14. 魔動炉
しばらくの間、書を貪り読んでいた4人は、ヴィーチェの提案でその日の研究を切り上げ、再び円卓を囲んだ。ヴィーチェがこれまでの状況を整理するように口を開く。
「メルカリアス様の仰る通り、精製水こそがすべての始まりだ。それを作らないことには、他の製造にも着手できない。
そして、精製装置をはじめとするあらゆる設備を稼働させるには、動力源である『魔動炉』が不可欠だよ。
この書の内容は膨大だが、最初の一頁を除けば決まった順序はないようだね。リズベットの必要性というか、関心に従ってページが開かれている気がする」
「別に、意図しているわけではありませんが……」
リズベットは首をかしげた。
「おそらく、リズベットが『読み手』だからだろうね。とにかく、今の私たちはリズベットの歩みに従うしかない。
メルカリアス様はこの書を単なる鑑賞用として遺したわけじゃない。これは実践のための書であり、魔導文明の遺産を継承せよという啓示だ。
……というわけで、まずは魔動炉から作ろうじゃないか」
その言葉に、ギスカールとシャロナの顔に困惑の色が浮かんだ。
「そりゃあ、もちろん私たちだって作りたいですよ。ですが、まともに作るとなれば費用が……」
言葉を濁すギスカールを見て、リズベットが尋ねた。
「どれくらい、かかるのですか?」
「まず、魔動炉の核となる超大型の魔石に加え、中型の魔石も数十個は必要です。他にも相当量の貴金属や高価な鉱物も……。
もし魔石まで一から買い揃えるとなれば、安く見積もっても大金貨5万から6万、下手をすれば10万枚は下らないでしょうな」
脳内で価値を換算したリズベットは、その天文学的な数字に言葉を失った。
(……50億から60億、最大で100億円!?)
「もう少し、小さく作ることはできないのですか?」
すると、ヴィーチェが鼻で笑った。
「小さく作ったところで、費用は半分も減らないさ。効率が悪すぎる。最初からまともな物を作るのが正解だよ」
「でも、そんなお金どこにあるんですか!?」
自分の年金を1円も使わずに貯めたとしても、50年以上かかる計算だ。
「魔石を全部買った場合の話さ。実際には、もっと抑えられるはずだ。クラヴァンテ辺境伯家の宝物の中に、『レトナの心臓』と呼ばれる巨大な魔石がある。あれを核にすれば、凄まじい魔動炉ができる。
それに、この家は昔から海の魔獣と戦ってきたんだ。他の魔石もかなりの蓄えがあるはずさ」
「『レトナの心臓』? まさか、あの伝説のドラゴンの……」
「その通りだよ」
「本当に実在するものだったのですか?」
「当たり前じゃないか」
『レトナの心臓』とは、遠い過去、現在のレトナ城が位置する丘に巣食っていた巨大なドラゴン「レトナ」を討伐して獲得したという巨大な魔石のことである。リズベットも本でその伝説を読んだ。
そのドラゴンのせいで当時は人が住めず、近海を船が通ることすらできなかったという、凶暴かつ強力なドラゴン。クラヴァンテ家の初代先祖がレトナを討伐し、この地を切り拓いたというのが開領神話の内容だった。都市の名前「レトナ」も、そのドラゴンに由来している。
「かなりの昔の話でしょう? その魔石が今も残っているのでしょうか」
「あるはずだよ。あまりに巨大で凄まじい代物だから、使い道も定まらず、ずっと持っていると聞いている」
「……そんな大切なものを、使おうとするのでしょうか?」
「ある意味、この時のために保管されていたと考えるべきじゃないかい? 古代魔導文明の神秘を再現するんだ。
条件はこれ以上なく揃っている。一番重要な魔石は手元にあり、レトナは大きな貿易港だから必要な材料を揃えるのも容易い。
それに、リズベットはまだ分かっていないようだけど……クラヴァンテ家は想像を絶する金持ちなんだ。資金面の問題なんてないさ。 おまけに造船所まであるから、設備も技術者も揃っている。やる気になれば、あっという間に完成するよ」
ヴィーチェはリズベットに顔をぐいっと近づけて、悪戯っぽく囁いた。
「あんたから言ってみなよ。愛らしい奥様のお願いなら、あいつも首を縦に振るだろうさ」
リズベットは激しく首を横に振った。
「全く、そんな関係じゃありません! 家門が決めた結婚ですし、まだ結婚して一ヶ月も経っていないんですよ!?」
「期間なんて関係ないさ。むしろ飽きられる前、ベタ惚れの新婚時期だからこそ押し通せるんだよ」
「だ、ダメです、無理です!」
リズベットは頑なに拒んだ。まだ何の準備もできていない状況で、嫌われるリスクのある大冒険を犯すことはできない。
「化粧品に石鹸、ヘアケア用品……そういうの、作りたくないのかい?」
「それは、作りたいですけど……」
「なら、言いなよ」
「無理ですってば!」
平行線を辿る議論は、侍女たちがリズベットを迎えに来たことで幕を閉じた。
「私とギスカールでまずは話を通してみるから、あんたからも一押し頼むよ」
ヴィーチェの言葉を背に、リズベットは逃げるように図書室を後にした。




