44 叶えてやる
「善?」
結衣は慌てて駆け寄る。
「力を使いすぎただけだ」
善はすごくだるそうに起きあがろうとするが、力が入らないようだ。結衣は善の腕を自分の肩に回した。足を踏ん張って起き上がらせる。
立ち上がると善は結衣に体重をかけ、結衣はよろけた。
天狗が善を軽々と横抱きにして、結衣に「ついてこい」と言う。
丸太小屋に入ると、天狗は結衣が寝ていた場所に善をそっと下ろした。
「やはり善様は弱っているな」
「私の祈りで回復したんじゃないの?」
「一時的に爆発的な力を得るが、それを全部使えば元に戻るだけだ」
結衣は天狗の前に出て両腕を横に広げる。
「善のことを倒そうとしないで。私が善を回復させる方法を考えるから」
天狗はなにも言わずに大きく息を吐いただけだった。
安心してもいいのだろうか。
「あっ、それとさ、また私に修行をさせてよ。私が善のためにできることって、力をつけることだろうし。それにまだ結界を張れてないから教えて欲しい」
「うるさくしなければな」
「うるさくないし」
「その声はうるさくないのか?」
天狗に咎められるような目を向けられて、結衣は両手で口を覆った。
善がクスリと笑う。
「ごめん、うるさかった?」
「ああ、結衣はうるさい。だがそれも慣れた。……結衣のいない家は静かだ。それが俺には耐え難かった」
結衣は目を丸くする。
「私がいなくて寂しかったってこと?」
「そこまでは言っていない」
「なによ、素直に寂しかったって言えばいいでしょ!」
結衣は頬を膨らませてそっぽを向く。
善にバレないように口元を緩めた。善との言い合いなんて日常茶飯事のことなのに、これが嬉しく思うなんて不思議でおかしかった。
「善様も物好きですね」
天狗が理解できない、とでも言うような表情で首をすくめた。
「自分でもそう思う」
「……どう言う意味?」
結衣はニュアンスで自分が馬鹿にされているのだと思い、二人にジト目を向ける。
善は手をついて、ゆっくりと起き上がった。
「お前の最後の祈りを叶えてやる、ということだ」
最後の祈り? と結衣は首を傾ける。
「ごめん、必死すぎてなにを祈ったか覚えてない」
善は表情を無くして、口をへの字に曲げた。
「お前の頭は飾りか? 記憶力が皆無だな」
「そんな言い方しなくてもいいでしょ。思い出したくても、わかんないんだってば。ねえ、私ってなにを願ったの」
「そのシワのない脳を使って、記憶を遡れ。真剣に考えればシワが増えるかもしれないな」
忘れている自分に原因があるのだが、善の言い方に腹が立って仕方がない。
天狗がふふっと笑い声を漏らし、善が剣のある目を向ける。
天狗は咳払いをして「申し訳ございません」と頭を下げた。
「善様、しばらくお休みになってください。わたしは食事を用意しに参ります」
結衣は少量のご飯だけの食事を思い出して今すぐ帰りたい気持ちになった。千代の作るご飯が恋しい。
天狗が部屋を出ていき、善は再び寝転がる。
「結衣、ここで過ごした間は不便はなかったか?」
「ありまくりだよ」
結衣は滝行から始まった昨日からのことを思い出して、ドッと疲れが押し寄せてきた。
「でも一番辛いのはご飯だったね。ちょっとしか食べられなくて、お腹がずっと空いてたの。おばあちゃんのご飯が食べたい」
結衣はお腹をさする。
「結衣は千代に料理を習った方がいいのではないか?」
「なんでよ」
「お前の料理はひどい」
結衣は口を尖らせる。
扉が開き、天狗が膳を二つ置いた。
ご飯と味噌汁。やっぱり量が少ない。
手を合わせてゆっくりと食べる。美味しいけれど足りない。
結衣と善はすぐに食べ切った。
天狗が片付けに行くと、善は立ち上がる。
「もう平気なの?」
「ああ、千代と宗一郎も心配している」
結衣は善が強がっているのでは、と考えて両手を合わせた。
(善が元気になりますように)
手を下ろすと、善は微かに笑う。
「力が流れ込んでくるいい祈りだが、俺は戦闘中の祈りをもう一度聞きたかった」
善は結衣の腕を掴んで引っ張り上げる。結衣は立ち上がって首を捻った。
「じゃあ教えてくれればいいじゃん」
「自分で思い出せ」
むくれながら家に帰り、千代と宗一郎が泣きながら出迎えてくれた。
結衣は二人に抱きしめられて、目の前が滲む。
その日は千代の作る美味しい食事を、お腹がはち切れそうになるまで食べて幸せを噛み締めた。




