Lv.14 太守の娘
[Ⅰ]
ソレス殿下との会談を終えた俺達は、城内にある一室に案内された。
そこは先程とよく似た部屋であったが、唯一の違いはベッドが3台置かれているという事だろうか。
ちなみに置かれているのは、勿論、高級感が漂うベッド。
良い夢を見れそうなフンワリとした布団と枕が印象的であった。
今すぐにでも横になってみたいくらい、フカフカそうなベッドである。
それはさておき、俺とヴァロムさんは、ソファーに腰かけて全身の力を抜き、まずは寛いだ。
色々とあったので、流石に肩や首が凝ったのである。
「ふぅ……それにしても疲れましたね、ヴァロムさん」
と言いながら、俺は肩を回した。
「そうじゃな。しかし、コタローよ。先程は少し驚いたぞい。太守を前にして、あんなに堂々とした挨拶ができるとはな。普通、お主くらいの若造なら、太守を前にすると、もっとオドオドした感じになるからの」
「へぇ、そうなんですか。まぁ俺の場合、この国の民じゃないのでね。それに、作法が分からなかったので、もう開き直ってましたし」
この世界がよくわからないので、怖いもの知らずな面もあるんだろう。
「あ、そうだ、ヴァロムさん。さっきミュトラの書というのを見せてほしいと、ソレス殿下に言ってましたけど、それって何なのですか? なんとなく、曰くつきの書物のように聞こえましたけど」
ヴァロムさんは考え込むように目を閉じた。
「ミュトラの書……このイシュマリア国において、魔の神が記した災いの書物と云われておるものじゃ。全部で9つあるのだが、その内の1つが、このアレサンドラ家にて厳重管理されているのじゃよ」
「災いの書物……ですか」
「うむ。儂も見た事ないので、記されておる内容までは知らぬがな。見れるのは、管理を任された八支族の者だけじゃ」
とりあえず、宗教的に面倒な書物なのだろう。
「へぇ、そうなんですか。それとさっき、武器の購入許可証とか、イデア遺跡群への立ち入りの許可とかも言ってましたけど……何なんですか、それ?」
「そういえば、コタローにはまだ教えてなかったな。実はこのイシュマリアではな、治安維持の為に、高度な武器や魔導器の類は、その地域の守護を司る太守の許可がなくば、購入出来んようになっておる。そこまでの物を求めぬのであれば、そんな許可も要らぬのだがな」
「ああ、そういう事ですか。なるほど……治安維持ね」
考えて見れば、ここでは剣や槍に弓といった物は立派な兵器である。
なので、こういう対応を取るのは、至極当然なのかもしれない。
「それとイデア遺跡群じゃがな。あそこはイシュマリア誕生以前からある古代の遺跡なのじゃよ。イシュマリアが誕生したのが、今から約2000年前と云われておる。じゃから、それ以上の遥か昔の遺跡という事になるの」
「へぇ、古代の遺跡ですか……。で、そこに何か気になる物でもあるんですか? 魔物がいるような事を言ってましたけど」
寧ろ、それが問題であった。
俺は魔物と戦闘なんぞ、あまり……というか、全然したくない。
「昨日……お主は、ソーンの鏡やアルマナ神殿について記述された書物を見たであろう?」
「所々が色褪せた古めかしい書物の事ですよね?」
ヴァロムさんは頷く。
「うむ。実を言うとだな、あれを見つけたのは、このマルディラントでなんじゃよ。前回、このマルディラントに来た時に、2等区域にある露店で見かけて購入した書物なのだ。で、その露店の主が言うには、出所はイデア遺跡らしい。なんでも、そこを荒らしていた者達から、買い取ったそうなのでな」
「へぇ、そうだったんですか。じゃあ、相当に古い書物かもしれないんですね」
「だから、真偽を確かめねばならんのじゃ」
どうやらあの書物は、イシュマリア誕生以前の遺物である可能性が出てきたと言いたいのだろう。
(イシュマリア誕生以前ねぇ……俺達の所で言うならば、紀元前といったところか。ヴァロムさんはそこに拘ってる感じがするけど、その時代に何かあったんだろうか? まぁいい、話を聞こう)
ヴァロムさんは続ける。
「それとコタローよ。儂は昨日から、お主が言っておった御伽噺の事が、ずっと引っ掛かっておっての。じゃから、この機会に是非行ってみねばと思ったのじゃよ」
まぁ理由は分かったが、1つ問題がある。
「そうなのですか……ちなみにそれは、俺も行かないといけないんですかね?」
「当然じゃ。お主が行かなくてどうする。儂は遺跡を見て、お主の意見を聞きたいのじゃからの」
即答であった。
(やっぱりか。はぁ……嫌な予感が的中だ)
こう言われると断るのは難しそうだ。
仕方がない。覚悟を決めよう。
とはいえ、これだけは言っておかねばなるまい。
「そうですか。まぁ行くのは分かりましたけど、懸念があるんですよ。この心許ない俺の装備は、どう考えても戦闘に向いてないんですが……何とかならないですかね?」
これは当然の話だ。
木の棒と現代日本の服、それと、この魔法使い風ローブだけで、そんな所に行きたくない。
「ああ、それなら心配するな。暫くすると購入許可証が出るであろうから、その辺の事は儂が色々と世話をしてやるつもりじゃ」
「言っときますけど、俺は文無しなんですからね。お願いしますよ。それはそうとヴァロムさん。さっき、大いなる力を探索しているとか言ってましたけど、誰かから依頼でもされているんですか?」
「うむ、イシュマリア王からの」
ここで王様命令かよ。
ドン引き案件やんけ。
「お、王様からですか……」
ヴァロムさんは頷くと、悲しそうな表情を浮かべ、しんみりと話し始めた。
「ここ数年……見た事もない凶悪な魔物が各地で増えておってな。中には、魔物に襲われて滅んでしまった国もある。故に、イシュマリア王は、魔物達に対抗しうる方法を探し求めておるのじゃよ。その1つが大いなる力の探索というわけじゃ」
「ほ、滅んだ国……なんてあるんスか?」
俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
ヴァロムさんは真顔で頷く。
「うむ。イシュマリアの遥か西……海を隔てた向こうに、ラミナスという国があった。そこはイシュマリアとも海上交易しておった国なのだが……数年前、突如押し寄せてきた魔物の大群によって、滅亡してしまったのじゃよ。しかも、恐ろしく強大な魔物が多数おったらしく、あっという間の出来事だったようじゃ」
「それ、アカンやつやないですか……」
俺は魔物の大群という言葉を聞いて、今まで出会った恐ろしい魔物の姿を想像した。
ゾゾッと背筋が寒くなってきたのは言うまでもない。
正直、ガチで怖い話であった。
「じゃから、イシュマリア王は何か手立てはないかと焦っておるのじゃ。明日は我が身じゃからの。まぁそういうわけでじゃな、儂はイシュマリア王から直接に、大いなる力の探索を頼まれておるのじゃよ」
「そんな理由があったんですか……ン?」
と、その時、扉をノックする音が聞こえてきたのだ。
ヴァロムさんは返事をした。
「はい、何であろうか?」
扉の向こうから女性の声が聞こえてくる。
「オルドラン様。アーシャでございます。先程、訊き忘れた事がございますので、少々、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構いませぬぞ。どうぞ、入ってくだされ」
「では失礼いたします」
扉が開き、アーシャさんが部屋の中へと入ってきた。
アーシャさんはサラッとした茶色い髪を靡かせて、俺達の向かいにあるソファーに腰かける。
すると、ラベンダーのようなほのかに甘い香りが、アーシャさんから漂ってきたのだ。
(はぁ……良い匂いがする。これが貴族の女性の香りなのだろうか。それに、やっぱ、可愛いなぁ。ちょっと鋭い目つきだが、すっと通った鼻に、愛らしい柔らかそうな唇、きめ細かいすべすべした肌に、細い顎のライン……ええわぁ。難点を上げるとすれば、少し胸が小ぶりかな。でも、それを差し引いても、やっぱ可愛いわ。とはいえ、ちょっと気も強そうだけど……)
などと俺が考えていると、ヴァロムさんが口を開いた。
「それでアーシャ様、お話というのは何でございますかな? ここまで来たという事は、他の者がいる所では、お話ししにくい内容とお見受けするが」
アーシャさんはニコッと笑う。
「さすが、オルドラン様です。もう既に、お見通しというわけですね。我が父もそうですが、イシュマリア王からも絶大なる信頼を得られているお方なだけあります」
「褒めても何も出ませぬぞ。それで、話というのは?」
「先程、オルドラン様は、ミュトラの書を見せてほしいとお父様に仰っておられましたが、あれは本当なのでしょうか?」
ヴァロムさんは意味ありげに、長い顎鬚を撫でた。
「ええ、本当の事でございますな。まぁ断られるだろうとは思ってましたので、試しに言ってみただけにございます。それが何か?」
すると、アーシャさんはそこで、周囲をキョロキョロと見回した。
それから身を前に乗り出し、小さく囁いたのだ。
「オルドラン様……実は私……以前、お父様と一緒に、ミュトラの書が置かれている盟約の間に入った事があるのです。その時、ミュトラの書を見た事があるのですよ」
アーシャさんの言葉に吸い寄せられるかのように、ヴァロムさんも身を乗り出した。
釣られて、何故か俺も。
「で、どんな書物だったのじゃ? それと記述されておる内容は覚えておるのかの?」
「ミュトラの書は大きな石版でした」
「ほう、石版か。なるほど……。それで、内容は?」
だがそこで、アーシャさんは姿勢を元に戻し、ニコリと微笑んだのである。
「オルドラン様。私と取引をしませんか?」
「取引? 一体何を言い出すのかと思えば、取引とはの……」
「で、どうします。私、こう見えまして、古代魔法文明に関心がありますので、多少の古代リュビスト文字は分かっているつもりですわ。ですので、ミュトラの書の記述を完全に解読するのは無理でしたが、記述してある文字だけはちゃんと控えてあるのですよ」
ヴァロムさんは嬉しさと面倒くささが入り混じったような、非常に微妙な表情をしていた。
まぁ無理もないだろう。実際、そうだし。
しかし、この子……可愛いけど、ちょっと無茶しそうな感じがする。
結構、食わせ者なのかもしれない。
「ふむ。なるほどの……ソレス殿下が悩む理由がわかったわい。だがとはいうものの、儂も好奇心を抑えられぬ。というわけで、まず、アーシャ様が何を望んでおるのかを訊こうかの」
「オルドラン様は先程、イデア遺跡群に向かわれると仰いました。それに私も同行させて頂きたいのです。これが私の望みでありますわ」
「アーシャ様……それは幾らなんでも無理であろう。儂が許しても、父君であるソレス殿下がお許しなさるまい」
「そこをなんとか、お願いします。お父様も、オルドラン様からの申し出があれば、首を縦に振るかもしれませんから」
アーシャさんは深く頭を下げた。
「しかしのぉ……弱ったのぉ……」
ポリポリと側頭部をかきながら、ヴァロムさんは少し項垂れている。
まぁこうなるのも無理はないだろう。
「どうか、お願いします」
ヴァロムさんは困ったように溜息を吐き、目を閉じ、黙り込んだ。
恐らく、どうしようかと真剣に悩んでいるに違いない。
暫しの沈黙の後、ヴァロムさんは口を開いた。
「……分かった。とりあえず、少し方法を考えてみよう。じゃがその前にじゃ……控えてあるというミュトラの書の記述は、本当にあるのじゃろうな? それが確認できねば、この取引は中止じゃ」
「それはご安心を」
アーシャさんは懐から、折り畳んであるベージュ色の和紙のような紙を取り出した。
そして、紙をテーブルの上に置き、ゆっくりと広げたのである。
「これが、ミュトラの書・第二編の全記述でございますわ」
「おお、これが……」
ヴァロムさんは目をキラキラさせながら、その紙に手を伸ばした。
だがしかし……。
ヴァロムさんの手が触れる前に、アーシャさんは紙をパッと回収したのである。
アーシャさんは不敵な笑みを浮かべた。
「まだ駄目でございますわ。お渡しするのは、ちゃんと、お父様を説得して頂いてからです。それが取引というものでしょ、オルドラン様」と。
「ふ、ふんだ。太守の娘の癖に、ケチじゃのぅ」
ヴァロムさんは拗ねた態度を取った。
「それとこれとは別ですわ。さて……では、そういう事ですので、オルドラン様……イデア遺跡の件、よろしくお願い致しますわ。私はこれにて失礼いたしますので、ごゆるりとお身体をお安め下さい、では」
そしてアーシャさんは立ち上がり、颯爽とこの場を後にしたのである。
アーシャさんが去ったところで、俺は思わず言った。
「ヴァロムさん。なんか知りませんけど、えらい展開になってきましたね……」
「まったくじゃわい。これは予想外じゃ。ソレス殿下も大変じゃな」
これからどうなるのかわからないが、とりあえず、はっきりしてる事は、面倒が増えたという事だろう。




