Lv.23 待機
[Ⅰ]
俺達が転移をしてから、30分が経過した。
巡礼の門と思われる青白く輝く煙のようなモノも、あれから一向に現れる気配はない。が、まぁ予想通りではあった。
俺の勘だと、試練を受ける者をこの部屋に運ぶのが、アレの役目な気がしたからだ。
そう考えるならば、もうお役御免なのである。
だが……もしそうならば、俺達がここでジッとしていても、事態は一向に好転しないに違いない。
その為、この事をアーシャさんに話そうかと悩んでいるのである。
あの気難しいアーシャさんをどう説得するかが、頭の痛いところであった。
アーシャさんは今、何の変化もないこの状況に落ち着きをなくしており、苛立ったように、部屋の中を行ったり来たりしていた。
最初の頃のような余裕は全く感じられない。
幾ら待てども、何の音沙汰もないので、アーシャさんも流石に焦っているのだろう。
と、そこで、アーシャさんと目が合った。
すると目が合うや否や、アーシャさんは怒った口調で捲し立ててきた。
「コタローさん! お兄様とオルドラン様は、一向に来る気配が無いじゃないですか! 一体、何をしてるのでしょうか」
「……多分、俺達を助けに行きたくても、こっちに来れないんじゃないですかね」
俺はそう答えると、壁に寄りかかり、大きく欠伸をした。
「ちょっと、今のどういう意味です? それに気が緩んでます。こんな時に欠伸なんて……どういう神経してるのですか」
「どうもこうも、今言った通りの意味ですよ。だって、考えてもみて下さいよ。俺達がこの部屋に来たのは、あの青い煙が原因なんですから、あれが現れないという事は、大広間とは行き来できないという事なんです。それと、これだけ時間が経過しても、何の変化も無いという事は、恐らく、向こうもこちらに来る手立てが、見つからないんだと思いますよ」
とりあえず、俺は思った事を正直に伝えておいた。
「そ、そんな事は分かっています。ですから、私は他に何か……方法を……」
アーシャさんはそこで言葉に詰まった。
そして、ションボリと肩を落とし、顔を俯かせたのである。
俺の言ったストレートな内容に、少し元気をなくしたみたいだ。
というか、アーシャさんも、薄々そう思っていたに違いない。
「あの、アーシャ様、1つ訊いてもいいですか?」
「何ですの?」
「巡礼の門って知っていますか?」
アーシャさんは思案顔になり、天井を見上げた。
「巡礼の門ですか……そういえば、古代魔法文明の研究者達が記した書物に、確かその名前が出てきました」
「どんな事が書かれていたんですか?」
「本当かどうかはわかりませんが、それによりますと、古代の魔法技術によって生み出された時空の門ではないかと書いてありました。それと、どれだけ離れた地でも、一瞬で往来が可能になるとも。まぁ私も見た事が無いので、なんとも言えませんが……。で、それがどうかしましたか?」
この口ぶりだと、バロールやドラグナーガと同様、恐らく、今現在は失われてしまっている技術なのだろう。
だが、巡礼の門については、一応、伝わってはいるみたいである。
「これは俺の勘ですが……多分、今の青い煙の渦が、巡礼の門だと思います」
アーシャさんは目を大きく見開いた。
「な、何ですって! というか、どこにそんな証拠があるのですか!」
俺は首を横に振った。
「証拠はありません。ですが、現に俺達は、あっという間に違う場所へと転移しています。なので、そう考える方がしっくりくるんですよ。それに、ここは古代の建造物。そういう事があってもおかしくは無いんじゃないですかね」
「そ、そうかもしれませんが……まさか、そんな事は……」
アーシャさんはそう言って、青い渦があった場所へと視線を向けた。
俺も半信半疑だし、いきなりそう思えというのも、無理な話だろう。
それはさておき、俺は話を続けた。
「で、アーシャ様、それを踏まえたうえで聞いてほしいのですが、あの巡礼の門は恐らく、試練を受ける者のみを運ぶ、一方通行の門だと思うんです。まぁこれは俺の個人的な見解ですがね。ですがそう考えますと、試練を突破しない事には、ここからは出られないという事になってしまうんですよ。俺の言ってる意味、分かりますよね?」
アーシャさんは険しい表情で、ボソリと呟いた。
「試練を受けないと……ここから出られない……」
「はい、そうです。なので、もしそうならば、このまま待っていても助けは来ないかも知れません。いや、来れない可能性の方が高いです。ですから今は、あの銀色の扉を潜って先に進むのも、選択肢の1つに入れた方が良いと思うんですけど……アーシャ様はどう思いますか?」
俺は反対されると思っていた。
だが、アーシャさんは意外にも、すんなりと承諾したのであった。
「そうですね。コタローさんの言う事も一理あります。こうなったら仕方ありません。先に進みましょう」
正直、少しゴネる気はしたので、肩透かしを食らった気分である。
「なんか意外ですね。アーシャ様の事だから、てっきり反対すると思ったんですけど」
「む、少し棘のある言い方に聞こえましたね。どういう事ですか? それとさっきから、なんとなく、言葉使いが横柄になってる気がしますが」
アーシャさんはそう言うと、俺に流し目を送ってきた。
つい余計な事を言ってしまったようだ。
まともに相手すると疲れるので、俺はとりあえず聞き流すことにした。
「いや、別に深い意味は無いですし、横柄にもなってませんよ。それよりも、進むのなら急ぎましょう。どれだけ時間が掛かるか分かりませんから」
「……上手く逃げましたね。いいでしょう。ですが、ここを出たら、ちゃんと聞かせてもらいますからね」
結構、執念深い性格のようである。
面倒な相手に目を付けられたのかもしれない。
まぁそれはさておき、俺はそこで立ち上がった。
「それじゃあ、行きますか」
そして、銀色の扉へと近づいたのである。
扉の前に来た俺は、取っ手に手を伸ばす。
だがその直後、奇妙な文字が、突如、扉の中心部に浮かび上がってきたのだ。
「な、なんだこれ……」
それはまるで炙り出しの文字のようであった。
どういう原理でこうなっているのか分からないが、今のを見る限り、扉に接近したら浮かび上がる仕掛けになっているのかもしれない。
で、この浮かび上がった文字だが、先程の大広間でヴァロムさんが解読していた、古代リュビスト文字というのに似ている気がした。
とはいえ、浮かび上がった文字は三行程度だったので、あの石版と比べると文字数はかなり少ない。
だが幾ら少なくても、なんて書いてあるのかはサッパリであった。
というわけで、俺は早速アーシャさんを呼んだ。
「アーシャ様、ちょっと来てください」
「どうしました?」
「扉に文字が浮かび上がってきたんですけど、なんて書いてあるかわかりますかね?」
「文字? どれです?」
「ここです」
俺は書かれている文字を指さした。
「これは古代リュビスト文字ですね。えっと……この先は……試練の道…………駄目です。私ではまだ解読できません」
途中までは何とか読めたみたいだが、どうやら無理そうである。
「そうですか。でも、かなり重要な事が書いてありそうなんですよね」
アーシャさんは残念そうに溜め息を吐いた。
「私も勉強はしているのですが……まだまだ難しいです。それに、古代リュビスト文字を読める者は、古代魔法の研究者でも一握りだけなのですから。それほどに難しい文字なのです」
「そうなのですか……でも、弱ったな……このまま進むのは、なんとなく危険な気がするんですよね」
俺はそう言って、浮かび上がった文字に手を触れた。
と、その時である。
突然、何者かの声が聞こえてきたのだ。
『この先は試練の道……前に進む勇気を我に示せ……勇気を持たぬ者には死が待ち受ける』
「だ、誰だッ!」
俺は周囲を見回しながら叫んだ。
「コ、コタローさん、突然、どうしたのですか!?」
「今、妙な声が聞こえてきたんですよ。低い男の声みたいなのが……」
「妙な声? そんな声は聞こえませんでした。変な事を言わないでください」
「へ? そうなんですか。じゃあ、今のは何だったんだ、いったい……」
俺にしか聞こえなかったようだ。
(どういう事だ……なんで俺だけ……)
「ところでコタローさん。その声はなんと言ってたのですか?」
「内容ですか? えっと、確か……『この先は試練の道。前に進む勇気を我に見せよ。勇気を持たぬ者には死が待ち受ける』と言ってましたね。どういう意味なんだか、分かりませんけど」
するとアーシャさんは、眉間に皺を寄せ、扉に書かれた文字を凝視したのである。
「……コタローさん。さっき、この文字に触れましたわよね?」
「ええ、触れましたね」
「もしかすると……」
アーシャさんは恐る恐る扉の文字に手を伸ばした。
そして、驚きの表情を浮かべ、俺に振り返ったのだ。
「わ、私にも聞こえました。確かに今言った内容の言葉です。それとこの内容は、ここに書かれている古代リュビスト文字の文章そのものだと思います。私も所々は読める文字もありましたので、それらを繋ぎ合わせるとこの文章になる気がするのです」
「本当ですか?」
俺は念の為、とりあえず、文字以外の場所にも触れてみたが、声が聞こえてくるのは文字に触れた時だけであった。
どうやら、アーシャさんの言う通りのようだ。
「文字に触れると声が聞こえるので、その可能性が高そうですね……」
多分だが、文字の読めない人にもわかるように、こういう仕掛けを施したのかもしれない。
まぁそれはさておき、俺は取っ手に手を掛けた。
「……何が待ち受けているか分かりませんが、とりあえず、扉を開きますよ」
アーシャさんはコクリと頷く。
「ええ、開いてください」
「では行きます」
そして俺は、恐る恐る扉を開いたのだ。




