Lv.33 大賢者の秘術
[Ⅰ]
馬車を降りたヴァロムさんは、魔物達へと向かって歩を進めた。
その堂々と歩く様は、以前見たファンタジー映画の偉大な魔法使いそのものであった。
ヴァロムさんは50mほど進んだ所で立ち止まる。
どうやらそこで、魔物を迎え撃つつもりなのだろう。
魔物達はまだ離れた所にいるが、あと30秒程度で、ここに到達するくらいの距離であった。
というわけで、もう間もなくである。
その為、見ている俺も緊張してきたのは言うまでもない。
(ヴァロムさんはああ言ってたけど、本当に1人で大丈夫なのか……一体何をするつもりなんだろう……)
あの魔物達が相手じゃ、魔法使い1人では無謀な気がする。
一応、ヴァロムさんの後ろには武器を構える守護隊の面々がおり、いつでもヴァロムさんのサポートに入れる状態にはなっている。
だが、その不安を拭い去れるだけの決定打には、どうしても欠けるのである。
「ヴァロムさん、本当に大丈夫なんだろうか……ン?」
すると、アーシャさんが俺の隣にやって来た。
「大丈夫だと思いますよ。だって、マエンコウヴァロムがそう言うんですから」
意味が分からんので訊いてみよう。
「さっきもそう言ってましたけど……どういう意味なんですか?」
「オルドラン様は、凄まじい紅蓮の炎を操る魔法使いにして、宮廷魔導師の名家の出です。なので、そこからついた二つ名みたいなものですよ。ですが、本人の前では言わない方が良いです。オルドラン様は、その呼び方を嫌っているそうですから」
「へぇ、だからなんですか。なるほど……」
つまり、魔炎公という事なのだろう。
(で、ヴァロムさんは、この呼び方が嫌いと……覚えとこう)
アーシャさんは饒舌に続ける。
「コタローさんは知らないようですから言いますけど、オルドラン様は、その辺の魔法使いとは次元が違いますのよ」
「次元が違う?」
「ええ。なぜならば、オルドラン様の家系は、大賢者アムクリストの教えを受けた5人の弟子の系譜なのです。つまり、オルドラン様は、大賢者の編み出した数々の術を継承している魔法使いなのですから、もう次元が違うのですよ」
「大賢者アムクリスト……って誰ですか?」
だがそれを聞くなり、アーシャさんはガクッとなった。
どうやら、俺はまた空気読めない発言をしたようだ。
つうか、誰やねん、大賢者アムクリストって。
モンテ・クリスト伯みたいな名前だが……。
アーシャさんは口元をヒクヒクさせ、ドン引きしていた。
「あ、貴方……大賢者の事も知らないのですか? はぁ……もういいです。後でオルドラン様から直接聞いてください。それよりも、今は目の前の戦闘に集中しましょう。魔物はもうそこまで来てますから」
「すんません。そうします」
というわけで俺達は、ヴァロムさんへと視線を向けたのである。
[Ⅱ]
魔物達はドラゴンライダーを筆頭に、真っ直ぐヴァロムさんへ向かっていた。
近づくにつれ、魔物達の声が、風に乗って聞こえてくる。
「ウケケケ、見ろよ。人間のジジイが1匹で、俺達を相手する気だぜ」
「あまりジジイは美味くねェが、まずはあのジジイから食ってやるか、ケケケ」
「じゃあ俺は、後ろの若い奴等にするぜ。骨までしゃぶりつくしてやる」
「ゲヘゲヘ、好きなのを食べればいいじゃねェか。どの道、こいつ等は皆殺しにしろと言われてるからな」
「そうだそうだ。後から来る奴等の分なんて残さなくていいから、全部食っちまえ。キャキャキャ」
聞いてると胸糞悪くなる会話であった。
そして俺は思ったのである。
こんな奴等に喰われて死ぬのは、真っ平御免だと。
(でも、どうするつもりだ……ヴァロムさん。大賢者の秘術か何か知らないが……この強そうな奴等を倒せるのか)
魔物達はスピードを緩めず、こちらに向かって来る。
程なくして魔物達は、ヴァロムさんの魔法の間合いへと入った。
そこでヴァロムさんが動く。
ヴァロムさんは両手を大きく広げ、宙に円を描くような動作をした。
するとその直後、ヴァロムさんの身体全体が、なんとオレンジ色のオーラに包まれたのだ。
(え? 何が起きたんだ……ヴァロムさんの身体が仄かに光っている……)
続いてヴァロムさんは、両手を斜め上に掲げ、魔物達に掌を向けた。
そして、次の瞬間!
魔物達の大部分が、まるで飛ぶのを止めたかのように、パタパタと地上に落ちてきたのである。
それはまるでキンチョールやフマキラーを撒いて、蚊や蜂が落ちてくる感じとそっくりであった。
(魔物が落ちてきた……どういう事? 今、魔法を使ったのか……)
だが、そこから更に信じられないモノを、俺は目の当たりにする事となった。
なんと、魔物が落ちた所に1つの爆発と1つの大きな火炎が突如襲いかかったからである。
いや、それだけではない。
時を同じくして、直径5mはあろうかという巨大な火球がヴァロムさんの前に出現し、ドラゴンライダー目掛けて襲い掛かったのだ。
「馬鹿な! なんだこれは、まさか、ファラ……グギャァァァ」
ドラゴンライダーの悲鳴のような叫びが聞こえてきた。
そして瞬く間に、辺りは炎が埋め尽くす地獄絵図と化したのであった。
その地獄の中を身動きできる魔物は1体もいなかった。
あのドラゴンライダーでさえも、巨大な火球に飲み込まれ、成すすべなく火達磨になったのである。
「ヴァロムさん、すげぇ……」
俺は今の一連の出来事が理解不能であった。
なぜなら、ヴァロムさんは魔法を唱えたような感じが、全くなかったからだ。
しかも、火炎と爆発と火球が、全て同時に発生したのである。
俺には今の現象がどういう原理で起きたのかが、さっぱりわからなかった。
それどころか、魔法なのかどうかすらも、判断がつかなかったのである。
(なんだよ、今のは……なにが起きたんだ一体……)
アーシャさんの驚く声が聞こえてきた。
「あ、あれは……もしや、大賢者が伝えたという魔法詠唱術……。もしそうならば、恐ろしいほどの威力です……」
「知ってるんですか、アーシャさん?」
「私も詳しくは知りませんが、大賢者アムクリストが編み出したという究極の魔法詠唱術があるそうなのです。恐らく、今のがそれだと思います」
よく分からんが、とてつもなく凄いというのは伝わってくる。
「今、究極の魔法詠唱術って言いましたけど……一体、何なんですか?」
「私も噂でしか聞いた事がないのですが……なんでも、無詠唱で幾つもの魔法を同時に行使する秘術と聞いた事がありますわ」
「え? 本当ですか。同時に幾つもの魔法行使って、凄過ぎでしょ……」
凄いというか、もはや規格外のチート魔法使いである。
ゲームならば、バランスブレイカーな秘術だ。
「ええ、凄過ぎますわ。しかもオルドラン様は全盛期の頃、同時に6つの魔法を使えたと云われております。そのあまりの凄まじさから、魔炎公ヴァロムとまで呼ばれたそうなのですから」
「魔炎公ヴァロムの名は伊達じゃないですね。……今も十分に魔炎公ッスよ」
「ええ、確かに……。老いたりとはいえ、魔炎公は未だ健在というのを見せてもらいましたわ……」
そして俺達は、目の前の地獄絵図を暫し無言で眺め続けたのであった。
[Ⅲ]
魔物を全て葬ったヴァロムさんは、暫くすると馬車へと戻ってきた。
ちなみにだが、ティレスさんや他の守護隊の方々は、魔物が息絶えたかどうかの確認をしている最中なので、戻ってきたのはヴァロムさん1人だけである。
俺とアーシャさんは、労いの言葉を掛けた。
「御苦労様でございました、オルドラン様。それと、素晴らしい体験をさせて頂きました」
「ヴァロムさん、お疲れ様でした。凄かったッスよ。あれは一体、何をしたんですか?」
「ン、あれか? あれはパサートとオライアとギルラーナとファラブラストを使ったんじゃよ」
ヴァロムさんは何でもない事のように、そう言った。
何を言ってるんだ、お前は! と言いたい気分である。
「なんだ、そうだったんですかぁ。パサートとオライアとギルラーナとファラブラストをねぇ……って、そうじゃない。違いますよ! どうやって4つも同時に使ったんですか? って事です」
あまりに軽くいったもんだから、俺もついつい流されてしまった。
しかも、ファラブラストを使えたというのが、ある意味驚きである。
ファーラ系の最強魔法だからだ。
その辺の魔法は全て失われていると思っていたので、目から鱗であった。
「いや、同時に使ったのは3つだけじゃぞ。最初のパサートは、違うわい」
「え、3つだったんですか? まぁそれは良いですけど。でも、どうやったらそんな事できるんスか。あまりにぶっ飛んだ魔法の使い方なので、正直、わけが分からないですよ」
「カッカッカッ、まぁそこは追々な。今のお主に話してもまだ理解は出来ぬわい。でもまぁ、とりあえず、名前くらいは教えてやろう。あれはな、アムト・レイシェントというんじゃよ」
「……」
意味がよく分からないが、効果はさっき目の当たりにしてるので、凄い技だというのはよく分かった。
「今から1000年以上前になるが、その昔、大賢者アムクリストという偉い人がおってな。その方は、失われた強力な古代魔法を違った形で再現させようと、この技を編み出したのじゃよ。とはいっても、誰にでも扱えるような簡単なモノではないがの」
それを聞き、アーシャさんはウンウンと頷いていた。
「やはり、そうだったのですね。オルドラン様の家系は大賢者に仕えた弟子の系譜なので、そうではないかと思ったのです」
「お、良い勘をしておるの、アーシャ様。まぁそういう事じゃわい」
どうやら、アーシャさんの言った通りみたいである。
しかし……凄い技だ。
同時に幾つもの魔法を使えるなんて、ゲームでも見なかった仕様である。
とはいうものの、ゲームでそんな技が出て来たら完全にバランスブレイクなので、出ないのが当たり前かもしれないが……。
まぁそれはともかく、教えてもらえるのならば、是非、習いたい技だが、誰にでも簡単に使えるモノではないようだ。
今の時点では、その辺は未知数といったところだろう。
なので、この秘術に関しては、ヴァロムさんの判断を待つ事にした方がよさそうである。
(同時に魔法を幾つも使える無詠唱の秘術……アムト・レイシェントか。憶えておこう)
それから暫くすると、ティレス様と守護隊の方々もこちらへ戻ってきた。
ティレスさんは隊員達に、早く馬に乗るよう指示していた。
恐らく、もう出発をするのだろう。
後続の魔物が来る可能性が高いので、その方が賢明である。
「もう出発みたいですね」
「じゃろうの。早く行かねば、また魔物が来るからのう。……お、そういえば!?」
何かを思い出したのか、ヴァロムさんはポンと手を打った。
ヴァロムさんはアーシャさんに視線を向けた。
「ところでアーシャ様、例のやつじゃが、あれは今持ってきておるのかの?」
「いえ、ここにはございません。ですので、マルディラント城に着いてからお渡しします。それに……遺跡で手に入れた戦利品の山分けもしないといけないですからね」
するとヴァロムさんはニヤリと笑った。
「アーシャ様のその口振りじゃと、かなり良い物があったようじゃな」
「ええ、良い物がありました。ですが、それは城に着いてからという事で……」
「それは楽しみじゃわい」
そしてヴァロムさんはいつもの如く、豪快に笑ったのであった。




