43 一緒にいたい
「結衣!」
空から善の声が聞こえて、結衣は上に目を向けた。
善が空から降ってきて、足音もなく軽やかに着地する。結衣は驚いて身を捩り、尻もちをついた。
善は結衣と目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「善、なんで見えるの?」
触れてもいないのに、善の姿が見える。
修行でパワーアップしたから見えるようになったのか、と結衣は顔を輝かせた。一日修行しただけですごい、と自画自賛する。
「なにを言っている。ここは鎮守の杜だ」
「え? うちの神社ってこと?」
「ああ、だから見えて当たり前だ」
結衣は早とちりをして、恥ずかしさから頬を染めた。
一日で成果があったら苦労なんてしないか、と項垂れる。
そしてすぐにハッとして口を開いた。
「でも、鎮守の杜とは違うよ。私だって入ったことあるし」
「幻術で景色が変わっているだけだ」
結衣は口をポカンと開けて、辺りを見渡した。
「怪我をしているな」
「うん、天狗を追いかけてたら、こけちゃって」
善に手を差し出され、結衣は目をパチクリとしてその手を凝視した。
善は眉間に皺を深く刻み、結衣の手を掴んで引っ張り立たせる。その拍子に前に倒れそうになり、善の胸に顔を埋めた。
咄嗟に飛び退く。熱くなった頬に触れた。
「結界を破るのに時間がかかった。助けに来るのが遅くなって悪かった」
「ううん、全然気にしないで」
結衣は両手と首を目一杯振る。
「あっ、それより善は大丈夫なの?」
「なにが?」
「弱ってるんでしょ?」
「結衣が祈ればいい」
善の目が尖り、結衣の背後を睨みつける。善から発せられるピリピリとした空気に身がすくんだ。
恐る恐る振り返ると、天狗が立っていた。
「どういうつもりだ?」
善の声に木々が震えた。結衣も肩を跳ねさせる。
善は結衣を庇うように、一歩前に出て結衣を背中に隠した。
「この地に弱い神はいりません。善様を倒してわたしが神になります」
天狗は目を細めて口角を上げた。
「そうではなく、なぜ結衣を攫った」
「その娘は神通力がありますから。修行をさせて、わたしの駒にしようと思いました。子供にやらせても、見込みのない者ばかりでして。……ですが、どうやら善様の弱点のようですね。そんなに取り乱した善様は初めて見ます」
天狗の言葉に、結衣は俯いた。
「私は善の弱点なの?」
「そんなことはない!」
善が振り返ってすぐに否定する。
結衣は下唇を噛んで顔を上げると、キッと天狗を睨みつける。
「あったまきた! 善は弱くないし、私だってお荷物じゃないって証明してやる!」
天狗に指を突きつけた。善が口に手を当てて、くつくつと笑いを堪える。
「なに笑ってんのよ」
「いや、頼もしいなと思って」
善は手を下ろすと、微かに口元が緩んでいた。
「善と私で天狗を倒すよ」
「ああ」
結衣は両手を合わせた。
「善様、貴方を倒します」
「できるものか」
善と天狗が足を踏み出し衝突する。衝撃音に怯みそうになるけれど、結衣は歯を食いしばって二人に目を向ける。
(善、勝って。お願い!)
結衣が祈り、善が加速したように見えた。
善が天狗を蹴り、空を切る音が響くが天狗は難なく手で受け止めて善の顔に拳を叩き込む。すんでのところで善は避けたが、天狗の方が余裕がありそうだ。
地面や空で縦横無尽に繰り広げられる戦いに、結衣は視線を走らせて目で追うのがやっとだった。
「アメコミ映画を見てるみたい」
無意識に漏れた声に、我に返る。
ひときわ大きな音が轟き、善が吹き飛ばされた。木に背中を打ちつけて、顔を歪めながら立ち上がる。
「善!」
結衣は駆け寄って善を支える。
「危ないから離れていろ」
善は結衣を手で後ろに下げる。
「善様、弱すぎます」
天狗の声は憂いを帯びていた。
善は「そうだな」と漏らして、大きく息を吐き出した。
「結衣、天狗は今の俺より強い。俺を勝たせてくれ」
善の背中を結衣は見つめる。
善が倒されたら、天狗が神になる? そうしたら善はいなくなってしまう。
滲む瞳を拭って、奥歯を噛み締めた。
「私が絶対に善を助ける!」
結衣は再び手を合わせて瞳を閉じた。
(善を助けたい。いなくならないで。善とずっと一緒にいたい)
ありったけの気持ちを込めて祈っていると、ドンッと爆発音のようなものがして結衣は驚き目を開ける。
木々が倒れ、天狗が地に臥していた。善は倒れている天狗の胸ぐらを掴む。天狗は咳き込みながら「お見事です」と漏らした。
天狗は善に手を外させると、膝をついて頭を下げてひれ伏す。
「……お前は俺を試したのか?」
「善様が弱いままなら倒そうと思っておりました。そのために子供に神通力を覚えさせて、わたしのために動く駒にしようとしたのは本当です」
「結衣は?」
「その娘は善様の力になる存在。力をつけさせて善様が強くなるなら、と修行をさせました」
善は大きく息を吐き、しゃがみ込む。
「結衣の怪我を治せ」
「かしこまりました」
天狗は顔を上げると、結衣の元までふらつきながら歩いてきた。
天狗が結衣に手をかざす。結衣は白い光に包まれて、傷は跡形もなく消えた。
「ありがと。ねえ、本当は善のことを倒そうとなんて思っていなかったんでしょ?」
「いや、弱った善様なら全力で潰そうと思っていた。わたしの一番優先するものは、この地だからだ。弱い神はいらない」
天狗はずっと『弱った善様』と言っていた。この土地を守れるくらい強ければ、善が神で不満はないのだろう。
ドサッと音がして、善が倒れた。




