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8 友人の証言

 翌土曜日の朝、スマホの地図アプリに、卒業アルバムに載っていた住所を打ち込む。

 目的地は小学校のすぐ近くだった。

 鳥居の前で善が結衣に向かって手を差し出す。

 結衣は握ってから階段を降り始めた。


「出てくると思う?」

「どうだろうな」


 昨日の天気が嘘のように、今は白い雲がポツポツと青い空に見えるような晴れ間が広がっている。太陽を遮るものはない。


「絶対に安全なんだよね?」


 結衣は肯定して欲しくて聞いたのに、善は首を傾ける。


「さあ? だが結衣のことは必ず守る。それだけは約束する」


 力強い善の言葉に、少しだけ緊張が解けた。

 階段を降り切ると、結衣は口を閉じて足を進める。

 ビクビクと周りを警戒しながら歩いていると、善にキツく手を握られた。


 善の顔を見上げれば、結衣を真剣な瞳で見つめて「大丈夫だ」と力強く頷いた。

 結衣は深呼吸をして肩の力を抜く。


「善がいるもんね。神様が負けるわけないよね」


 結衣が小声で話しかけると、善は「そうだな……」と感情のこもっていない声を出した。

 高圧的に、当たり前だ、と睨まれると思っていた。善の違和感に首を傾ける。


「行くぞ。速く歩け」


 きつい口調をぶつけられて、結衣はムッとして歩くペースを速める。

 善を引っ張る形になり、「遅っ」と漏らすと、善が眉を跳ね上げた。

 それで溜飲を下げる。





 10分ほど歩いて着いたのは、7階建てのファミリー向けマンション。

 温かみのあるベージュの壁と、駐輪所に置いてある子供たちの自転車が、平和な暮らしを想像させる。


 ここにヴァンパイアがいるかもしれないというのが、結衣には不思議でしょうがなかった。

 入り口で目を瞬かせていると、善に「行くぞ」と手を引かれた。


 結衣はエントランスに入り、集合玄関機の前でゴクリと唾液を飲み込んだ。ボタンを押そうとするけれど、指先が震える。

 見かねた善が、結衣の手首を掴んで部屋番号を押し、心の準備ができる前に呼び出しボタンも押した。


 善に抗議の目を向けるけれど、そっぽを向いて素知らぬ顔をしている。絶対に結衣の視線に気付いているのに。

 しばらくすると、応答がなくて切れた。


 善はもう一度結衣の指を使って鳴らす。

 また相手が出ることはなかった。

 エントランスに入ってきた人がいたので、結衣と善は集合玄関機の前を譲った。

 ボタンを操作して入っていく後ろ姿を見つめる。

 結衣は人がいなくなったのを確認して口を開いた。


「留守なのかな?」


 土曜の朝に家族全員が出かけているのか、と結衣は息を吐く。


「さあ? 渡辺圭吾の家族が住んでいるのかもわからないからな」


 結衣は集合ポストに目を向ける。

 ポストには『渡辺』と表札が出ていたが、郵便物がポストから溢れるほど詰まっていた。ずっと開けていないようだ。


「どう思う?」


 結衣が聞くと、善は顎に手を添えて視線を下げる。難しい顔をして、考え込んでいるようだ。

 しばらくして顔を上げる。善と結衣の視線が絡まった。


「渡辺圭吾の通っている学校は?」

「高校はわかんない。中学はほとんどの子が近くの公立に入ったけど」

「同じ中学に行った知り合いに聞いてみろ」


 結衣はスマホを操作する。

 小学生の頃に一番仲の良かった友達に電話をかけた。

 数回のコールで、相手は出る。


『もしもし、結衣? 久しぶりだね』

「うん、久しぶり。元気にしてた?」

『めっちゃ元気だよ。今度遊ぼうよ』

「いいね! すごく楽しみ」


 善が本題に入れ、と射抜くような瞳で圧をかけてくる。

 結衣は咳払いをして、「あのさ」と切り出した。


「小学校の時に渡辺圭吾っていたでしょ?」

『……あっ、うん。どうしたの?』


 友達の声のトーンが下がった。

 善と顔を見合わせる。善は眉を寄せて話を続けるように顎をしゃくった。


「どこの高校に通っているかわかる? 会いたいんだけど」


 しばらくの沈黙の後、友達が聞き取りにくい小さな声を出した。


『無理だよ』

「どうして?」

『私、同じ高校だけど、二、三ヶ月前かな? 妹さんと行方不明になってるの』


 ヴァンパイアの成り変わり説が濃厚になった。

 本物の渡辺圭吾と妹はどうなったのだろうか。


『それでお母さんが心を病んで入院して、お父さんは二人がいつ帰ってきてもいいように、仕事をしながらお母さんを支えてるみたい』


 留守の理由がわかった。

 結衣はその後に話題を変えて、友達と雑談をして通話を終えた。


 恐る恐る善に目を向ける。

 友達に聞いた話を反芻して、心の中は冷たい風が吹き荒ぶっているようだ。

 こんなに近くで、知らない事件が起きていた。


 結衣がヴァンパイアに襲われれば、残された祖父母までが苦しむことになる。祖父母の顔を思い浮かべて胸が針で刺されたようにずきりと痛んだ。

 善はジッと結衣を見つめる。


「ここはヴァンパイアの巣かもしれないし、違うかもしれない。朝だから隠れていて出てこないのか、本当にいないのか。中に入って調べるか?」


 口を開きかけて結衣はキュッとつぐんだ。近くを人が通ったから。

 結衣は善と手を繋いでいない方の手を見た。スマホが握られている。

 それを耳に当てた。


「調べるってどうやるの?」


 善が「また電話をするのか?」と問いかけて、結衣は否定した。


「こうしていれば、電話してると思うでしょ。だから善と話しても変に思われないかなって。それで、どうするの?」

「家の扉を破壊して、中に入る」


 善の言葉に結衣は目を剥いた。


「……それって、私が器物損壊で捕まるんじゃないの?」


 善は見えない。善が壊したとしても、その場にいる結衣が犯人だと思われるに違いない。


「ヴァンパイアに血を吸われるよりはいいだろ」

「嫌! 絶対に嫌!」


 ヴァンパイアに襲われるのも、警察に捕まるのもどちらも結衣の人生には必要のないことだ。


「それならば帰るしかないな。巣がわからないなら、向こうから来るのを待つしかない」

「それでいい。帰ろ!」


 結衣は善を引っ張って、早足で離れる。

 結衣の前で壊されてはたまらない。

 善は「夜に迎え撃つしかないのか……」とため息と共に吐き出した。

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