Lv.35 ミュトラの書・第二篇
[Ⅰ]
俺達が客間で話を始めてから15分ほど経過した頃、扉をノックする音が聞こえてきた。
その為、俺は慌ててオッサンを胸元に仕舞い込み、ヴァロムさんにOKの合図を送ったのである。
ヴァロムさんはそこで訪問者に呼びかけた。
「何であろうか?」
「オルドラン様、アーシャにございます。中へ入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「構いませぬぞ。どうぞ入りなされ」
「では、失礼いたします」
ガチャリと扉が開き、アーシャさんがこの部屋へと入ってきた。
中に入ったアーシャさんは、俺の隣に腰かける。
そして、あの時のベージュ色の紙をテーブルの上に置いた。
「オルドラン様、これがミュトラの書の記述であります。どうぞ、ご覧になって下さい」
「どれどれ。では早速、拝見させて頂こう」
ヴァロムさんは紙を手に取り、暫し無言で目を走らせた。
「アーシャ様……何か書き記す物は無いかの? この記述は結構長い。解読した言葉を控えておきたいのじゃ」
「そう仰ると思いまして、用意してきましたわ」
アーシャさんはそう言って、同じようなベージュ色の紙と、羽根ペンのような物をテーブルの上に置いた。
「流石アーシャ様じゃわい。気が利くの」
そしてヴァロムさんは、ミュトラの書の解読作業に取り掛かったのである。
「さて……始めるとしよう」
[Ⅱ]
ヴァロムさんがミュトラの書の解読作業を始めてから、既に20分ほど経過していた。
今も尚、ヴァロムさんは紙と睨めっこしている最中である。
俺とアーシャさんは解読作業の邪魔にならないよう、静かにしているところだ。
何か世間話でもしたいところではあったが、如何せん、そんな空気ではないので、今暫くは我慢するしかない。
(まだまだ時間が掛かるんかな……太陽の神殿の石板より文字数が少ないから、そこまでは掛からないと思うけど……ン?)
などと考えていたその時であった。
ヴァロムさんが手を止め、顔を上げたのである。
「……よし、できたぞい」
どうやら解読完了のようだ。
「お疲れさまでした、ヴァロムさん。で、なんて書いてあったんですか?」
「これを訳すと、こうなるの……」
―― ミュトラの書・第二篇 ――
天と地を創造した全能なるエアルスは、続いて雨を降らすと大地を潤して草木を生やした。
エアルスは大地を豊かにすると、次に万象を生む力を用いて数多の生命を創り出した。
そして豊かな大地に生命を解き放ったのだ。
エアルスは創った世界の様子を暫く見る事にした。
しかし、日が経つにつれ、数多の生命は醜い争いを繰り広げるようになった。
世界は次第に、無秩序な混沌の世界へと傾き始めていった。
だがある時、エアルスすら予期せぬ変化が現れた。
憎悪に蝕まれた生命から、邪悪なる魔の獣が産み出されたのだ。
全能なるエアルスは、魔の獣をどこかに隔離せねばならないと考えた。
だが魔の獣を隔離するだけでは、混沌の中から、また更なる魔の獣を生み出すことになってしまう。
そこでエアルスは、まず世界を5つに分けて争いを減らす事にした。
しかし、そこで更なる問題が出てきた。
5つに分けた事により、エアルスだけでは世界を管理しきれなくなったのだ。
エアルスは、自分以外の世界を管理する存在が必要であると考え、高位なる存在を創る事にした。
エアルスは早速、自らの化身を創り出した。
全てを統制する至高の神・ミュトラ。
審判を司る天界の王・アレスヴェイン。
死と再生を司る冥界の王・ゾーラ。
繁栄を司る精霊界の王・リュビスト。
魔の世界の監視者・ティアスカータ。
地上界を見守る時空の門番・ファラミア。
それ以後、この6つの化身が世界の管理をする事になった――
「……と、まぁこんな感じじゃな。どうやら、何かの神話のようじゃ」
ヴァロムさんはそう言うと、思案顔になり顎鬚を撫でた。
実に興味深い、とか思ってるに違いない。
「本当ですね。なんか、そんな感じです」
確かにヴァロムさんの言うとおりである。
まるで旧約聖書の冒頭部分である創世記を聞いているみたいであった。
とはいうものの、内容は全然違うものだが……。
アーシャさんは首を傾げる。
「でも、ミュトラやリュビストはともかく、他の名前は初めて聞きますね。一体何なのでしょうか……気になります」
するとその時だった。
「我も今の話は初めて聞くな……。だが、その6つの名は知っているぞ」
胸元に仕舞ったソーンのオッサンが、突然、話に乱入してきたのである。
「突然話すなよ。びっくりするじゃないか」
「あ、そういえばソーン様がいたのを忘れてました。ソーン様も会話に参加したらどうですか? この面々なら構わないんでしょ」
「流石、アーシャさんは話がわかるな。おい、コタロー、我が話しても大丈夫な面子なのだ。我を表に出せ」
「仕方ないな……」
俺は胸元から鏡を取り出した。
「ところで、ソーンさんといったか。貴方は今、6つの名を知っていると言ったが、それは本当か?」
「ああ、本当だ。だが名前を知っているだけで、精霊王リュビスト以外は会った事も話した事もない。つまり、殆ど知らんという事だがな」
「……知らんのを偉そうに自慢するなよ、オッサン。それと、精霊なのに意外と知らない事が多いんだな」
「う、うるさい。だから言っておろう。名前しか知らんと。それとな、我等は精霊界以外の事にそれほど関心が無いのだ。精霊ならば何でも知っているなどとは思わないでくれ。不愉快だ」
オッサンはムキになって言い返してきた。
「なら、もう少し控えめに言えよ」
「うるさい、この青二才!」
するとアーシャさんが、呆れたように額を押さえた。
「また始まりましたね……。貴方達はもう少し仲良くできないのですか」
「このオッサンが悪いんスよ」
「いいや、このクソ馬鹿野郎が悪い」
俺とオッサンは互いに譲らない。
アーシャさんは溜息を吐く。
そんな中、ヴァロムさんは俺達のやり取りをスルーして話を進めたのだ。
「ふむ。それでは訊くが、今言った6つの存在とは何なのじゃ?」
「我が知っているのは、最高神ミュトラとそれに仕えし五界の王の名が、今言った6つの名前という事だけだ。精霊王リュビスト以外の事はよくわからぬ。おまけに、その前に出てきたエアルスという名も我は初めて聞いたのだ。だから、今の内容についても、我は何もわからぬのだよ」
「ふむ……わからぬか。まぁよい。じゃが、最高神ミュトラとそれに仕えし五界の王か……中々に興味深い話じゃわい。そうじゃ、ついでじゃから、これも訊いておこう。ソーンさんは先程、我が話しても大丈夫な面子と言ったが、あれはどういう意味じゃ?」
「ああ、それの事か。それはそのままの意味だ」
「そのままの意味……という事は、儂等は選ばれたという事なのかの?」
「まぁそれに近いな。実は少し前にだが、精霊王の思念体が太陽の神殿に現れてな、そこで告げられたのだ」
「精霊王の思念体じゃと?」
ヴァロムさんは眉根を寄せた。
俺やアーシャさんもだ。
「うむ。その時、精霊王リュビストは、我にこんな事を告げたのだ。『種を撒いた。近い将来、太陽の神殿の封印を解く者が、精霊の腕輪をした老賢者と共に現れるかもしれない。その者を試すのだ』とな。それからこうも言っていた。『その者が試練を乗り越えしとき、その者達と共にミュトラが施した九つの封印を解き、アルマナの地へいざなうのだ』とな……」
「アルマナの地じゃと……」
ヴァロムさんはそこで、自分の右手に装着してある銀色の腕輪に目を向けた。
それから声を震わせ、ボソリと呟いたのだった。
「まさか……あの時の男は……これを見越して……」
ヴァロムさんは腕輪を見詰めたまま無言になった。
この様子を見る限りだと、恐らく、何か重大な出来事を思い出したに違いない。




