Lv.18 イデア遺跡群
[Ⅰ]
イデア遺跡群……。
それはマルディラントの北西にある、数々の古代建造物群の総称である。
勿論、人などは住んでおらず、今は魔物が闊歩する廃墟だそうだ。
誰が建てたのか。いつからあったのか。何の為に建てたのか。どんな人達が住んでいたのか……。
それは今以って、大きな謎に包まれている遺跡のようだ。
また、この遺跡群に付けられているイデアという名は、古代の言葉だそうで、意味は『真実』との事である。
ヴァロムさんの話によると、遺跡群の中に一際大きな建造物があり、そこの壁面にイデアという古代文字が大きく刻まれていた事から、後世の者達がここをイデア遺跡群という呼び名にしたそうだ。
だが、このイデアという言葉……実を言うと俺は、ここではない別の場所で聞いたことがある。
それは、大学時代に聞いた哲学の講義の時であった。
確かその講義の内容は『プラトン哲学におけるイデア論について』だっただろうか。
そして、その時、講壇に立った教授が、こんな事を話していたのである。
――人間は洞窟の中にいて、後ろを振り向く事が出来ない。
――入り口からは太陽が差し込んでおり、イデアを照らし、洞窟の壁に影を作り出す。
――後ろに真の実体があることを知らない人間は、その影こそを実体だと思いこむ……。
これは、古代ギリシャの哲学者プラトンが、イデア論の説明をする為に考えたと云われる洞窟の比喩というやつだ。
また、教授は更にこうも言っていた。
イデアとは物の本質、真理、全ての中で真なる実在であり、我々が肉体的に知覚している対象や世界というのは、あくまでイデアの似像にすぎない、と。
俺は適当にとった講義だったのと、あまりに宗教臭い内容なので、それほど真面目に聞いてなかったが、要は物事の真贋についての話である。
だが、このイデア論……今の現状を考えると、非常に興味深い話なのであった。
なぜならば、このイデア論におけるイデアとは『真実』という考え方だからである。
その為、俺はこのイデア論を思い出すと同時に、ある考えが脳裏に過ぎったのだ。
これから導き出されるモノといえば、もうこれしかないだろう。
そう……真実を映すと云われるソーンの鏡である。
そこで俺は考える。
ソーンの鏡とアルマナ神殿について書かれた書物がイデア遺跡から見つかった事と、今のイデア論の内容……これは果たして偶然なのだろうかと。
だが、これはあくまでも、この地のイデアとプラトンのイデア論が同じような意味合いだった場合の話である。なので、現時点でそう決めるのはまだ早いのだ。
それにただの偶然という可能性も、勿論、否定できない。
その為、これについては暫く様子を見ることにし、今は記憶の片隅に留めておこうと、俺は考えたのであった。
[Ⅱ]
イデア遺跡群に入った俺達は、馬車のスピードを緩めず、中心にある一際大きな建造物へと進んで行った。
遺跡群の中は、イネ科と思われる背の高い雑草が、至る所に茂みを作っていた。
中心にある大きな建造物まで伸びる道には、草を踏みつぶしたような二本の轍がずっと続いている。
轍の跡はどうやら馬車のようだ。
しかも、結構新しい感じであった。
これを見る限り、ここ最近、この地に出入りする者がいたという事なのだろう。
ソレス殿下は人の出入りを封鎖したと言っていたが、完全にはやはり難しかったに違いない。
(盗掘する者が結構いるんだろうな……まぁこんな世界だし、しゃあないか……)
俺は周囲の建物を見回した。
この地にある建物は、マルディラントと同様、古代ローマや古代ギリシャを思わせる建造物群であった。が、しかし、それはあくまでも様式が似ているというだけで、建物自体は風化してボロボロになっている物が殆どである。
しかも、中には原型を留めていないくらいに朽ち果てた建物もあり、背の高い雑草や蔓に覆い隠されてしまっている物まであるのだ。
その為、どこから見ても廃墟といった感じの光景であった。
人の営みなどというものは微塵も感じられない。
だがそれでも、中心にある巨大な建造物だけは別格の存在感を放っていた。
パルテノン神殿のような感じの建造物で、周囲に立ち並ぶ大きな丸い柱が、その堅牢さを訴えかけている。
また、小高い丘の様な所に建っており、そこへと続く長い石階段が、俺達を待ち受けるかのようにまっすぐ伸びているのである。
(さて……ここで俺達に、何が待ち受けているんだろうな。そして、何を得られるのだろうか。探検は嫌いじゃないが、こんな世界だし、何があるかわからない。自分の身は自分で守れるよう、用心しとこう……)
などと考えていた、その時、守護隊達の大きな声が聞こえてきたのであった。
「ティレス様! 前方と上空に魔物がおります。こちらに向かってきておりますので、御注意くださいッ」
俺はこの言葉にビクッと体を震わせた。
そして、恐る恐る前方へと視線を向けたのである。
するとそこには、緑色をした巨大な芋虫みたいな魔物と、巨大な蜂を思わせる魔物が何体もいたのだ。
俺の記憶が確かならば、芋虫はゲルラーという名で、蜂の方はマッドビーという魔物だった気がする。
どちらも序盤の方の敵なので、それほど怖くないのかもしれないが、数が多いのと戦闘が初めてなのとで、俺は少しブルっていた。
(おいおい……序盤の敵のくせに、魔物がデカいし……超キモいんだけど。怖っ……)
しかし、それもすぐに終わりを迎える。
馬に跨る守護隊の猛者が、容赦なく魔物達を切り捨てたので、あっという間に終わってしまったのだ。
そして、俺はそれを見て、ホッと胸を撫で下ろしたのである。
今の戦闘を見たヴァロムさんは、ティレスさんに賛辞の言葉を贈った。
「ふむ。流石はマルディラント守護隊の者達じゃな。この程度の魔物など、物の数では無いようだ」
「この地の魔物については、前もってある程度調べてはあります。ですので、今の様な敵ならば、オルドラン様の手を煩わせる事も有りませぬでしょう。それに父からは、アーシャの事もあって、精鋭を連れてゆくようにと言われてもおりますのでね」
「うむ。そのようじゃな。ティレス殿に来て頂いたのは正解じゃったわい」
ヴァロムさんはそう言うとと微笑んだ。
俺も同感であった。
やはり、ここまでの手練れの方々がいると、危険度はグンと下がるのである。
その後も守護隊は、襲い掛かってくる魔物達を蹴散らしていく。
そんな感じで戦闘繰り返して進んでゆく内に、俺達はいつしか、巨大建造物が建つ丘の前へと辿り着いていたのであった。




