5 神力
食事と風呂を済ませると、結衣は拝殿の神前で正座をして姿勢を正す。
小筆に墨を付け、小さな奉書紙に『白水神社』と心を込めて丁寧な文字を書き込んだ。
集中しすぎるせいか、少し書くだけで疲れてしまう。
十枚書くと筆を置いた。
首と肩を回してほぐす。
扉が勢いよく開いて、結衣は目を丸くしながらそちらを向いた。
同じように目を見開いた善が立っていた。
「なにをしている」
善は大股で結衣に近付き、奉書紙を一枚取った。
「あっ! まだ乾いてないんだから触らないでよ」
結衣が口を尖らせ、善はそっと元の場所に置いた。
「これは結衣が書いたのか?」
「そうだけど、なにかおかしい?」
書道三段の腕前だ。字が下手だとかではないはずだ。漢字だって間違えるはずもないが、善の神妙な顔つきに不安が募る。
善は黙ったまま奉書紙を見つめ、傍らにある小さな巾着袋に視線を移す。
「これはなんだ?」
「お守りの袋。奉書紙を入れるの。結構評判がいいんだよ、恋愛成就のお守り」
桜や梅など和柄のちりめんで一針一針心を込めて作った巾着袋だ。コロンとしたフォルムは光沢があって、見た目も可愛らしい。
善は結衣を一瞥して、すぐに視線を戻した。
「説得力がないな。作っているのが、男っ気の全くないやつでは」
「なんでそんなこと言い切れるの?」
「男友達の一人でもいれば、初対面の俺に彼氏のフリなんて頼まないだろう」
結衣は事実を言い当てられて頬を膨らませて黙った。
中学から女子校に通っていて、男友達はいない。小学校は共学だったが、今でも連絡を取っているのは、女の子のみだ。
「結衣、ここで祈ってみろ」
有無を言わせぬ声の善に、結衣は理由がわからなかったが両手を合わせて瞼を下ろした。
しばらくして目を開けると、善は不満そうに結衣を見下ろす。
「今のは手を合わせただけだろう。俺は祈れと言った」
「なにが違うの?」
「なにも考えずに手を合わせるだけじゃなく、願いや感謝でもなんでもいいから心からの言葉を込めろ」
結衣は少し悩んで、伝えることを決めた。
瞼を下ろして両手を合わせる。
(善が仕事をしますように。おじいちゃんとおばあちゃんの負担が減って欲しい)
切実に願い、結衣は瞼を上げた。
善はおかしそうにくすくすと笑う。
「今のは良かった」
「私がなにを願ったかわかるの?」
「当然だ。結衣は俺に向かって祈ったのだから」
善はドカリと腰を下ろす。
「そろそろ乾いたのではないか?」
「あっ、そうだね」
結衣は丁寧に奉書紙を折って、巾着袋に入れた。組紐を二重叶結びにして一つ完成させる。
その作業を繰り返していると、善が口を開いた。
「結衣は神力が強いんだな」
「神力?」
「ああ、人知を超えた力だ。それが宿っているから、お守りがよく効くと評判なんだろう。自分には効果がないようだけれどな」
一言多い善に、結衣はムッと頬を膨らませる。そして自分の両手に目を落とした。そんな力があるなんて、にわかには信じられない。
「結衣が祈ったことで、俺の中にその心が入り込んだ。……少し体が楽になった」
「え? 病気なの?」
不安になって聞き返すと、善は首を振った。
「近頃は祈る人間が減った。信仰心の衰退により、俺の力が弱まっている」
「それが原因で、寝てばっかりなの?」
善はゆっくりと頷いた。
そうとも知らず、結衣は善が怠けていると決めつけていた。
「ごめん」
結衣は奥歯を噛み締めて頭を下げた。
「気にするな。俺は結衣の祈りで楽になったんだ。毎日祈ることによって、俺の力が戻るかもしれないだろう」
善が千代に世話になっていると言っていたことを思い出す。千代は毎日神棚に向かって祈っていた。
善は千代から力をもらっていたということだ。
「毎日祈るよ」
そう呟けば、善は「頼んだ」とふっと口元を緩めた。
翌朝から結衣は千代と一緒に神棚に向かって手を合わせた。
善は「心がこもっていない」と結衣の内心を見透かす。
でも結衣には祈りたいことがなかった。
善の事情を知ってしまい、善に働いて欲しいと願えなくなった。
千代と宗一郎に楽をさせたいという思いはあるが、それは結衣が手伝えばいいことだ。
善は変わらず寝転がってばかりいる。




