Lv.13 禁断の書
[Ⅰ]
ヴァロムさんは、真剣な表情で、ミュトラの書というモノを見せてほしいと告げた。
だがそれを聞くなり、ソレス殿下は眉根を寄せ、怪訝な表情になったのである。
「何? ミュトラの書だと……」
俺は知らないのでなんとも言えないが、この表情を見る限り、曰く付きの書物なのかもしれない。
「オルドラン卿よ、あれは確かに古代の書物ではあるが、記述されておる内容は出鱈目だと云われておるモノだ。それだけではない。光の女神イシュラナが、ミュトラの書について触れておるのは、卿も知っていよう。何故、そのようなものを見たいのだ?」
ヴァロムさんは目を閉じる。
暫しの沈黙の後、静かに口を開いた。
「ソレス殿下……大いなる力とは何なのか? それを長年調べてまいりましたが、実はここにきて、儂も少し混乱しておりましてな。一度、原点に立ち返る必要があると思ったのです」
「ほぅ、だからか」
ヴァロムさんは頷く。
「ええ。それと殿下の仰るとおり、イシュラナの啓示を記述した光の聖典では、ミュトラの書の事を『邪悪な魔の神が、世を惑わす為に記した災いの書物』としているのは、儂も知っております。ですが、一度原点に立ち返る為にも、光の女神イシュラナが、どうしてそのような啓示をイシュマリアにしたのか? それを知る必要があると思ったのです」
ソレス殿下は顎に手をやり、何かを考える素振りをした。
「ふむ。そうであったか。しかし、あれはな……我等、八支族以外は入れぬ場所に置かれておる上に、世の人々には見せてはならぬと云われておるからの……。それに、我がアレサンドラ家が管理しているのは、九編あるミュトラの書の第二編だけなのだぞ?」
「第二編だけでも構いませぬ。そこから何かが見えるかもしれませぬのでな」
「むぅ……」
ソレス殿下は尚も渋った表情をしていた。
この反応を見る限りだと、どうやら、他人に見せてはいけない書物らしい。
しかも今の口振りだと、ミュトラの書という書物を見れるのは八支族だけのようである。
*
話は変わるが、ここでいう八支族とは、イシュマリア王家から分家した一族の事で、全部で八つあるそうだ。
この間あったヴァロムさんの異世界教養講座で、一応、そう教えて貰った。
それと、王家に準ずる家系だから、このイシュマリア国の貴族の中でも別格の存在のようである。
多分、貴族階級でいうなら大公や公爵といったところだろう。
そして、今の話の流れを考えると、どうやらこのアレサンドラ家というのは、イシュマリア王家から分家した八支族と考えて間違いなさそうだ。つまり本流ではないが、神の御子イシュマリアの血を引く一族なのである。
というわけで話を戻す。
*
「殿下のお気持ち、お察しします。ミュトラの書は人々の目に触れさせぬよう、イシュマリアの八支族が厳重に管理しているのは、儂もわかっておりますのでな。ですから、無理にとは申しませぬ」
「オルドラン卿よ。1つ訊きたい。……ミュトラの書は、王家が探し求める大いなる力に、何か関係しているかもしれぬのか?」
ヴァロムさんは頭を振る。
「それは分かりませぬ。しかし、ミュトラの書を見る事によって、何かキッカケが掴める気がしたものですからな」
今の言葉を聞き、ソレス殿下は大きく息を吐いて目を閉じる。
そして「むぅ」という低い唸り声を上げて、無言になったのである。
かなり悩んでいるようだ。
まぁこうなるのも仕方ないのかもしれない。
早い話、掟を破れと言っているようなもんだし。
程なくして、ソレス殿下は残念そうに首を横に振った。
「オルドラン卿よ、すまぬ。幾ら、卿の頼みとはいえ、ミュトラの書だけは見せるわけにはいかぬのだ。我等イシュマリアの八支族は、始祖であるイシュマリアの意思を守り続ける義務がある。だから、許せ」
「いや、こちらこそ無理なお頼みをして申し訳ない。もし見れるのなら、と思っただけですので、お気になさらないで頂きたい」
とはいうものの、ヴァロムさんは少し残念そうであった。
「卿のように、ミュトラの書に刻まれている古代リュビスト文字が解読できたなら、見せるまでもなく中身を伝えられたかもしれぬが、生憎、私は古代文字は読めぬのでな」
「ソレス殿下、本当にお気になさらないで頂きたい。そのお気持ちだけで、結構にございます。今の話は忘れてくだされ。さて……それでは、本題に入りますかな」
「え? 本題?」
今の言葉を聞いた途端、ソレス殿下とアーシャさんは少しだけ肩がガクッとなった。
この爺さんは、時々、こういう事があるのだ。
サラッと話題を変えるのである。
調子が狂う狸爺さんであった。
「なんだ、今のが本題ではないのか? 卿は相変わらずだな。で、本題というのは何だ?」
「2つお願いがあるのですが、まず1つ目からいきましょう。我々に、この1等区域で売られている武器・魔導器類の購入許可証を発行して頂きたいのです。よろしいですかな?」
「ふむ。それなら容易い事だ。で、もう1つは何だ?」
「2つ目ですが……我々のイデア遺跡群への立ち入り許可をお願いしたいのです」
ソレス殿下は訝し気に首を傾げた。
「イデア遺跡群だと……。あの地は今、魔物が急速に増えておるので、私は人々の出入りを封鎖しておるのだ。そんな所に何しに行くつもりなのだ?」
「……これも大いなる力を探索する一環としか言えませぬな。儂も行ってみねば、それが分からぬのです」
「ふむ、そうか。まぁしかし、あの地は魔物が増えておるとはいえ、報告では弱い魔物ばかりだった筈。卿ほどの者ならば、まったく問題はなかろう。分かった。許可しようぞ。それら2つの許可証は、私の名で、すぐにでも発行させよう」
「ご無理を聞いていただき、ありがとうございます。ソレス殿下」
ヴァロムさんは笑みを浮かべ、頭を垂れた。
「卿と私の仲ではないか。そう気にするでない。ところで話は変わるが、卿らはもう宿は決めておるのか?」
「いえ、まだにございます。マルディラントに着いてから、そのままこちらに向かいましたのでな。宿を探すのは今からでございます」
宿……確かにそうである。
よく考えてみれば、このマルディラントは、ベルナ峡谷の住処まで日帰りできる距離ではないのだ。
しかも、先程のやり取りを見ている感じだと、ヴァロムさんは数日ほど、この地に留まるつもりなのかもしれない。
という事は、どうでも宿が必要になってくるのである。
しかし、それももう解決できそうな気配だ。
(この展開はもしや……)
俺がそんな事を考える中、ソレス殿下は口を開いた。
「そうか、ならば我が居城にて暫し泊ってゆくがよい。部屋は空いておるのでな。それに卿の先程の口振りだと、今日や明日で帰るわけでもあるまい」
どうやらビンゴのようだ。
「よいのですかな? 面倒を掛ける事になりませぬか?」
「ああ、構わぬ。それに卿とは久しぶりなのでな。個人的にもっと踏み込んだ話をしたいのだ。今宵は昔のように杯をかわそうではないか」
そこでヴァロムさんは俺に視線を向ける。
「コタローよ、折角のお言葉じゃ。ここはソレス殿下のお言葉に甘えさせてもらおう」
「はい、ヴァロム様」
「では、ソレス殿下。面倒を掛ける事になりますが、よろしくお願い致します」
「よいよい。さて、それでは、卿らも疲れておるであろうから、この辺で……」
と、ソレス殿下が言いかけた時であった。
「お待ちください、お父様。まだ私の用事が済んでおりませんわ」
隣のアーシャさんがそれを遮ったのである。
今聞いた感じだと、結構、性格がきつそうな女性の口調であった。
さっきソレス殿下は、男勝りなところがあると言ってたので、実際そうなのかもしれない。
「お、おお、そうであったな。すまぬ、アーシャよ。すっかり忘れておった」
アーシャさんは、オホンと咳払いをすると話し始めた。
「では、次は私の番です。オルドラン様、お疲れのところ申し訳ございませんが、お会いする機会がありましたら、是非、幾つかお聞きしたかったことがございましたので、暫しの間、お付き合い頂きたくございますわ」
「ふむ。で、何を知りたいのであろうか?」
「では、まず伝承に残る古代の魔法についてからいきましょうか」
というわけで、暫くの間、ヴァロムさんはアーシャさんから質問攻めに遭うのであった。




