表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/24

5 神力

 食事と風呂を済ませると、結衣は拝殿の神前で正座をして姿勢を正す。

 小筆に墨を付け、小さな奉書紙に『白水神社』と心を込めて丁寧な文字を書き込んだ。


 集中しすぎるせいか、少し書くだけで疲れてしまう。

 十枚書くと筆を置いた。

 首と肩を回してほぐす。


 扉が勢いよく開いて、結衣は目を丸くしながらそちらを向いた。

 同じように目を見開いた善が立っていた。


「なにをしている」


 善は大股で結衣に近付き、奉書紙を一枚取った。


「あっ! まだ乾いてないんだから触らないでよ」


 結衣が口を尖らせ、善はそっと元の場所に置いた。


「これは結衣が書いたのか?」

「そうだけど、なにかおかしい?」


 書道三段の腕前だ。字が下手だとかではないはずだ。漢字だって間違えるはずもないが、善の神妙な顔つきに不安が募る。

 善は黙ったまま奉書紙を見つめ、傍らにある小さな巾着袋に視線を移す。


「これはなんだ?」

「お守りの袋。奉書紙を入れるの。結構評判がいいんだよ、恋愛成就のお守り」


 桜や梅など和柄のちりめんで一針一針心を込めて作った巾着袋だ。コロンとしたフォルムは光沢があって、見た目も可愛らしい。

 善は結衣を一瞥して、すぐに視線を戻した。


「説得力がないな。作っているのが、男っ気の全くないやつでは」

「なんでそんなこと言い切れるの?」

「男友達の一人でもいれば、初対面の俺に彼氏のフリなんて頼まないだろう」


 結衣は事実を言い当てられて頬を膨らませて黙った。

 中学から女子校に通っていて、男友達はいない。小学校は共学だったが、今でも連絡を取っているのは、女の子のみだ。


「結衣、ここで祈ってみろ」


 有無を言わせぬ声の善に、結衣は理由がわからなかったが両手を合わせて瞼を下ろした。

 しばらくして目を開けると、善は不満そうに結衣を見下ろす。


「今のは手を合わせただけだろう。俺は祈れと言った」

「なにが違うの?」

「なにも考えずに手を合わせるだけじゃなく、願いや感謝でもなんでもいいから心からの言葉を込めろ」


 結衣は少し悩んで、伝えることを決めた。

 瞼を下ろして両手を合わせる。


(善が仕事をしますように。おじいちゃんとおばあちゃんの負担が減って欲しい)


 切実に願い、結衣は瞼を上げた。

 善はおかしそうにくすくすと笑う。


「今のは良かった」

「私がなにを願ったかわかるの?」

「当然だ。結衣は俺に向かって祈ったのだから」


 善はドカリと腰を下ろす。


「そろそろ乾いたのではないか?」

「あっ、そうだね」


 結衣は丁寧に奉書紙を折って、巾着袋に入れた。組紐を二重叶結びにして一つ完成させる。

 その作業を繰り返していると、善が口を開いた。


「結衣は神力(しんりょく)が強いんだな」

「神力?」

「ああ、人知を超えた力だ。それが宿っているから、お守りがよく効くと評判なんだろう。自分には効果がないようだけれどな」


 一言多い善に、結衣はムッと頬を膨らませる。そして自分の両手に目を落とした。そんな力があるなんて、にわかには信じられない。


「結衣が祈ったことで、俺の中にその心が入り込んだ。……少し体が楽になった」

「え? 病気なの?」


 不安になって聞き返すと、善は首を振った。


「近頃は祈る人間が減った。信仰心の衰退により、俺の力が弱まっている」

「それが原因で、寝てばっかりなの?」


 善はゆっくりと頷いた。

 そうとも知らず、結衣は善が怠けていると決めつけていた。


「ごめん」


 結衣は奥歯を噛み締めて頭を下げた。


「気にするな。俺は結衣の祈りで楽になったんだ。毎日祈ることによって、俺の力が戻るかもしれないだろう」


 善が千代に世話になっていると言っていたことを思い出す。千代は毎日神棚に向かって祈っていた。

 善は千代から力をもらっていたということだ。


「毎日祈るよ」


 そう呟けば、善は「頼んだ」とふっと口元を緩めた。





 翌朝から結衣は千代と一緒に神棚に向かって手を合わせた。

 善は「心がこもっていない」と結衣の内心を見透かす。


 でも結衣には祈りたいことがなかった。

 善の事情を知ってしまい、善に働いて欲しいと願えなくなった。

 千代と宗一郎に楽をさせたいという思いはあるが、それは結衣が手伝えばいいことだ。

 善は変わらず寝転がってばかりいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ