃、考えていた事があった。
それは、魔物に対応する為、人間離れした動きで、この剣を使った戦闘が出来ないだろうかという事である。
またその他に、魔光の剣を使ってゆくうちに気付いた事があったのも、そう考えるに至った理由の1つだ。
で、気付いた事だが、この魔光の剣は『籠める魔力の強さによって威力が変わる武器』という事だ。
そう……実はこの魔光の剣、籠める魔力の強さによって、その切断力が変化するのである。
その為、固い岩や金属といったモノも、籠める魔力量や強さによっては、切断が可能なのだ。
とはいえ、そんな固い物を切断しようと思うと、魔力消費がとんでもない量になるので、使う事はあまりないが……。
それはともかく、以上の理由から、俺は武具の実験も兼ね、戦闘訓練をしているのだった。
だが、ここで1つ問題が出てくる。
それは、どうやって身体を強化するのかという事だ。
デフォルトの俺は、気の力や超能力なんて使えない一般ピーポーである。
その為、ここで得られた魔法でドーピングするしかないわけだ。
しかし、当時の俺はファーラとレアとジニアスしか使えなかったので、それを実現する事が難しかった。
だが、3か月程前に行った2回目の洗礼と、20日程前に行った3回目の洗礼のお陰で、俺の扱える魔法もかなり増えたのである。
そして、3回目の洗礼の後には、呪われた防具類ともようやくオサラバすることが出来たので、こんな訓練も可能になったというわけだ。
そんなわけで、今の俺が扱える魔法を紹介しよう。
火の玉系は、ファーラとファーラミ。
火炎放射系は、ギルアとギルラーナ。
電撃系は、ジニアスとラン・ジニアス。
回復系は、レアとベルレア
爆発系は、オラムとオライア
解毒系は、アグナ
素早さ系は、ペルミラ
防御力アップ系は、スートラ
防御力ダウン系は、カニト
魔法封じ系は、ウィザレス
眠り系は、パサート
収納系は、フォカール
と、まぁこんな感じだ。
それなりの回復力をもつベルレアと、ペルミラやスートラといった補助系の呪文もさることながら、ラン・ジニアスやギルラーナにオライアといった中級魔法を習得出来たのが大きいだろう。
これらの魔法を使えば、このベルナ峡谷にいる大抵の魔物は、すぐに倒すことが出来るからだ。
贔屓目に見ても今の俺は、ゲーム中盤に入りかけた頃の魔法使いといって差し支えないステータス。
なので、それなりの戦闘力は持っているのである。
考えてみれば、結構な数の魔法を修得したものだ。
だが、それもこれも、ヴァロムさんの指導方法が良かったから、ここまで覚えることが出来たのだろう。
この間、一緒に洗礼を受けたアーシャさんも、そんな事を言っていた。
要するに、俺も結構成長したというわけである。
だが、ここで注意しなければいけない事が1つある。
それは、勿論、フォカールとラン・ジニアスとジニアスの扱いついてだ。
これらの魔法を何も考えずに適当に使うと、災いを呼ぶ可能性が非常に高い。
その為、これらの魔法については、ある意味、危険物を取り扱うような慎重さが求められるのである。
強力な魔法なのですぐにでも使いたいところではあるが、そこは我慢しなければならないのだ。
*
話は変わるが、ラン・ジニアスの事はヴァロムさんにしか話していない。
これを得られた3回目の洗礼の時にはアーシャさんもいたが、ジニアス繋がりという事で、ヴァロムさんだけに後で知らせたのである。
とはいえ、ヴァロムさんはラン・ジニアスという魔法は初耳だったようで、少し首を傾げていた。
だがその時、一緒にいたソーンのオッサンが知っていたので、ヴァロムさんに説明をしてくれたのだ。
一応、その時のやり取りはこんな感じである――
「ラン・ジニアスはジニアスを更に強化した雷の魔法だ。だが、これらの魔法は誰でも修得できるモノではなかった筈だ」
「ふむ……ソーンさんや、お主、何か知っておるのか?」
「知っているというほどの事ではないが、これらの雷の魔法は、太古の昔……最高神ミュトラと地上に住まう種族達との間で交わされた『盟約の証』と呼ばれていた気がする」
「盟約の証じゃと? ソーンさん、何じゃそれは?」
勿論、これを聞いた時のヴァロムさんは、凄く怪訝な表情をしていた。
また俺自身もそれを聞いて、思わず首を傾げたのであった。
なぜなら、俺が知っているジニアス系は、勇者の専用魔法という認識だからである。
だがソーンのオッサンの話を聞く限りだと、どうやらその手の話とは少しニュアンスが違う感じであった。
それが気になったので、俺は早速訊いてみる事にした。
「でも、盟約って事はさ、何か重要な事を約束したという事だよな。その辺の事って知ってるのか?」
「さぁな……それについては我も分からぬ。ミュトラと地上界との間で交わされた盟約らしいのでな。だが1つ言えるのは、この雷の魔法を使える者はそんなにいないという事だ。恐らく、ごく限られた者達にしか扱えない筈」
ヴァロムさんもそれに頷いた。
「確かに、ソーンさんの言う通りじゃな。儂の知る限りでも、この魔法を使える者は片手で足りるからの。まぁそれはともかくじゃ……」
そこで言葉を切ると、ヴァロムさんは俺に視線を向けた。
「コタローよ……修得したばかりですまないが、雷の魔法とフォカールは、人前で使う事はおろか、誰にも話してはならぬぞ。今は余計な波風を立てたくないのでな。肝に銘じるのじゃ。よいな?」
「はい、わかっております。俺も面倒事は御免なので」――
[Ⅱ]
アーシャさんに朝の戦闘訓練が見つかってから数日経った、とある日の夕食後の事である。
俺はその時間帯、洞穴の中央に置かれたテーブルにて、イシュマリアで現在使われている文字の読み書きを勉強しているところだ。
実は半年くらい前から、俺は夕食の後に、語学の勉強をするのが日課となっている。
俺の1日の流れは基本的に、早朝は戦闘訓練、日中は雑用をやりながら魔法や風習を学び、夜は語学というルーティンだ。
で、その成果のほどだが……流石に、勉強を始めてから半年以上は経つので、日常的に使われる文字についてはだいぶ理解できるようになってきた。
とはいえ、まだまだ知らない単語や文字はあるので、引き続き、俺は勉強を続けているのだった。
この文字の問題というやつは、避けて通れない事の1つなので、俺も腰を据えて勉強をする事にしている。
まぁそんなわけで、その時間帯は語学の勉強をしていたわけだが……その時、いつになく神妙な面持ちのヴァロムさんに、ある話を切り出されたのだ。
これは、その時の話である。
*
ヴァロムさんは俺の対面にある椅子に腰かけ、暫しの沈黙の後、話を始めた。
「コタローよ……勉学に励んでいるところすまぬが、大事な話があるので聞いてほしい」
いつもと様子が違うのが気になったが、とりあえず、俺はそこで文字を書く手を止めた。
「重要な話? ……何ですか、一体?」
「突然で悪いのじゃが、儂は明日の早朝、王都オヴェリウスへと向かわねばならなくなった」
「王都に、ですか? それは確かに突然ですね」
ヴァロムさんは頷くと続ける。
「昨日……ここに舞い降りた赤いバートンの事を覚えておるな、コタロー……」
俺はそれを聞き、昨日の昼頃、この洞穴にやってきた赤い蝙蝠風の魔物の事を思い出した。
多分だが、色からするとメイジバートンとかいうやつだろう。
最初は敵かと思ったので俺は思わず身構えてしまったのだが、ヴァロムさん曰く、敵ではないそうだ。
しかも、そのバートンは言葉も喋れるので、普通に会話も出来るのである。
まぁそれはさておき、俺はヴァロムさんに頷いた。
「ええ、覚えてますよ。それが何か?」
「あれは儂の家で、代々付き合いをしている魔物でな。遠方への連絡手段として用いておるのじゃよ」
話を聞く限りだと、どうやら、あのメイジバートンは伝書鳩みたいなモノのようだ。
「……という事は、ご家族から連絡があったのですね」
「うむ。息子からの」
「息子さんから……で、どんな連絡があったんですか?」
「まぁ簡単に言えば、『王都へ急ぎ帰還せよ』というものじゃ」
ヴァロムさんは端的に言っているが、この雰囲気を察するに、俺には話せないような事もあったに違いない。
気にはなるが、あまり余計な詮索はしないでおこう。
今はそれよりも、肝心な部分を訊いておかねばなるまい。
「そうだったのですか。それじゃあ、俺も一緒に王都へ?」
だが俺の予想に反して、ヴァロムさんは頭を振ったのだ。
「いや、行くのは儂だけじゃ」
「え? という事は、俺は暫く、ここでお留守番て事ですか?」
「まぁ表向きはそうなるのじゃが……実はの……お主に頼みがあるのじゃよ」
「頼み?」
ヴァロムさんはそこで、ソーンの鏡をテーブルの上に置いた。
ここ最近、ヴァロムさんはソーンの鏡を常に携帯していた。
何やら密談を繰り返していたようだ。
「儂が10日経っても帰って来なかったならば、ソーンさんの指示に従って、お主に動いてもらいたいのじゃ」
「あのぉ……一体、どういう事なのですか? 王都で何かあるんですかね?」
ヴァロムさんは目を閉じ、思案顔になった。
「コタローよ……儂らは今、大きな流れの中におるのかもしれぬ。世の中を大きく変えるほどの大きな流れの中にの……」
「大きな流れですか……」
言ってる事が抽象的すぎてよく分からないが、ヴァロムさんは何かを始めるつもりなのかもしれない。
「そうじゃ、大きな流れじゃ。じゃが、今はそれ以上の事は言えぬ。とりあえず、必要な事はソーンさんにすべて伝えてある。じゃから、儂が10日経っても帰らぬ場合は、ソーンさんの指示に従ってほしいのじゃ。よいな?」
奇妙な引っ掛かりがある言い回しだが、これ以上は言えないという感じだ。
俺はとりあえず、頷いた。
「わかりました……そうしますよ。ところで、俺とアーシャさんの修行はどうするんですか?」
ヴァロムさんはそこで壁際の机を指差した。
「一応、アーシャ様に関しては、修行内容を書いた物を儂の机の上に置いておく。じゃから、明日の朝、アーシャ様が来たら、それに従ってやってほしいと伝えておいてくれ」
「アーシャさんのは分かりましたけど……俺は?」
「お主は魔力を扱う基礎訓練と、このあいだ教えた『レイシェントの門』を開く修行を続けるのじゃ」
レイシェントの門……。
ヴァロムさん曰く、この世に生を受けた全ての生物に存在する門らしい。
しかもこのレイシェントの門は、魔力を生み出す霊体と肉体との間にあるそうで、通常は魔法を使える者も使えない者も、この門が閉じている状態で生活をしているそうだ。
要するに、普通に生きていれば、開くことなど決してない門なのである。
だが、アムト・レイシェントと呼ばれるチート技能を得るには、これを開かない事には話にならないようだ。
つまり、俺はその門を開く為の修行をこの間から始めているのであった。
「という事は、俺はいつも通りの修行という事ですね」
「うむ。お主はそれを続けるのじゃ。門を開くには根気がいる。じゃから、儂がいようがいまいが、毎日続けるのじゃぞ。よいな」
「はい、わかりました」
そして翌日の夜明け前。
ヴァロムさんは王都へと向かい、馬車を走らせたのであった。




