LV.12 マールの太守
[Ⅰ]
城門で馬車を降りた俺達は、白いローブを着た中年の男に、城内へと案内された。
ちなみに荷馬車は、この城にいる馬の世話役をしている方々に、厩舎の方へと移動をしてもらった。どうやら、その辺の心配は無用のようである。
さて、このマルディラント城だが、城内は品の良い身なりをした人達ばかりであった。
とはいっても、服装は案内する男のような感じの者ばかりなので、あまり派手な感じではない。
また、鎧を着た衛兵の方々もいるにはいるが、特定の場所に立っているだけなので、決して物々しい雰囲気ではない。中にいる人々は、寧ろ、静かで厳粛な雰囲気であった。
また、俺達が進む廊下には赤い絨毯が敷かれており、その脇には高級感あふれる絵画や石像といった美術品が幾つも飾られていた。
その影響もあってか、全体的にこの城は、上品な美術館のように俺の目には映ったのである。
俺達はそんな様相をした廊下や階段を、男に案内されて進んでゆく。
それから程なくして、花のレリーフが施された、高級感あふれる扉が前方に見えてきた。
男はそこで立ち止まり、扉に手を掛けた。
「さ、中へお進みください、オルドラン様」
「うむ」
俺達は部屋の中へ、足を踏み入れる。
中はブルジョワジーな応接間みたいな感じだ。
真ん中にある大理石風のテーブルを囲うように、高級感あふれるソファーや椅子が置かれている。
周囲の壁には、廊下と同様、様々な美術品が飾られていた。
またそれらに加え、宝石をちりばめた様な美しいシャンデリアが、天井から釣り下がっているのである。
この室内の様相を見た俺は、直観的にこう思った。
ここはただの応接間ではなく、恐らく、要人を招く為のVIPルームだと……。
俺達が部屋の中に入ったところで、案内人の男は口を開いた。
「ではオルドラン様。ソレス殿下はただ今、執務の最中でございますので、申し訳ございませぬが、暫しの間、こちらの部屋にてお寛ぎ頂けますよう、よろしくお願い致します」
「うむ。すまぬの。待たせてもらおう。では、コタローもそこに掛けるがよい」
「はい、ヴァロム様」
俺はヴァロムさんの言葉に従い、ソファーへ腰を下ろした。
と、その時である。
「失礼いたします」
メイドらしき服装の若い女性が、美しいグラスを乗せたトレイを持って部屋に入ってきたのだ。
その女性は、俺達の前にある大理石風のテーブルに、トレイに乗せたグラスを静かに置いてゆく。
グラスには液体が入っており、甘く良い香りがした。
多分、ジュースか、果実酒といったところだろう。
「では何か用がございましたら、この者に仰って頂きますよう、よろしくお願い致します。それでは、ごゆっくりと」
男はそれを告げると、この部屋を後にした。
そして、メイドさんは手を前に組んで背筋を伸ばし、扉の脇に静かに控えたのである。
これを見ていると、メイドさんも中々に大変な仕事のようだ。
―― それから30分後 ――
この部屋の扉からノックする音が聞こえてきた。
「何であろうか?」
と、ヴァロムさん。
そこでガチャリと扉が開き、俺達を案内した男が姿を現した。
「オルドラン様。ソレス殿下がこちらにお見えになります。お迎えのほど、よろしくお願い致します」
「うむ」
ヴァロムさんは静かに立ち上がる。
俺もそれに習って立ち上がった。
程なくして、古代ローマの貴族のような衣を纏う、高貴な佇まいをした白髪の初老の男が、何人かのお供を連れて現れたのである。
俺が見た感じでは、スペインやポルトガルといったラテン系の顔つきをした男であった。
上背はそれほどなく、太っているわけでもない。全体的に中肉中背といった感じだ。
初老の男は金色のサークレットを頭に被り、トーガのような衣を着るという出で立ちしていた。
衣の色彩は鮮やかで、赤や白や紺に加えて金色の生地の部分もあり、右手には、青く美しい宝石が嵌め込まれた杖を携えている。とまぁ早い話が、この中では一際目立つ存在であった。
なので、この男がソレスという太守に違いない。
初老の男は俺達に視線を向けると、笑みを浮かべ、口を開いた。
「久しぶりだな。オルドラン卿。相も変わらず、元気なようで何よりだ」
「ソレス殿下もお変わりがないようで、何よりにございます」
というとヴァロムさんは頭を垂れた。
俺もそれに習う。
そこでソレス殿下は俺に視線を向けた。
「そちらはアマツの民の方かな?」
(は? アマツの民?)
そういえば以前、ヴァロムさんも同じような事を言っていた。
一体、どういう意味なんだろう?
「この若者は、最近、私の弟子になったコタローと申します。まぁこの地の事はまだ何もわからぬ若輩者なので、そこは少し大目に見てやっていただきたい。ではコタローよ、挨拶しなさい」
うわぁ……どうしよう。
作法が分からん。
仕方ない。とりあえず、それっぽくやっとくか。
というわけで、俺は執事の如く、恭しく頭を垂れた。
「お初、お目にかかりますソレス殿下。私の名はコタローと申しまして、ヴァロム様の元で教えを受けている者にございます。なにぶん、この地の事は初めてですので、粗相があるかもしれませぬが、よろしくお願い致します」
まぁこんな感じでいいだろう。
バイトで習った接客言葉だけど。
「ほう……弟子を持ったのか。中々に優秀なのだろうな」
「いやいや、まだまだ未熟な者ですので、これからどうなるかは分かりませぬ」
「しかし、滅多に弟子などとらぬお主の事だ。相応の素養があるのであろう。さて、では立ち話もあれだ。まずはそこに掛けたまえ。これは公務ではないのでな。お主とは楽に話したい」
「では、お言葉に甘えて」
俺とヴァロムさんはソファーに腰を下ろす。
俺達が座ったところで、向かいのソファーにソレス殿下も腰を下ろした。
するとソレス殿下は、付近にいる可愛らしい女性に視線を向けたのだ。
「アーシャよ。そなたもここに座れ。オルドラン卿に聞きたい事があったのであろう?」
アーシャと呼ばれた女性はニコリと微笑んだ。
茶色く長い髪をサラッと靡かせた、うら若き美しい女性だ。
青と白で彩られたローブを身に纏っており、頭部にはカチューシャのような飾りがあった。
年齢は十代後半くらいに見える。
顔つきはソレス殿下と同じく、ややラテン系といった感じだ。
女性は頷くと、ソレス殿下の隣に腰を下ろす。
ソレス殿下はそこで、他の者達に手を軽く振った。
「では他の者達は、もう下がってよいぞ」
ソレス殿下の言葉に従い、他の者達は次々と退室してゆく。
そしてこの部屋は、俺とヴァロムさん、ソレス殿下にアーシャ様の4人だけとなったのである。
ヴァロムさんがまず口を開いた。
「しかし、ソレス殿下。ご息女のアーシャ様も大きくなられましたな。しかも、お母上であるサブリナ様に似て、お美しゅうなられました」
「まぁ確かに大きくはなったが、子供の頃と同じで男勝りなとこは、あまり変わっておらんのだ。そこが私の悩みでもあるのだよ。まったく、誰に似たのやら」
「お父様。その事は言わないでください」
アーシャという女性は、可愛らしく頬を膨らませた。
そんな仕草も魅力的である。
「ところでオルドラン卿。一体、今日はどうしたというのだ? もしや、アレについて何か分かったのか?」
ヴァロムさんはそこで俺をチラッと見る。
「いや、それはまだ分かりませぬ。ですが、それに関連した事で、ちょっと調べたい事がございましてな。今日は、折り入って殿下にお願いがありましたので、参った次第であります」
「ふむ……そういう事か。で、何を頼みにきたのかね?」
「このマルディラントにて厳重管理されているイシュマリア誕生より遥か昔の古代書物【ミュトラの書・第二編】を拝見させて頂きたいのです」――




