Lv.21 巡礼の門
[Ⅰ]
解読を始めてから、1時間くらいが経過した。
ヴァロムさんはまだ石版と睨めっこ中だ。
この感じだと、まだまだ時間がかかりそうな雰囲気である。
ちなみに、この石版の周囲には今、ティレスさんとアーシャさん、そしてヴァロムさんと俺の4人しかいない。
守護隊の方々は俺達から若干離れた所におり、一応、周囲の警戒に当たってくれているみたいである。頼もしい人達だ。
それから、ティレスさんとアーシャさんだが、2人は先程の指示通り、ヴァロムさんの隣で、解読した言葉を紙に書き写している最中であった。
その為、この中では俺だけ何もする事が無いので、とりあえず、その解読作業を見ているだけなのである。が、しかし、内心はこんな感じであった。
(あぁ……超ヒマだ。長い間、わけの分からん作業を無言で見ているのが、これほど退屈だったとは……。この解読作業、いつまで掛かるんだろ? まさか日が暮れるまで掛かるんじゃないだろうな……)
正直、こんな言葉しか出てこないのである。
だがそれもソロソロ終わりが来たようだ。
なぜならば、解読班が作業の手を止めたからである。
ヴァロムさんは、石板を覗き込む顔を上げた。
「よし、解読できたぞ」
「本当ですか、ヴァロムさん。良かった。朝までかかると思ってました」
退屈で死にそうだった俺は、思わず本音がでてしまった。
すると即座にアーシャさんのお叱りがきたのである。
「コタローさんッ。その言い方は何ですか? 貴方は弟子なのですから、苦労されたオルドラン様をもっと労ったらどうなのです」
(面倒くさい子やなぁ、もう……まぁでも、今のは怒られても仕方がないか……)
などと考えていると、ヴァロムさんは俺達の間に入ってきた。
「ええんじゃ、ええんじゃ。そう気にしなさるな、アーシャ様。儂とコタローは、気楽に話しするのが本来の姿じゃからの。今まではコタローが気を使って、丁寧な言葉づかいをしておっただけなんじゃ」
「そ、そうなのですか……しかし」
アーシャさんは何か納得してないようであった。
後でまた詰められそうである。
それはさておき、ヴァロムさんは石版に視線を向け、話を進めた。
「さて、では説明しようかの。まず、この石版に書かれておる内容じゃが……これには、太陽神・ソーンという真実を見通す神の話が書かれておるんじゃよ。じゃが、その殆どが、太陽神・ソーンの偉大さや武勇伝についての記述じゃった」
「へぇ……そうなんですか。太陽神・ソーンね……」
(ソーンって、神様の名前だったのか……まぁこの世界ではかもしれんけど……)
ヴァロムさんは続ける。
「じゃがの、最後の方にこんな記述があったのじゃよ」
ヴァロムさんは石版の端に書かれている文字を指でなぞった。
「ここにある文字列を解読するとこういう文章になる。……我が力を得ようとする者よ……知性と勇気とその精神を我に示せ。さすれば、真実の道は開かれよう、とな」
「知性と勇気とその精神……。この文脈を見る限り、なんとなく試練の様なものに聞こえますわね」
「うむ。恐らく、そのような解釈で間違いなかろう」
ティレスさんは顎に手をやり、首を傾げる。
「しかし、オルドラン様。太陽神・ソーンなどという神の名は初めて聞くのですが、これは古代に信仰されていた神なのでしょうか?」
「じゃろうの。だが、イシュマリア誕生以前の歴史については、今では手掛かりとなる文献も殆ど無いので断定はできぬがな」
それを聞き、アーシャさんは残念そうに溜め息を吐いた。
「今から1000年以上前、イシュラナ神殿の大神官が、古代文明の文献や記述を全部悪という風に位置付けて、焚書扱いにしたのが悔やまれるところですわ」
「まぁの……。じゃが、それを今言っても、もう始まらぬ。それに儂等は今、何千年もの間、誰も見る事が出来なかった古代文明の一端を垣間見とるわけじゃ。じゃから、今はこれらについて考えるとしようではないか」
よくわからないが、どうやら歴史上の話で、色々と込み入った事情があるようだ。
まぁそれはさておき、俺はヴァロムさんに問題点を指摘した。
「でも、ヴァロムさん。今の内容ですと、あまりにも大雑把過ぎるので、試練といっても、どこから手を付けていいのかよく分かりませんよね」
「確かにの……。ふむ、そうじゃな。まずは、この建物内を隈なく調べるとするか」
「ですわね」
というわけで、俺達はさっきと同様、手掛かりを探す為、建物内を奔走する事になったのである。
[Ⅱ]
俺達は1時間程かけて、1階と2階の確認できる範囲を全て見て回った。
だが、幾ら探せども、手掛かりらしいものは何一つ見つけられなかったのだ。
その為、俺達はもう一度石版の前へ集まり、今後の方針について話し合う事にしたのであった。
勿論、話し合いは、ヴァロムさんとティレスさんとアーシャさんの3人によってである。
というわけで、俺はさっきと同様、また蚊帳の外だ。
(さて、どうやって時間を潰そうかな。どこかで横になって寝るのが一番いいんだけど……)
などと不届きな事を考えていると、ヴァロムさんが俺に話を振ってきた。
「コタローよ。お主はどう思うかの?」
「はへ? ど、どう思うとは?」
隙だらけだったので、思わず気の抜けた返事をしてしまった。
するとアーシャさんが、ムスッとしながら口を開いた。
「あの試練の内容についてに決まっておりますわッ」
とりあえず、アーシャさんについては適当に流しとこう。
「ええっと……知性と勇気とその精神を我に示せ……の事ですよね。ン~、そうですねぇ……」
俺は探偵のような仕草をしながら、暫し考えてみた。
これがゲームならば、もう少し気の利いたヒントがありそうだが、今まで見てきた感じだと、これ以上は何も無いようである。
もしかすると、この石版に書かれている内容で、何か見逃している事や間違った解釈をしている可能性があるのかもしれない。
というわけで、ヴァロムさんに訊いてみよう。
「ヴァロムさん。この石版に書かれているのは、太陽神・ソーンの話が殆どらしいですけど、具体的にどんな話なんですかね?」
「一応、全文を訳すとこんな話じゃ」――
ヴァロムさんは石版に書かれていた内容を事細かに話してくれた。
で、その内容だが、太陽神・ソーンがどういう存在なのか、そして、どういう部下がいてどういう家族がいるのか、そんな話ばかりであった。
なんとなく、ギリシャ神話みたいな人間臭い感じの物語だと思ったのは言うまでもない。
しかも、この太陽神・ソーンは、光り輝く眩い自分の姿を映すために、ある鏡を部下に作らせたような事も書かれているのである。
この流れから察するに、多分、これがソーンの鏡なのかもしれない。
まぁそれはさておき、石板の内容は全体的に、第三者の視点から太陽神・ソーンを礼讃するだけの、わけの分からん話であった。
だがしかし……俺はこの話を聞いている内に、あべこべになっているというか、やや奇妙な引っ掛かりを覚えたのである。
またそれと共に、4体の像についても違和感を覚えたのであった。
「……という事じゃ。まぁとりあえず、こんな感じじゃな。どうじゃ、コタローよ。なにか気になる点はあったかの」
俺は引っ掛かった部分を話すことにした。
「……あの、ヴァロムさん。この石版は太陽神・ソーンを散々礼讃しておいて、最後に『……我が力を得ようとする者よ……知性と勇気とその精神を我に示せ。さすれば、真実の道は開かれよう』となっておりますが、これって不自然な文ですよね」
「不自然?」
「なにが不自然なんですの?」
アーシャさんとティレスさんの2人は首を傾げた。
「不自然とは、どういう意味じゃ?」
「だって、礼讃している部分は他人の記述のようだし、最後の一文は本人の記述みたいになってるんですよ。おかしくないですか」
「まぁそう言われるとそうじゃな……確かに妙じゃ」
そこでヴァロムさんは顎鬚を撫でる。
「でしょ。そこで思ったんですけど。最後に記述されている試練を思わせる文章は、石版自体を太陽神・ソーンだとして考えろって言ってる気がするんですよ。真ん中に太陽の絵もありますしね。ですので、そう考えると、他人視点の礼讃部分は、力を得ようとする者の知性を試す為に、わざとこんな書き方にしてるんじゃないですかね」
「何を言うのかと思えば……なぜそんな考え方をしなきゃいけないのですか。馬鹿馬鹿しい」
アーシャさんはそう言って鼻で笑った。
だがヴァロムさんは対照的に、少し思案顔になったのである。
「……そうか。確かにこれは、知性と勇気と精神を示せという、太陽神・ソーンの謎かけなのかもしれぬ。何より真実を謳う以上、偽物で試すという事は大いにあり得る。ならば、そう考えると……」
ヴァロムさんはそう言うと、4体の像へと視線を向かわせたのである。
どうやら気づいたようだ。
「そこなんですよ。この石版を太陽神だと考えると、4体の石像の向きはおかしいんですよね」
「向き? 一体、何がおかしいのですか?」
アーシャさんは首を傾げていた。
理解できないといった感じである。
つーわけで、俺の見解を述べておいた。
「つまりですね……眩い太陽神に向かって、まともに視線を向けているこの像はありえないんですよ」
「うむ。そうじゃな。そう考えると、この石像の向きは不自然じゃ。コタローよ、あの石像をまず調べてみてくれ」
ヴァロムさんは4体あるうちの1体を指さした。
「はい、ヴァロムさん」
俺は頷くと石像へと近づき、入念にチェックした。
触ってみた感じだと、石膏を思わせる真っ白な石像であった。
次に俺は、上から順に何か仕掛けがないか確認をしてゆく。
そして、石像の足元付近に、小さな切れ込みが入っているのを俺は見つけたのである。
もしやと思い、俺は石像を回してみた。
すると思った通りであった。
やや重かったが、石像は回転扉のように回ったのである。
「回ったのぅ……コタローの言う通り、この石像に何か秘密があるようじゃ。とりあえず、4体とも石版から目を逸らす位置に回そうかの」
「はい、オルドラン様」
ティレスさんとアーシャさんも、石像へと移動して回し始める。
続いてヴァロムさんも、残りの1体を回しに向かった。
そして、この4体の石像は、石版からそっぽを向いた構図に変わったのである。
俺達はそこで石版に視線を向けた。
だが、何も変化が現れなかった。
(あらら、これじゃないのか? いや……まだわからない)
俺は石版に近寄り、何か小さな変化が無いかを確認する事にした。
石板の前に来た俺は、暫し様子を見る。
するとアーシャさんが俺の隣にやって来た。
「何でも勝手に触ったらダメですよ。触る時は、オルドラン様の指示を仰いでからです」
どうやら、俺を監視しに来たようだ。
俺が水晶球を弄ってた事になってるから、それに対して不信感を抱いてるのだろう。
「はいはい、触りませんよ。ただ、変化が無いか確認しに来ただけですから」
「へぇ、本当にですか?」
アーシャさんは冷ややかな流し目を送ってきた。
「だから、本当ですって……ン?」
その時であった。
なんと石版の中心にある太陽の絵から、青白く輝く煙のようなモノが立ち昇ってきたのである。
そして瞬く間に、それは大きな渦へと変化していき、俺とアーシャさんを石版ごと包み込んだのであった。
「な、なんですか、この青い煙みたいな渦は!?」
「なんだよ、コレ!?」
俺とアーシャさんは、この突然の事態に焦った。
ヴァロムさん達の慌てた声も聞こえてくる。
「コ、コータロー!」
「アーシャ!」
しかし、その声が聞こえる頃にはもう、俺達は青い渦に完全に飲み込まれる状態になっており、周囲の様相が分からないところまで来ていた。
そして次の瞬間、地に足のつかない浮遊感と、キーンという耳鳴りの様な音が聞こえてくるようになったのだ。
(ちょっ……何なんだよ、この現象は! 聞いてないぞ、こんなの! というか、ここ最近、何で俺ってこんな展開ばかりなんだよッ!)
突如現れたこの現象に対して、俺の脳内は少しパニックを起こしかけていた。
だがそれも僅かばかりの間であった。
程なくして、地に足がつくような感覚が戻ってきたからである。
またそれと共に、青い煙状の渦も少しづつ収まってきたのだ。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「アーシャ様、今の内にこの外に出ましょう。またさっきみたいになるかもしれないですよ」
「そ、そうですわね。早く出た方が良さそうですわ」
俺とアーシャさんは、脱出すべく、足を前に踏み出した。
そして、青い煙の中から完全に抜け出たところで、俺は背後を振り返った。
だがしかし……視界に入ってきた光景を見るなり、俺は目を見開いたのだった。
「な、なんだこの狭い部屋は!? さっきの場所と全然違うじゃないかッ。どこだよッ、ここッ……」
アーシャさんも驚きのあまり目を見開いていた。
「え? ここはいったい、ど、どこなのです!? お兄様やオルドラン様は? な、なんで私は、こんな所に……」
そう……俺達はいつの間にか、5メートル四方ほどの小さな部屋の中にいたのだ。
やっと青い煙から出られたと思ったら、あの石版のある場所じゃなかったのである。
視線の先にある青い煙の渦は、今にも消えそうになっていた。
というか、今、フッと消えてしまった。
そして、シンとした静寂が辺りに漂い始めたのであった。
俺とアーシャさんは青い煙が消えた後も、この突然の事態に、暫し呆然と立ち尽くしていた。
だが時間が経つにつれて、だんだんと冷静に考えられるようになってくる。
そこで俺は、今の青い煙状の渦を思い返してみた。
するとそこで、ゲームをやっていた時によく利用した、とある装置の事を思い出したのである。
俺はボソッとその名を口にした。
「い、今のは……もしかして……巡礼の門なのか?」
しかし、答える者は誰もいなかった。
ただ不気味な静寂だけが返ってくるのである。




