12. 造形術師の登場
「ああ、やっぱり少し焼けてしまいましたね」
メリンダが申し訳なさそうな顔でリズベットの頬を覗き込んだ。
「そうね……。そんなに長く外にいたつもりはなかったんだけど」
リズベットは赤くなった頬に手を当て、首をかしげた。どうやらこの体は、元の自分よりもずっと肌がデリケートなようだ。
「海藻のパックをいたしますね」
エリが、海藻をすり潰した粘り気のあるジェルのようなものを顔に塗ってくれた。
「ありがとう。昼間、皆が私のことを白いと言っていたけれど、あれは褒め言葉として受け取っていいのよね?」
念のために尋ねると、メリンダが即座に答えた。
「もちろんですわ。白い肌は気高さの象徴ですもの。皆、白い肌に憧れますけれど、外で働く者たちはどうしても焼けてしまいますから」
(なるほど。労働を必要としない高貴な身分の証、というわけね。現代でもアジア圏では美白が好まれるけれど、ここも同じような感覚かしら)
健康美のためにあえて日焼けをする「サンタン」の概念を話せば、ここの人々はどんな反応をするだろうか。リズベットはふとそんな想像をして可笑しくなった。
(ギスカールの言っていた造形術師が来て魔動炉を作れば、精製水に続いて真っ先に化粧品作りに挑戦したいわね)
ハルナとしての現世では、自分の名前を冠したブランド立ち上げの誘いも多かったが、名前を貸すだけのビジネスには興味がなく断っていた。
(スキンケアは基本として、日焼け止めも欲しいわね。……あ、石鹸にシャンプー、トリートメントも!)
侍女たちが用意してくれる輸入品の高級石鹸は、洗浄力が低いうえに洗い上がりがすっきりしない。特に、髪がパサついて広がるのが我慢ならなかった。エリが毎日根気強く梳かしてくれなければ、すぐに絡まってしまう。
(本にある製品は、どんな成分でできているのかしら。地球のものとは勝手が違うでしょうけど……やってみる価値はあるわね)
*** ***
翌朝、リズベットは図書館ではなく、アルゼンと共に応接室にいた。ギスカールが招いた造形術師が到着し、挨拶に来るという連絡を受けたからだ。
ギスカールと共に現れたのは、並の男よりもずっと背が高い、ボーイッシュな雰囲気の女性だった。一見すると美しい青年にも見える、中性的な魅力を持つ人物だ。
アルゼンが先に声をかけた。
「お久しぶりです、ヴィーチェ様」
ヴィーチェは屈託のない笑みを浮かべた。
「いやあ、立派な男になったねえ。あんなにちっこいガキだったのに」
隣でギスカールが、冷や汗をかきながら囁く。
「ヴィーチェさん、今は辺境伯閣下であらせられます。そのような物言いは……」
しかし、アルゼンは全く気にする様子がない。
「構いません」
「ほら、いいって言ってるじゃない」
ヴィーチェは勝ち誇ったようにギスカールに舌を出してみせた。
「それでも、いけません!」
「あんた、年を取るごとにビビりになっていくねえ」
見た目はギスカールよりずっと若そうなのに、彼を子供のようにあしらうヴィーチェの姿は、リズベットの目にはひどく奇妙に映った。
ヴィーチェがリズベットに視線を向け、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「……このお方が、あの奥方かい?」
リズベットは貴族の礼法に従い、ドレスの裾を摘んで優雅に一礼した。
「クラヴァンテ辺境伯の妻、リズベットです」
「ヴィーチェと呼んでください」
ヴィーチェは魅惑的な笑みを浮かべたかと思うと、唐突にリズベットの手首をガシッと掴んだ。
「挨拶は済んだし、さあ、図書館へ行きましょう!」
あまりに突発的な行動にリズベットは当惑し、ギスカールは顔面蒼白になった。
「ヴィーチェさん! 少しは慎みを……!」
ヴィーチェはアルゼンを振り返り、ニヤリと笑って告げた。
「行ってもいいだろ? 私は奥様に用があって来たんだからさ」
許可を求めるというよりは、決定事項の通達だった。ヴィーチェはリズベットの手を引いたまま、大股で応接室を出て行った。
ギスカールが慌ててアルゼンに頭を下げる。
「申し訳ございません! 重ねて注意はしておいたのですが、何分、昔からあのような性格でして……」
「構いません。あの方がどのような方かは存じておりますから。ヴィーチェ様は十数年前と全くお変わりありませんね」
「ええ……。まあ、あの方は、ああいうお方ですからな……」
「ヴィーチェ様が関心を持たれたのは、リズベットが読んでいるあの古書ですか?」
「はい。元々ヴィーチェさんも、共に研究されていた書物です」
アルゼンは、二人が去った扉の向こうを見つめ、微かに微笑みを浮かべた。
「良いですから、早く追ってください」
「はっ、では失礼いたします!」
ギスカールは急いで二人の後を追っていった。




