表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/45

41 目的

 小走りで5分の距離を時間をかけて歩いた。太陽は真上を通り過ぎ、午後になったことだけはわかる。

 小屋が見える頃には全身傷だらけの汗だくで、髪は乱れて呼吸は荒い。


「やっと戻ってこれた」


 一本道だったから迷わなかったのが救いだ。そうでなければ森を彷徨い続けていたかもしれない。


 木にしがみつき、大きく一歩を踏み出して、着実に小屋との距離を詰める。

 その短い距離でも派手にこけた。


 やっとの思いで辿り着き、結衣は座り込んで一本歯下駄を脱ぎ捨てた。


「もう二度と履きたくない」


 自分の足を見て顔を歪める。

 天狗への対抗心で歩いている時は痛みをあまり感じなかったが、今になってジクジクと鈍い痛みが襲ってくる。

 扉が開き、天狗が「遅い」と苦言をよこす。


「当たり前でしょ! 私は一本歯下駄なんか履いたことないんだから。それより、なにか飲ませて」


 喉はカラカラに乾き、結衣の声は掠れていた。

 天狗が水の入ったグラスを持ってくる。結衣はパッと表情を明るくして受け取ると、一気に飲み干した。


「ありがとう。生き返る。おかわりも持ってきて」


 グラスを突き返すと、天狗の目が光る。

 また結衣の思考を奪おうとしたのだと気付き、身震いした。


「やっぱり自分でやる」


 結衣は壁を支えにして立ち上がる。ふらつきながら小屋に入ろうとするが、「汚い。汚れを落とせ」と天狗に脱衣所に連れて行かれた。


「綺麗になったらこれに着替えろ」


 天狗に白装束を渡される。

 寝巻きは泥で変色し、ところどころ破れていた。


「あーあ、お気に入りだったのにな」


 結衣は肩を落として服を脱いだ。念の為、お守りを持って浴室に入る。

 浴室は白い煙で満たされていた。桶で湯船から湯を掬い、体にかけると全身染みて瞳に涙が滲む。


「痛い……。でもお風呂には入りたい」


 お守りを湯船の淵に置き、撫でるようにそっと体を洗う。頭は汚れを落とすために豪快に洗った。


 綺麗になるとゆっくりと湯船に浸かる。

 少し熱めの湯で、傷は痛いがホッとして体からは力が抜ける。

 疲労と安心からウトウトとしてきて、急いでお風呂からあがった。


 白装束はあるが下着の替えはない。結衣は渋々今まで着ていた下着を身につける。汚れてはいないが、滝行のせいで湿っていて不快だ。白装束を着て、ポケットがないことに気付く。お守りがしまえない。

 悩んだ末に、胸と下着の間に挟み込んだ。


 結衣は脱衣所を出ると、廊下を歩いてキッチンを見つけた。そこで水を飲んでいると、天狗が顔を覗かせる。


「来い」


 踵を返す天狗を慌てて追った。

 連れて行かれたのは、結衣が寝ていた部屋だった。

 今は女の子が眠っている。

 駆け寄って額に触れる。少し熱い。


「今日の夜に帰らせる」

「うん、それがいいよ。あっ、この子を家に戻しても、他の子を連れてきたりしないでよ」


 結衣は天狗にジト目を向けるが、天狗は気にした様子もなく「食事だ」と結衣の前に膳を置いた。

 一口で食べ切れてしまえるくらいの白米だった。


「これだけ?」


 食事を食べれると思っていなかったけれど、出されるとあまりの少なさに不満が漏れた。


 結衣は「いただきます」と手を合わせて、少しずつ噛み締めて食べる。


「もっと軽ければ速く走れる」

「私は別に太ってないし」


 頬を膨らませてそっぽを向く。

 善に腕がやられる、と失礼なことを言われたのを思い出した。


「体重はどれくらいある?」

「……54キロ」


 結衣は2キロサバをよんだ。


「165センチで56キロか」

「見ただけでわかるなら聞かないでよ!」


 耳まで熱くなり、結衣は叫んだ。


「10キロ軽くしろ」

「私は芸能人じゃないの。そんなに痩せる必要はないの。速く走りたいと思ったこともないし」


 50メートルを8秒で走れるのだから、遅くはない。


「ってかさ、子供を攫って修行させるのやめなよ。修行させたいなら、教室を開いたらよくない?」


 結衣は最後の一口を口に含んで「ごちそうさま」と手を合わせた。


「修行体験、みたいにしてさ。いきなり一本歯下駄履かせるのはどうかと思うけど、簡単なのから始めたら、子供も楽しくできると思うけどな」


 結衣には天狗が悪い妖だとは思えない。

 子供を連れ去って思考を奪ってはいる。でも子供は全員無傷で帰っている。


 結衣は眠っている女の子に目を向けた。ここまで運んで布団を首までかけたのは天狗だ。


「なにか勘違いをしていないか? わたしの目的は弱った善様を倒すことだ」

「それもおかしいんだって。倒すって言いながら様を付けるし、……あれ? 待って……」


 結衣は違和感に口を止めた。指先で唇に触れる。

 善は日本の妖は善の存在が抑止力になると言っていた。なぜ天狗が子供を攫うことができたのだろうか?


 それに、結衣を攫ったのもおかしい。善は神社の敷地に入ったら気付くはずだ。


 千代にドッペルゲンガーが近付いた時は、悲鳴を聞く前に千代の部屋に向かった。ローレライたちが助けを求めてきた時は、姿が見える前に玄関の扉を開いた。

 結衣の心はザワザワと騒ぎ出す。


「善って、そんなに弱っているの?」


 天狗の口角が吊り上がる。


「弱った善様を倒し、わたしがこの地の神になる。そのために使える駒が欲しい」

「善を倒して神になる?」


 そんなことができるのだろうか? できるからやろうとしているのか? 血の気が引き、末端から冷えていく。


「なぜ近頃、モンスター絡みの事件が多いと思う? 善様が弱り、この地でなにをしても大丈夫だと舐められている」

「本当に悪さをしたのはヴァンパイアとマンティコアだけじゃん」

「この三ヶ月ほどで二つの事件が起きているんだ。じゅうぶん多いだろう」


 確かにそうだ。結衣は視線を落とす。


「もう弱った善様ではどうにもならない」

「天狗はこの地を守るために、善を倒すってこと?」

「そうだ。弱い神はいらない」


 結衣は下唇を噛んで、顔を上げた。


「ねえ、修行の続きをしよ」


 結衣にできることは、善に祈りで力を捧げること。そのために神通力か神力かわからないけれど、上げれば上げるだけ善に力を送れるはずだ。

 天狗は立ち上がって結衣の前で膝をつく。


「足を見せてみろ」


 結衣は足を伸ばした。擦り傷だらけで、少し腫れてもいる。

 天狗が手をかざすと、白い光が結衣の体を包んだ。白い光を体が吸収すると、瞬時に痛みは消えた。足も傷一つない健康的なものに戻った。


「すごっ! 私も修行をしたら、できるようになるの?」

「何十年も修行をすれば、寿命までには使えるようになるかもしれない」

「え? そんなに時間がかかるの?」

「人間の寿命は短い」


 結衣は肩を落とす。治癒能力は魅力的だが、現実的ではない。


「じゃあ次は何をするの?」


 天狗は結衣に本を渡した。それを受け取ってパラパラと捲る。紙は日焼けで黄ばみ、使い込んでいるのか、ヨレヨレになっている。


「それを読め」


 結衣は最初のページに戻って、目を閉じると天井を仰いだ。読めない。


「どうした?」


 天狗の訝しむ声が聞こえる。結衣は天狗に視線を移して、開いた本を天狗の眼前に突きつける。


「読めるわけないでしょ。素人が経典なんて」

「読めないのか?」


 天狗の驚愕したような声に、結衣は「当たり前でしょ」とムッとした。


「お寺で育っていたら読めたかもしれないわね。でもうちは神社なの」


 天狗は別の本をくれた。こちらには読み仮名が書いてある。

 結衣は姿勢を正して経典を読み始めた。

 読めても書いてある内容は理解できない。それでも真剣に読み続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ