Lv.15 説得
[Ⅰ]
翌日の朝。
ヴァロムさんと俺は、昨晩の夕食時と同様、ソレス殿下達の朝食の席に招かれていた。
今、この食卓では、ソレス殿下とサブリナ夫人と3人の子供さん、そして俺達の計7名が食事をしている最中である。
3人の子供さんは、上から長男のティレスさんと長女のアーシャさん、次女のエルザちゃんと、1男2女という構成になっている。
年齢については分からないが、見た感じはティレスさんが俺と同じくらいか少し上で、アーシャさんは少し下、エルザちゃんが10歳くらいといったところだろうか。とにかく、そんな年頃の子供さん達である。
*
話は変わるが、長男のティレスさんは、昨日の夕食にはいなかったので、今朝、俺は初めて見たのだが、その容姿はハッキリ言って凄いイケメンであった。
やや短めの赤い頭髪で、はっきりとした輪郭の顎と、意志の強そうな目が印象的だ。
背丈は俺とそれほど変わらないのだが、その身のこなしは流石に貴族というものであり、優雅な感じに見える。
そして、そんなティレスさんを見た俺は、育ちの違いというものを強く感じたのである。
それと昨晩、ティレスさんがいなかった理由だが、ソレス殿下の話だと、ティレスさんは軍部の司令官的な立場らしく、近年増えてきた魔物対策の為の会議をしていたようである。
父親が太守だから、色々とそういう方面の役割を若いうちから背負っているのだろう。
つーわけで話を戻す。
*
俺は食事をしながら周囲に目を向ける。
昨晩も来た食堂であるが、やはり、大貴族の城にある食堂とあって、一味違う世界であった。
美しい意匠を凝らした大きなテーブルや、シャンデリア風の煌びやかな照明、そして、室内を彩る美術品や赤いカーペットや、美しい女神が描かれた壁面といった物は、流石に目を見張るものがあった。
こんな場所で食事する事なんて、俺の今までの人生からは考えられない事である。
だが今の俺の境遇と照らし合わせると、これは必ずしも、素直に喜べない事でもあるのだ。
これが日本で体験してる事なら、どんなに素晴らしかっただろうか……よそう。飯が不味くなる。
次に今朝の朝食だが、昨晩のような肉類を中心とした脂っこい豪勢な夕食とは違い、少しアッサリ気味な料理であった。
献立は、柔らかめのパンのような物を主食に、卵や肉類を使った、若干アッサリ気味の上品な味付けの料理や、スープやサラダといった感じの物なので、現代の日本でも食べようと思えば食べれそうな品々である。
とはいえ、料理が盛り付けられた食器等は、美しい模様や細工が施された物ばかりなので、中々、こんな器で食べる機会などはないが。
ちなみに食べ方は、西洋風のナイフやスプーンのような物を使ったタイプの食事作法であった。
箸を使い慣れている俺からすると、非常に食べにくい作法である。
その所為か、食べている内に日本食が恋しくなってきたのだ。
はぁ~……ご飯と味噌汁を久しぶりに食べたい。
と、そんな風の思う今日この頃なのである。
因みにだが、ヴァロムさんの住処では、乾パンやビスケットに似た硬い保存食のような物を主食に、スープや干し肉、ドライフルーツのような物を食べていた。
スープの具材なども乾燥食材を使ったものが殆どな為、全体的に日持ちする食べ物ばかりであった。
あのベルナ峡谷では、新鮮な野菜とか果物を得るにはかなり厳しいので、どうしてもこういう保存食中心のメニューになってしまうのだろう。
だが、住処の付近には地下水の湧き出る泉がある事から、水に関しては豊富なので、スープやお茶系の汁物は作れるそうである。
まぁそんな事はさておき、食事を食べ始めてから暫くすると、アーシャさんがソレス殿下に話しかけた。
「お父様、お話があるのですが」
「ン、何だ?」
「昨日、オルドラン様は、マルディラントの北西にあるイデア遺跡群に行かれると言っておりました」
「それがどうかしたのか?」
と言うと、ソレス殿下はグラスを手に取り、口に運ぶ。
「実はそれに、私も同行したいと思っているのですが、どうでしょうか?」
「ブブッー!」
そして、予想通り、ソレス殿下は噴いたのだ。
ま、こうなるだろうとは思っていた。
さて、どうなることやら……。
「な、何を言いだすかと思えばッ。駄目に決まっておるだろう。何を考えている!」
ソレス殿下は少し取り乱していた。
だが、対するアーシャさんはというと、取り乱す事もなく、平然とした様子で続けた。
「お父様も御存じの事とは思いますが、私は今、古代の魔法について独自に研究しています。ですので、いつか機会がありましたら、イデア遺跡群へ行ってみたいと思っていたのです。あの地は未だに、開かずの扉や謎が多くあるそうですから」
「な、ならん、ならん、ならんぞッ! あそこは今、魔物が沢山うろついておる、非常に危険な所なのだ。女子供が行っていい場所ではないのだッ! 何を考えているッ!」
「しかし、お父様。ここに居られるオルドラン様は、イシュマリアで名の轟く魔法使いの名家にして、稀代の宮廷魔導師に在らせられるお方であります。そして、その魔法の手腕は、王家に仕える他の宮廷魔導師をも唸らせる程と……。ですから、危険度はグンと下がるのではないでしょうか?」
「な、何を言うとる。お前みたいな足手まといがいると、かえって迷惑に決まっておる。なぁ、そうであろう、オルドラン卿よ?」
ソレス殿下はそこで、ヴァロムさんに同意を求めた。
ヴァロムさんは腕を組んで頷くと、渋い表情でそれに答える。
「う~ん、そうですなぁ……確かに、アーシャ様だけならばそうなりますな。それに危険な場所ですので、儂はあまり賛成は致しませぬ」
「そういう事だ、アーシャよ。だから、お前は、そんな……ン?」
話している最中のソレス殿下を無視して、アーシャさんはヴァロムさんに話を振る。
「ではオルドラン様、私をお守りする者が他におればよいのですね?」
「まぁのぅ……むぅ」
尚もヴァロムさんは渋い表情をする。
続いてアーシャさんは、ティレスさんへと視線を向けた。
「お兄様、イデア遺跡群へ行くときに、マルディラント守護隊の者を何人か私にお付けする事は可能でございますか?」
「仕方ない……。そういう事なら、俺と部下数名が直接、お前に同行してやろう。俺もイデア遺跡群の現状を、いつか調査せねばと思っていたところだからな」
ソレス殿下は勝手に進んでいく会話を見ながら、口をパクパクさせていた。
そしてアーシャさんは、そんなソレス殿下に視線を向け、自信満々に告げたのだ。
「では、お父様、オルドラン様のご提案通り、私をお守りする護衛の者も手配できました。これならば、問題ありませんわよね?」
「だ、だがしかし……ううぅぅ」
ソレス殿下は苦虫を噛み潰したかのような表情であった。
だが諦めたのか、そこでティレスさんにキッと鋭い視線を向ける。
「ええい、ティレスよ。くれぐれもアーシャに勝手な振る舞いはさせるなよ。いいな?」
「わかっております。父上」
続いてソレス殿下は、ヴァロムさんに視線を向け、申し訳なさそうに頭を下げたのだった。
「オルドラン卿よ……こんな事になって誠に申し訳ない。アーシャが馬鹿な事をしようとしたら、厳しく叱ってやって欲しい。そしてアーシャの事を守ってやってくれぬだろうか?」
ヴァロムさんは腕を組み、しんみりと返事した。
「こうなった以上、やむを得ませぬな。分かりました。儂の持つ知識を駆使し、責任を持ってアーシャ様をお守り致しましょうぞ」
奥方であるサブリナ様も、申し訳なさそうにヴァロムさんへ視線を向けた。
「私からもお願い致しますわ、オルドラン卿。アーシャは向う見ずなところがありますので、気を付けてください」
「わかっております、サブリナ様」
続いて、髪型をツインテールにしたエルザちゃんも話に入ってきた。
「えぇ、いいなぁ。お兄様とお姉様だけずるい~」
【お前は絶ッッッ対に、駄目だッ!】
「ヒィッ!?」
ソレス殿下は物凄い形相でエルザちゃんにダメ出しをした。
ある意味メンチ切ってる状態だ。
そしてエルザちゃんは、そんなソレス殿下に少し怯えているのである。
まぁこうなるのも無理はないだろう。
しかし、俺はそんなソレス殿下を見ていたら、少し気の毒になったのである。
なぜならば……今の一連の流れは、あらかじめ用意されていたシナリオだったからだ。
そう、これらはヴァロムさんが発案して、それにアーシャさんとティレスさんが乗っかった、いわば芝居なのである。
ソレス殿下は、それにまんまと一杯喰わされたのだ。
(いいのかなぁ……こんな展開。ちょっと気の毒だ)
願いが叶ったアーシャさんは、ニコニコと笑みを浮かべて食事を再開する。
片やソレス殿下は、少しどんよりとした表情であった。
(娘が危険な所に行こうというのだから、そりゃこうなるわな……)
などと考えていると、サブリナ様が俺に話しかけてきた。
「コタローさんと仰いましたわね。貴方にもお願いしますわ。アーシャを守ってやってください」
「はい、サブリナ様。ヴァロム様と協力して、私もアーシャ様を精一杯お守り致します」
まぁ俺の場合は、逆に守ってもらわないといけない方かもしれないが……。
と、そこで、アーシャさんと目が合った。
アーシャさんは興味深そうに俺を見ている。
「そういえばコタローさんは、アマツの民の方ですわよね?」
またこの単語が出てきた。
アマツの民って、一体、どういう意味なんだろう。
「あの、アマツの民って、どういう……」
俺がそう言いかけた時であった。
ヴァロムさんが話に入ってきたのである。
「いや、コータローはアマツの民ではありませぬ。この弟子は何処から来たのか知りませぬが、つい最近、ベルナ峡谷に迷い込みましてな。そこを儂が保護したのでございます」
「そうだったのですか。てっきり、アマツの民の方かと思っておりましたわ。もしそうなら、あの伝承について訊いてみようかと思いましたが、それならば無理ですわね」
あの伝承?
要領を得ないので、何を言ってるのかが分からない。
アーシャさんは続ける。
「でも、オルドラン様が弟子として迎えたという事は、相当、魔法の才がおありになるのですね」
「まぁ確かに、才はありますが、どうなるかはこれからですかな」
ヴァロムさんはそう言って、俺を見た。
要するに、精進しろという事なのだろう。
「へぇ……そうなのですか。ならば、私も負けてられませんわね。では、才能あるというコタローさんにお聞きします。現在、魔法は幾つあるか、ご存知かしら?」
「え、魔法の数ですか?」
龍の神の幻想譚はシリーズによって違うから悩むところである。
(幾つなんだろうか……これは難しい質問だな……でも、Ⅲ以降は60以上はあった気がするから、その辺の数字にしとくか……)
というわけで、俺は答えた。
「60くらいですか?」
「プッ、アハハハ」
だがこの数字を言った途端、アーシャさんは噴き出す様に笑い出したのだ。
なんとなく小馬鹿にしたような笑い方である。
「コタローさん、そんなにありませんわ。今、このイシュマリアで確認されているのは20種類程度ですから。もう少し、お勉強をなさった方がいいですわね」
なんかちょっとムカつく言い方である。
とはいうものの、立場は相手の方が上だ。
だから、ここは適当に流しとこう。
「そうだったのですか。ありがとうございます、アーシャ様。大変、勉強になりました」
「ですが、コタローさんの言った事も満更でもありませんわね。確証はありませんが、古の時代には、今よりも沢山の魔法があったと古い文献には記されておりますから。そして、それらの中には、嘘か真か、自由に街を行き来できる魔法や、竜に変身する魔法なんてモノもあったそうですしね」
自由に街を行き来できる魔法と竜に変身する魔法……ああ、あれの事か。
「それって、バロールという魔法とドラグナーガという魔法の事ですよね?」
だが今の言葉を発した瞬間、この場にいる全員が食事の手を止め、俺の顔を不思議そうに見ていたのだ。
(な、何だ、一体……俺なんか変こと言ったか……)
アーシャさんは、首を傾げて訊いてきた。
「バロール……ドラグナーガ……なんですの、その魔法は?」
「へ? 何って……」
と、そこで、ヴァロムさんが咳払いした。
「オホンッ。まぁそれはそうと、明日の朝にはイデア遺跡群に向かいたいので、我々も今日はこの朝食が済み次第、装備や道具類を整えようと思っております。そういう事ですから、ティレス様とアーシャ様も、十分に準備を整えておいてくだされ」
「ええ、勿論ですとも。わかっておりますわ。オルドラン様」
今のヴァロムさんの態度を察するに、俺は少し余計な事を言ってしまったのかもしれない。
この世界における魔法について、俺はもっと深く知る必要がありそうだ。




