Lv.24 進む決断
[Ⅰ]
俺は生唾を飲み込みながら銀色の扉を開いた。
だがその先にある恐ろしい光景を見るなり、俺とアーシャさんは息を飲んだのである。
俺達の視界に入ってきたモノ……それは真赤に燃えたぎるマグマで埋め尽くされた通路だったからだ。
「嘘だろ……」
「な、なんですか、これは……」
見ているだけで、恐ろしいほどの熱気が肌に伝わってくる。
しかも、この熱気によって、目の前の空間が歪んで見えるくらいであった。
その為、これは本物のマグマだと、俺の中の何かが訴えかけてくるのである。
俺はマグマで埋め尽くされた通路の先に目を向けた。
すると、20mほど先に、黒い扉が小さく見えたのだ。
通路は真っ直ぐなので、これが意味するところは1つであった。
そう……この先に進むには、どうでもこの通路を通らないといけない、という事である。
まさか、こんな通路が扉の向こうにあるなんて思いもしなかった。
これは非常に不味い状況である。
アーシャさんの震える声が聞こえてきた。
「こ、こんな所を進むなんて……で、できるわけないです。行ったら、死んでしまいます」
「ですよね……」
俺も同感である。が、しかし……それと同時に少し違和感もあるのだ。
なぜなら、これだけのマグマがあるのなら、俺達がいる部屋自体もかなり熱くないとおかしいからである。
今はマグマを見たので熱く感じるが、扉が閉まっていた時は、そんな事など微塵も感じなかった。
だがとはいうものの、古代の魔法技術で熱を遮断している可能性もあるので、もしかすると、そういう事もあり得るのかもしれないが……。
まぁ何れにしろ、問題はここをどう突破するかである。
「アーシャ様、どうしましょう?」
「どうって……どうもこうもないですよ。こんな状態じゃ、進めるわけがないです」
「でも、この通路の先に次の扉がありますからねぇ……」
アーシャさんはそこで何かを考え始めた。
「もしかすると、アレの可能性があるかもしれません」
何か気になる事でもあったのだろうか。
「コタローさん、なにか燃やしても良いモノはありますか?」
「燃やすモノですか……ちょっと待ってください」
どうやら、幻覚かどうかを確認するという事なのだろう。
俺は腰に装着しているウエストポーチ状の道具入れから、汗拭き用の布きれを取り出した。
ちなみにこれは、ただの布きれというやつである。
ゲームだと、うまのふんと共に、イマイチ存在意義が分からないアイテムだった。
だが、実際にその世界で生活するようになると、タオル代わりに使える便利なアイテムなのである。
まぁそれはさておき、俺はそれをアーシャさんに差し出した。
「じゃあ、コレを」
「お借りしますわ」
アーシャさんは布きれを受け取ると、マグマへと放り投げた。
すると次の瞬間、なんと布きれは、マグマに触れることなく、熱気によって空中で炎に包まれてしまったのだ。
俺達は驚愕した。
「燃えた……と、という事は、これは本物なのか……」
「で、ですわね」
俺達は今になってようやく戦慄を覚えた。
実を言うと、俺も心のどこかで、これは幻覚だと思っていたのである。
だが、それがたった今、目の前で否定されてしまったのだ。
「一旦扉を閉めましょうアーシャ様……」
「ええ……」
マグマを見て恐れを抱いた俺達は、入口の部屋で、先に進む方法を話し合う事にした。
だが、方法が見つからない。
おまけに、抜け道のようなモノも皆無であった。
そして、さっきまで楽観的だった俺も、この状況を前にして、次第に焦りが生まれてきたのである。
(このまま、ずっと足止めを喰らうのは不味いな……俺達は食料がないから、いずれ体力が消耗してゆく。何かないのか方法は……クソッ)
最悪の場合、救出されず、この場で人生を終える可能性だってあるからだ。
早めに何とかしないと、俺達はここで果てる事になってしまうのである。
(これは試練だ……とするなら、向こうに渡る方法が、何かある筈だ……それを早く見つけなければ……ン?)
と、そこで、アーシャさんの呟くような声が聞こえてきた。
「……この先は試練の道。前に進む勇気を我に示せ。勇気を持たぬ者には……死が待ち受ける」
「さっきの声が言っていた内容ですね。なにか分かりましたか?」
アーシャさんは俺に振り向く。
「コタローさん……この言葉、どう思いますか? 私、どうも引っ掛かるんです」
「と言いますと?」
「先程、あの布きれが燃えた事からも、あのマグマは本当のように思います。ですが、あの声は勇気をもって進めと言ってるのです。どういう事なのでしょうか……。あの中に進むなんて、どう考えても自殺行為です」
「確かにそうですね」
言われてみると、確かにその通りである。
あそこを進むのは、ガチの自殺行為だ。
「コタローさんの意見を聞かせてください。それに……悔しいですが……貴方はあの石版の謎を解いた事から考えても、私より柔軟な物の考えが出来る気がします。あのオルドラン様もそう思っているからこそ、先程、貴方に訊いたのだと思いますから」
そしてアーシャさんは、ションボリと俯いたのである。
今の言葉を聞いて、アーシャさんが俺を敵視していた理由が分かった気がした。
要するに、ぽっと出のわけの分からん俺みたいな奴が、高名な魔法使いであるヴァロムさんの弟子になっていたので、それが気に入らなかったのだろう。
それで、ついつい意地を張ったに違いないのだ。
そう考えると、さっきまで面倒な子だと思っていたのに、途端に可愛いく見えるから不思議である。
まぁそれはともかく、マグマが本当だったので諦めてしまったが、とりあえず、あの言葉についてもう一度考えてみるとしよう。
「……分かりました。答えが見つかるかどうかわかりませんが、ちょっと考えてみます」
俺はさっきの言葉を脳内で復唱した。
(この先は試練の道……前に進む勇気を我に示せ……勇気を持たぬ者には死が待ち受ける)
考えれば考えるほど、やたら勇気という単語が目に付く文章である。
例えるならば、大事な事なので2回言いました的な感じだ。
そこで俺は考える。
勇気ってどういう意味なんだろうと……。
(真っ正直に考えるならば、恐れずに立ち向かう心の強さ……これが勇気だと思うが……ン?)
と、その時、最後の一文が、非常に重要な文章に思えたのであった。
勇気を持たぬ者には死が待ち受ける。
つまり、心に弱さを持つ者は、死が待っているという事である。
(心が弱いと死ぬし、心が強ければ死なない……ハッ!? もしかすると、あのマグマとさっき燃えた布きれは……いや、しかし……でも説明できる現象は、これしか考えられない。だがそれを確認するには、実際に試す以外ない。でも……もし違っていたら……俺は死んでしまう。どうしよう……だが、いつまでもこうしてはいられない。ここはもう、自分を信じてやるしかないだろう……)
さんざん悩んだ末、俺は覚悟を決めた。
「アーシャ様……俺、この通路を進んでみようと思います」
「コタローさん、何を突然言い出すのですかッ」
アーシャさんは青褪めた表情になる。
「俺の考えが正しければ、恐らく……進んで行ける筈です」
「ち、違っていたら?」
「俺は身を焼かれるでしょう。でも、確かめるにはこれしかないんです」
「コ、コタローさん。早まった真似はやめてください。私はそういう意味で言ったのではないんです。じっくりと考えて欲しかったから言ったんです」
アーシャさんは俺の手を取ると、懇願するようにそう言った。
ちょっと半泣きに近い表情である。
一応、心配はしてくれてるようだ。
こんなアーシャさんを見ると、俺も決心が鈍ってくる。
だが、確認するには進むしかないのである。
「アーシャ様、心配してくれてありがとうございます。でも俺を信じてくれませんか?」
俺達の間に沈黙が訪れる。
暫くすると、アーシャさんは少し俯きながら口を開いた。
「決心は固いのですね……分かりました。ですが、くれぐれも無理はしないでください。思いとどまっても、私は非難しませんから」
「ありがとうございます、アーシャ様。では行ってきます」
そして、俺はまた、銀色の扉に手を掛けたのである。




