Lv.25 最終試練
[Ⅰ]
扉を開くと、マグマに埋め尽くされる灼熱の通路が姿を現した。
それを前にして、俺は大きく深呼吸をしながら、(心を強くするんだ)と自分に言い聞かせた。
俺の考えが正しければ、心の強さが、このマグマに打ち勝つ為の絶対条件なのである。
そこで俺は、3つの疑問点を思い返した。
1つ目は、扉の向こうにあるマグマは、いったい誰が運んだのかという事。
2つ目は、マグマが付近にあるのに、なぜ隣の部屋は常温なのかという事。
そして3つ目は、布きれはなぜ空中で燃えたのかという事である。
確証はないが、これら3つを説明できる現象が1つだけある。
俺達は1つの現象に捕らわれていた所為で、それが死角になり、事実が見えなかったに違いないのだ。
俺は深呼吸をしながら、後ろをチラッと見た。
すると、背後にはアーシャさんがおり、今は胸元で手を組み、祈るような仕草で静かに佇んでいた。
こういう風に大人しいと、可愛い子である。が、今はそんな事を考えている場合ではない。
俺は意を決し、前へ進むことにした。
「それでは行きますッ」
心を強く持ち、俺はゆっくりと、マグマの上へ足を乗せる。
そして、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩と進んだところで、俺は立ち止まった。
予想通り、マグマが俺の身を焦がす事はなかった。
そう……やはり、これは幻覚なのである。
俺はアーシャさんに報告した。
「どうですか、アーシャ様。ね? 大丈夫だったでしょう」
アーシャさんは目を大きく見開いた。
「な、なな、なんで大丈夫なんですかッ!?」
「見ての通り、このマグマは幻覚ですよ。ただしこれは、心が弱いと身体に影響が出る、かなり危険な部類の幻覚なのだと思います。ですから、あの声は勇気を示せと言ったんですよ」
俺はそこで、足元にある布きれを手に取り、アーシャさんに見せた。
「ほら、この布きれも燃えてなんかないです。燃えたように見えたのは、燃えるかもしれないという心の弱さが、俺達にそう見せていたんです。燃えないと強く思えば、この通りそのままなんですよ。それと幻覚ですから、隣の部屋や扉が熱くないのは当然ですしね。というわけで、以上です」
アーシャさんはポカンとしていた。
流石に予想外の答えだったんだろう。
俺はアーシャさんに手を差し伸べた。
「さぁアーシャ様、向こうへ行きましょう。大丈夫です。心を強く持ちさえすれば、こんな幻覚どうって事ないですから。それに、早くしないと、ティレス様も待ちくたびれてしまいますよ」
「そ、そうですね。コタローさんの言うとおりです」
アーシャさんは俺の手を取ると、そっとマグマの上に足を乗せた。
「本当に大丈夫ですね……不思議です」
「ええ。しかし、このソーンとかいう神様は悪趣味ですね。本人が目の前にいたら、こんな試練作るなよって言いたい気分ですよ」
「ウフフ、本当ですね。それじゃあ、コタローさん。先に進みましょう」
「あの、その前にちょっとだけいいですか」
アーシャさんは首を傾げる。
「何ですか?」
「1つ提案があるんです。この試練の間だけでも構わないんで、アーシャ様の事をアーシャさんと呼んでいいですか?」
アーシャさんはニコリと微笑むと即答した。
「なんだ、そんな事ですか。良いですよ。試練が終わった後も、そう呼んでいただいて結構です」
言ってみるもんである。
何でこんな事を訊いたのかと言うと、さっきの悔しそうなアーシャさんを見たのが理由であった。
俺に対して意地を張るなんて無駄な事をするよりも、気兼ねなく話せる関係になった方がお互い楽だろうと思ったからだ。
「ありがとうございます。実を言うと、俺はそう言った言葉を使うのが苦手なんですよね。それに、お互い気楽に話し合えるような感じじゃないと、この先に何が待ち受けてるか分かりませんからね」
「コタローさんて、変な方ですわね。こんな事を訊いてきた方、貴方が初めてです」
アーシャさんはそう言って、クスクスと笑った。
そう思うのも無理はないだろう。
だって俺、この世界の人間じゃないし。
まぁそれはさておき、先に進むとしよう。
「じゃあ、そうと決まったところで、次の扉へと行きますか、アーシャさん」
「そうですね。急ぎましょう」――
[Ⅱ]
俺とアーシャさんはマグマの通路を進んで行く。
程なくして俺達は、奥にある黒い扉の前へと辿り着いた。
するとそこで、さっきの銀色の扉と同様、また文字が扉に浮かび上がってきたのだ。
文字は例によって古代リュビスト文字のようであった。
俺達はその文字に触れる。
そして、あの声がまた聞こえてきた。
『これより先は、最後の試練……知性と勇気とその精神を存分に示せ……立ち塞がる困難を振り払い、真実へと繋がる扉を開くがよい』
声はそれで終わりであった。
「どうやら、これが最後のようですね。今度はなんとなく戦闘がありそうな感じがしますけど、行きますか?」
「行くしかありません。それに今のところ、帰る手段はないのですから、進むしかないのです。でもその前に、戦いがあるかもしれませんので、装備品の確認をしたほうが良さそうですね」
「確かに」
というわけで、俺達は武具や癒しの薬などの道具をチェックし、装備を整えたのである。
*
話は変わるが、癒しの魔法薬は、昨日の武器屋で購入した物だ。
店で売っていたのは、栄養ドリンクくらいのガラスの小瓶に入った緑色の液体であった。
よって、見た目は青汁に近い品物である。
ヴァロムさんの話によると、幾種類かの薬草をすり潰して調合し、仕上げに水と魔力を加えて作られた魔法薬らしい。
飲んでも塗っても即効性の効果があるそうで、すぐに身体を回復してくれるようである。
というわけで、癒しの魔法薬に関しては、ゲームと同じ効能のようだ。
それから、アーシャさんの装備はこんな感じである。
武 ……慈愛の杖
盾 ……無し
兜 ……銀の髪飾り
鎧 ……魔法の衣
足 ……皮のブーツ
腕 ……無し
ア ……金のブレスレット
俺よりもちょっと良い感じの装備であった。
魔法の衣は紺色のローブで、かなり上質な生地で作られている防具のようだ。
ゲームだと、攻撃呪文の軽減効果があったはずなので、俺からすると羨ましい装備品であった。
それと慈愛の杖だが、白く美しい柄の先端に天使の彫刻が施されており、非常に神秘的な雰囲気が漂う杖であった。
俺の記憶が確かならば、この杖は確か、道具として使うと、回復魔法のレアの強化版であるベルレアの効果があった気がする。
今の現状と照らし合わせると、非常に頼もしく思える武器なのである。
というわけで話を戻そう。
*
装備品のチェックを終えたところで、俺はアーシャさんに言った。
「アーシャさん、準備は良いですか?」
「ええ、行きましょう」
「じゃあ、開けますよ」
アーシャさんは緊張した面持ちでコクリと頷く。
そして俺は、慎重に扉を開いたのである。
黒い扉の向こうには、四方の壁が全て鏡となった縦長の四角い空間が広がっていた。
周囲の鏡が互いを映すので、ひどくゴチャゴチャした感じだ。
よく見ると中は結構広く、縦に30m、横幅が10mくらいはあるように見えた。
そんなわけで、全面鏡となった部屋に、俺達は足を踏み入れたのである。
(なんだここ……壁全部が鏡かよ。まぁ……ソーンの鏡がありそうな雰囲気ではあるけどな。さて、何が待ち受けているのやら……)
中に入ったところで、俺は扉を閉め、まずは周囲を見回した。
すると、奥の壁に1つだけポツンと佇む扉が、視界に入ってきた。
しかも、それは黄金の扉であり、異様なほど存在感を放っていたのだ。
(今見た感じだと、気になるのはあの扉だけだな……他には何もなさそうだ)
あの黄金の扉が、真実へと繋がる扉なのかもしれない。
「コータローさん、あの扉がそうみたいですね。行きましょう」
「ええ。ですが、立ち塞がる困難という表現がありましたので、注意が必要ですよ」
「勿論、わかってますわ」
俺達は互いに頷くと、武器を構えて、警戒しながら扉へと進んで行く。
だが、この部屋の真ん中あたりまで進んだところで、異変が起きたのであった。
なんと前方の床から、突如、不気味な2つの黒い煙が立ち昇ったからだ。
「な、なんですか、アレは!」
「魔物かッ!」
俺は慌てて魔導師の杖を黒い煙に向ける。
アーシャさんも同じように、慈愛の杖を黒い煙へと向けていた。
黒い煙は俺達と相対する位置から立ち昇っている。
しかし、黒い煙は俺達に攻撃してくるような気配はなかった。
俺達は暫し様子を見る。
だが、その時である。
なんとその黒い煙は、突如、渦を巻き始めたのだ。
そして黒い煙は次第に、漆黒のローブを纏う不気味な存在へと変貌を遂げたのであった。
俺達はそれを見るなり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
そして、この2体の不気味な存在は、俺達の行く手を阻むかのように、黄金の扉の前に立ち塞がったのである。




