Lv.28 黄金の扉
[Ⅰ]
後の壁まで戻ったところで、俺は化け物の位置を確認した。
すると奴等も、俺達の動きに連動するかのように、同じようなスピードで後に付いて来ていた。
その為、俺達とはそれほど距離は空いていない。この辺は流石に、俺達の影といったところだろう。
まぁそれはさておき、今、奴等に襲われるのは不味いので、俺が奴等の足止めをする事にした。
「アーシャさんッ、俺が奴等を暫く足止めしておきます。ですから、その間に扉を開いてください」
「と、扉と言われましても、後ろにあるのは鏡の壁じゃないですか。扉なんてどこにもありませんわッ」
「いいですか、アーシャさん。向こうに見える黄金の扉は影なんです。ですから真実の扉は、絶対に影と正反対の位置にある筈です」
「影って……そういう意味だったのですか。分かりました。探してみます」
アーシャさんもようやく理解したようだ。
次は俺の番である。
(さて……後は俺だ。やるしかない……)
俺はこの2体の化け物を同時に相手する為に、1つ試したい事があった。
それは魔法を両手で行使するという事である。
ついさっきファーラを使った時に、魔力の流れを簡単に操作できたので、やれそうな気がしたのだ。
今になって気付いたが、ヴァロムさんにやらされたあの修行のお蔭で、魔力制御がだいぶ上達してるからだ。
そう考えると、あの憎たらしい呪いの武具も、ある意味、凄いモノなのかもしれない。
まぁそれはさておき、以上の事から、俺は同じ魔法を両手で行使しようと思うわけだが、ファーラ程度ではすぐに奴等も行動を再開してしまう。
その為、俺は試しにあの呪文を唱えてみる事にした。
アレならば、魔力供給さえ止めなければ、暫く持続できる気がしたからだ。
懸念はアーシャさんである。
(もうこうなったら、後で事情を話して黙っていてもらうしかない。それに考えてみれば、コイツ等が俺達の影のような存在という時点で、アーシャさんがそれに気付くのも時間の問題だ。もうどの道、この事については諦めるしかない。つーわけで、小太郎……行きます!)
俺は両手を奴等に向かって真っ直ぐ伸ばすと、魔力の流れを両手に作り始めた。
そして、流れが完全にできたところで、俺はあの呪文を唱えたのである。
「ジニアス!」
その直後、俺の両手から稲妻が迸る。
稲妻は瞬きするまもなく、奴等へと一直線に命中した。
すると、まるで痙攣でも起こしたかのように、奴等は全身を震わせながら動きを停止したのである。
そこから俺は、ひたすら魔力を制御し続けた。
だが予想以上に、俺がやっている事は厳しい事であった。
なぜなら、魔力の消費スピードが半端じゃないからだ。
(く、苦しい……この感じだと、精々、あと十数秒程度しか行使し続けられない……早く扉を見つけないと、アウトだ……)
俺は背後にいるアーシャさんをチラ見した。
「アーシャさん……と、扉はまだですか?」
「もう少し待ってください……壁に触れてみましたら凸凹していましたので、何かあるのは分かるのですが、扉自体が見えないので、取っ手がどれか分からないのです」
「なるべく早めにお願いします。俺もそろそろ限界に近くなってきましたから」
俺は柔らかめに言ったが、実際は『早くしてくれぇェェェ!』と言いたい気分であった。
それほどに今の状態は厳しいのである。
「わ、分かっています。もう少し待って下さ……ン? これでしょうか?」
アーシャさんはそう言って、何かを掴み、引っ張るような仕草をする。
それと共に、ガチャリという音が聞こえてきた。
すると次の瞬間、なんと、後ろの壁が眩く光り輝いたのである。
「キャッ」
アーシャさんの小さな悲鳴が聞こえてきた。
「大丈夫ですか、アーシャさんッ。何があったんです!?」
「だ、大丈夫です。いきなりで眩しかったからです」
「よかった。……また何か出てきたのかと思いましたよ」
今の状況で魔物が出てこられたら、もはや打つ手なしだ。
なので、俺はそれを聞いて心の底からホッとしたのであった。
後の壁から発せられる光は、次第に収束してゆく。
そして元の部屋へと戻ったのである。
俺はそこで、目を大きく見開いた。
なぜなら、漆黒のローブ姿の化け物達が、跡形もなく消えていたからだ。
周囲のどこを見回してもいないので、俺はそこで魔力供給と止め、魔法を終わらせた。
「あいつ等がいない。今の光で消えたのか……」
「本当ですね……どこにもいません。それにあの黄金の扉も、消えてしまってます」
それを聞き、俺は奥の壁へと視線を向けた。
すると確かに黄金の扉は消えており、そこには鏡の壁があるだけなのであった。
それだけではない。先程まで消えていた入口の扉も、ちゃんと見えるようになっていたのだ。
「どうやら、まやかしは解けたようですね」
「ええ、そのようです。それにしても、よくこの謎が解けましたね、コタローさん……私では無理でした。流石、オルドラン様がお認めになった弟子なだけあります」
「何言ってるんですか。この謎が解けたのはアーシャさんのお蔭なんですよ」
アーシャさんはキョトンとした表情になる。
「え、私のお蔭?」
「あの時、アーシャさんが影と言ってくれたお蔭で、謎が解けたようなもんですからね。それまでは俺も、チンプンカンプンだったんですから」
「でもそれだけで、謎が解けたのですから十分凄いと思います」
アーシャさんはそう言って、優しく微笑んだのだ。
俺はそこで、プラトンの洞窟の比喩を口にした。
「……人間は洞窟の中にいて、後ろを振り向く事が出来ない。入り口からは太陽が差し込んでおり、イデアを照らし、洞窟の壁に影を作り出す。 後ろに真の実体があることを知らない人間は、その影こそを実体だと思いこむ……」
アーシャさんは首を傾げる。
「なんですか、その話は?」
「これはイデア論と言いまして、俺の故郷にいた大昔の哲学者が残した言葉なんです。実はですね、さっきの試練がこれとそっくりだったんですよ。だから気づいたんです。なので、たまたま解けただけなんですよ」
「イデア論……そんなものがあったのですか」
「ええ。だから、アーシャ様がこれを知ってたのなら、多分、解けたと思いますよ」
俺はそこで後ろの壁に視線を向けた。
するとそこには、さっきまで反対側にあった黄金の扉が半開きになり、仄かな光を放ちながら、厳かに佇んでいた。
というわけで、後はもう、この扉の向こうへ行くだけだ。
「ではアーシャさん、障害も無くなった事だし、先に進みましょう」
「その前に……ちょっとよろしいですか?」
アーシャさんはそう言うと腕を組み、ジトっとした流し目を俺に送ってきた。
「コタローさん……貴方、先程、ジニアスを使ってましたね。しかも両手で。一体、どういう事ですか?」
「あ、いや……そのまぁ……俺も何といってよいやら、ははは……色々と事情がありまして」
俺はアーシャさんに気圧されてシドロモドロになってしまった。
アーシャさんは更に凄んでくる。
「へぇ……じゃあ、その事情とやらを【是非ッ】聞かせてもらえませんかね?」
「は、はは……実はですね……」――
俺はとりあえず、簡単に説明する事にした。
ヴァロムさんの立会いの元、イシュラナの洗礼を受けたら、ジニアスを使えるようになった事や、ヴァロムさんから、この呪文の事を誰にも話さないように言われた事等を。
アーシャさんはそれらを茶化さずに、静かに聞き入っていた。
この様子を見る限りだと、一応、理解はしてくれているみたいである。
「……というような事があったので、俺はジニアスが使える事を隠していたんです。ですので、アーシャさんも秘密にしておいて頂きたいんですよ」
するとアーシャさんは目を閉じて無言になった。
色々と考える事があったのだろう。
「とりあえず、隠していた理由は分かりました。それと、オルドラン様が隠せという判断を下したのも、十分に理解できます。なので、私も他言はしませんよ」
「ありがとうございます」
俺はホッと胸を撫でおろした。
「ですが、不思議ですね……この国の歴史上、イシュマリアの子孫以外で、この魔法を使える者はいない筈なのに……」
どうやら、その部分だけは合点がいかなかったのだろう。
考えてみれば、ヴァロムさんも最初はこんな感じだった。
これらの反応を見る限り、やはり、この呪文は秘密にしておくのがいいようである。
それはさておき、今はそんな事より、この先に進むのが先決だ。
「アーシャさん、道も開けた事ですし、そろそろ先に進みませんか?」
「そうですね。後で【じっくりと】貴方に話を訊かせてもらえばいいのですから。それに貴方の魔法を見ていたら、マエンコウ、ヴァロムの修行がどんな物なのかも気になりましたしね。ウフフ」
マエンコウヴァロムの意味がよく分からないが、アーシャさんはそう告げると共に、不気味な微笑みを浮かべたであった。
「はは……お手柔らかに」――




